松田龍樹公式HP

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雑感雑文

日々思ったことや考えたことについて、好き勝手に書いています。

2004年10月

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2004.10.31 Sun 奇しき縁

と、いうことでした。あなたは何ができるの?と訊かれて、コレができます。と言える人間になろう。と思った。11月が10月よりも有意義でありますように。

2004.10.28 Thu あめとむち

伝統的に言って、日本は叱って育てる文化であり、アメリカは褒めて育てる文化である気がする。アメリカの偉い教授が、叱って育てると人間が小さくなる、褒めて育てるべきだ、と言っていた。僕もそう思う。もちろん、アメリカ人の大袈裟でうそ臭い褒め方もどうかと思うが。まあ、褒めるにしろ叱るにしろ、もっとも大事なのは「一貫性」だと思う。誰かがそう言ってたよ。僕もそう思うし。

2004.10.26 Tue 一人っ子亡国論

日本は少子化により年金制度の事実上の崩壊となり、高度経済成長に沸く中国は増え過ぎた人口を抑えるために一人っ子政策を実施、21世紀を担う甘ったれを量産しつつある。そんな中、僕の後輩の一人がこんな話をしていた。

彼は(仮にBと呼ぶ)、某大学4年生で就職も決まり(親の会社)残り半年となった学生生活を悠々自適に過ごしている。そんな彼が先日、知人が代表をやっているサークルからサークルの活動風景を撮影したビデオの編集を頼まれた。部員が撮影した3本分のテープを適当につないで対外用のPRビデオを作ってくれないか、とのことだった。Bは趣味でパソコンの映像編集などをやっており、過去には短い映画のようなものも作っている。そのサークルの代表もそれを知っており、Bに頼んだというわけだ。その上手いとは言えない撮影された映像をBは丹念に選び取り、カットをつなぎ、エフェクトをかけ、タイトルをつけ、BGMを流した。10分弱のプロモーションビデオができあがった。過去にその手のビデオを趣味で作ったことのあるBにとってはさほど困難な作業ではなく、むしろこれまで蓄えた技術を使い楽しみながら作ることができた。完成後さっそく代表に届けにいくと、完成度の高さに非常に喜ばれた。Bはそのとき、この上ない幸福感に包まれた。ビールのCMではないが「このために生きてるんだなー」と心底思った。モノを作るもっとも素朴な喜びは、その作ったモノによって人が喜んでくれることであり、褒められることである。Bは常々「自分は褒められて伸びるタイプだ」と言っていた。裕福な社長の息子として一人っ子で甘やかされて育った彼にとっては、何よりも「褒められること」が喜びであり、大袈裟に言って生きる目的でもあった。
あるときBは知り合いの主宰する小劇場系の劇団から公演の模様を撮影したビデオを作ってくれないかと頼まれたことがあったらしい。それ以前、短い自主制作映画は撮ったことがあるものの、そういった類の映像作品を作るのはそのときが初めてだった。演劇という表現が彼にとっては新鮮だったし、映画を作った経験を生かしていいものが作れそうな見込みもあった。作業のほとんどが初めて経験することでもあり、かなりの労力を必要とするだろうとは思ったが、これを快諾した。何より、初めて、「人に頼まれて」作ることがうれしかった。また、そのビデオは完成後、一般客に販売されるというのも、彼のモチベーションを高めた。「これは仕事である」彼はそう思った。
まず彼はレンタルビデオ店に赴き、参考となるビデオを探した。蜷川幸雄演出の舞台や劇団大人計画の公演ビデオなど数点を借り受け、自宅で何度もそのビデオを見た。それによりどのような撮影を行い、どのように編集すればいいかのプランを立てた。カメラは最低3台、人員は最低2人、役者の動きを把握しスムーズにそれを追えるようにしておかねばならない。彼は稽古場に足を運び、そこでカメラをまわした。稽古場で撮ったもので編集の具合も確かめた。本公演に際しては、3日間の撮影日を設け、ミスを最小限に減らす努力をした。もともと一人っ子で人見知りなため、「劇団」という特異集団の中での作業は彼に神経の消耗ももたらした。しかし、完成後の劇団員たちの驚き喜ぶ顔を想像し、できうる限りクオリティを高める努力をした。撮影最終日、公演の開始時刻を勘違いし撮影できないという失態を演じたが、前日に撮っておいたものが思いのほか良く撮れていたため編集に支障はなさそうだった。公演は約100分ある。中篇の映画とほぼ同じ尺数だ。実は彼は短編映画を作ったことがあるというものの、その編集においては、ほぼ友人に委託しそれを完成させたのだった。もちろん映画とはなんでもかんでも一人でやれば偉いというわけではない。撮影、編集と役割分担し、協力することこそ映画のあるべき姿と言ってもいい。そういうわけで彼にとって本格的、しかも1時間半以上もあるものを編集するというのは、初めてのことだった。途中やる気をなくしたりしながらも、なんとか完成まで漕ぎつけた。エンディングにはビデオだけの特典映像をこっそり入れ、サプライズをねらったりもした。このクオリティならば満足してもらえるはずだ。劇団員たちの拍手喝采が彼の頭の中で鳴り響いた。
