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… 「片側の未来」番外☆菜花編その3 …
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 まあ、あの通りピントのずれた人はこの際、置いておいて。だって、とりあえず学校まで来てしまえば、パパは手出しが出来ない。学生服を着込んで潜入するくらいしそうな気もするけど、そんなことしたらファンの子たちにもみくちゃにされちゃうんだからねっ!

 今朝も朝ご飯を食べているあたしの回りをぐるぐると回りながら、

「5時半〜、5時半〜」
 と、唸っていたけど、さっくりと無視した。

 本当に良く言うわよ。自分はママと知り合いのパーティーやら、何とか会やらに出かけていって午前様になることだってあるじゃない。どうして娘を信用出来ないのかしら? 何考えてるんだか、さっぱり分からない。

 それよりも。問題は別のところにあったのだ。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 期末テストが終わると、部活動は夏の大会の目白押し。ウチの学園はどの部活も全国大会レベルだから、その分気も張る。初戦敗退なんてなったら、それこそ大変なことになるんだから。それは柔道部の中等部主将の岩男くんだって分かっているはず。でも、彼はあたしの前ではいつも通り穏やかにのほほんとしていた。

 朝、憂鬱だった下駄箱の手紙類もびっくりするくらい少なくなった。前は靴箱中に押し込んであって、上履きが変形していたけど、今は空いている下段の外履きの部分で収まるもん。ああ、彼氏が出来るとこんなもんなのねと、ショックより先に感心してしまう。量が減ったので、何通が開いて読んでみる。

『杉島さんと幸せになって下さい(注:「杉島」というのは岩男くんの姓)』と言う、可愛らしい感じのから、『僕はいつまでもあなたがフリーに戻るのを待ってます』と言う恐ろしいのまで。

 …馬鹿ねえ…。足かけ、9年の片思いよ? そう簡単に壊れてなるもんですかっ! あたしはぷんぷんとほっぺを膨らましながら、やっぱり手紙たちをゴミ箱に捨てた。なんか、こういう手紙って…持ってると怨念みたいなものが伝わってくる気がして怖いのよね。だから申し訳ないけど、ごめんなさいっ!

 

 ゴミ箱に手を合わせて供養(?)してから顔を上げると、そこには見慣れた顔が立っていた。

「やあ、…ちょっといい?」

 げっ! …生徒会長じゃん。やだなあ、この人…絶対について行っちゃ駄目だって、岩男くんに言われてるんだよね。あたしが黙ったまま困った顔してると、彼はふふっと鼻で笑った。

「やだなあ…菜花ちゃん。何、緊張してるの? やっぱ、いい男を前にすると校内一のアイドルでもそうなるんだ。光栄だなあ…」

 …むかっ! 何だ、コイツはっ!!

 そうなのよね、岩男くんの彼女になって数日。あたしたちの関係は瞬く間に全校生徒に知れ渡っていた。岩男くんとあたしが同じ小学校の出身だと言うことすら知らない人がほとんどだったから、その相関性のない事実にみんな首をひねったらしい。

 それでも、ほとんどの人はそんなもんだと思ってくれたみたい。岩男くんは自分のことを卑下するけど…そんなことないんだよ。岩男くんは格好いいの。柔道している時も、そうじゃない時も。あたしはもう息が出来なくなるくらい、うっとりしちゃうもんね。

 だけどだけど。若干名、困った人たちはいる。岩男くんとあたしのらぶらぶな関係を信用しない妄想の領域の人間たちだ。そして、その一番すごいのがこの生徒会長だったりする。

「…話なら、ここでしてくれない? あたし、急いでるの」

 実はそんなの嘘だけど。これからお昼ご飯を食べて部活があって、そのあと図書館で岩男くんの部活が終わるまで待つんだ。本当は柔道場でりりしい姿を見ていたいのに「駄目」って言うんだもん、意地悪。
 まあ、この生徒会長は危険だもんね。昇降口脇のゴミ箱の前、こんなに頻繁に人通りがある場所なら、いくら何でも変な行動には出ないはず。

「へえ…いいの? ここで…?」
 彼は、大きめの目をぐりぐりっと動かしてあたしの顔をのぞき込む。無言で頷くと、彼は思わせぶりに首をすくめた。

「杉島の奴さ…裏で何て言われているか知ってる?」

 しつこいようだけど、杉島と言うのは岩男くんの姓。岩男くんは「杉島岩男」と言うのだ、何となく海の男って感じでワイルドでしょう?

