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update 2014/04/17)

変わりゆく鎌倉の寺院

 
 

 

   先日鎌倉を来訪し、鎌倉駅から大町方面を散策してみた。昭和50年代にくまなく市内の史跡を巡った者にとっては懐かしい光景の連続だったが、それでも各所で「あぁ時代と共に変わってゆくのだな」と思わせる場面にも少なからず出くわした。それらの点景を今回はピックアップしてみたい。

   鎌倉駅から大町方面へ歩くには本覚寺の境内を通り夷堂橋を渡るのが近道でわかりやすい。その本覚寺は東身延と称され、付近の妙本寺と共に日蓮宗由緒寺院のひとつであるが、その本堂には右写真のように屋根の改修工事のため足場が張り巡らされていた。本格的な工事はこれからのようだが、どのように変わるのか関心のあるところである。ちなみに山門(右上写真)は既に改築されていた。

本堂瓦の改修工事中の本覚寺

 

   夷堂橋から南へ向かうとその途中に教恩寺がある。時宗のこじんまりとした寺院だが、屋根が銅葺きの新しいものになっていた。今回の来訪時にはご朱印を受ける参拝客がいたが、本堂左手の受付所がわかりやすくなっており、近時はこのような寺院が鎌倉でも増えているように感じられた。(下写真は瓦屋根時代の教恩寺)

 

銅葺き屋根となった教恩寺

  

    さて大町四ツ角から名越方面に少し歩くと別願寺・安養院・上行寺と寺院が続く。このうち上行寺は山門が新しくなっていた。かつて来訪した際には本堂の凝った欄間彫刻が印象的で、さてはその本堂も変わってしまったのかと思ったが下写真の通り昔のままだった。 

  

上行寺の新しい山門

    

   横須賀線の踏切を渡り、しばらく歩くと左手に妙長寺が見えてきた。日蓮上人伊豆法難ゆかりの寺院として知られるが、山門と本堂が新しくなっていた。一方でシンボリックだった高さ11メートルの相輪塔が無くなっており(先端部のみ残存・下写真)、境内の雰囲気が変わった印象を受けた。

   これら寺院の変遷は昔を知る者にとってはある種の感慨がある。しかしこれらは防災・防犯上必要な措置でもあり、肯定的に受け止めたいと思う。

 

     新装なった妙長寺本堂