完成したものを劇団の主宰に渡す。数日後OKの知らせ。エンディングの特典映像も喜んでもらえた。ただこの一人っ子で甘ったれで褒められることが当たり前のBはどことなく物足りないものも感じていた。彼の想像の中では、劇団員・スタッフを集めた「完成披露試写会」的なものが催されるはずだったのだ。いや、もちろん、主役はビデオの中に映っている役者陣であり、スタッフ――演出家、脚本家、舞台監督、照明、音響、制作――たちである。彼はその人々の創り出した「演劇」という一つの表現芸術を映像に収めただけだ。拍手喝采を浴びるほどのことではない。わかってはいる。頭では。しかし彼は、撮影に赴いた公演本番で、劇終了後、役者陣が再び舞台・客席に現れ、いましがた見終えたばかりの興奮冷めやらぬ――その多くは彼らの知人友人、親類縁者だが――観客たちからお褒めの言葉を浴びている姿を見ていた。そのときこそ役者冥利に尽きると言わんばかりである。また一方では、彼が撮影していた観客席最後部のすぐ後ろのスタッフブースでは「照明さん」と「音響さん」とが仕事を終えた安堵感とともに、その華やかな「社交界」の風景をぼんやりと眺めていた。浮かんだのは「裏方」という言葉である。もちろん「裏方」さんたちは表の人間たちから信頼と尊敬を持って遇されている。「スタッフのおかげ」という定型文によってだが。一人っ子で甘やかされて育った彼にとっては「裏方」という立場はあまり楽しいものではなかった。もちろん映像を撮ること自体は、彼の趣味でもあり、決して嫌なことではなかったが。
「完成披露試写会」はなかったものの、映像を見た役者さんたちから、順次反応があるだろうと、彼は期待していた。あのシーンのあの役者の見せ場は完璧に撮れたしな、などと心の中で自画自賛しつつ、それを見た当の役者が自分の姿にうっとりする場面も同時に夢想した。次に会う機会があれば感想を聞けるだろう。そう彼は期待した。「ありがとうございました」という約1.5秒の感謝の辞を約3人の役者さんから述べられた。そのときは時間がなかったのだ。その他の役者さんは遠慮しているのか、公演ビデオの話は出ない。なるほど役者という稼業に従事する人々は概してシャイであり、自分の出演したものはあまり見たがらない、という話を聞いたことがある。そういった役者的美徳に則り、みずからの出演しているビデオの話題は避けているのだな。Bはそう思った。そこで多少差し出がましいが、みずから直接「どうでした?」と聞いてみることにした。「まだ見てないんですよ」とのことだった。ビデオのダビングの関係でまだすべての人たちにそれがまわっているわけではないとのことだった。「商品」用のビデオは完成しているのだが。そうか。彼は納得し、もうみずからその話題にふれることはしなかった。
ギャラも出た。ボランティアだとばかり思っていたその公演ビデオ作成へのギャランティとして新渡戸稲造二人分もらった。なぜ新渡戸稲造二人かというと撮影要員としてカメラスタッフを一人呼んでいたからだ。もちろんギャラは独り占めだが。Bは先にも述べたとおり、社長の息子(一人っ子)として何不自由なく育ったため、そのギャラの金額にはさほど感動しなかったが、自分が趣味としてやっていたものでお金がもらえるということに多少の驚きと喜びがあった。がんばった甲斐があるというものだ。彼はそれで収めることにした。お金までもらったのだ、その上、頭を撫でなでしてもらおうなんざ、調子に乗り過ぎだ。そう思うことにした。
また次の公演も、とBは頼まれたらしいが、多忙を理由に断った。本当のところは、さまざまな意味で「得るものがない」からだろう。撮影は断ったが彼はその劇団の次回公演を観にいった。前回同様、小劇場の演劇としてはかなり素晴らしいものだった。幕が閉じたあと、彼はビデオ越しでは味わうことができなかった一観客としての感情移入を引きずったまましばらく席に座っていると、すぐにいましがた虚構を演じていた役者陣がぬうとリアル剥き出しの顔をして再び舞台上に現れた。上演中とは違った晴れ晴れとした顔で口上が述べられ、いわゆる「物販」がはじまった。そう、そこでは、彼らが生み、Bが春日局の心境を持って育てたあの前回公演のビデオが売られていたのだ。映画一回分の料金と同額だった。そのビデオの売り上げが劇団の苦しい財政事情に幾ばくかでも潤いをもたらすのかと思うと、彼は、きっとそのビデオの購入者誰一人もBの存在に気づかないであろうが、一人微笑み、落涙した。それ以降劇団との交流は途絶えた。

