2年ぶりの帰省

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 8月5日から12日まで、十和田市の実家に2年ぶりに帰省していました。8月5日は30度近くまで気温が上がったそうですが、その後はずうっと曇りか雨が続き、最低16、17度から最高22、23度くらいの日が続きました。とくに最後の3日間は20度にも達しない寒い日が続き、私はあわてて長袖を着込んでいました。稲も、一部は穂が出ているようですが、まだ穂が出ていないものもあり、このままだとうまく穂が出て結実するのかちょっと心配です。少なくとも青森県の太平洋岸に面した地域は不作になるかもしれません。
 
●母のこと
 一番心にかかっていたのは、母のことです。母は現在90歳、2011年末、全身の細菌性の感染症がもとで、ほとんど1日で失明してしまいました。80代半ばで失明してすでに6年近くにもなるのですね。最初は本人はもちろん家族の者もどうしていいのかまったく分からない状態でしたが、ずうっと妹の介助で今はデイケアに週3回行き、妹の食事管理のもと(母は以前から糖尿病)食事を取り、自己流の運動をし、規則正しく生活しています。認知のほうはだいぶ衰えてきましたが、身体のほうは、手引きをするとかなりしっかり腰を伸ばして歩くほど元気になりました。ただ、心に残ったのは、「今はしあわせだけど、まなぐめれば(目が見えていたら)もっとしあわせだ」と言っていたことです。
 たまには、ジャガイモを掘るとかニンニクの玉をくずすとか、ごく簡単な農作業の手伝いもしているようです。また、これまで私はぜんぜん知らなかったのですが、口笛でウグイスの鳴きまねをするのがとても上手で、デイケアの時に披露することもあるとか。妹と一緒によくむかしの歌を歌ったりもしています。今は百歳までも生きるのではと、本人も達観している感じです。とても安心しました。
 
●その他
 今回の帰省ではとくになにも予定を入れずただただゆっくり過ごすつもりでしたが、妹が見かねたのか車で10分程度の近場にしばしば出かけました。近場でもそれなりに良い所はあるものですね。以下に少し書いてみます。
 8月8日、十和田市の焼山辺にある奥入瀬渓流館と奥入瀬湧水館に行きました。最初は奥入瀬渓流をちょっと歩きたいなあと思っていましたが、雨が降ってきたので、とりあえず奥入瀬渓流館に9時ころ入ってみました。そしたらちょうどこけ玉の製作体験をしているとのこと、早速申し込んでしてみました。初めにこけ玉がどんなものなのか触ってみました。直径5cm前後の丸いこけの塊の上に、シダ、モミジ、ブナなど奥入瀬に生育する植物を植えて?います。上にあしらう植物は適当に選ぶことができて、私はシダを選びました。まずミズゴケ(白っぽい)を手のひら一杯くらいすくい取り、中にシダの根を包むようにして、全体をおにぎりを握るようにしてまとめます(真ん丸ではなくちょっと円錐形になりました)。それに糸を巻き付け形を整えます。さらにそれに緑色のハイゴケをふわあっと慎重に被せ、上から緑色の糸を巻いて完成です。風通しがよく午前中弱い陽が当たる所に置き、朝晩霧吹きで水を与えれば良いとのことです。朝晩の霧吹きは母の仕事にすれば良いなあということになりました。
 ここではこけ玉だけでなく、ひょうたんランプ(ひょうたんの中をくりぬき、ランプに被せたもの)の製作体験もしていました。そして、奥外でこけ玉の、奥内でひょうたんランプの展示販売もしていました。このほかにも奥入瀬渓流館には、奥入瀬の植物や動物を示したジオラマ、ブナ林の生態系や物質循環を示した図、十和田湖から奥入瀬周辺の地形模型(十和田湖は、中山半島と御倉山半島が大きく飛出して3分されていますが、中山半島が湖水面とあまり変わらない高さの平地であるのにたいし、御倉山はかなり高い山になっていることがよく分かった)なども展示されていて、なかなか充実していました。さらに、十和田湖や奥入瀬の水を利用した水力発電所の歴史についての展示もあり、興味を覚えました。昭和になってから多目的の水利用の考えの下、昭和14年立石発電所(出力10,500kW)、18年十和田発電所(出力31,100kW)、30年法量発電所(出力6,800kW)、36年蔦発電所(出力2,300kW)が相次いで完成してゆきます。この中で最大の十和田発電所の工事は昭和14年ころから始められますが、十和田湖から焼山までの導管掘削工事などに、朝鮮半島から多くの労働者を連行して働かせ、十和田湖周辺には朝鮮人の飯場が多数設けられていたそうです。
 奥入瀬渓流館のすぐ隣りには奥入瀬湧水館があり、こちらにも入ってみました。この施設では、ブナ原生林ではぐくまれた奥入瀬の自然水を「奥入瀬源流水」として製造・処理する過程を見ることができます(もちろん販売もしている)。また、カヌーの小さい模型(長さ1.5mほど、幅30cm弱で、両端の底のほうが細く前後にとがっているちょっと変った形)、雪山を歩くスキー(背面に滑り止めのぎざぎざの突起が多数並んでいる)、コゲラ?の剥製などが展示されていて、触ることができました。
 
