1章(9)



 二日後、俺は雅の家に来ていた。
 雅の家で行われる誕生パーティーに参加するためだ。
 さすがに財閥の令嬢だけあって祝いに来る人たちは各界の有名人だった。
 俺の知らない財界の人や俺でも知っている著名な人物まで祝いに来ており、自分がここにいるのは場違いな気がする。
 いや、本当に場違いなのだろう。俺には全く縁のない世界だからな。
 雅の方を見ると父親とともに祝いに来た人たちに挨拶をしている。当分こっちに来る気配はなさそうだ。
 それにしても…あそこにも場違いな人が……。さっきから食べてばかりいる。
 それにしてもよく食べるな。ちっちゃな体のどこに入るのだろうか?
 どうやらこっちに気づいたようだ。皿に料理を乗せてやってくる。
「はじめまして、良平」
「あ、はじめましてって、何でおれ…いや、私の名前をご存知なのでしょうか?」
 さすがにこの場でいつもどおりの話し方は出来ない。慣れないながらも丁寧な言葉遣いを心がける。
「さて、何ででしょう? ふふふ」
 たぶん中学生くらいではないだろうか。その女の子は笑顔を見せながら俺の顔を覗き込んだ。
 その笑顔は太陽が輝いているかのような明るい笑顔だった。
 女の子はそのまま俺を上から下へと見つめていった。
「顔もスタイルも合格ってところかしら。もっともベリーベリーの木苺タルトには劣るけど」
 女の子はそう言うと横のテーブルの上にあったタルトを手にすると一瞬にして食べてしまった。
 それよりお菓子と比べられるのは心外だな。
「やっぱり木苺タルトは美味しい♪」
「相変わらず食い意地がはってるわね」
「あら、お姉さま」
 いつの間にか雅がやって来ていた。  雅と女の子は姉妹だったらしい。お姉さまって…て
「お姉さま!?」
「そ、お姉さまで私は妹」
 はは、どうりで俺のことを知っていたわけだ。
「紹介するわね、私の妹の舞よ。イギリス留学しているの」
「神楽舞よ、日本に戻ってきたばかり。運動と食べることが好き」
「本当に良くあれだけ食べて太らないわね」
「そのぶん運動しているもの」
 舞はそう言ってクスクスと笑う。雅は呆れた顔を見せる。
 なるほど、よく食べてよく動くから太らずにいられるのか。それにしても……。
「何か言いたそうな顔ね。何かしら?」
「……いや別に」
「どうせ、あれだけ食べて背が小さいとかそういうことでしょ。こう見えても高校一年生よ」
「え!?」
 高校…一年生……? 綾と一緒なのか?
「9月から付属高校に編入することになっているわ」
 雅がそう言って肩をすくめる。ということは綾と一緒のクラスになる可能性がある?
「最も一旦イギリスに戻るけどね。8月に帰ってきてから通うことになるけどね」
 舞はそう言ってウインクしてみせる。だがその際にも近くにあったケーキを口に頬張っている。
 相当食い意地が張っているんだな。でも背丈は中学生みたいだけど。
「ところでお姉さま、もう挨拶はいいのかしら?」
「一応ね。お父様も誕生日くらいでこんなに派手なパーティーをしなくても良いのに」
「仕方ないわよ。二十歳のお披露目なんだから」
 そういえば、今回の誕生日は特別だと言っていたな。どういう意味なんだろうか。
「神楽家の二十歳は成人になるというだけでなく、神楽家の一員として認められるのよ」
「神楽家の…一員……」
「一員になると神楽家で発言権が得られる。
 もちろん、二十歳以下でも発言権はあるけど責任は伴わない。
 しかし一員として認められた者は発言に責任が伴い、その発言は対外的には神楽家の発言とされる」
「つまり私の発言は神楽家の発言でもあるのよ。軽々しい発言は出来ないわ」
 なるほどそういうことか。それならこれだけのパーティーが催されるわけだ。
「それより舞、お父様がお呼びよ」
「お父様が? また何かお説教かな」
「早く行ったほうが良いわよ」
「うん。でも…その前に……あそこのケーキを食べてから」
 舞はそう言うと向かいのケーキコーナーに向かっていった。
「もう少し女の子らしく出来ないかしら」
「甘いものが好きっていうのは女の子らしいと思うけど」
「限度があるわよ」
「それはそうだ」
 俺と雅はそう言うと顔を見合わせて笑った。
「それより少し外へ出ない?」
「外?」
「そう、テラスに」
 雅はそう言うとテラスの方へと向かった。
 俺は雅の後を付いていく。ついでにテーブルに置いてあった飲み物を手にする。
 こういうときお酒が飲めると格好付くんだが。
 扉を開けて外に出ると少しひんやりとした。空気が澄んでいて星がとても綺麗に見える。
 雅を見ると風で漆黒の髪がなびいている。月の光で髪が煌いてもいる。
「雅、はい」
 俺は左手に持っていたグラスを雅に渡す。受け取った雅はグラスを顔の前に持ってくる。
 俺は右手のグラスを雅のグラスに軽く当てた。
「ハッピーバスディ、雅」
「ありがとう」
 一口飲むと炭酸の入ったアップルジュースが口の中に広がった。甘酸っぱくてとても美味しかった。
「やっと二人っきりになれたわね」
「仕方がないさ。でも二人だけでお祝いしたかったな」
「それは私も同じよ。だからこうして抜け出してきたんじゃない」
 雅はそう言って俺のそばにやってくる。隣に並ぶとしな垂れるように寄り添ってきた。
 俺はそっと雅の肩を抱いてやる。しばらくの間そうして星を眺めていた。

 五分くらいそうしていただろうか。俺はあることに気が付いてそっと雅の体を離した。
 そしてポケットに手を入れると小さな箱を取り出した。
「忘れていた。誕生日プレゼントを渡していなかった」
 そして小さな箱を雅に手渡す。箱を受け取った雅はふたを開けた。
 ふたを開けた雅は目を見開いて驚いている。
「これは……結婚指輪?」
「違う違う、ただのペアリング。
 見てわかると思うけど内側に名前が彫ってあるんだ」
 表にはハートの模様が描かれているが内側には俺と雅の名前が彫ってある。
「俺の名前が彫ってあるのが雅ので、雅の名前が彫ってあるのが俺がつけるやつだよ」
 そう言って雅に渡すリングを左手の薬指に填めてあげた。
「結婚指輪はそのうちな。雅の一族に認められないとダメなんだろ?
 大学を卒業して働けるようになって落ち着いたらだな」
「そんなに待たせるの?」
「仕方がないだろう? お金も稼げないようでは生活は出来ないからな」
 そう、雅とは結婚を前提で付き合っている。
 雅の父親から付き合うことを認める以上それくらいの気持ちを持って欲しいということだった。
 俺から付き合って欲しいと頼んだならその覚悟はあったが、
 そうでないからそのときは困ったのだが今はその気持ちは持っているし、
 そのためにはきちんと職に就かなければと思っている。
「お父様は良平のことを気に入っているみたいだから大丈夫だと思うけど、
 お爺様が認めてくれれば……。そうすれば親戚たちも認めてくれるわ」
「そのためにもしっかり勉強を頑張らないとな」
 俺の言葉に頷くと雅は俺の指にもう一つのリングを填めた。
「そろそお冷えてきたから中に入ろうか」
 雅を促してパーティー会場に戻ることにした。
 二人の時間は短くもう少し一緒に居たかったが、後日改めて雅を祝ってやろうと思った。




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