私が10年来木彫でたいへんお世話になっている桒山賀行先生が、この4月、令和4年度 日本芸術院賞を受賞されました(受賞作品は「過ぎし日」)。50数年にわたって木彫一筋に邁進され、また30年ほど前からは、見えない人も含めだれでも触っても鑑賞できる展覧会を続けておられることに、心より敬意を表するとともに、とてもうれしく思います。
この日本芸術院賞受賞を記念して、8月8日から20日まで、藤沢市民ギャラリー(ODAKYU湘南GATE 6F)で、藤沢市など主催の彫刻展が開かれ、私たちは8月19日にうかがいました。広い会場に50点以上の作品が展示され、ゆっくり見学することができました。作品はすべて触ることができますし、各作品には点字でもタイトルが示され、また点字の作品解説も用意されていました。多くはこれまでに触ったことのある作品ですが、数点は初めて触る作品でしたし、また以前触ったことのある作品も、触りながら思い出して感動を新たにしました。
会場に着くと、すぐ先生が案内してくださいました。まず最初に触ったのは、今回の受賞作「過ぎし日」(2022年制作)。高さ2m近く、幅150cmくらいもある大きな作品です。ふわっと衣をまとった1本脚の大きなかかしが立っています。脚部は向かって左側に傾いていて、上半身はほぼ真っすぐ上に伸びています。頭には斜めに笠(蓑笠?)をかぶり、その笠の前のほうに中心に向って長い割れ目があります。まとっている衣は下半身ではふわふわと巻つくような感じになっていますが、下のほうには大きな裂け目があります。真横に伸びた両腕の下にも、衣の袖が長く垂れています。右腕の上には、30cmほどもある大きな烏が止まっています。このかかしの後ろには、小高い木立のようなものがあります。全体としては、田んぼに放置されたままになっているかかしのなにか寂しそうな感じがあらわされているようです。先生が幼いころに母親とともに眺めた田んぼの風景がモチーフになっているようです。作品解説には、「秋が過ぎ、役目を終えたかかしに烏がとまり、過ぎていく時の流れを表現」とあります。
この「過ぎし日」と同じくらいの大きさの作品が2点ありました。いずれも、幼いころの縁側の風景をテーマにしたものだとのこと。「あかとんぼ:ひだまり」(2015年)は、向かって右側に円い3本脚のテーブルがあり、その上に枯れかけたひまわりが入っていて、そのひまわりにあかとんぼがとまっています(あかとんぼの翅や尾はとてもリアル)。円テーブルの左側には、70cmほどの円いふわあっとした感じの座布団のようなのがあり、その上に犬がくるうっと丸まって昼寝をしているようです(この犬、桒山家で以前暮らしていたリタイア犬のルーシーのよう)。これらの後ろには、破れた障子のような格子枠があります。
「あかとんぼ:十五夜を過ぎたころ」(2016年)は、縁側のような床の上の正面に、和服姿の等身大の男の人が立っています。着物をきちっと着込んで、胸の前で腕を組み、手は着物の中に隠れているようです。向って右側には花瓶があり、そこから1m余のすすきの葉(先がとがっている)や穂(種子がぶつぶつとついていてリアル)が何本も風に吹かれているように斜めに伸びています。すすきの穂の先には、これまたリアルにあかとんぼがとまっています。背景、縁側の後ろのほうには、たくさんの四角に区切られた格子垣のようなものがあります。この作品は、先生が小さいころ父と縁側で満月を見た時の印象をあらわしたものだとか。秋を感じさせる作品です。
懐しい作品もいろいろありました。中でも演者シリーズ(「遠い日の夏祭」「幕間」「拍手を聞きながら」「演者」「演者Ⅲ」「演者Ⅴ」「演者Ⅵ」「演者Ⅶ」)は、人形と人形遣いとの関係、また観客との関係がいろいろに表現されていて、思い出しながらついその世界に入り込んでしまいそうでした(演者シリーズについて詳しくは、
桒山先生の50年展参照)。
また、折紙シリーズの作品も楽しかったです。「熊さんのあくび」は、熊が両手を広げて、口を大きく開けています。「森のりすさん」は、2匹のりす(斜め上に長く伸びる尻尾が特徴)がなかよくたわむれているのでしょうか?「スワンの恋」は、羽を大きく広げた雄が、羽を閉じた小さな雌に求愛しているようです。「風見鶏」は、片方が少し広がった水平の棒(風見)の上に、元気そうな雄鶏がとまっています。「月とうさぎ」は、直径20cm余のリングで示された月の手前に、雲に乗ったうさぎがいます。
その他、カサゴをモチーフにした「海の番人」や「花化粧」、遺跡・廃墟をモチーフにしたようないろいろな作品など、懐しかったです。たぶん初めて触った作品で、陶の「海にて」という作品が心に残っています。幅30cm余、奥行20cm余、高さ10cm余の作品で、向かって左に垣根のようなもの(砂防柵だそうです)があり、右側には屋根に穴が開き朽ちかけている小屋(漁師小屋だそうです)があります。砂に埋もれてゆきそうなわびしい海辺をあらわしているようです。作品解説によれば、これはふるさと常滑の砂浜の風景で、「時とともに滅びていく様を表現」とあります。「窓」(1994年)も印象に残っています。高さ140cm、幅60cmくらいの鉄枠を通して、隣りの家の上下2個ずつ計4つの窓が見えています。窓は開いていて(一部は半開き)、向かって右上の窓には小さな花瓶に入ったひまわりが見えています。仏像では、「地蔵菩薩」「不動明王」「聖観音」(水面に浮かぶ蓮の花の上に乗っていて、高さ70cmくらい。左手に水瓶を下げ、右手のひらを前に出して腕から裳が垂れている)が展示されていました。
午後1時半からは桒山先生のギャラリートークがあり、私たちも参加させてもらいました。陶芸作家であった父をはじめ家族の話、18歳から12年間の内弟子(師匠は彫刻家の澤田政廣)時代の話、自分の作品の傾向の変化やそれに込めた思い、さらに最後にフロアからの質問に答えて現代美術についての話など、私にとってもいろいろ示唆的なお話でした。先生は現在75歳、とてもお元気そうで、今後のさらなる活躍を願うばかりです。
(2023年8月24日)