番外編
『飢える魂』 川島雄三監督
1956年 日活

NEW 2018.5.1


日活時代の川島映画は傑作揃いですが、その中で少し異色作なのが『飢える魂』と『続・飢える魂』です。原作は丹羽文雄、脚本は柳沢類寿と川島雄三。
傑作の『わが町』と代表作で日活最後の作品『幕末太陽傳』の間の作品。
若い美人妻の芝令子(南田洋子)に好意を寄せる独身の実業家・立花烈(三橋達也)、
未亡人で子供2人(大学生役の小林旭=デビュー作)を育てている小河内まゆみ(轟夕紀子)と下妻雅治(大坂志郎)
の2組の男女を中心に描いた、典型的なメロドラマです。
タイトルバック(手術風景というのが異色)等で繰り返しかかる主題曲が通俗的ないかにもメロドラマの旋律と唄で
思わず笑ってしまうほど。
日活時代の川島映画の中で最も松竹時代の作風に近い川島映画と言っていいでしょう。
川島監督本人やスタッフの言葉も含め評価の低い本作ですが、私は結構好きな作品です。

川島映画には美しいヒロインが多数登場しますが(津島恵子、角梨枝子、新珠三千代、月丘夢路、淡島千景、若尾文子など)、
個人的に川島映画の中で最も美しいヒロインは本作の南田洋子ではないかと。役名は芝令子。
南田洋子は1933年生まれなので本作撮影時はまだ22歳か23歳の若さですが、和服姿の色っぽさは凄いです。声もセクシー。
台詞で「わたし」ではなく「あたくし」と言わせています。
古い日本映画を観ると(洋画にも共通しますが)、この若さで何と色っぽく、大人っぽいのだろうと驚嘆します。
女優だけでなく男優のダンディさも同じです。現代人が幼児化しているということでしょう。

そして本作と続篇は、「旅行映画」と名付けていいほど全国各地でロケーションをしています。
東京の他、名古屋、京都、大阪、倉敷、三重県(松阪、志麻)、和歌山県(那智勝浦)、奈良市など

日活の公式サイトの『飢える魂』紹介ページには、主要なロケ地も記述されています。


大阪志郎と轟夕紀子が出かける松阪市のシーンに登場する、老舗「松阪肉元祖 和田金」。
私は松阪市へ行ったことがないので、グーグル地図写真を使用させていただいた。

このシーンの川島演出はなかなか洒落ている。
轟と大坂の二人は、松阪の「本居宣長旧居跡」を見物する。
以下ショット展開
(1)タクシーに乗り込む前に、轟は大坂に「松阪牛をご馳走するわ」と話す。同意してタクシーに
   乗り込む大坂
(2)松阪牛と飼育している男性の姿(ビールを飲ませている?)
(3)「和田金」の店の前に車が止まる(画面写真参照)
(4)すき焼きの皿のアップ
(5)和室ですき焼きを食べているのは(轟、大坂ではなく)南田洋子と夫の芝直吉(小杉勇)。
   →南田と小杉が松阪に来ていることはその前にはまったく説明されていない

観客が前の台詞から「次のショットはこのようになるだろう」と予想するのをわざと
はぐらかす編集の典型例である。
成瀬、小津そして山中といった監督の映画にもよく使われる演出方法だ。
上記(1)の二人の会話では、大坂はこの後仕事で松阪から京都へ行く予定で
轟にも京都へ一緒に来ないかと誘う。轟は息子と娘が待っている東京へ早く帰りたいので京都へは寄らないと答える。
ところが、この後轟は京都に立ち寄り、大坂の泊っている旅館を訪ねる。
これも同様の「観客予想はぐらかし」演出だ。

少し理屈っぽく言えば、「人の言葉と行動は常に一致するわけではない」という
人の複雑な感情(特に男女の仲)を表現した演出とも言えるだろうが、
おそらくは観客に対する監督のユーモラスな遊び心なのだろう。

     


岡山県の倉敷を散策する南田洋子と三橋達也。
南田が「大原美術館」から出てくると、待ち伏せしていた(ほとんどストーカー状態)三橋から声をかけられる。
グーグル地図写真を使用させていたただいた
   

「大原美術館」の前にある橋と民家。民家の形は映画当時とほとんど変わっていないように見える。

 


倉敷の橋と民家。上から少し離れた場所。橋の下の丸い穴が特徴的。

  


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