成瀬監督の原作、脚本作品



年代順

題名

製作会社、
製作年

主なスタッフ
主なキャスト=出演者

DVD

NEW2014.10.24
『化粧雪』
東宝 昭和15年 監督・石田民三、 原作・成瀬巳喜男、 脚色・岸松雄、 撮影・山崎一雄

山田五十鈴、汐見洋、大川平八郎、藤原釜足、清川虹子、伊東薫、一龍齋貞山
キネマ倶楽部
ビデオ化あり

NEW2014.10.22
『そよ風父と共に』

東宝 昭和15年 監督・山本薩夫、 原作&脚本・成瀬巳喜男、撮影・山崎一雄

高峰秀子、藤原釜足、丸山定夫、清川荘司、清川玉枝、御舟京子(加藤治子)
NEW2014.10.23
『秘めたる覚悟』
東宝 昭和18年 監督・滝沢英輔、脚本・成山英一(成瀬巳喜男+山形雄策+滝沢英輔+岸松雄)
撮影・小原譲治

山田五十鈴、長谷川一夫、志村喬、英百合子、進藤英太郎

NEW2014.10.25
『恋にめざめる頃』

東宝 昭和44年 監督・浅野正雄、原作・中野実、脚本・成瀬巳喜男(妻よ薔薇のやうに より)、大野靖子
撮影・中井朝一、美術・竹中和雄

酒井和歌子、土屋嘉男、草笛光子、市原悦子、菱見百合子
 
NEW2014.11.28
ドキュメンタリー映画
『成瀬巳喜男 記憶の現場』
アルボス 
平成17年
主なスタッフ:
プロデューサー・小出和子、監督・石田朝也、構成/編集・四宮鉄男
企画/撮影監督・芹澤明子、音楽・溝口肇、ナレーター・青山吉良

出演者:
俳優=淡島千景、草笛光子、小林桂樹、司葉子
監督=石井輝男、須川栄三、石田勝心、小谷承靖
プロデューサー=金子正旦
美術=竹中和雄、秋森直美
撮影=福沢康道
照明=小嶋眞二
録音=宮本陽弘、伴利也
編集=黒岩義民
衣装=池田誠
効果=三縄一郎
 


 タイトル 作品評 
『化粧雪』 NEW2014.10.24

原作・成瀬己喜男、脚色・岸松雄、監督(演出)石田民三である。
寄席を舞台にした、成瀬映画の芸道もののバリエーションといってよいだろう。

客足が遠のいて厳しい経営状況が続いている寄席「喜楽亭」は、
席亭・利三郎(汐見洋)が病気で寝込んでいて、娘の勝子(山田五十鈴)が
下足番の善さん(藤原釜足)やその女房で従業員の清川虹子にも助けられ、
何とか続けている。
善さんは病床の利三郎にもう一度、大入り満員の「喜楽亭」を見せたいと
人気講釈師の一龍齋貞山に助けを求める。
貞山は了承し、「喜楽亭」は大入り満員になる。
利三郎は満員の拍手を病床で聞きながら息を引き取る。
主なストーリーは以上である。

石田民三監督の映画は、本作と同年の代表作『むかしの歌』をスクリーンで観たことがあるが、
特に屋外シーンの構図が美しい印象がある。
ちなみに『むかしの歌』は市川崑監督が助監督だったようだ。

クレジットタイトルが終わって、ファーストシーンは、木材の浮かぶ運河(川?)の向うに
小さい町工場の煙突がある。木材の関係から「深川」「木場」あたりか?
この構図も絵のような美しさ。
アングルを変えた水の風景のショット展開が続き、
最後に、水に浮かぶ寄席のプログラムの紙のショット。
場面転換して、寄席「喜楽亭」の看板が映る。
ここは原作か脚色かはわからないが、なかなか上手い映像表現だ。
成瀬監督『鶴八鶴次郎』にもプログラムの紙が水に浮かんでいるショットがあった。

