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『清宮万太郎くんの事情』
…4…

 

 

 舌に乗せたひんやり感に少しずつ魔法が解けていく。その頃になって、僕はようやく彼女以外の周りの様子を見渡せるだけの余裕が出てきた。

 ここに着いたときにはほとんど埋まっていたテーブルが、今では半分くらい空席になっている。そして、また僕たちの隣を一組のカップルが寄り添いあってすり抜けていった。その後ろ姿を見送ったとき、心臓がドキドキして苦しくなる。彼らがたどり着く場所を知っていたから。

 

 ――ああ、僕だって、いつかは。

 ここを予約するときに受付の人に聞かれた。「お部屋はどのようなタイプが宜しいでしょうか?」……その時に気づく。ホテルのレストランで食事をすると言うことは、そのあとに必ず「お約束」が待っているのだと言うことを。そんなことにも気づかずにリザーブしようとしていた自分がとても情けなかった。

 付き合い始めてそろそろ2ヶ月。僕たちは清い仲の交際を続けていた。もちろん、そうなりたくなかった訳じゃない。でも、……なんて言うんだろう。そうすることがとても申し訳ないような気がして。僕はたいした経験もないし、きっと愛美花ちゃんをがっかりさせてしまう。今まで彼女が付き合った男たちは、きっと見栄えがいいだけじゃなくてそっちの方もなかなかだったんだろうと想像できるから。

 そんな風に、考えてしまう自分もすごく嫌だった。

 

「遅くなるから……そろそろ出ようか?」

 愛美花ちゃんのお皿が空になったのを確認してから静かに声を掛ける。その瞬間、今までうっとりと夢見るような瞳だった彼女の顔がにわかに曇った。

 


「愛美花ちゃん! 愛美花ちゃん、ちょっと待ってよ……!」

 クロークで手荷物を受け取っている間に、愛美花ちゃんがいなくなっていた。

 いつもは一緒に食事して僕が支払いを済ませている間、彼女はちゃんと入り口のところでちょっと離れて待っていてくれる。財布をしまいながら振り向くと、愛美花ちゃんのいる一角だけがふわっと輝いているんだ。通りかかる人がみんな振り向くほどの彼女の元に辿り着くのは僕。どんなにか誇らしい気分だったことか。

 ……それなのに。

「どうしたんだよ、ねえ……!」

 エレベーターが一度下りて上がってくるまでの時間がとても長く感じられた。焦る気持ちで開きかけたドアから飛び出すと、入り口を出て行く赤い服が見えた。あの後ろ姿は絶対に彼女だ。ピンヒールに羽が生えてるみたいに、あっという間に遠ざかってしまう。僕は彼女の豹変に付いていけず、でも必死で追いかけた。瞬くツリーの灯りに髪飾りのパールがきらきら反射して、彼女の行く手をきちんと示してくれる。

 広めの遊歩道だったけど、ツリーを見に来たカップルで埋め尽くされていた。走り去った女の子に呆気にとられたあと、あとを追う僕のことを確かめる。みんなに見られていると思うと恥ずかしくてたまらない。でも、今はそんなことに構っていられないんだ。……追いかけなくちゃ。

 

 走って走って。ようやくいつかの埠頭のところまで辿り着いたとき、彼女に追いついた。しんしんと凍り付く空気。頬が痛い。背中を向けて、暗い海を見つめてる。愛美花ちゃんの表情が僕には見えない。

「あの……」

 コート、まだ僕が持っていた。今日の彼女の服にぴったりの真っ白な羽で出来ているみたいな奴。手にしたらあんまり軽くてびっくりした。真冬なのに。ノースリーブで夜風に当たったら、絶対に風邪をひく。暖かいところから急に外気に晒されたんだから、たまらないはずだ。

 でも。彼女の肩に掛けてあげなくちゃと傍に寄ると、ピンとした空気に押し戻された。

 

 ……どうして。何を怒ってるの? 分からなかった。だって、さっきまではあんなに楽しそうにしていたじゃない。別に何があった訳じゃないだろ? 愛美花ちゃんがちょっとしたことでおへそを曲げるのは良くあることだけど、こんな風に理由なく突き放されることは今までなかった。

