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  旧形国電の思い出(8)−御殿場線の72・73系−

   

   72・73系は小学校の時に総武線で見たチョコレート色の印象が強い。よって「旧国」イコールチョコレート色の図式が子供心にあったわけだが、昭和54年に身延の省線電車(スカ塗り)を見てから旧国カラーのイメージにも少々変化が生じるようになった。今回取り上げる御殿場線は72・73系ながら「スカ塗り」をまとった車両たちである。

   御殿場線の72・73系は昭和54年の秋に115系化されてしまい、自分が実際に乗れたのはその年の3月と8月の2回だけ、うち3月の方は身延線共々初乗車であったが天気に恵まれず、御殿場線は日没&雨天という有様であった。よって今回は8月の乗車を回想してみよう。  

松田でのクモハ73900(昭和54年3月)

   

   今回も例により現存する「乗車ルポ」を紐解こう。

   乗車列車は627M、国府津5:55−7:51沼津という早朝の列車である。大船から一番電車で東海道線で国府津へ向かうが、下車直前に電留線に湘南色の115系を発見。さては置換えが始まったかとドキリとしたが、ちゃんと3番線には右の編成が止まっておりほっとする。跨線橋を渡り、扉を手でガラガラと開け、車内に入る。早朝とあってすいている。

   上り「出雲4号」が5:54に通過、こちらも出発となる。   

 

国府津にて(昭和54年8月14日・以下同じ)

   快晴の夏の早朝、窓をいっぱいに開けると風が涼しい。夏はこの時間から十分に撮影できるのがありがたい。単線なので交換待ちの時間を利用して撮影や車号メモに力が入る。(15才11ヶ月の私を思い浮かべて下さい…。)

   クモハ73359は更新車ながら前面にシルヘッダーを残す個性的な車両である。またサハ78401は旧42系のグループを4扉化した車両で、隣の車両から銘版をのぞくと「昭和6年/田中車両」「昭和29年/汽車会社」とある。外観を見てもリベットが並んでいて、いかにも省線電車らしい雰囲気を持っていた。この車両を形式写真として残してないのが実に悔やまれる…。

クモハ73359+サハ78106+サハ78401+クモハ73030

   東京行き113系電車と下曽我・松田で交換する。また、線内運用の72・73系も4連×2の8両編成がこの時間は多い。わが627Mはどうなのかしらと思ったら、御殿場で後ろに増結、クモハ73088+サハ78113+モハ72148+クハ79937の4連である。

   この御殿場では増結車も含め一気に満席となり、立ち客も多く出た。そう、御殿場〜沼津は純然たる通勤電車なのである。こうなると撮影や車番チェックが少々しづらくなるのは鉄道ファンとして残念だがまあ仕方がない。8両の旧国編成はツリカケ駆動の唸りも高らかに沼津へ向かった。沿線には「電車の増発を」との看板が目立った。

 

松田で12分の停車、113系東京行きと交換

   沼津到着。乗客を降ろすと先程の増結編成は切り離されて電留線へ引上げ、はじめの4両が折返し列車となった。沼津にも115系4連が留置されており、置換え近しを改めて実感した。

 

   さて今回は御殿場線を紹介したが、残るは飯田線・大川支線・長門本山支線となった。予定としては飯田/大川/長門本山の順に取り上げ、最後に飯田線ラストチャンスの乗車ルポ(昭和58年5月)を掲載したいと思う。

 

御殿場で4両増結して8両編成になる