成瀬作品の女優についての感想

高峰秀子

成瀬作品といえば、まずこの方の名前があがるでしょう。
高峰秀子さま、通称デコちゃん(成瀬監督は秀ちゃんと呼んでいたようですが)。
なんと17本の作品に出ているんですねぇ。
一般的には「浮雲」が代表作とか成瀬/高峰コンビの最高傑作と言われて
いますがご存知のように「浮雲」が成瀬作品の代表作ではなく、異色作と主張
している 私(管理者)としては、「乱れる」が(2人のコンビとしては)最高作である
と思います。
恋愛ものの傑作です。ちょうど40歳くらいの時です。
地方(清水市)の個人商店をきりもりしている未亡人で、亡き夫の弟(加山雄三)
から思いかけず愛の告白を受けてしまい、苦しむ女性を演じています。
この作品の一番の見せ場は、やはり山形の実家に戻る夜汽車の中での
高峰秀子の演技です。朝方、無邪気そうに眠っている義弟(見送りと称して、
勝手に付いてきてしまった)を見て、涙ぐみ「こうじさん、次の駅で降りましょう」と
言います。覚悟をしたような高峰秀子の表情は、年上の女性の慈愛に満ちたと
でも形容しましょうか。
駅からバス停に歩いていく途中で言う台詞「こうじさん、私も女よ。こうじさんから
好きだと言われて、内心はとても嬉しかった」。この告白のシーンは、これまで
内面にしまっていた「女」を静かに爆発させたような素晴らしい演技です。
この後、2人が行った「銀山温泉」では最終的に悲劇的な結末になるのですが
最後の高峰秀子の表情は、これはもう観てもらうしかないですね。
「乱れる」は成瀬ファン及び高峰秀子ファンは必見です。
 
美しいという意味では「女が階段を上る時」と「浮雲」ですね。
「浮雲」は作品は好きではないですが(また言ってる!)、高峰秀子の
美しさは形容する言葉がありません。年配の方に聞くと、高峰秀子はあまり色気
がないという印象を持たれているようですが、この2本に関しては、演技の
上手さ+色っぽさですね。
「女が〜」も作品としてはあまり好きではないですが、あの銀座のバーのマダム
の高峰秀子の和服姿には惚れてしまいます。
わざと不美人に演じたという「放浪記」と比べると、本当に同じ人かと思って
しまいます。「放浪記」のふてくされた不美人ぶりも必見でしょうね。
あと成瀬作品への出演作としては最後の「ひき逃げ」での、復讐に燃えた
女性像は少し怖いです。これも異色作です。
 
その他、多くの成瀬作品に出ていますが、17歳の可愛いバスガイド
「おこまさん」役の「秀子の車掌さん」も好きな作品です。
ご本人はインタビューで「ソーダ水のような映画」とおっしゃっています。
そういえば「稲妻」でもバスガイド役をやっていますね。

原節子

小津映画でのイメージが強い原節子ですが、ちゃんと成瀬作品にも出ています。
私は小津作品も好きですが、原節子に関しては、圧倒的に成瀬作品の方が
良いと思います。
小津作品の「晩春」「麦秋」「東京物語」の原節子は、見ているほうが疲れて
しまうようなあの気配りと頭のてっぺんから出ているような声が苦手です。
成瀬作品では「山の音」の原節子が少し小津作品の感じに似ているかもし
れません。
共演された女優さんたちのインタビューを読むと、原節子は素晴らしく綺麗で
あったけど、実は 「姉御肌」で、お酒も飲むし、タバコも吸う、マージャンも好き
だったと語っています。
そういう感じが良く出ていたのが、「驟雨」です。
私は原節子といえば「めし」ではなく「驟雨」なんですね。
成瀬/原コンビでは一番のお勧めです。
胃の悪い夫の佐野周二に食ってかかったり、きつい言葉を投げかけたりと、
何かに不満な倦怠期の奥さん(もちろん美しいですが)役を上手く演じています。
隣に引っ越してきた小林桂樹の年若い妻の根岸明美を近所の商店街に連れ
ていき、「あそこの肉屋がどうたら、八百屋の主人の態度がどうたら」と
まくしたてるシーンの自然でコミカルな演技には、感動をおぼえます。
こういうところが成瀬演出の素晴らしいところです。
「驟雨」では、冒頭の姪の香川京子の新婚旅行でのけんかを聞くシーンは
2人ともとても微笑ましくて好きです。
「娘・妻・母」の未亡人役も、同時期の小津作品「秋日和」よりも色っぽい。
成瀬作品以外だと「青い山脈」の先生役、山中貞雄作品「河内山宗俊」での
16歳
くらいの町娘役、小津作品の中では「東京暮色」等が印象に残っています。