 8月10日には、買い物がてら十和田市郷土館にちょっと立ち寄ってみました。郷土館にはこれまでに2、3度行っており報告も書いています(十和田市のアートゾーンと十和田市郷土館)ので、今回初めて触ったものについて2、3紹介します。祭り関係では、そうぜん(蒼前)様の像(馬の守護神。長さ20cm余の馬に立派そうな人がすっくとまたがっている)、おしら様(屋根の下に着物を着た人形が2つ。顔も着物ですっぽり隠れている。十和田地方では旧暦の小正月におしら様の着物を着せ替えたりお供えをしたりなどする行事が行われていた。とくに子どもに背負われるのを好んだという)、獅子頭(幅30cm弱、上顎が開くようになっていた。獅子舞の時に使う)などがありました。むかしの道具としては、ごろ(代掻きに使う道具。長さ1m余の太い木の棒に四角い鉄の歯が多数付いており、これを馬に引かせて土を細かく砕いた)、田車(20cm余の棒にたくさん歯が付いていて、これを人が引いて草引きをし雑草が生えにくくした)、かんじき(藁靴の下に、幅20cmほど、長さ60cmほどの輪のようなのがある)などに触りました。
 8月11日には、近くの高森山(山と言っても丘のようなもので、妹は小学校の時に遠足に行ったとか。今は運動公園などもある)近辺にあるクラフト DO という所に行きました。木工、陶器、ステンドグラスの製作体験などを行っています。私と同年代と思われるYさんという方が 1人でしていて、建物も内装も5年ほどかけて独りで手作りし、10年前から毎週金・土・日の3日間開いているとか。私と妹は木工を選び、数本のスプーンを作ってみました。とは言っても、おおまかな形は機械で作られていて、それを主に数種の紙やすりで削って形を整えるというものでした。私はちょっともの足りなくて、平のみを借りて削ってから紙やすりを使いました。仕上げには、まず亜麻仁油を塗り込み、それから亜麻仁油・荏胡麻・蜜蝋を等分に混ぜ合わせたものを塗り磨きます(口に触れるものなので、自然の素材を使います)。お孫さん連れの方も来られて、その方は轆轤を使って陶器を作っていたようです。子どもたちは回りのいろいろな小物などでよく遊んでいるようで、Yさんはよくその相手をし、子どもたちがその気にならないかぎり、無理して教えることはしないということでした。
 今回の帰省ではなにもするつもりはなかったのですが、実家からそう遠くない所でけっこう楽しむことができました。十和田市も以前に比べるとずうっと外からの人たち・観光客に開かれているようです。
(2017年8月16日)