漫才の声が聞こえているので、寄席の舞台のを流しているかと思うと
実は、「喜楽亭」の通りの前にある電気店のラジオから流れてくる
エンタツ・アチャコの漫才を通行人が足を止めて聞き入って笑っている。
野球の話をしているようなので有名なネタの「早慶戦」だろう。
こういった展開もなかなか職人技である。

下足番の藤原釜足は「わざわざ寄席の前で漫才のラジオを流すことないのに」
と、縫物をしている山田五十鈴に話しかける。
「喜楽亭」の中でも漫才をやっているが、客席(座敷)はガラガラだ。
その様子を横移動のカメラでじっくりと映していく。
その後、客が来ないので暇を持て余した藤原釜足がラジオの前に行き、
大笑いをするという皮肉なギャグがある。

家を出て放浪している山田五十鈴の兄の金之助(大川平八郎)が姿を見せて
それに気づいた藤原釜足と食堂で酒を飲んで語り合う。
本作での大川平八郎は典型的なダメ男で、風貌もいかにも頼りない。
山田五十鈴には「兄さんは本当に男なの?意地はないの」となじられる。

撮影は、クレーンを使用したと推察される「俯瞰映像」が多い。
これは成瀬映画と異なる石田民三監督の特徴だ。

和室で伏せっている父親(汐見洋)に優しく接する山田五十鈴。
父親の前で、三味線を弾いて清元を歌う山田五十鈴を正面から
とらえた少し長めのショット。
ここでの山田五十鈴の三味線の腕前と声の調子はさすがに決まっている。
成瀬映画『流れる』を想起してしまった。

藤原釜足が一龍齋貞山に出演を頼みに行く劇場のチケット売り場が映る。
東宝名人会とあり、出演者の看板には貞山の他、柳家小さん(おそらく4代目)、
三遊亭金馬(これはもちろん成瀬映画『女優と詩人』に俳優としても出演した
名人の三代目)の名前が書かれている。

広々とした立派な楽屋で、舞台を終えた貞山が「善さんじゃないか」と声をかけ
話を聞く。
「喜楽亭」の窮状を訴え、病床の旦那にもう一度お客が一杯に入った喜楽亭を見せたいんです
と涙ながらにお願いする藤原釜足に対して、貞山は「及ばずながらお力になりましょう」と
出演を引き受ける。このシーンの人情の機微は、定番のような内容だが、やはりジーンとする。
一龍齋貞山は、クレジットタイトルには特別出演(吉本興行提供)とある。

この貞山はネットで調べると、年代的に六代目だと思われる。
六代目の貞山は1876(明治9)年生まれで、晩年、講釈師なのに落語協会会長にも
なったそうだが、1945(昭和20)年の3月10日の東京大空襲で亡くなったそうだ。
この映画の5年後ということになる。

貞山出演の宣伝に、昼間「喜楽亭」の前の通りをチンドン屋が練り歩く。
さすがに成瀬監督原作の映画だ。

立見客の出ている大入り満員の中で、舞台に貞山が登場して得意な「赤穂浪士」を語る。
講談に詳しくない私でも、聞き惚れてしまうような伸びやかな声と調子である。
内容的に「赤穂浪士」だが、講談のタイトルまではわからない。

病床の汐見洋が、山田五十鈴と末の弟の孝次(伊東薫)のいる中で息を引き取る。
泣き崩れる山田五十鈴と伊東薫。
そこに、ドラ息子の長男の大川平八郎が、父の危篤を知ってかけつける。
山田五十鈴と大川平八郎の会話があり、大川平八郎の気持ちは動く。

雪の降り出した「喜楽亭」の表通りの俯瞰映像で終わる。

主に戦前、戦中に活躍した映画監督・石田民三の代表作の一本と言えるだろう。
『そよ風父と共に』 NEW2014.10.22

このページに紹介した成瀬監督の原作や脚本の4本は、
すべて2005年の生誕100年の時に、

スカパー日本映画専門チャンネル「成瀬巳喜男劇場」で放送されたものだ。
私はその時の録画DVDを持っているので今回観なおした。
名画座などで成瀬監督特集はあっても、この4本を上映する可能性は低い。
来年の生誕110年の時の上映や放送を期待するしかないだろう。