山田
五十鈴

なんといっても「流れる」です。あの柳橋の芸者置き屋の女将役は、この方しか
いないでしょう。最初に登場する、二階の和室での布団から起きあがる姿から
して、もうすでにこの作品の雰囲気を醸し出しています。
女将としてのプライドも強いけれど、どこか弱いという女性をさらっと演じています。
化粧をし、着物を着こなして外出する時の姿は本当にあでやかで綺麗です。
ラスト近くで、芸者の杉村春子と三味線を弾きあうシーンは、初めて見たときに
背筋がぞくぞくとしました。なんて豪華で贅沢なシーンでしょう。
「夜の流れ」でも料亭の女将役を演じていますが、この作品は未見なので
わかりません。

戦前の成瀬作品のいわゆる「芸道物」には「鶴八鶴次郎」「歌行燈」「芝居道」
に出演しています。この頃の山田五十鈴は、まだ若くて可愛い感じですが、
すでに大人っぽい色気を持ち合わせているように感じます。
「鶴八鶴次郎」では三味線の名手ですが、コンビを組んでいる太夫の
鶴次郎(長谷川一夫)とは、愛し合っているのだけれど、すぐに芸のことで
喧嘩になります。芸にプライドを持った気の強い女性ですが、私が好きな
シーンは、一度喧嘩別れをした2人が鶴八の家で再会するシーンです。
最初は恥らうように視線をそらせていた2人が稽古を始めようとするまでの
2人のリズム。
「歌行燈」の松林で舞を教わるシーンも幻想的で素敵です。

成瀬作品以外にも数多くの名演を残してしますが、私が好きなのは
小津作品「東京暮色」でのマージャン屋おかみさんの役ですね。
娘の自殺を知って、一人で居酒屋で飲むシーンは、名演出、名演技
に唸ります。先日見た「或る夜の殿様」の人情味溢れる旅館の女中役
も良かった。

田中絹代

「西鶴一代女」「山椒太夫」「雨月物語」等の溝口作品の方がよく知られて
いますが、成瀬作品にも出演しています。
一番いいのは「おかあさん」でのタイトル通りの母親役と「流れる」での
住み込み女中の「梨花」(映画の中ではお春さんとニックネームつけられ
てしまっている)役でしょうね。
「おかあさん」は、子供に愛情をそそぎ、もくもくと働く典型的な昔の日本の
母親像を演じています。上記の溝口作品のように不幸のどん底までいかない
田中絹代は安心してみていられます。(笑)
娘の香川京子が、花嫁衣裳(着付けの試験のモデルとして)を着て
障子からひょいと顔を出したときに、娘の成長にはっとする母親の表情
を見せるシーンがとても好きです。
子供たちと向ヶ丘遊園に行く途中、ミニSL「おさるの電車」に乗って、乗り物酔い
をしてしまう田中絹代の表情はなかなか可愛くてユーモラスです。
香川京子に「かあちゃん、大丈夫?」とか言われて。
「おさるの電車」ですよ(笑)

「流れる」は、芸者の世界とは無縁の田中絹代の目から見た花柳界
の世界が描かれます。言葉使いの丁寧さが気持ちいいです。
あとは「三十三間堂通し矢物語」「銀座化粧」にも出ています。
ご存知の方もいると思いますが、「あにいもうと」ではなんと成瀬組の
助監督をしたそうです。本人からの希望で。
その後、何本かの映画の監督もしています。
私は1本も見る機会がなかったので、スカパーあたりで放映してくれないかと
思います。

成瀬作品以外でも、本当に数多くの作品に出ていますが、私が好きなのは
溝口作品「噂の女」の忙しそうに動き回る島原の女将役(娘の久我美子と
若い恋人をとりあったりする面白い役)と黒澤作品「赤ひげ」の加山雄三の
母親役あたりでしょうか。