 

 何度も何度も。灯台のライトが僕たちをかすめて通り過ぎていく。それきり何も言えなくて、僕は黙ったまんま突っ立っていた。どこかで鐘の音が響いて、時刻を告げてる。

「万太郎くんの、馬鹿! もう信じられない……!」

 それだけ、ひとこと。僕たちの間の空気が揺れた。そして、とうとう寒さに我慢できなくなったんだろう、ばしっとコートを奪い取る。鳥肌の立った腕。すごく痛々しくて。それだけで胸が押しつぶされそうだ。

 また、背中を向けて。はあっと吐き出す息が真っ白に染まる。僕の周りもふわふわの吐息が浮かんでは消えていく。雪のないクリスマス・イヴだけど、やっぱり寒い。

 次の言葉を待つ僕に、羽を奪い返した天使が静かに話し出す。賛美歌の歌声のような透き通った声。

「あそこのホテル、すっごい部屋が可愛いんだって。それにね、クリスマスのシーズンは特別に飾り付けしてくれて、それも一部屋ずつデザインが違うんだって。シャンパンとオードブルのサービスまであって、オルゴールのクリスマスソングが流れていて……窓辺には一晩中、アロマキャンドルが灯っていて。一生忘れられないくらい、素敵な夜になるって……見たかったな」

「……え?」
 いきなり想像もしてなかったことを言われて、面食らってしまう。「鳩が豆鉄砲を食ったよう」という表現にぴったりな表情をしているであろう僕の方に、彼女はゆっくりと向き直った。

「何で、気づいてくれないの? 私が、マフラー一本しかプレゼント用意してないって思ったの……? ひどいよ、そんなわけないじゃないっ、初めてのクリスマスなんだよ?」

 コートの前をしっかり押さえて、白い息をふわふわさせて。僕を見上げた彼女はとても悲しそうな怒った顔をしていた。……なんて言ったらいいんだろう。涙で目が潤んでいるのに、眉毛がつり上がっている。きっと一文字に閉じた唇。パールピンクのルージュがきらきらしてた。

「万太郎くん、……私のこと、欲しくないの?」

 ほろん、と涙のひとしずくがこぼれ落ちる。柔らかい頬のラインをゆっくりと流れていく。息を飲むくらい、綺麗な光景だ。そんなことを悠長に考えている場面じゃないのに、僕はただただ彼女の美しさに見とれていた。

「私、今夜はずっと万太郎くんと一緒にいられるって思ってたんだよ。それなのに、帰れって言うんだね」

 くしゅっ、と小さい嗚咽を上げて、それきり彼女は下を向いてしまった。コートの上からでも分かる。細い肩が大きく揺れて、少し乱れた後れ毛もゆらゆらしてる。そして、僕も――もう、自分が情けなくて仕方なかった。

「……ごめんっ、そんなつもりじゃなかったんだ。だって、僕……」

 ああっ! もう、大声で泣きたいよ! 何で僕はこんな風に情けないんだ。二浪が決定したときもそれまでの努力が一気に崩れ去ったみたいで本当に辛かった。でも今はそれよりもずっとずっと情けない。こんな風に、最後のところでつまずいていてしまう自分が。

 だって、だってさ。……だって。もしも、もしもだよ。

 僕があのあと、部屋に行こうって切り出したとして。そのときに愛美花ちゃんがどんな反応するか怖かったんだ。もしも……軽蔑されたらどうしようかって。クリスマスの素敵なセッティングをして、プレゼントも夏のボーナス一括で支払ったみたいな気張りようで、それが……まるで愛美花ちゃんを手に入れるための周到な計画みたいに思われたら。

 もので釣って、どうにかしようなんて、嫌だった。もっと自然に流れるように、スマートにコトを運びたかったんだ。でも、頭の中で想像しているようには上手くいかない。必死で取り繕っているように見えるけど、僕、本当に限界まで頑張ってたんだ。

 ホテルにディナーの予約の電話を入れるのも初めてだったし、名前も良く覚えていないブランドのお店で、うろうろと目当ての品物を探すときも、どうして自分がこんなところにいるんだろうって場違いな気がして仕方なかった。愛美花ちゃんのためじゃなかったら、とっくに逃げ出してる。