さて、4本の中で私が最も気に入っているのが、本作『そよ風父と共に』。
監督(映画のクレジットでは演出)は松竹時代の成瀬監督の助監督を務め、
その後一緒にPCL(後の東宝)に移籍した山本薩夫監督である。
後年の社会派エンターティメントの監督の作風と比較すると、対極にあるような映画だ。

ストーリーは、ある銭湯の娘である秀子(高峰秀子)は父親の藤原釜足と幸せに暮らしているが、
そこに高峰秀子の実の父親(丸山)が現れて・・・と多少のドラマはあるが、
全体的には当時16歳の可愛い女学生役の高峰秀子を中心に描いた一種のアイドル映画といってもよい。

この映画のロケーションは、今から74年前の東京・世田谷「下北沢」界隈である。
74年前の下北沢の街並みが見られる本作はそれだけで貴重だ。
冒頭、学校帰りの高峰秀子が本を読みながら歩く後ろには、
今も本多劇場の近くにある「井の頭線」(または小田急線?)の鉄橋と下のトンネルの道路が映り、
二両編成の電車が走る。
銭湯「月の湯」の主人である藤原釜足が歩く通りの後ろには、
今も下北沢の「餃子の王将」の斜め前にある「庚申堂」が映る。
この庚申堂は、数年前の人気映画『モテキ』で、長澤まさみが「ここでドロンします」と
忍者の仕草をした同じ場所である。『モテキ』の関係者は本作のことは知らないとは思うが。
そして、高峰秀子の家である銭湯「月の湯」は、私の知人からの情報によると
「餃子の王将」の場所にあったらしい銭湯ではないかということだ。
それ以外にも今は無くなった踏切や、すっかりと様変わりした西口の改札なども出てくる。
ともかく昔の日本映画のロケーションマニアとしてはたまらない1本なのだ。


映画は、浪花節を口ずさみながら「月の湯」の脱衣所を掃除している女従業員の姿から始まる。
この後の主人・藤原釜足との会話。
藤原「秀子になんか用意してある」
女「お嬢様にはカステラと牛乳を用意してあります」
藤原「夜の献立は」
女「お嬢さんからオイスターのフライとシチューにと言われています」
藤原「オイスターって何だ」
女「牡蠣のことです」
といった台詞が続く。
秀子お嬢さんは16歳にして何というモダンガールか。

高峰秀子の友人・よし子役が当時の芸名・御舟京子、現在の加藤治子である。
向田邦子脚本のテレビドラマ等で活躍した加藤治子の少女時代が観られるのも貴重だ。
二人は、下北沢駅にあった踏切の手前の道を並んで歩く。

藤原釜足が実は病気で亡くなった母親の兄=叔父であることを知ってしまう高峰秀子。
最初はショックを受けるが、徐々に立ち直る。
実の父親(丸山完夫)が「月の湯」を訪ねてきて、事業に成功したので高峰秀子を引き取りたい
と虫のいいことを言うので、激怒する藤原釜足。

その後、線路わきの坂道(電車は「井の頭線」。場所は池ノ上駅と駒場東大駅の間らしい)で
偶然、高峰秀子と実の父親の丸山完夫が出会い、会話をする。
高峰秀子は実の父を選ばず、今のまま藤原釜足の娘として生きることを決断する。
丸山完夫は成瀬映画『妻よ薔薇のやうに』の父親役でもおなじみだ。
その時の弟役が藤原釜足だった。
ここでの二人の移動の立ち位置のショット展開は映像としてとても美しい。
時折走る電車もいいアクセントとなっている。

ラスト、すべてを知った高峰秀子に語りかける藤原釜足。
風呂に入って「浪花節」をうなっている、亡くなった母親の兄である清川荘司。
「寿司幸」という寿司屋を経営していて、
藤原釜足や高峰秀子が訪ねるシーンで何度か登場する。
姪っ子思いのいい叔父である。
映画の中では藤原釜足が酒を飲んで浪花節をうなるシーンが登場するが悪声で下手である。
清川荘司の浪花節は見事に上手くいい声だ。