「これが私の経験した映像制作に関するすべてです」とBは陳腐な告白記のような言葉でその話を閉じた。僕は心の中で「甘やかされて育った一人っ子のつまらない愚痴が、この某居酒屋チェーン店で2時間とチューハイ8杯を費やして語られただけだ」と思った。第一、彼の作品を見たことがあるが、ほとんど悪質ないやがらせとしか言えない「趣味」であり、間違って彼の家を訪れようものなら彼の「全作品」を彼自身の「解説」とともに鑑賞せねばならない。これはまったく知らない家庭のホームビデオを出産から成人式までぶっ通しで見るのよりもつらい。まあそれでも「趣味」だから勝手にやってくれというしかいない。彼にギャランティまで払った劇団の人々はおそらく苦笑交じりに「まだ見てない」と答えたのだろう。それが真相だ。Bよ、趣味もほどほどにな。
そして僕は、一人っ子という芸術家や経営者などに多い目立ちたがり屋でお調子者で甘ったれで独善的な人種の救いのなさというか、にくめなさというか、そういうものを彼の話から感じ取ってしまった。甘ったれ一人っ子ばかりが蔓延る国は亡びるといったのは、誰だったか。僕も「一人っ子亡国論」を唱える一人であり、まさにその甘ったれ一人っ子として育てられた一人なわけだ(※異母兄弟アリ)。

※Bの話は、彼の実体験をもとに再構成・フィクション化したものであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

2004.10.20 Wed 嵐の日は登校拒否ってネアンデルタール

と、言うわけで保坂和志氏を筆頭に多数の方々が絶賛している新人小説家・青木淳悟(あおきじゅんご)氏の新潮新人賞受賞第一作『クレーターのほとりで』をようやく読んだ。おもしろいよ。短いし(160枚)。僕はだいたい1枚1分ぐらいで読むかなりの遅読家だが、一気に読めたしね。ちなみに1枚とは400字詰め原稿用紙1枚のことです。

