TopNovel未来Top>女神サマによろしくっ!・1


…片側の未来☆梨花編… + 1 +

 

 

 また朝が来る。変わり映えのない朝。当たり前の夜が明けていく。

 ああ、頭が重いっ……今日は、ええと、……な〜んだ、月曜日だから予備校は休みじゃん。だったら、もう惰眠を貪ってやる〜〜〜っ!
 うっすらと開けかけた瞼をもう一度ぴたっと閉じる。ああ、至福の時……休みの日の二度寝ほど楽しいことはない。俺は腹の上のタオルケットをたぐり寄せ、とろとろとまどろんだ。

 

***   ***   ***


 思えば。俺の人生は面白くないことばかりだった。何をやっても上手く行かない。自分では結構出来ると思ったことが実は大したことなかったなんて、日常茶飯事だ。

 たとえば、夏休みの科学工夫作品。俺は夏休みが始まる前から材料を揃えて、設計図を引き、真剣に取り組んだ。電池とモーターで進む船だ。最初に段ボール紙で作った試作品は、モーターの部分から水中に沈んでいった。次にスーパーのトレイを使ってみたが、これも安定しない。挙げ句、カッターナイフで冷蔵庫を買い換えた時に付いてきた発泡スチロールを切って船体を作った。
 スチロールカッターなんて洒落た物をまだ知らなかった頃。親は俺が部屋に籠もって何かやっていても気にも留めなかった。たくさん切り傷を作り、両面テープと瞬間接着剤を使いまくり、俺の傑作は完成した。風呂場の湯船でそれが気持ちよく走った時の感動っ! 喜び勇んで、新学期に学校に持ち込んだ。

 ―― が。

 クラスメイトたちの興味は、ある男子の持ってきた『本物そっくりに動くクワガタ模型』に向けられていた。俺の船になど誰も見向きもしない。聞くところによるとそのクワガタは、奴ではなくほとんど父親が作ったものだと言うではないか。そんなの、詐欺だっ! ひとりで作った俺の方がずっと偉いっ!! …いくら心で叫んだところで現実は虚しいだけだった。
 結局、奴のクワガタは作品展に出展され、全国大会に進み、取材まで来て、新聞の地方欄に小さく載った。俺の船は教室の隅の棚でいつか埃を被っていく。理不尽な世の中を7歳にして悟ってしまった俺は、とてもそれを家に持ち帰る気にはなれず、とうとうある日の放課後、誰にも気付かれないように焼却炉に突っ込んだ。

 宿泊学習の前日に発熱する、運動会は毎年のように雨で順延。初恋の女子に書いたラブレターは黒板に貼り付けられ、クラスの笑い物になる。珍しく上出来だったテストは、回答欄を途中からひとつずつ間違えて書いてあった。
「要領が悪い」を絵に描いたような俺に、さすがの放任主義な親も心配になったらしい。小学校3年になった頃、俺を中学受験用の塾に押し込んだ。先手必勝、高校受験や大学受験で躓くよりも、中学で潜り込んで楽をさせようと言う計算だったようだ。

 そして、俺にとっては信じられないくらいの幸運が訪れる。なんとこの界隈で一番出来のいいと言われている中高一貫教育の私立「西の杜」に補欠合格したのだ。あのときは12歳にして、今までの人生の挫折を全部クリアしてしまった気分になった。
 ラベンダー色の制服。あれを来ているだけですれ違う奴らが羨望の眼差しで見てくる。ああ、なんたる快感っ!! 本当に最高な晴れ晴れしい気分だった。

 ―― しかし、なのだ。

 世の中、それほど上手く行くわけない。「西の杜」は言うなれば、地域の学校から選りすぐった秀才たちをひとまとめにした学校だ。受験をクリアしても、そのあとには地獄が待っていた。何しろ、授業の進み方が全然違う。俺が教科書を広げた頃には、黒板が一面埋まっている。焦って板書しようとしても、追いつかない。焦る、でも…周囲のクラスメイトは難なくこなしていく。
 そして、夏休み明けの2学期になる頃には、とうとう授業中の先生の言葉がイスパニア語に聞こえてきた。いや、俺にはイスパニア語は分からない。でも、英語でもフランス語でもドイツ語でもない、未知の言葉に聞こえたのは確かだった。

 ついに、担任が親を学校に呼び出す。俺はその年の終わり、地元の公立中学に転校することになった。

 


 ―― あああああああああっっっっ!!!!!!