その美声の浪花節をBGMに、高峰秀子は泣いて藤原釜足に抱き付く。
そして、丸山完夫から「何か困ったことがあったら連絡してください」
と渡された名刺を手の中で折り曲げる。
「月の湯」の全景に終わりの文字。

全体的にテンポがよく、抑制された演出とモダンな雰囲気のとてもいい映画である。
山本薩夫の演出もいいし、何よりも成瀬監督がシナリオライターとしても一流だと
いうことを実感する映画だ。
上映か放送を望みたい。

『秘めたる覚悟』 NEW2014.10.23

脚本・成山英一とは、成瀬巳喜男+山形雄策+滝沢英輔+岸松雄の共同ペンネームのことらしい。
監督は脚本の一人、滝沢英輔。

昭和18年の戦時中の映画。
銀座の大衆的な洋食店「銀座亭」を舞台に、母親を早くなくして、父親(志村喬)、妹、弟に対して
母親の役割をして洋食店を手伝っているお静(山田五十鈴)を中心に、店の常連客の一人・建築技師の
阿部(長谷川一夫)への恋愛感情と阿部が仕事で南方へ行くまでを描く。

日本映画専門チャンネルの放送では、タイトルの後
「この映画にクレジットタイトルはありません」と出て、
主なスタッフ、キャストが追加した文字で出る。
そのバックには、自転車に乗って銀座を走る山田五十鈴の姿と
女子鼓笛隊のパレードの様子が映る。
当時26歳の山田五十鈴は、すでに大人の女の風格を持っていて綺麗だ。
髪をアップにしているので、面長の顔がより印象的。

銀座や丸の内などのロケーションが多用されている。
昭和18年当時の銀座界隈の映像が貴重だ。
特に、珍しいのが現在のJR有楽町駅から新橋駅までの高架の線路の横の道。
現在は「コリドー通り」という名称で、様々な飲食店が密集している通りである。
当時の通りの名前はわからない。
上は首都高速だ。
この映画では正にこの通りが当時の姿で登場する。
現在は埋め立てられた川が流れていて高架の上は現在と同じく山手線が走る。
山田五十鈴が妹の結婚の相談に乗るシーンと山田五十鈴一人で佇む、二つのシーンに登場する。
南方へ立つことが決まった長谷川一夫を思って一人考え込んでいる山田五十鈴の姿。
遠近法のような道と並木、そして川と電車。静かな風景の中での山田五十鈴の全身を
狙ったショットは1枚の写真のようである。
川の映ったコリドー通りを観たのはこの映画以外に記憶はない。
日比谷公園、音楽堂も出てくる。これは現在とそれほど変わっていない。

父親で「銀座亭」の主人を演じる志村喬。
ほとんど坊主刈りの短髪で人の良さそうな父親を上手に演じている。

山田五十鈴が好意を持っている長谷川一夫。
丸の内の建築設計会社の技師である。
会社の中のシーンでは坊主刈りに近い短髪で、ネクタイをしめて設計図を書いている。
時代劇が多い長谷川一夫だが、このような(当時の)現代劇で会社員役というのは
かなり珍しいのではないか。

さすがに昭和18年という太平洋戦争真っ最中の時代であるので、
軍事色の強い台詞や演出が随所にある。
軍部から要請されてのことかもしれない。
そうしなければ検閲が通らなかったのだろう
・「贅沢は敵だ」という台詞の繰り返し
・「出征」「北支」「南」という言葉が会話の中で何度も登場する
・白い軍服を着た藤田進が少年たちの前で「少年飛行兵の重要性」について熱弁を
 ふるう朝礼のシーン(突然出てくる)

山田五十鈴もモンペのような普段着を着ているし、
「銀座亭」に食事に来る男の客も長髪などは一人もいない。
ほとんど全員が見事なまでに坊主刈りである。
華美なファッションは映画といえども厳禁だったのだろう。

