とはずがたり 巻五(4)  足摺岬                  

 

    

    昔、一人の僧ありき。この所に行なひていたりき。小法師一人使ひき。かの小法師、慈悲を先とする心ざしありけるに、

いずくよりといふ事もなきに、小法師一人来て、時、非時を食ふ。小法師、かならずわが分を分けて食はす。

坊主いさめて言はく、「一度、二度にあらず。さのみかく、すべからず。」と言ふ。又明日の刻限に来たり。「心ざしはかく

思へども、坊主叱りたまふ。これより後は、なおはしそ。今ばかりぞよ。」とて、又分けて食はす。今の小法師言はく、

「此ほどの情け、忘れがたし。さらば、わが住みかへ、いざ給へ、見に」と言ふ。小法師、語らはれて行く。坊主、あやしくて、

忍びて見送るに、岬に至りぬ。一葉の船に棹さして、南を指して行く。坊主泣く泣く「我を捨てて、いづくへ行くぞ」と言ふ。

小法師、「補陀落世界へまかりぬ」と答ふ。見れば、二人の菩薩になりて、船の艫舳に立ちたり。心憂く悲しくて、泣く泣く

足摺りをしたりけるより、足摺の岬と言ふなり。岩に足跡とどまるといへども、坊主はむなしく帰りぬ。

それより、「隔つる心あるによりてこそ、かかる憂き事あれ」とて、かやうに住まひたり。



時・非時(とき・ひじ)=戒律上の午前・午後の食事
艫舳(ともへ)=船尾と船首


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