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  「思い出の583系はつかり」レポート

  たいへんお待たせしました。最近の話題第一弾ということで、お届けします。(古いなんて言わないでネ。)

 1.やっと取れた指定券

 指定券発売の3月29日。この日は休み番だが自分の切符を取るための端末操作をせねばと出社。しかし画面には無情の「ハザ/ロザ ウリキレ」の表示が・・・。ああ10時の発売でもだめかとこの時は諦めたが、なんと運転の2日前に空席がでて無我夢中でGetする。しかしヤドが取れないじゃないの、どうしよう?結局その日の上り「はくつる」の寝台券を“遺憾ながら”用意した。トホホ。普通、青森の日帰りなんてしないよね。お読みの方、「いや、キミならおかしくないよ」なんて言わないでネ。そんなわけで、急きょこの旅行は敢行されるに至ったのであった。

東北新幹線開業直前の撮影(昭和57年6月/鶯谷)

 

 2.上野駅へ

 さて当日。山手線で上野へ向かう。途中の鶯谷ホームはかつて東北特急・上越特急華やかなりし頃、手軽な撮影地としてよく利用したのが思い出された。本日も10人ぐらいはいるのかなと山手線車内から見ると30人以上はいる!すごいや、でも鶯谷がこのさまでは当の上野は?と思いつつ14番線にたどり着くと、カメラの群れが凄い。入線の写真を撮ろうと思ったが、人垣が幾重にもなりムリだ。そのなかを「主役」は超徐行で入線(行止り式ホームだから当然だが)、千両役者の登場にストロボの雨あられとなる。やっとのことで右下の写真を1枚撮影し、わが席の8号車9A席へ。ボックス席なので同行の(同好の)方に挨拶する。

 昭和57年春撮影の「はつかり7号」(鶯谷)

 

 3.583系はつかりは甦った

 JR東日本の出発式も終わり遂にスタート。地平ホームからポイントをゴトゴトとわたってさあ加速と言いたいところだが、設定臨の悲しさでノロノロ運転。でも沿線で写真を撮る人は楽だろうなぁ。大宮に着くとここもファンの人出が凄まじい。一般市民は何だろうと不思議がっている感じだ。このあとカメラの砲列が至る所に待ち構える光景が繰り返される。同じボックス席の方々と歓談すると、予想に違わずなかなかの「鉄歴」の諸兄ぞろいであり、そのスジの会話も気兼ねなくできて楽しい。(ワッハッハ)

 4.弁当を食う

 宇都宮を過ぎて弁当購入。程なく黒磯に10分ほど運転停車。照明がいったん消えるが、この列車の乗客なら90%以上のかたは驚かなかったはず。運転停車はこのあと白石・鹿島台でやはり10分程度あった。それにしてもこのスピードの遅さには参るなあ。時刻表を見たときからおおよそ予想は出来たけど・・・。 

 

JNRマークが復活している。(上野にて)

 

 5.停車駅にて

 右の写真は福島駅でのもので、皆撮影に熱中。ここは4分停車だからまあ時間があるほうだったが、郡山(3分)、仙台(2分)も多くのファンがホーム降りたち、反対のホームへ跨線橋をダッシュする輩も多かった。数分の延発が生じたようだが、まさかこのための「ゆとりダイヤ」じゃないはず、ファンのマナーはいまいちといったところかな。自分はこの福島でのスナップ1枚がやっとであった。

 6.車内を巡回

 最近は全くやらなくなった乗車列車の車号メモを今回は久々に行い車内を巡回する。9号車のサハネ581-52のみ車体未更新で、窓のベネジアンブラインドや洗面台のたん壷が残っており国鉄時代を思い出させる。運転台では展望ビデオ撮影が行われていた。

福島で小休止、皆写真撮影に興じる

 

 7.謎のランニングシャツ男

 車内を巡回していて気づいたが、ランニングシャツに短パンという不思議な格好のオッサンが乗っていて、停車駅ごとにホームを走りまわっている。鉄道ファンには自己顕示欲の強い人が多いが、これはいかに?同じボックスの方によると前月の「白鳥」最終列車にも乗っていたとのこと。う〜ん、恐ろしや。後に鉄道系サイトで調べると、この男の話題でもちきりであった。この調子だと、8月の「ひばり」にも出没する可能性が高いのではないかと考えてしまう。見たいような、見たくないような・・・。

写真を撮れば良かったけど、できませんでした。

(ちょっと怖かった・・・)

 

 8.おお、往年の走りっぷり

 鹿島台の運転停車の後は、特急らしいスピードの運転となる。まあここまで来れば列車密度も高くはないし、乗車のファンとしては有難いかぎり。岩手県にはいると陽光も西に傾き、沿線のファンもほとんどいなくなる。盛岡からも快調な走りっぷり、御堂〜奥中山の「通いなれた」登りもモーター音も軽やかに過ぎ行く。後続の「はつかり19号」に尻をたたかれてるダイヤなので当然ではあるけどね。沿線には新幹線の八戸開業に向けての新しい高架橋などが至るところに見え、開業近しを実感する。このあたりの乗車率はほぼ4分の3で、ボックスまるまる空いているところも出てきた。しかしこの区間のみの指定券もほとんど取れなかったはずで、記念の買占めでもあったのかとつい勘ぐってしまう。

盛岡を過ぎると、岩手山が見える。(渋民付近)

 9.乗車記念証明書の交付

 小繋を過ぎる頃から「乗車証明書」交付のため、座席に戻るようにとの案内放送が流れ、各自の座席番号入りの証明書が交付される。配布された証明書を皆しげしげと見入る(魅入る)。右の写真にもあるようになかなかよく出きた内容で、感慨にふけっていつまでも眺めているファンも少なくなかった。なお表紙は「最近の話題」のほうをご覧頂ければ幸いである。それにしても都合により途中駅で降りざるを得なかったファンには「乗車証明書」の交付がなく、何とも気の毒。この点についても鉄道系サイトでいろいろと論じられているようである。

スグレモノの「乗車証明書」に感慨しきり・・・

 

 10.青森えぴろおぐ

 八戸付近の霧のため、いつしか列車は10分ほど遅れている。窓の外は闇となり、窓側の席は高い天井からの蛍光灯と張出した荷棚の荷物のせいでかなり暗く、本などを読める明るさではない。しかし昔はこれが当たり前だったのだろうな、などと思いながら見えない車窓を眺める。青森が近づくと車掌の挨拶があった。また、ちゃんと接続列車の案内があり、鉄道ファンの列車ではあるが一般売りの列車であったことを実感する。コトコトと構内のポイントを渡って青森に着く。ホームに降り立つと、少しひんやりとした空気が出迎えてくれた。これから「海峡」「はまなす」で北の大地を目指す人、青森に宿泊して明日の「鉄道部品オークション」に備える人など、ファンの思いはさまざまである。彼らにとっても思い出に残る旅でありますように。ああ、それにしてももっと余韻に浸っていたかったと「はくつる」のハネで思い返す自分であった。

 −おしまい−(読んで頂き、ありがとうございました。)

青森着。翼を休める「はつかり」