設計の仕事の関係で南方に行くことを山田五十鈴に打ち明ける長谷川一夫。
夜の公園のような場所(おそらくセットだろう)での二人の会話は
数多くの映画でコンビを組んでいる二人なのでとても自然である。

結局、二人とも好きであると言葉では打ち明けられず、
タイトル通り「秘めた」ままで終わる。

ラストは、東京駅から旅立つ長谷川一夫を見送りに行こうとした山田五十鈴と弟
が途中で引き換えし、山田五十鈴は「銀座亭」の家の物干し台にあがり、
向うに見える電車を見送る。
位置的に「銀座亭」(セット)は上記のコリドー通りの近くにあった設定となる。

『恋にめざめる頃』 NEW 2014.10.25

成瀬映画『妻の薔薇のやうに』(1935)のリメイクである。
人物の設定やストーリー展開はほとんど同じだが、当時の東宝の青春映画にアレンジされている。
配役は、山本君子=酒井和歌子(千葉早智子)、母・悦子=草笛光子(伊藤智子)、
父・俊作=土屋嘉男(丸山完夫)、雪子=市原悦子(英百合子)、
悦子の兄・新吾=小栗一也(藤原釜足)、新吾の妻=文野明子(細川ちか子)、
君子の恋人・精二=東山敬司(大川平八郎)など。

この映画の監督の浅野正雄は、助監督を経てこの時期に3本くらいの監督作品がある。
その後、テレビ部に移った。
資料によると、杉葉子さんの親戚とのことだ。

リメイクとして比較してみるといろいろ不満点もあるが、
別の映画としてみれば、それほど悪い作品ではない。
ヒロインの酒井和歌子は、生き生きと若い娘を演じているし、
草笛光子と土屋嘉男の演技もいい。

映画は短いアバンタイトルで始まる。
満員の通勤電車から階段を降りてくる酒井和歌子。
続いて、横移動の酒井和歌子。そこに「恋にめざめる頃」のタイトル。。
スタッフ、キャストのクレジットタイトルが続き、
タイトルバックの映像は、会社へ歩いて向かう酒井和歌子を横移動で追う。
同僚や上司との挨拶がありの朝の出勤風景。

音楽(八木正生)は、1960年代後半~1970年代前半に流行していた、
フランシス・レイの音楽の影響を受けているようなメロディとリズム。
フルートとアコスティックギターの旋律が都会的でお洒落な感じを出している。

ファーストシーンは、会社のエレベーターから降りて自分のオフィスへ向かう酒井和歌子。
彼女にデートの誘いの声をかけてくる3人の男性社員。モテモテなのだ。
会社帰りに母=草笛光子が経営している「洋装店」に立ち寄る酒井和歌子。
オリジナルでは短歌の女流作家であったが、洋装店のデザイナー謙経営者に変えている。
ただし、休日に自宅で趣味の「短歌研究会」を催し、実際に自宅の短歌をよむシーンがある。
酒井和歌子が話しかけると「だまって。インスピレーションがわいて、今いい歌ができそう」
と言う草笛光子。
オリジナルにもほぼ同様の台詞が出てくる。

家庭を捨てて、鉱石の採掘の仕事で海外に行ったり、
現在は福島県の会津地方に行っている父の土屋嘉男。
オリジナルでは、信州のあたりで季節も夏だったが、
本作では冬の雪深い会津地方にしている。

土屋嘉男が会津で二人の子供と暮らしている愛人で、
美容室を営んでいる雪子は市原悦子。
この市原悦子の配役はぴったりと決まっている。

父わ連れ戻そうと東京から会津地方に出向く酒井和歌子。
バス停には「中ノ沢温泉」とある。検索すると福島県猪苗代町に実在する温泉地だ。
この時、地図を基に地元の小学生くらいの男の子に家を尋ねる
彼は「知っているよ」と答えて、案内をしてあげる。
この男の子は、土屋嘉男と市原悦子の子供であり、酒井和歌子の腹違いの兄弟だと後でわかる。
この部分もほとんどオリジナルを踏襲している。