杉村春子

言うまでもない名優ですが、成瀬作品にも数多く出ています。
バイプレイヤーのイメージが強いですが「晩菊」では主役をつとめています。
何といっても「晩菊」でしょうね。
冒頭、加東大介が、杉村春子の家の犬に向かって「怪しい人が来たらほえるん
だぞ」→(微笑しながら)「あんた最近ほえられなくなったはね」→加東大介が
「ええ、おかげさまで」というやり取りも、倉橋きん(杉村春子)の一人で生きてきた
中年女性の性格が良くあらわれています。
沢村貞子の「飲み屋」に借金の取り立てに行った時も
裏口から入ってきて「この前のように逃げられないようにと思って」と
はっきりと言うきん役は、正に杉村春子のはまり役といっていいでしょう。
こういうシーンは、本当にたまらなく魅力的です。
「うわ、きついなぁ」とか思いつつ。
昔恋心をいだいていた上原謙が来るとわかり、風呂屋へ行って、鏡台でお化粧
して迎えます、この場面では元芸者の艶っぽさを出しています。
「流れる」は、あまり売れていない芸者の悲哀を演じています。
通いの芸者で、コロッケが大好きというのも微笑ましい。
田中絹代が初めて「つた家」に来た時の「観察するような視線」も上手いです。
売れっ子芸者の岡田茉莉子とお座敷帰りのほろ酔い加減で、2人が一緒に
おどけて踊るシーンもとてもユーモラスで素敵です。本「成瀬巳喜男演出術」
によるとあのシーンは朝一番撮影だったそうです。
「娘・妻・母」では、息子 小泉博と嫁の草笛光子と同居している姑、「女の座」
では、笠智衆の奥さん役で貫禄のある姿を見せています。
その他「めし」(原節子の母親)、「鰯雲」は見ていますが、
失敗作として名高い「浦島太郎の後裔」(1946)と「春のめざめ」(1947)は
未見というより、見る機会がないのでわかりません。
「浦島太郎の後裔」(1946)が見たい!
その他の監督作品では、「東京物語」、突然の<紀子さん、あんぱん食べる>
の台詞が有名な「麦秋」、「晩春」などの小津作品が何といっても最高ですね。
「手をつなぐ子等」(稲垣浩監督)の主人公の知恵遅れの子供の母親役
では、卒業式のラストシーンに子供と一緒に学校の門へ向かって一礼を
する姿が感動的です。

賀原夏子

今回は渋いところで、賀原夏子。
この方は、中北千枝子と並んで、成瀬作品に欠かせない女優です。
考えたら、夏子というのはなかなかモダンな名前ですね。
「日本映画データベース」で検索したら、10本の成瀬作品に出ている
ようです。
特に「女が階段を上る時」以降の1960年代の後期作品には
「女が階段を上る時」「秋立ちぬ」「妻として女として」「放浪記」「女の歴史」
「ひき逃げ」と出演しています。
成瀬監督好みの、玄人受けする女優さんだったのて゜しょう。

この方ではまず「流れる」をあげます。
つた奴(山田五十鈴)の姉のおとよ役。映画では住んでいる場所から
鬼子母神とあだ名されていますが、「つた屋」という芸者置き屋の、
特殊な世界の中で、田中絹代とともにいわば<素人>の世界の普通の女性
として描かれています。
私が好きなシーンは、初めて住みこみの田中絹代を紹介されたシーン
の以下の台詞。
その時に、田中絹代に向かって「まあ、よろしく頼みますよ。ここの家
(注:つた屋)の人達はね、何か少しずつ足りないんだから」。
いい台詞ですし、この台詞を言う賀原夏子は本当に上手いです。
成瀬作品の魅力は、脇をかためる女優さんの芸達者ぶりにもあるのですね。
だから見るたびに深みを増していきます。

あとは「秋立ちぬ」。
新富町あたりの八百屋のおかみさん(藤原釜足の妻:さかえ)役ですが、
これがまたはまり役です。
茂子(乙羽信子)と秀男(大沢健三郎)が長野から八百屋についた時に言う
「あんたたち、ごはんは」という台詞の言いまわし。さらに主人公の秀男が、
2Fの部屋でかぶと虫を取り出した時の「まあ、いやだ何だい」と言う時の表情。
こういう何気ない台詞の時の演技は絶品です。
下町のおばさんを演じさせたら、この方の右に出る人はいませんね。

作品としてはあまり成功作とは思えない「女の歴史」ですが、この作品では
高峰秀子の義母役で、準主演のように出ています。
戦争を経ての波瀾万丈な女の一代記ですが、不幸にみまわれても
けろっとしている賀原夏子は<女性の強さ/したたかさ>をユーモラスに
表現しています。
確かラストシーンでも、すでにおばあさんになっているのに公園で見知らぬ
おじいさんと仲良く談笑しているのを見て、高峰秀子が「まったく」といって
あきれて笑うようなシーンだったと記憶しています。