 それにしても、どーいうことよっ! 何となく嫌な言い方に、あたしはもっとむかむかしていた。

「…知らないわよ、そんなことっ!」

 必死で睨みをきかせたのに、会長ときたら、すごい嬉しそう。何だよ、正常な思考回路が壊れてるんじゃないのっ!? 自分の顎に手を当てて、くすくすと笑う。それから、怪しげな瞳であたしを見つめてきた。

「じゃあ、教えてあげる。あいつね、菜花ちゃんのこと、無理やりモノにしたんだって。そう言う野蛮人だからって――」


 …知らなかった。そんな、酷い、あんまりじゃないのっ!

 会長の話では。何の前触れもなく、いきなりあたしと岩男くんが「出来た」のにはそれなりの理由があるとみんなが噂しているのだという。いつの間にそんなでっち上げた話が流れたのか知らないけど、放課後、誰もいなくなった柔道場にあたしが呼び出されて、岩男くんにいきなり押し倒されたとか。

 あまりのことに言葉をなくして青ざめているあたしに、会長はとても楽しそうにしゃべり続ける。

「先生方の耳にも、もちろんこういう話は入るからね。杉島の奴、昨日生徒指導の先生に呼び出されたらしいよ? それを目撃した奴がいて、その話もね…」

「馬鹿っ! うるさいっ! …やめてよっ!!」
 あたしはもう腹立って仕方なくて。手にしていたカバンを大きく振り上げた。しかし、敵はバスケ部の中等部部長。侮れない。さっと避けて、その上、あたしの腕をがしっと掴んだ。

「やだねえ…可愛い菜花ちゃんも、野蛮人と付き合ってるとこんな風になっちゃうの? 可哀想だね、…でもオレは大丈夫だから。菜花ちゃんが本当は奴と嫌々付き合ってるのだって、実は誰のことが好きなのかだって、ちゃんと知ってるからね…」

「ちょっ…! 離してよっ…!!」
 ばたばた手足を振り回しても、体格の差はどうにもならない。さすがに人の目があるから、この前みたいな酷いことはしないけど。それでも、考え方のおかしい会長がマジで怖かった。半袖の制服から出た腕にばばっと鳥肌が立ったもん。

「今にあんな奴、ぶっつぶしてやる。メタメタにプライドを傷つけて、もう西の杜にもいられないようにしてやるから。それまで辛抱しててよ、菜花ちゃん」

 

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 …帰り道。いつもみたいにおしゃべりしないで、俯いたまんまのあたしを岩男くんが黙ったまま、何度ものぞき込んできた。大きな岩男くんが背中を曲げてのぞき込むと、あたしの上に影が落ちる。こんなに近くにいられることが本当に嬉しいのに、岩男くんの彼女になれて、とてもハッピーなのに。どうして…素直に喜んでくれない人がいるの?