『クレーターのほとりで』についての感想は書きません。っていうか、書けません。最近ずっと思っていたのだが、「書評」とか「感想」とかっていう文章を読んでも、ほんとうに「その作品」について書いてあるのってほとんどないんだよね。結局、自分のことばっか書いてるのがほとんどだし。きちんと「作品」について何か書こうとしているのは保坂和志氏と古谷利裕氏ぐらいだ。だから、前にも書いたかもしれないが、「読む」という行為と、その後に「語る」という行為はまったく別物だし、関係ないと僕は思っている。たとえ読んだ感想を述べているように語っていたとしても。ほんとうに「読む」という行為を「感想」という表現に結実させるのはかなり難しく、労力のいることだと僕は思うわけだ。たいていは、その作品を出汁に、または「読んでやった」という居丈高な態度のもと、「自分の言いたいことを言ってるだけ」だし。おいらはそう思うね。みんなはどうだい?

『クレーターのほとりで』そのものについては何も書けないけど、読み終わった直後に思ったことは、「短い!」ってことと、この作品よりも内容がなくてこの作品よりも長い作品がいかに多いことか!ってこと。この作品は「濃い」んだよ。うん。あとね、きっと読み終わったら、あの歌を歌いたくなるよ。僕の世代でギリだと思うけど、あの10年以上前に流行った妙竹林な歌を。ほら…二酸化炭素がどうのこうのってやつ。やっぱりあの歌は「預言の歌」だったのかねえ。まあ、どうでもいいや。どうでもいいことばかりだらだら書いちまったぜ。

台風だろうがなんだろうが、仕事人は出社するってのに、自堕落学生の僕はお家に籠もって寝たり本読んだりだ。まったくいい身分だぜ。できれば一生こうやって生きていきたいぜ。次は『ダヴィンチ・コード』を読むぜ。

2004.10.19 Tue 露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも…

北野武監督『座頭市』を観て、ずっと何か書こうと思っていた。でも、どうしてもくだらない浅薄な感想しか浮かんでこない。全体に流れるのは「タップ」に象徴されるリズム感と冒頭のヤクザが刀を抜いたときに誤って隣の仲間の腕を斬ってしまうことで表現される「リアリティ」とガダルカナル・タカ氏がやってしまうあからさまな「殺陣」という「段取り」チャンバラの暴露とそこから浮かび上がる北野武流の殺陣。時代劇にタップ? 普通はそこに違和を覚える。「ありえない」と思うし、江戸時代にタップはなかったはずだという「リアルじゃない」感じ。まあ、そういうことだ。僕らが依拠している『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』などの時代劇のリアリティから『座頭市』はかけ離れている。ただそれだけのことだ。副将軍が全国行脚したり、現役の将軍が市井の人々の中で生活したり、盲目の居合いの達人がいたり、そういった「ありえない」設定の中、いったい何が「リアル」で「リアリティ」なのか。『座頭市』は勝新太郎氏がそうであったように、生ぬるい既存の時代劇に対する監督のもう一つのリアリティの表現なのだ。と思う。言うまでもないが「もはや、敵なし」で「最強」なのは座頭の市ではなく北野武監督本人なのである。確信犯のキャッチコピーだ。
ちなみに、『座頭市』と一緒に借りてきた『みんなやってるか』と『あの夏、いちばん静かな海』は両作品とも非常に示唆的な作品だった。どちらもある意味で北野武監督作品郡の「裏面」的位置にあるものだと思う。

