2) 解脱と悟り


    修行中の沙門に出会ってより、シッタルダ王子の出家求道の想いは日に日に強まり、遂にはこれを抑える
    ことは出来なくなりました。心中には父王への不孝を詫び、愛すべきヤショダラー姫とその懐に抱かれた一
    子ラーフラに別れを告げ、涙を以て出家を思い留まるように嘆願する御者に命じ、人々が寝静まりかえった
    宮殿を出られたのです。シッタルダ王子御年十九歳のことでした。(29歳説あり)駿馬を駆って未明の内に
    父王の支配地より遠く離れ、そこで冠と装飾品を解き、髪をそり落としたとのことです。出家者と姿となった
    王子は、手に鉢を携えて托鉢をなしながら、当時の著名な哲学や禅定の実践者を尋ね学ぶ修行の旅に出
    るのでした。

    王子の出家を知った父王とその城中は嘆きと悲しみに溢れるものでした。王子の居所を遂に探させた父王
    は、何度も使者を送り、言葉を尽くして王子の帰城を懇請するものの、シッタルダの堅固な意志の前には為
    す術もありません。父王は、せめて王子の身辺の警護にと、シッタルダの側近の五人の友を侍者として送り
    ます。時にシッタルダは、すべての禅定の境地を会得したものの、彼の理想の境地には至らず、次ぎに苦
    行の道に入られるところでありました。父王の命に依った五人の侍者もまた、シッタルダの求道の熱心さに
    動かされ、共に比丘となって苦行林に入られたとのことです。

    他に解脱の道を見いだせなかったシッタルダにとって、この苦行は六年も続く徹底的に凄まじいものでした。
    或る時は一つぶの胡麻と米に飢えをしのぎ、或る時は全く断食し、雨に濡れ風にさらされ、樹下石上に在
    り、その身は骨骸さながらに枯れ痩せ、見るも痛々しい姿になられてしまいました。「他の如何なる修行者
    も、未来の如何なる修行者も、これ程の苦行をなす者はいないであろう。しかもなお、未だ最高の悟りに到
    達することは出来ぬ。」 シッタルダは苦行林を去り、ネーランジャラー河で身の垢を清めると、余りに衰弱し
    ていたため、そのまま岸辺に打ち倒れてしまったのです。この有り様を見ていた牧女なる娘ナンダーは、
    乳粥をシッタルダに捧げました。シッタルダはこの乳粥を受け、気力を取り戻し、黄金色の皮膚の輝きを取
    り戻したとのことです。これを知った五比丘は、苦行に堪えかねて挫折したのだとシッタルダを捨て去ったと
    言われています。しかし、シッタルダの胸中には、おぼろげながらも何かが得られる感覚があり、やがてア
    サッタ樹(後に菩提樹とされる)の樹下において、一大決意のもとに端座し禅定に入られたのでした。

    シッタルダの成道を妨げようとする天魔・煩悩魔は次々に襲いかかります。父王の病気の大事を告げて帰
    城を促し、或いは印度全域の支配を委ねんと誘惑し、或いは美女となって嬌態の限りを尽くし、或いは刀杖
    をもって襲いかかりと、心の中の不安・執着・愛欲・恐怖などの様々な煩悩は姿を現し、その心を支配しよ
    うと誘惑と苦しみを与え続けたのでした。すべての魔を打ち破り、あらゆる束縛から解脱されたのは、釈尊
    御年三十五歳十二月八日の事とされます。遂に完全なる心の統一に至った釈尊は、過去に関する宿命通、
    未来に関する天眼通、真理に関する漏尽通なる智慧を次々と得ていきます。「宿命通」とは自らが限りない
    生死を繰り返してきた過去を知ることであり、「死生智通」とは人々の限りのない生死(輪廻)における運命
    を知ることであり、「漏尽通」とは世界と人生の真理を知ることであります。

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