その他「あらくれ」「杏っ子」「鰯雲」「妻として女として」「放浪記」「ひき逃げ」
などに出演しています。
その魅力を一言で言えば、<自然な演技>ということになるんでしょうね。

香川京子

香川京子、大好きな女優さんです。
溝口、黒澤、小津等の数多くの名作に出演されていますが
成瀬作品には5本出ています。
まずは「おかあさん」。
貧しくても明るく生きるというと単純な言い方ですが、
正にそのような少女を生き生きと演じています。
物語を進めるナレーションもしていて、ラストの「おかあさん」へ呼びかける
台詞が泣かせます。

「驟雨」は、冒頭に少ししか登場しませんが、この役が可愛くて
とても好きです。原節子の姪で、新婚旅行帰りの役です。
笑っていたのに突然、泣き出して、原節子の「どうしたの」という
台詞から、一気に新婚旅行で夫と喧嘩したことをまくしたてて
いきます。
喧嘩の原因を説明する過程で夫の口調をまねて話すシーンは
本当に微笑ましくて、こういう場面を見ると幸せな気分にさせられます。
台詞もかなり長いし、良く見るとなかなか難しい演技ではないかと
思いますが、そういうことを感じさせない自然な演技がいいですね。

主役とも言える「杏っ子」は、前半の疎開先の高原(軽井沢あたりを
想定)と後半の東京での木村功との夫婦生活に分かれますが、
私は前半の場面の方が好きです。
前半での杏子(香川京子)は、作家の父親(山村聡)の元で育った
性格のいいお嬢さんで、ピアノを弾く場面なども印象的です。
前半は、他の成瀬作品のイメージに近いのですが、後半は
売れない小説家の夫・木村功とのすさんだ家庭の中で
耐える女性という珍しい役を演じています。
香川京子が夫からひどい仕打ちを受けたりするのは、見るに忍びない
という私の感情もあるのか、この作品の後半はあまり好きではありません。
ただし、木村功も煮え切らないいやな男を上手く演じているとは思います。
前半は牧歌的な風景の中、ユーモラスな場面もあってとてもいい雰囲気
なのですが、後半部分がくどくて、ちょっと後味の悪い作品という感じですね。

「銀座化粧」では銀座のバーの女給(ホステスというより女給)、「稲妻」
では下町から世田谷に引っ越した高峰秀子の下宿先の隣に住む女性
を演じていますが、この2本はあまり印象がありません。

他の監督の作品では、やはり溝口作品「近松物語」「山椒太夫」が
素晴らしいです。

先日、新文芸座のトークショーで拝見しました。今も本当にお綺麗です。

杉葉子

「青い山脈」が一番有名ですが、成瀬作品にも5本出演しています。

「夫婦」での上原謙の妻役が一番好きです。
「青い山脈」のイメージからか、明るく健康的な娘役の印象がありますが、
「夫婦」では、子供のいない夫婦の日常生活の中で、夫に対する
不満と、同居している夫の同僚 三國連太郎からの求愛に対する
微妙な気持ちの揺れを、見事に演じています。
とはいっても「めし」の原節子や「妻」の高峰三枝子のように
生活にやつれた奥さんという感じではなく、若さを内に秘めたような
若妻の役です。この作品が代表作といっていいでしょう。
99年の「三百人劇場」での成瀬特集の際、私がお誘いして
ご一緒にこの作品を観たのはとてもいい想い出です。

「山の音」の社長秘書役はスタイルもよく色っぽいです。
といっても、公私のけじめをつけている気高さを持っていて
さっぱりとした感じが気持ちいいです。

「石中先生行状記」は、「青い山脈」と同様、池部良が恋人役で
とても可愛くて頭のよさそうな女の子を演じています。
石中先生に「君はどれくらい彼のことを愛しているんだね」
といわれて、両手を大きく広げるシーンは何度見ても微笑ましいです。

「めし」では、原節子の実家の小林桂樹の妻役、「妻の心」では
高峰秀子の女学校時代の親友で、かつ銀行員・三船敏郎の妹役
を演じています。「妻の心」はヘアスタイルもボーイッシュな感じで
高峰秀子の良き理解者という役です。

他の監督作品では「青い山脈」以外では、なんといっても
市川崑監督の昭和20年代東宝時代の作品「結婚行進曲」の
営業ウーマン役(とても綺麗)、「青春銭型平次」での豆腐屋の娘
お静(町娘役が可愛い)他「ラッキーさん」の社長令嬢、「プーサン」
の越路吹雪の友人のOL役などがお勧めです。
あとは、千葉泰樹監督「丘は花ざかり」の出版社OL役もいいですよ。