 せっかくの惰眠が〜至福の時が〜、とんでもない回想シーンになってしまった。このまま行くと、この先、高校受験から、大学受験失敗、二浪中の日常まで全部思いだしてしまいそうだ。俺は暗記が苦手なくせに、どうでもいいことばかり、よく覚えているのだ。

 ううっ! 起きるぞっ!! もうっ、こんな生活うんざりだっ!!

 俺はがばっと、勢いよく起きあがった。

 

***   ***   ***


「……あれ……?」

 瞼を開くと目の前の窓から、溢れる日差し。この不景気に子だくさんな俺の親。5人もいる弟妹のせいで受験勉強もままならないと、浪人した年からひとり暮らししてる。ワンルームのバストイレ付きは駅から30分の立地条件なのに6万5千円(税抜き・管理費が別に2千円取られる)。この辺は物価が高いのだ。

 ちゅん、ちゅん……。ありきたりなスズメの鳴き声。朝っぱらから、ご苦労さんなことだ。そして、カーテンから視線を落とす。なにやら海坊主が歩いたような足跡が転々とベッドまで続いている。ハッとして自分の姿を改める。
 ……えええええっ!? どうしてっ! 何にも着てないんだよっ! どうでもいいけど、普通トランクスくらいはいてるはずなのに。腰の辺りがやけにスースーする。

 ……スースー?

「……」
 俺は身体を硬直させ、ごくりと唾を飲み込んだ。


 ……ちょっと、待てっ!?

 一枚しかないタオルケット。それは自分の腹の上に掛かっているが、右側からも引っ張られているような気がする。それと同時に、規則正しい、寝息のような音が…音が…っ!?

 そろそろと、振り向く。本当に、首を90度右に曲げることがこんなに大変だと思ったのは、寝違えた時以来かも知れない。


「……え……っ……」
 声が、掠れる。じっとりと気温が上がり始めた8月の部屋の中で、俺の体温だけがさあああああっと引いていく。手のひらに冷たい汗が滲んだ。

 そこには……タオルケットにくるまっている「物体」が転がっていたから。

 黒い髪、結構長い。さらさらのいわゆるシャンプーの宣伝に出てくるみたいなまっすぐな髪。向こうを向いているから顔は分からないけど、まあ、95%女だろう。…って、どうしてっ!? ひとり暮らしの俺の部屋に女がいるんだよっ! しかも、俺は素っ裸でっ!! そりゃ、女の方はどうか、分からないけどなっ…何せ、肩まできっちりとタオルケット掛けてるからなあ…。

「……う……んっ、っ……」

 げげっ! 俺が血の気をなくした顔で呆然と眺めていると、目の前の物体が寝返りを打ちやがった。そして、こちらに顔を向ける。

 ……うわっ、すげ〜っ!! びっじ〜んっ!!

 髪が綺麗で振り向くとがっかり、っていう女子は掃いて捨てるほどいるけど、そうじゃない。白くて透き通った肌。綺麗なかたちの眉、閉じた瞼からびっちり生えそろったまつげ。そして、小さくてぽてっとした口元……ノーメークのはずなのに、赤に近い桜色だ。

 そのパーツを乗せた卵形の綺麗な輪郭が、頬の辺りでぴくぴくっと動いた。

 ……ひいいいいいいいいいいっっっ!!!!

 ぱちっと、瞼が開いた。しっかりした視線でこちらを見つめている。濡れている瞳は黒目がちで、人形みたいだ。目を開いたら、もっともっと美人になった。彼女は、そのままぱちぱちっと何度か瞬きをする。そのたびに長いまつげが揺れて、ゾクゾクしてしまった。

「あ〜、おはよう。もう、大丈夫なの?」
 しどけなく髪をかき上げながら、彼女はそう言った。俺はとてもこの台詞が自分に向けられた物とは思えなくて、思わず振り向いてしまった。でも、背後に誰かいるわけはない。彼女の言葉は間違いなく俺への質問だった。

「……え?」

 ……ダイジョウブ? 誰が? 何のことだ?

