ラスト前のシーンに登場するJR上野駅の12番線ホーム。喜久子(山田五十鈴)と相島(中村伸郎)が青森行の夜行列車に乗る。
前に本HPの映画エッセイにも少し触れたが、『東京暮色』の翌年の作品『彼岸花』(1958)は駅の12番線ホームから始まる!
ただし駅は「上野駅」ではなく午後の「東京駅」。
冬の夜の寒々しい情景の『東京暮色』の上野駅12番線ホームとは対照的に、
『彼岸花』のファーストシーンは新婚旅行の見送り客で賑わう午後の東京駅である。
この2つの作品の「12番線」はシナリオ(小津安二郎全集 下 新書館)にも記述されている。
この「上野駅」→「東京駅」の12番線つながりは、共同でシナリオを執筆した小津監督と野田高悟の「洒落っ気」「遊び心」と言うしかない。お見事!
『東京暮色』の冒頭に登場する小料理屋「小松」での会話。
前述のシナリオ集(P269)には次のようにある。
周吉=笠智衆、客=田中春男、「小松」の女主人・お常=浦辺粂子
〜
客 (コノワタをツルリと吸って)「なるほどこらええわ。ええ香りや、おばはん、国、志摩の方か」
お常 「ええ、安乗(あのり)なんです」
客 「そうか、そら懐かしな……いえなァ、うちの妹のツレアイがな、波切(なきり)の人なんや……
旦那、向うの方ごぞんじだっか」
周吉 「いやァ、よくは知りませんが、一度賢島(かしこじま)まで行ったことがあります」〜
ここに登場する波切(なきり)。
これもネットのいくつかのサイトで紹介されているのだが、小津監督が大映で撮った『浮草』(1959)の
ファーストシーンの漁港は三重県志摩市大王町波切(漁港)とのこと。
中村雁治郎率いる旅役者たちが逗留するのもおそらく波切かその近くだろう。
ちなみにシナリオ集の『浮草』にはシーンナンバー1は「漁港風景」とだけで、
その後のシナリオの中にも「志摩」や「波切」の文字は無い。
『東京暮色』ではもう一つ、シーンナンバー65「座敷 茶の間」
周吉(笠智衆)の妹の重子(杉村春子)が明子(有馬稲子)の見合い写真を持ってくるシーン。
重子 「〜いい男よ(と鼻の両側を手で示し)この辺錦之助に似てて」〜
言うまでも無いが有馬稲子が東映の中村錦之助と結婚するのは本作の4年後の1961年。
これは本当の偶然だろうが、未来を予見していて面白い。