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  04年05年冬に乗った列車@ 「192D」(予讃線)

 2004年12月27日  松山18:53− 0:12高松

 

 JR四国の鈍行列車で、何か面白そうな列車ないかな…と時刻表をめくる。しかしそのほとんどは主要駅ごとで分断されていて、趣味的な魅力は「?」である。そんななか、ふと目に付いたのがこの192Dであった。松山と高松を結ぶ唯一の直通普通列車、それもディーゼルカーである。たぶん何らかの車両運用上の理由があってのことだろうが、今回はこれを狙ってみることにした。

 松山駅に着いてみると目的の192Dは既に入線しており、高松方からキハ58293+キハ6526の2連である。「カラカラカラ…」という昔ながらのアイドリング音を聞いていると、国鉄時代のローカルDCが思い出される。さて連結部の銘板を見ると、キハ58は昭和38年、キハ65は昭和45年のいずれも日本車輌製のクルマであることがわかり、その製造年に親しみを感じた(?)のかキハ58のほうに座ってみた。

 座席定員の半分ほどの客を乗せて松山を出発。スピードを上げると窓がビリビリときしみ、さらにディーゼルの紫煙臭が車内に漂う。まぁ、これは予想範囲内かつ期待範囲内なので良しとしよう。地元客は早く新車にしてくれ、という気持ちだろうけどね…。 

松山駅で出発を待つ2両編成 

 列車は帰宅の地元客がほとんどで、少なくともカメラバッグを荷物とする乗客は1名しかいない(自分だけ)。しかし伊予北条あたりで地元客がおおかた下車してしまうと、荷物の大きい旅行客も若干いることがわかる。

 車窓は既に日が暮れてしまっているので残念ながら望むべくもない。もしこの列車が日中の運用であれば、必ずや鉄道ファンがボックス席を占め列車交換ごとにホームを走り回る光景が展開されるであろう。しかしそれがない故に「平和な」ローカル列車の雰囲気を味わえるとも言える。 

 予讃線はその大部分が単線だが、幹線のため列車交換・待避が結構ある。そのたびに5分〜15分程度の停車を繰り返す。伊予亀岡・伊予桜井・関川・伊予三島と、未下車駅にその時間を利用して改札外に出てみる。もっともこの列車にはトイレがない(キハ58も改造で撤去)ので、停車時間に小用…という現実的な有難味もある。

伊予亀岡で14分停車、特急を待避する

 伊予三島では改札を出たところに地元物産展のショーケースがあったが、そこに「四国中央市」と大書されているのが目についた。近年の自治体の合併、夏に飛騨古川を旅行した際にもパンフレットに「飛騨市」とあり、その改編の進行度に頭の中の地図が「書き換え追いつかんなっ」という印象を強めた。

 列車は愛媛県と別れ、香川県に入った。詫間を出るとわがキハ58には自分の他に誰もいなくなったので、冬12月の夜にもかかわらず走行中に窓をいっぱいに開けてみた。カタンカタンとジョイントを刻み、ブォーとエンジンを吹かす様子が臨場感溢れる(ちょっと誇大表現かな?)。思えば窓を開けられるローカル列車もだいぶ減ってしまい、風を顔に受けながら流れ行く風景を味わう旅も難しくなったものである。 

 多度津からは後続の特急「いしづち36号」から乗り継ぐ客が若干あった。松山を後発する特急に抜かれるのもこれで3本目である。丸亀・坂出からも数人の乗車があり、日付が変わる深夜の列車ながら高松圏の列車を実感する。

 0:12高松着。新装成った駅舎が遠来の鈍行客を迎えてくれた。

外は闇…何を想うか、このオッサン

新装成った高松駅(翌朝撮影)