第一幕『カイトと仲間と盗賊と』(15)



 そこに書かれていたのは、特殊な剣術だった。
 気を練って剣に乗せて敵に切りつける。魔法が使えない者でも十分ダメージを与えることができる。
 気の練り方によっては、かなりの威力になりそうだった。
 ただこの剣術は父さんが独自に編み出したもので、使い方は記されていたが取得方法は記されていなかった。
 特に気の練り方は父さんが生来から使えたからなのか、何も記されていなかった。
 つまりこの剣術書だけでは役に立たないことが分かった。
 だが、俺には奥の手があった。実はカザーブであの武闘家に会ったときに気を練って戦っていたと聞いていた。
 武闘家は鉄の爪に気を乗せて戦うすべを持っていた。
 武闘家なら大抵の者は気を練ることができるという。そうでなければ、硬いうろこの魔物相手に素手で戦うことは難しいと言っていた。
 中には気を飛ばすことができる者もいたとかいないとか。
 ただの噂でしかないと言っていたが確か『かめかめか』だか『はめはめは』だとかいう技だという。技の名前からして胡散臭い。
 それはさておき、今後は気の練り方をマスターしないといけない。そして父さんの剣術もマスターし、自分流にアレンジして戦いに備えたい。
 そのためにもカザーブに戻ったら、もう一度あの武闘家に会ってみよう。
 カイト流剣術として後世に残したい。なんて言ったらミリアに馬鹿にされそうだ。
 とにかくまずはこの鳳凰縦一文字斬を使えるようにしよう。ただし、みんなには内緒で行うつもりだ。
 いきなり必殺技を見せて驚かせるというのも面白いが、努力しているところはあまり見せたくないというプライドみたいなものが主な理由だ。
「で、なんて書いてあったのよ?」
 ミリアがそう言って覗き込んでくる。
 俺は書を閉じると背負い袋の中に仕舞った。
「剣の道は一日にして成らず。基本の型を続けることで身につくと書いてあったよ」
 俺はそう言って肩をすくめる。
「基本は大事です。基本を疎かにしてはいざというときに失敗します。継続は力なりです」
 ユズハはそう言って胸の前で手を組んで目を閉じる。祈りをささげているのだろう。
「あたしも自分の血肉になるくらい基本をやった。土台がしっかりしていなかったら、立派な家でもすぐ倒れるからな」
 レイラはそう言って腰の剣をポンと叩く。
「父さんによく言われたのは、剣は手の延長のように稽古しろだった」
 なるほど、手の延長ね。確かに体の一部になるまでとよく言われたな。
 あれ? でも誰にだっけ? 「ふんっ」
 ミリアは納得はしていないようで、鼻を鳴らしながら一応覗くのを諦めた。

 洞窟の最奥に行くと宝箱が置いてあった。中にはゆめみるルビーと書き置きも入っていた。
『お母さま。先立つ不孝をお許しください。私たちはエルフと人間。この世で許されぬ愛ならせめて天国で一緒になります』
 と予想した通りのことが書いてあった。
 予想していたとはいえ、やっぱりいい気分ではなかった。
 そしてこれからこのことを報告しなければならないと思うと、気が重くなるのだった。
 やはりエルフの女王は報告を受けると悲嘆にくれ二人を認めなかった自分を責めた。
 しばらく無言でいた後、目覚めの粉を渡された。
 この粉でノアニールが目覚めるという。俺たちはさっそくノアニールへと向かった。


 ノアニールで目覚めさせることに成功した俺たちは、カザーブに戻ってきていた。
 ノアニールでは、重要な情報を手に入れることができた。
 いろんな話をまとめると、ノアニールの人たちが眠りにつく前に父さんがノアニールにいたということが分かった。
 ノアニールで何をしていたのかはわからないが、父さんの足跡を辿れて良かった気がする。
 ただ、出発が遅れていればあそこで眠ったままで死ななくて済んだのではと思ってしまう。そうすれば……。
 いや、今はそんなことより、墓場に行かなければ。
 俺はそっと宿屋を抜け出して墓場へと向かった。
「やはり来たか」
 墓場につくと武闘家がそう言って姿を現した。
「気の……」
「みなまで言わなくても分かる。気の練り方を教えよう」
 武闘家は音もなく目の前に動いてきた。
「気は自らの内なる力を呼び覚ますことによって使える。心静かにし、内なる力を見つけるのが重要」
「内なる力?」
「さよう、そのためには精神修行をせねばならない。心乱れていては力を制御することができぬ。
 まずは動かずに心静かにする」
 動かず心静かに……。
「瞑想するといい。瞑想して心を清めるのだ。さすれば内なる力に気づくことができる。気を操ることもできる」
 気を操る。確かにそれができれば剣に気を乗せることもできる。
「頑張るのだ」
 武闘家はそういうとすぅっと消えてしまった。
 俺は頭を垂れて感謝の意を無言で伝えた。
「さ、明日から修行だ。今日は…もう寝る」
 俺は踵を返すと宿屋へと向かった。明日からシャンパーニの塔だ。



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