雪道で久しぶりに出会う父と娘。二人は雪道を歩きながら会話をする。
最初は、父の行動に対して厳しい言葉をかけて批判していた酒井和歌子は
途中から、土屋嘉男を許して甘えるそぶりをみせる。
この父と娘の和解の雪山・雪道のシークエンスは、わりと長く10分くらい続く。
父と娘というよりも恋人同士のように描いている。カラーの雪の映像が美しい。

酒井和歌子はブーツとサングラスとコートを着ているが、ミニスカートをはいている。
これも時代だろうが、寒くないのだろうか。


この後は、土屋嘉男を東京に連れ戻す酒井和歌子。
バスから降りた駅は「塩川」駅とある。磐越西線に実在する駅。
ここで乗り込むのはなんとSLだ。途中の駅で普通の特急列車に乗り換えて上野へ。
車中では土屋嘉男にみかんを剥いてあげたり、父親と一緒にいるのが楽しくてしようがない
酒井和歌子とそれにつられて嬉しそうに微笑む土屋嘉男が描かれる。

東京で一緒に遊園地に行ったり、寿司屋で食事したりと
両親の仲が少し戻ったと思った矢先に、「今晩の汽車で帰る」と言い出す土屋嘉男。
必死にとめる酒井和歌子だが、草笛光子は「そうですか」と言って自分の部屋にはいってしまう。
結局、土屋嘉男は会津に戻る。

ラストはいろいろと経験をした酒井和歌子が、笑顔で新宿西口の通りを歩いていくシーンだ。

出演者にクレジットされている「ウルトラセブン」のひし美ゆり子(菱見百合子)は
どこに出ているかわからなかった。

 ドキュメンタリー映画
『成瀬巳喜男 記憶の現場』
NEW2014.11.28

2005年の成瀬監督生誕100年を記念して製作された94分のドキュメンタリー映画。
成瀬映画に関わったスタッフ、キャストへのビデオインタビューを中心に構成されている。
成瀬映画を理解するのに最適な優れたドキュメンタリー映画であり、インタビューされた方の中には
故人になった方も含まれていてその点でも貴重な記録映画である。

渋い声の男性のナレーション(青山吉良氏)チェロ、バイオリン、ピアノの室内楽の演奏(音楽、溝口肇氏)
もとても上品で落ち着いた雰囲気を醸し出している。

内容は、インタビュー映像、成瀬映画及び撮影時のモノクロスチール写真、成瀬映画の映像が
テンポよく組み合わせて構成されている。

一部使用されている成瀬映画は登場順に
・『浮雲』
・『女人哀愁』
・『めし』
・『流れる』
・『秋立ちぬ』
・『女の中にいる他人』
それから、成瀬監督の松竹蒲田時代であろうピクニックでのプライベート映像
(五所平之助監督と一緒におどけてバーベキューをしている映像)
『乱れ雲』の十和田湖ロケーション撮影の時の8mm映像が短く挿入されていて
動いている成瀬監督を観ることができる。残念ながら音声は入っていない。
私が知る限り、成瀬監督の肉声の録音は残っていないのだ。

冒頭に当時美術助手だった美術監督・竹中和雄さんへのインタビューが喫茶店で行われる。
竹中さんは『浮雲』に付く前に、黒澤監督『七人の侍』に美術助手として付いていて
怒号の飛び交う黒澤組と物音ひとつしない成瀬組の違いについてと
『浮雲』はセットが数多く準備に追われていた苦労を当時の貴重な写真を見せながら証言する。
続いて、草笛光子さん、司葉子さん、宮本陽弘さん(録音技師)が
成瀬組の撮影現場がいかに静かだったかを語る。
『浮雲』について石井輝男監督、小谷承靖監督そして竹中さんがエピソードや感想を
述べる。

成瀬監督の松竹蒲田からPCL~東宝までのプロフィールがスチール写真とナレーションで
紹介され、途中に『女人哀愁』の映像の一部が流れる。
『女人哀愁』を選ぶところはなかなか渋い。