 そうだよ、愛美花ちゃんのために……いままでやって来たんだ。僕の限界を越えても、愛美花ちゃんのためだったら突き進むことが出来た。でもっ、でも、怖いんだ。こんなにしても、いつか夢から覚めてしまうんじゃないかって。愛美花ちゃんにふさわしい男が現れて、そいつと幸せになった方がずっと……。

「僕っ、愛美花ちゃんのこと、好きだよ、大好きだよ! でもっ……大切すぎて、どうしていいのか分からないんだ。自分でも情けないんだけど、でも、どうしようもなくて……!」

 視界に映る遊歩道のタイル。海風に晒されて、ちょっとはげかけたそれがぼんやりと歪む。鼻水がぐしぐしと出てくる。もうっ……嫌だ、こんな自分!

 愛美花ちゃんみたいな、本当に信じられないくらい素敵な女の子が、どうして僕になんて声を掛けてくれるんだよ。当たり前の彼女みたいに、デートしたり……キスしたり。そんなこと、とてもまともなこととは思えない。好きな女の子に、きちんと出来ない自分が嫌だ。しっかりリードして、喜ばせてあげられない自分が情けない。

 ――今夜だって。もしも、こんな可愛い天使をしっかりと抱きしめられたら、僕はこの世で最高に幸せな男じゃないかなとか思った。……でも、そこまでの勇気がどうしても湧いてこなかったんだ。

 嫌われたくなかったんだよ。カッコイイ男になれないから、だからせめて、僕に出来る限りのことをしたかったんだ。頑張ったけど、でも……やっぱ、愛美花ちゃんを喜ばせることは出来ないんだね。僕じゃ……無理なんだよ……!

 ごめん、ごめんっ、愛美花ちゃん! ……あああ、情けないよ……。

 海から吹き上げてくる冷たい風と同じくらい、僕は冷え切った心を抱えていた。俯いたまま吹きさらしになった耳に、コツコツとヒールの音が響いてくる。少しずつ少しずつ、それは近づいてきて。

「……万太郎くん?」

 綺麗な声。やっぱ、鈴の音色みたいだ。ワンピースと同じ色の布で出来た靴が、僕の視界のはじっこに映る。ゆっくり顔を上げたら、頬にたくさんの涙の筋を残した愛美花ちゃんが、それでもにっこり微笑んでくれていた。まだ、不安げな色の瞳で、僕をしっかりと見つめる。そこに映る僕の顔が呆然としていた。

「許して……あげてもいいけど。その代わり、ひとつだけ私の言うこと聞いてくれる?」

 背伸びして、くるんとマフラーを首に巻いてくれる。そのまま、僕の背中に腕を回してぎゅっと引き寄せると、耳元に囁いた。

「今夜はちゃんと部屋まで送ってね。……そして、朝までずうっと一緒にいて」

 ポーッと汽笛の音。今夜最後のフェリーが、ゆっくりと港を離れていった。

 


「コート、ちょうだい。こっちに掛けておくから」

 妹以外の女の子の部屋に入るのは、それが初めてだった。「ナカノ」本社から、地下鉄で30分ほどの静かな住宅地の一角。二階建てのアパートの1LDK。南向きで日当たりが良さそう。駅からの10分足らずの道のりもずっと明るい商店街だったからホッとした。暗い夜道とか彼女が歩いているって思ったら、やっぱり気になるし。

 電気のスイッチを入れると、ふわっと明るくなる。白熱灯だから、いっぺんに眩しくならないで、徐々に明るくなっていく。そんなところにも生活を楽しんでいる感じが伝わってきて、何だかとても嬉しくなった。玄関のすぐ脇にある収納にコートを掛けている彼女を残して、僕はそっと奥に進んでいく。

 LDとはリビングダイニングの略。キッチンにくっついてる、ちょっと広めの部屋だ。グレイのカーペットが敷き詰められていて、その上に部分的にピンクのラグマット。毛足が長くてふかふかしてそう。奥に扉があるから、そっちが寝室なのかな?