「本当に、…どうしたの? 菜花ちゃん…具合でも悪いの?」
 岩男くんは時計をちらちらと見ながら、何度もそう聞いてきた。あたしはどうしたらいいのか分からなくて、ただ、首をぶんぶんと横に振った。
 そして。駅前の公園にさしかかった時。彼はくるっと折れて、中に入っていったんだ。そして、一番奥の樹の下にあるベンチにどかっと腰掛けた。

「ねえ、何か心配事があるなら、言いなよ? 聞いてあげるからさ。オレ、菜花ちゃんがしょぼんとしてるの、やだな」

 ひやり、とほっぺが冷たくなる。

 あれ、いつの間に買ったんだろう、缶ジュース。あたしの好きないちごミルク。岩男くんは魔法みたいに二本取り出すと、その一つをあたしに差し出してきた。さっき駅でトイレに行った時かな? あたし、下を向くと涙が出てきちゃうから、ハナもずくずくで、だからかみに行ってたんだ。岩男くんの前で、ちーんとかするの恥ずかしいもん。

「いっ…岩男くんっ!!」
 あたしはもう我慢出来なくなって、岩男くんの腕にしがみついた。そして、ぼろぼろ泣きながら、今日会長から聞いた話を全部吐き出していた。

 

「…ふうん」
 話を全部聞き終えた岩男くんは、思ったよりもショックを受けた風もなく、全然変わらない穏やかさで頷く。

「だいたい、分かったかも知れない」

「え…、何がっ…?」

 酷い噂が立ってるんだよ? …下手したら、退学になっちゃうかも知れないんだよ? それなのに、岩男くんは目の前の霧が晴れたみたいに、清々しい笑顔になってる。

「…内緒」
 岩男くんはふっと目を細めると、あたしの頬に手を当てた。そして、すごく自然な感じで身をかがめてくる。熱い吐息を感じて目を閉じると、そっと唇が重なった。優しくて、溶けちゃうみたいにとろとろのキス。悲しくて沈んでいた心まで、ふわふわと暖かく泡立っていく。やわらかいメレンゲの中にいるみたい。

「心配しないで、菜花ちゃん。オレは大丈夫だから」
 じっとりと汗ばんだ腕に抱きしめられる。体重を全部預けて、心も全部預けて…いいの?

 木々の枝がこすり合って、ささやかな日陰を作る。あたしたちの上に、ミンミンと蝉時雨が降り注いできた。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 夏休みが過ぎて、二学期になって。

 お休み中はそれでもホッとしたんだけど、新学期になって生徒の波の中に入っていくと、どうしても会長の言っていたことが気に掛かる。そして何より…彼の言ってた「ぶっつぶしてやる」と言うひとこと。岩男くんは心配ないよって笑う。でも、怖かった。あたしが一緒にいることで、岩男くんが酷いこと言われるのは辛い。でも一緒にいられないのはもっと辛い。

 10月の始め。中等部と高等部はそれぞれ日を変えて、体育祭が行われる。文武両道の精神に乗っ取った学園だけあって、すごい派手な奴。そのために、応援団は夏休みから練習に明け暮れる。私はチアリーダーポンポンを持って踊るんだ(テニス部女子はスコートがあるから、そのまま衣装になると言うことで全員借り出されるのだけど)。
 8クラスを1年生の時に分けて、4つのチームになる。それが3年間、変わらない。あたしは黄色組。1年生の時クラスの違った岩男くんは、白組の主将だ。

 時たま、あの会長の話は嘘なのかな? と思う。だって、あたしの見る限り、岩男くんのことをそんな風に白い目で見る人なんていない。みんな普通通りだし、先生方だって変わらない信頼を寄せているように見える。主将になれるのだって、白組の中で一番人望があると言うことでしょう? 彼女としてはとても嬉しい。本当は同じチームで戦いたかったけどね。

 他に、緑組と紅組があって。紅組の主将が…あの会長。なんか立候補して無理やりっていう噂。本当に嫌な奴だと思う。紅組の春菜ちゃんの話でも、全然みたいだし。志気が上がらないんだって。


 みんなで盛り上がりながら当日に備えている時、廊下ですれ違いざまに会長がぼそっと言った。

「…もうちょっとだからね、菜花ちゃん」

 ハッとして振り向くと、冷たい氷みたいな微笑みを浮かべた会長がいた。笑っているのに、悪魔みたいで怖かった。

「体育科の先生にかけ合ったんだ。ほら、男子の騎馬戦。あれは体育祭の華だろう? やっぱさ、主将は何が何でも騎士になって上にならなくちゃな。そう言う決まりにして貰ったんだ。…どうするんだろうね、杉島。あいつ、柔道部でもでかい方だろ? 下になる奴はグラグラだろうな…」