2004.10.18 Mon すべては真空の中へ消えていく

現在書店に並んでいる文芸誌『新潮』11月号に掲載されている「第36回新潮新人賞」受賞作『真空が流れる』の作者の佐藤弘氏は、1980年生まれで僕と同い年だ。受賞の言葉や受賞インタビューで佐藤氏は、書くこと(表現すること)に羞恥心を感じると述べている。おそらく、著者近影やその他の発言からして、その言葉は本心だと思う。「キャラ」つくりではないと思う。そういう素直な気持ちをストレートに(内心には葛藤があったとしても)表現してしまえるところに、佐藤氏のようなタイプの誠実さと強みがあるのだと思う。いや、1/3広告に誑かされて本を出版してしまう阿呆どもとは、心根も技術も感性も雲泥の差がある。同じ1980年生まれなのに、僕とはうんことダイヤモンドくらいの差がある。いや、こういう誠実で素晴らしい方が、同い年の中から生まれ作家として活躍されていくことに、僕は希望が持てる。「わからないものをわからないままに」「曖昧なものを曖昧なままに」表現することがどれだけ大変でスゴイことか、ガハハたちには一生わからないだろうが。まあ、いいや。

2004.10.14 Thu 三池崇史監督『ゼブラーマン』

ビデオで。
「コスプレヒーロー」と聞いていたので、『アンブレイカブル』のようなものを期待して観たのだが、ちゃんとした(?)ヒーローものだった。子供のころ、男の子なら一度は正義の味方に憧れるものだが、常に「悪役がいない」ことで躓いてしまう。「地球防衛軍」をつくるのはいいが、そう簡単に「世界征服を企む悪の秘密結社」みたいなのは見つからない。そういう「子供の夢想」を「現実的に」描いてみせるのが、最近流行っているのだろうか? 『アンブレイカブル』とか『20世紀少年』とかは、その類だと思うのだが。空想科学マンガを読んで育った世代が、いい大人になって、実作者になったり、消費者になったりしているからだろう。まあ、マンガみたいな事件が頻発する世相も反映してのことかもしれんが。

これで、「コスプレヒーロー」を突き通して、「家族」みたいなのを通底テーマにすれば、『マスク・ド・41』みたいになったのだろうが。まあいいや。燃えたし。

2004.10.04 Mon 雨の日は登校拒否って本を読もう

福永武彦『草の花』

恋愛モノ。青春モノ。ここでは愛とか恋とか青春とか孤独とか死とか、そういったものに取り憑かれた芸術家志望青年が出てきて、そういったものについてあーでもないこーでもないと煩悶したり、好きになった相手にそういう気持ちをぶつけて拒絶されたりする。まあ、素直というか、真面目というか、昔の文学青年のベタなイメージに完璧に合致した主人公だ。
なんだこりゃ、古臭せぇーし、ウゼぇー、と一蹴できれば、僕ハッピーなのだが、そう言い切れない自分がいる。ん? っていうか、自分が志向する小説の元祖みたいなものがこれなのでは、と思ってしまった。いや、もちろん、ここで描かれてるように僕らはストレートに純粋にはなりきれないだろうが、いや、だからこそ、真っ直ぐや素直や真面目や無垢や無邪気やそういったふうにはもう振る舞えない現代において、どうやって素直さや真面目さや無垢さや無邪気さを保っていけるのか、あるいは現代におけるそういったものの真の在り方とは如何なるものか、を僕らは模索しているのではないだろうか。『草の花』で描かれているものが、僕らのスタートにあるのではないか。そんなふうに思ってしまったわけだ。

例えば、「誰かを愛することの美しさ」は小説のテーマたり得るだろう。しかし、僕らは知っているではないか、「誰かを愛することは、その他の誰かを愛さないことであり、究極のエゴイズムである」ということを。僕らは知っているではないか「美しいものを美しいと思う心が美しい」などという言葉は便所のカレンダーにはお誂え向きだとしても、いや人間の究極のエゴイズムを的確に表していて素晴らしいとは思うのだけれども、嘘でもいいから芸術を志す人間は「美しくないもののなかに、いかに美しさを見出せるか」を問うべきだろうことを。

複雑ぶって見せようとする僕だが、究極、この『草の花』的な心性が僕の根底にあることを見せつけられた気がした。たぶんこういう小説が僕は書きたいのだろう。いや、違う? まあ、そんなことは、どうでもいい。まだ半分しか読んでいないし、雨は止まないし。