草笛光子
NEW

東宝の社長シリーズなどでもおなじみの女優さんですが、成瀬作品にも数多く出ています。1960年代の成瀬作品では遺作「乱れ雲」も含め、8本に出ていて、最も重要な脇役の一人といっても過言ではありません。

草笛光子の成瀬作品での役は、ドライで頭がよく、少し意地の悪い感じの女性が多いようです。「娘・妻」母」の舅(杉村春子)と暮らして悩んでいる次女・薫、「女の座」の独身で生け花の師匠をしていてしっかり者の次女・梅子、そして「乱れる」の長男の未亡人(高峰秀子)の義理の妹の久子。この3つの役はどれも気が強く、意地悪い感じの女性を生き生きと演じています。家庭の因習にしばられている、またそれを受け入れている主人公(高峰秀子など)との対比で、少しずつでも自己主張をして自由な立場を獲得しようとする新世代の女性像を成瀬監督が狙っていたのではと思います。「夜の流れ」の芸者・一花の役も自由奔放な感じの役だったと記憶していますが、これは川島雄三演出のパートだったと思います。

一方、「放浪記」では、芙美子(高峰秀子)のライバルの女流作家・日夏京子を演じていますが、この役はとても草笛光子が美しく、また性格的にも非常に落ち着いて描かれています。「女の中にいる他人」では、殺された さゆり(若林映子)の友人で重要な証言をする役でこれもどちらかといえば常識的な善人タイプですし、遺作の「乱れ雲」では主人公 由美子(司葉子)を叱咤、激励する姉・文子も頼りがいのある善人タイプの女性です。

こうやってみると成瀬監督は、草笛光子に対しては作品により<自己主張の強い、意地悪いタイプの女性>と<常識的な普通の大人の女性>の2種類を演出していたように感じます。

私の印象的な場面は、「娘・妻・母」で、姉の原節子に借金(舅の分かれてアパート暮らしをしたいため)を申し込む場面でお酒を飲むシーン、「乱れる」で、家を離れて田舎に帰ると宣言をした高峰秀子とのやり取りの後で、母親の三益愛子が「どうしたらいいんだろう」と困っているのに対し、「私は帰ります」と急いで帰ってしまうシーンなどです。

ともかく、草笛光子が1960年代の成瀬作品に対して大きく貢献していることは間違いないでしょう。

千葉早智子
NEW
2003.5.7

東宝の前身、PCLのスター美人女優で、成瀬が最初に結婚(その後離婚)した女優です。成瀬作品には5本出演しています。私は5本とも観ていますが、千葉早智子から順位をつければ「妻よ薔薇のやうに」「朝(あした)の並木路」「女優と詩人」「噂の娘」「桃中軒雲右衛門」となります。

「妻よ薔薇のやうに」(1935)は、成瀬の戦前の傑作の1本で、同年のキネマ旬報第一位に輝いています。この作品でのヒロイン・千葉早智子は丸の内のOL君子を演じていて、外出のシーンでは当時のモガ(モダンガール)そのものの服装が今見てもファッショナブルで魅力的です。気難しい詩人の母親(伊藤智子)と、田舎に行ってしまいそこで別の女性(英百合子)と暮らしている父親(丸山定夫)。両親のどちらの気持ちも理解できる娘の複雑な気持ちを、視線で見事に演じています。しかし、この作品では、恋人の精二(大川平八郎)や叔父(藤原釜足)と一緒にいる時の元気な態度が何といってもいいです。この作品に限りませんが、千葉早智子は伏目がちな元気の無い表情より、快活な笑い顔がなんとも言えず無邪気で可愛らしい。

「女優と詩人」では、新劇の女優で、童謡作家でおとなしい夫(宇留木浩)に対してわがまま言い放題の、今風の女性を演じています。「朝の並木路」では、田舎から東京の友人を訪ねてきて、カフェの女給として働く、地味な娘・千代を演じています。冒頭、東京の丸の内あたりをきょろきょろといわゆる「おのぼりさん状態」で歩く千葉早智子は、「妻よ薔薇のやうに」の丸の内のモガOL役と比較すると対照的で面白い。もちろんこれは成瀬が面白がってやった演出に違いないのですが。

「噂の娘」「桃中軒雲右衛門」の2作品は、<苦境に耐える女>を演じており、伏し目がちな表情が多く、千葉早智子の魅力はあまり出てません。


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