 ――去年まではそんな決まり、なかった。

 出来ることなら主将が馬の上になった方がいい。でも岩男くんみたいにでっかい子はそれは無理。そう言う時は主将がいる騎馬を「王」にすればいいって、そう言う決まりになっていたはず。3人の男子が上に乗る「騎士」を支える騎馬。安定しないと辛い。大柄な人が上になれば、その分高さも出るから安定が悪くなるのは分かり切ってる。

「あいつを中等部全員の前で、恥かかせてやる。いつも涼しい顔で何を言っても動じないんだからな。許せないよ…」


 あっという間に体育祭当日がやってくる。こういうのは心配していても、非情なほどに時は流れるのだ。もちろん、会長の言葉は岩男くんに伝えたけど、「大丈夫だから」とそればっかり。あんまりに余裕過ぎて、あたしの方が胃に穴が空きそうだ。可愛い彼女が胃潰瘍になってはかなくなってしまったら、どうするつもりなんだろう…??

「大丈夫かなあ…、何かさ、変だよね会長…」
 いつの間にか、紅組の春菜ちゃんが隣にいる。もう色も何もあったもんじゃない。と言うか、こういうのって団結力のある色が強いよね。口惜しいけど、今年はダントツで白組。得点も他の色を大きく引き離して堂々の1位をひた走っている。

「どうもね、会長は菜花ちゃんに振られたことをどうしても認めたくないらしいよ。絶対にモノにするって豪語していたんだから、それが破れたらたまらないんでしょ? プライドだけで生きているような奴だもん」

 相づちを打つ余裕もなかった。騎馬戦は団体競技。3年生の男子を中心に、選抜で騎馬を作る。正式のはよく分からないけど、出来るだけたくさんの生徒が参加出来るように、ウチの学校では「王」の騎馬を含めて15騎作る。4人ひと組、ひとりが上に乗って、下で3人が支える。時間は5分。総当たり戦で4色が対戦して、一番残りの騎馬が多いチームの勝ちになる。
 ひとつだけ例外があって、王の騎馬が残っていると点数が倍になるのだ。だから、5騎残ったとして、その中に王の騎馬があれば、一気に倍になって得点は10点。いなければ5点のまま。要するに王を潰すことが先決。

「うわ、すご…」
 砂煙が舞う、男の戦い。たった5分なのに、バタバタと倒れる騎馬たち。馬が崩れるか、騎士のはちまきを奪われると終わりなのだ。主将のはちまきは長くて、格好いいけど、標的になりやすい。白組の騎士たちは、岩男くんの騎馬を必死で守ってくれていた。

 紅組では。会長の騎馬は逃げ回るのみ。下で支えるメンバーも全員バスケ部で揃えて、チームワークも抜群。でも、ホント、逃げてるだけ。岩男くんは守られているけど、ちゃんと参戦してる。ひとりで3本くらいはちまき取るもん。

「…格好いい…」
 すっと見定めて、ばっと奪う。全然隙がない。岩男くんは本当に何をしていても格好良くてうっとりだけど、こんな素敵な姿を拝めて、会長にお礼を言わなくては駄目かも。あたしがうっとりしている間に対戦は終わり、そしてとんでもない結果が出たのだ。

 

 ――紅組と白組が同点。

 こういうことは本当に珍しいらしい。総当たり戦のため、どの騎馬もへろへろ、とてももう一度戦う元気はないようだ。先生方が体育祭委員と協議している。その結果、こんな風になった。

「王の騎馬同士が一騎打ちで対戦する」

 あたしはハッとして、岩男くんの方を見た。彼は何かを考えているみたいに腕組みをして、微動だにしない。どんなときでも動じない岩男くん。優しくて穏やかで。だから、大好き。白組のみんなの期待を背負っている。この勝負は負けられない。それに…相手はあの、会長の騎馬だ。

 やがて。トラックの中にふたつの騎馬が控える。バスケ部の騎馬と柔道部の騎馬、と言う感じ。岩男くんを支えるにはやっぱりガタイのいい脚を付けないとね…。

 ――ぱあああんっ!