続いて『めし』に移る。
プロデューサーの金子正旦さん、成瀬映画への最初の出演作だった小林桂樹さん、
そして編集の黒岩義民さんが原節子と中北千枝子の出演シーンでの「チンドンヤ」の
出し方の上手さを語る。

私は一度成瀬監督関連の会でお会いして1時間くらい横の席で話をさせていただいたことが
あるが、小林さんの話は少し皮肉交じりのユーモラスな語りが実に面白い。

小林さんは成瀬監督の演出について「一言でいえば自然に、普通みたい」を要求された。
少しでも演技をやり過ぎると、「オーバー」とNGが出た。
オーバーアクションを「アメリカ映画みたい」というのが成瀬監督の口癖だったそうだ。
小林さんの口調はおそらく成瀬監督をまねているのだろう。可笑しい。
また
・「私は毎日成瀬さんを思い出すことがある」と前置きして、
・「朝、家の窓から下を見ると、必ず同じ時間に歩きながら携帯電話で
  ぼそぼそ話しているサラリーマンがいる」
・「成瀬さんの映画には日常的な何気ない朝の風景が出てくる」
・「あの携帯電話をかけるサラリーマンの姿は、今の成瀬組のショットでしょう」
と面白くかつ成瀬映画の特徴をとらえた鋭い指摘をされている。
さらに、
・「成瀬さんはとにかくシナリオの台詞をどんどんと削ってしまう」
・「あんなにシナリオの台詞を削る監督は珍しい」
・「確かに長い台詞というのは説明的になる」
と語る。
あらためて小林桂樹さんは成瀬映画に欠かせない名優であった。

美術監督の中古智さんについて、竹中さんや同じく美術助手だった美術監督の秋森直美さんが、
中古美術について証言をする。
秋森さんは「窓外の中古さんと言われていたんだ」と話す。
室内セットの時に、窓の外の計算されたサイズのミニチュアの街並みを配して
人工的なスタジオセットにいかに外の空気を感じさせるかを工夫していたとのこと。
『流れる』で「つたの家」の2階で話す高峰秀子、田中絹代の窓外に
隣の家の2階で掃除をしている女が映っている映像が挿入される。
隣の家の2階のセットまで精巧に作っていたということだ。
例えば、小津映画のセットでは考えられないことである。
細かい話だが、この映画ではナレーションで「ちゅうこさとる」と言っている。
書籍「成瀬巳喜男の設計」(中古智/蓮實重彦 筑摩書房)には「ちゅうこさとし」と
クレジットされている。
ある知人に問い合わせしているのだが、どちらの読み方が正しいのか現時点では不明。
私は「さとし」さんだと思っていたのだが。

照明の石井長四郎さんについて、照明助手の小嶋眞二さんと金子プロデューサー、
石田監督が証言する。
人物のそばにびっしりと置かれた小さいライトのスチール写真が挿入される。
照明の技術的な話は、私も含めて映画の撮影現場を体験していない者にはなかなか難しい。

「成瀬監督はいつも台本に目を通していた」と『女の歴史』『乱れる』『女のなかにいる他人』で
助監督に付いた小谷監督と『女の中にいる他人』で撮影監督をつとめた福沢康道さんが証言する。

助監督に付いた『秋立ちぬ』の中で順子(一木双葉)がおもちゃのピアノを弾くシーンの
エピソードを懐かしげに語る石田監督。
個人的に、亡くなるまでの7年間ほど本当に親しくしていただき、成瀬監督や川島監督についてなど
貴重な話をたくさん聞かせていただいたので、石田監督の元気だった姿を観るとジーンとしてしまう。

司さんが『乱れ雲』の時の成瀬監督の撮影エピソードを面白く語り、『乱れ雲』のラストの
湖畔に立つ司さんの後ろ姿のスチール写真で終わる。

このドキュメンタリー映画は、2005年

・フィルムセンターでの成瀬特集での上映
・新文芸坐での成瀬特集での上映
・NHKBSでの放送

があったと記憶しているが、それ以降上映や放送されたことは無いのではないか。
DVD発売もされていないはずだ。

来年の生誕110年には上映や放送を望みたい優れたドキュメンタリー映画である。


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