 うわ、何想像してるんだよ、僕はっ。し、心臓が鼓動が早くなっていく……っ!

 ふと、視線が止まる。ちゃぶ台くらいの高さの可愛い白木のテーブルが真ん中にちょこんと置いてあって、その上に。僕は見覚えのある色のものを見つけた。

「あれ……?」

 引き寄せられるように、そこまで歩いていって、そっと手に取る。お約束のように籐のかごに入った綺麗なココア色の毛糸……これ、僕にプレゼントしてくれたマフラーと同じものだよな? 白と焦げ茶のぽつぽつが入ってるし。でも、何だろ。こっちも同じ編み模様が入ってるけど、マフラーじゃないなあ。もっと幅広だし、腕にずっしり来る。よいしょっと持ち上げて広げたとき、彼女が遅れて入ってきた。

「……あ、見ちゃった?」
 そう声を掛けられて振り向くと、愛美花ちゃんは恥ずかしそうに柱の陰に隠れてしまった。

「え……、あのっ……?」
 やば、見ちゃまずかったかな? そりゃそうだよな、個人の部屋の備品だもん。勝手に手に取ったりして悪いコトしちゃったかな……?

 そう思ってると、愛美花ちゃんがまたぴょこんと顔を覗かせた。頬が今夜のワンピースのように真っ赤になってる。……どうしたの?

「あ、あのねっ。本当は、そっちをプレゼントしたかったの。でもっ、なかなか進まなくてどうにもならなくて……で、マフラーで間に合わせてしまったのよね。ごめんなさい、私も情けなかったの。本当は、格好良く渡したかったんだけど……」

 頬を両手で包んで、赤いのを隠しているのか、火照りを冷ましているのか。こんなに恥ずかしがってる愛美花ちゃんなんて初めて見た。すごく新鮮で、……可愛い。

「あ……、あ、立ちっぱなしも何だから、その辺に座っていて」

 彼女はそそくさとキッチンに入っていってしまった。ぽつんと取り残された僕は、もう一度ぐるりと部屋を見回す。淡いローズピンクのチェックのカーテン。窓際の植木鉢。女の子らしく、作り物の花かごがあったり、ぬいぐるみが置いてあったり。本棚には今流行りの小説が並んでいる。そしてチェストの上には小さなクリスマスツリーがちゃんと飾ってあった。

 もしかして、と思う。

 綺麗に片づいた部屋。もちろん、女の子なんだから普段からこんな風にしているのかも知れない。でも……もしかして、彼女は。最初から心のどこかで今日のこんな流れを思い描いていたのではないだろうか。意気地なしの僕が、万が一ホテルの部屋を予約していなかったときのために。

 カーテンレールから、クリスマスのオーナメントがいくつも下がっている。最初に手を洗わせて貰った洗面所にもちゃんと新しいタオルが用意されていた。

 

「あ……愛美花ちゃん……?」

 キッチンを覗くと。彼女は冷蔵庫を覗き込んでごそごそしていた。片手にシャンパンのグラスを持って。冷蔵庫の灯りに後ろ姿の後れ毛がふわふわと光る。

 もう……何だかとっても。すごく可愛いなと思った。きっと愛美花ちゃんにしてみれば、今日の結果は不本意だったと思う。せっかく憧れのホテルの部屋を覗けると思ったのに、僕のせいでそれが出来なくなって。期待していた分、落胆も大きかっただろうし、きっと僕に見せたあの態度よりもずっとずっと腹を立てていたに違いない。

 なのに……なのにさ。こんな風にして、ちゃんと自分の「出来る限り」をしてくれようとする。愛美花ちゃんは可愛いだけじゃなくて、すごく頑張り屋だった。これがやりたいって思えば、色々な方法をちゃんと考えて実行に移す。僕みたいに、やる前から失敗することばかり考える情けない人間とは大違いだ。

「やんっ……、万太郎くんっ……?」

 後ろから、ぎゅっと抱きしめた。花の香りのコロンが薫ってくる。僕の腕の中にすっぽりと収まってしまう細い身体がたまらなく愛おしい。

「ちょっと待って? あの、今おつまみの準備するから……」

「ううん、食べるのはあとでいいから」

 