 ピストルの音が校庭に響く。どどどっと駆け寄るふたつの馬。いよいよ、ぶつかる…と言う時になって、何と紅組の馬がするっと逸れた。

 …ひゃっ…!!

 心の中で叫んだのはあたしだけじゃなかったはず。それに見た、身を翻した時、赤の馬の脚のひとりが、白の馬の脚のひとりの足を引っかけたのだ。

 ぐらり、と岩男くんの馬が揺らぐ。倒れる…!! そう思った瞬間に、会長の腕が岩男くんのはちまきに伸びた――…。

「きゃあああっ!!」

 今度こそ、悲鳴が出てしまった。思わず両手で顔を覆っていた。ぶわぶわっと辺り一面に砂煙が舞う。しばらくの間、何が起こったのか確認出来ないほど視界が悪くなった。

 

「…菜花ちゃんっ!!」
 隣にいた春菜ちゃんが、あたしの肩を掴んで揺らす。

「ねええっ! ほらっ…早くっ!! 顔を上げなよっ…!!」

 恐る恐る顔を上げた。…そこには。

 傾きかけた日差しを背に、赤いはちまきを右手に握りしめ…悠然と立っている岩男くんの騎馬があった。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐***‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 あとから聞いた話。

 会長は最初から、岩男くんをばちばちにライバル視していたのだという。

 小学校の時は誰にも負けない優等生で、何をしても一番だったのに、西の杜に入ってみると自分よりも出来る奴がいる。その中でも大人しくてどこにいるのか分からないようでありながら、人望も厚く、先生方にも好かれている岩男くんが特に好ましくない存在だったという。

「争うのも面倒だから、いつも適当にかわしていたんだけど…」

 いろんな話を聞いて、涙が止まらないあたしを優しくなだめながら、岩男くんが言った。

「オレは菜花ちゃんのために、もう負けられないから。どこまで出来るかは分からないけど、とにかく必死でやってみるよ。自分の持っている力を全部出して」

「そんな…」
 潤んだ視界のまま顔を上げる。岩男くんはどろどろな体操服のまま、校庭の隅っこでずっとあたしの隣りにいてくれた。体育祭が終わって、今日は部活もお休み。みんな打ち上げとかなんだで引き上げてしまって、誰もいなくなった校庭には涼しくなった夕方の風が流れていた。

「あんまし、頑張りすぎると。岩男くんが壊れちゃうよ。…そんなの、嫌…」

「そんなはず、ないでしょ?」
 さすがに校庭ではあまりすごいことは出来ない。岩男くんはあたしの手を取ると、一本ずつ自分の指に絡めていく。大人の指と子供の指みたいに色も長さも太さも違う。あたしの両手を岩男くんの片手が包んじゃう。

「オレは大丈夫だよ? 菜花ちゃんが隣にいてくれれば、何だって出来る。いくらだって頑張れるから、心配しないで」

 ぎゅーっと絡めた指の力が、あたしの嫌なことも悲しいことも全部吸い取ってくれる。全部取り込んでも岩男くんは負けない。いつも同じように穏やかに微笑んでる。

「菜花ちゃんみたいな、可愛い子が彼女なんだから。少しぐらい妬まれた方が嬉しいよ、こういうのも役得だもんね」

 あたしの目から、また涙がこぼれてくる。でもそれは暖かくて幸せな涙だった。岩男くんの隣りにいていいんだ、ずっといていいんだって思ったら、嬉しくて、涙が止まらなかった。


 

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