 僕は男になろうと決めた。愛美花ちゃんのために。僕のために一生懸命頑張ってくれている可愛い女の子のために、最高に格好良くはなれないけど、僕なりに精一杯やってみようって。

 愛美花ちゃんが、選んでくれたなら……頑張れるはずだ。

 


 灯りを落とした奥の部屋。

 背中の縫い目に埋もれたファスナーを下ろすのは、ちょっと大変だった。何度も何度も手が滑って、それだけ緊張していたんだと思う。ようやく一枚脱がせたら、その下にまだてろんとした下着を着てる。何もかもが初めてで、いちいち驚くばかり。ひとつひとつの行程が、階段を上がって行くみたいに緩やかだ。狭い寝室に、お互いの吐息が行き交って、何重にも響き渡る。

 シーツの上を恥ずかしそうに身体をくゆらせていく愛美花ちゃんは本当に綺麗だった。あとから聞いたら、下着も特別に選んだ奴を付けていてくれたんだという。でも、その時の僕には、いちいち感動するゆとりはなかった。せわしない手つきでブラを床に落とすと、想像以上にたっぷりしたふくらみが現れる。

「やぁ……んっ……」
 たまらなくなって、手のひらに包み込むと、彼女はかすれた声を上げた。思わずびっくりして手を離そうとしたら、手首をぐっと捕まれる。大丈夫だよって、頼りなげな笑顔を見せてくれた。

 どういうことなんだろう。体中のどこもが、すべすべして柔らかくて、もうこんな風に触れているのが申し訳なくなる。だけど、愛美花ちゃんの身体が麻薬のように僕を誘うんだ。もっともっとって、触れていないところがないくらい、どんどん浸食していく。身体がだんだん汗ばんできた。

「万太郎……くぅん……!」

 僕の首に腕を回して、愛美花ちゃんが苦しげに叫ぶ。それだけで、もうどうしようもないくらい僕は満たされた。導かれるままに入り口に辿り着いて指で中を探る。……女の子って、こんなところもやわらかくできてるんだ。大事に扱わないと壊れてしまいそうだな。僕の指にまとわりつく愛美花ちゃんの内側。招き入れられるみたいに、どんどん奥に飲み込まれていく。

 くちゅんくちゅんと、彼女のもうひとつの口元が僕を呼ぶ。そのたびに甘い香りが内側から湧き出してくる。……感じて、くれてるのかな。

「……愛美花ちゃんっ……」

 大丈夫かな、もう。でも、限界なんだ、これ以上待てないよ。僕の声も鼻から抜けるみたいな不思議な音色だった。慌てて身体を剥がすと、さっきコンビニでこっそり買っておいたもので自分を準備する。薄い膜が躊躇なくかぶっていくほど、僕は高ぶっていた。

「はっ……うううっ……!」

 指先で感じるのとは全然違う感覚が僕の全身を吹き抜ける。びりびりと背筋が音を立てて、身体ごと彼女のものになってしまいそうだ。遠のきそうになる意識を取り戻すように腰を引くと、さらに新しい快感が襲いかかってきた。もう、何なんだっ、こんなに……こんなにすごいなんて……!

「やっ……あふっ……んっ……はぁんっ……!」

 ビデオのお姉さんの声って、いつも演技みたいだなと思っていたのに。愛美花ちゃんの声にはぞくぞくする。僕もすごく気持ちいいけど、彼女にもちゃんと伝わっているんだ。こんな風になれるなんて、信じられない。すごく、すごく嬉しい。もっと……欲しいっ!

 夢中でお互いを求め合って、感じ合う時間。愛美花ちゃんが今までで一番近くて、一番大切だと思った。のぼりつめるその瞬間まで、僕たちはひとつだった。

 

「……万太郎くん……」

 愛し合ったままの身体で抱き合って、荒い呼吸を整える。こんな時まで、振動で彼女を感じ取れることが嬉しかった。僕の胸に顔を埋めた愛美花ちゃんが、甘える声で囁く。

「万太郎くん、大好き……!」

 胸がじわわっと熱くなって、涙が目尻に浮かんでくる。僕は力一杯、腕の中の鼓動を抱きしめた。


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