 頭をたくさんの疑問符が駆けめぐる。目覚めたら隣りに女がいたと言うだけで、すごい衝撃なのに、コレがまた美人で、それでもって…ああああ、どうしたらいいんだっ! 思い出せないっ!!

「なによう〜、覚えてないの? 嫌あねえ……」
 ずずずっ……。彼女は身を起こす。それに従って、彼女の身体に掛かっていたタオルケットが重力に従って、するすると落ちていく。

「……っ!!!」

 俺は、目の前に現れた「それ」に釘付けになっていた。げげんっ! ……嘘だっ! 嘘だろっ!! 何なんだよ〜これっ……!!

「何驚いてるの? 変な人」
 きょとんとして、首をすくめる。

 ええいっ! 待てっっ!! 「変なの」はあんたの方じゃないかっ!! 何なんだよ〜、どうして俺の部屋のベッドの上でそんな格好してるんだよっ!!

 酸欠金魚のように、口をぱくぱくとさせている俺をじーっと見つめる瞳。何だか余りの大きさと清らかさに吸い込まれてしまいそうな色。とても生身の人間とは思えないっ。

「う〜〜〜〜んっ! よく寝た〜」

 両腕を上げて、ぐぐっと伸びをする。それに従って揺れるのは…何も身につけていない彼女の上半身……。そう、陳腐な言い方になってしまうが、文字通り「お椀型」の理想的なかたちのふたつのふくらみが隠すことなく俺の目に晒されている。サクランボ色の頂や裾野もばっちり…。すげー、ここまで来ると芸術作品かも知れないっ!

 ソニンちゃんのおっぱいはちょっと作り物っぽいと思うこともある。でも、目の前のこれは…本当にたわわなのに清らか。ああ、何を言ってるんだっ!! もうっ、俺っ、気がどうかしちまってるっ!!

 ―― そう、裸。少なくとも上半身は裸。下半身の方はとても恐ろしくて確認することも出来ない。こんな美しい女があられもない格好で間近にいれば欲情しそうなもんだけど、もうそれどころの騒ぎではなかった。

「あっ……、あの〜〜〜〜〜っ…?」

 とりあえず、あんた誰? そう聞こうとしたが、声にならない。そんな間抜けすぎる俺を、彼女はまたじーっと見つめて、それからきょろきょろと辺りを見渡した。

「えっと、シャワー借りていい?」

「あっ……、ああ……そう。ガラス戸の向こうがそう」

 うん、分かってる、と言うように、頷く。それから、ちょっと眉をひそめてこちらを見た。

「あの〜、……悪いんだけど。ちょっと、向こう向いていてよ。じろじろ見ないで、恥ずかしいから」

「あっ、うわっ……ごっ、ごめんっ!!!」
 その声は全然恥ずかしがっている風でもなかったが、一応言われた通りに回れ右する。だって、あんまりにも綺麗だったから、エロ本のグラビアでだって、これだけ綺麗なおっぱいはおいそれと出てこない。もう、吸い寄せられるように見つめていたのだ。

 

 ずずずずっ……。

 微かな振動、ベッドを降りるきしみ。足音。ぱたん、とガラス戸が閉まったところで、恐る恐る向き直った。

「うっそ、……だろ〜!?」
 そこには、彼女の残したひとり分のくぼみがしっかりとかたち取られている。そっと手を伸ばしてシーツに触れてみると、体温が残っていて暖かい。がばっと、鼻を押しつけて匂ってみる。変態だなと自分でも哀しくなったが、そこに感じたのはふんわりとした花の香りだった。

「……うわ……」
 思わずむらむらと来てしまう。一応、頬をつねってみたが夢でもないようだ。朝、起きたら隣りに見たこともない美人が寝ていた。しかも裸で。……これは……あのっ? ……そうだよなあ、そう言うことなんだよなあ……。でも、昨日の夜の記憶が戻ってこない俺は、何が何だかさっぱり分からない。

 耳を澄ますと、微かにシャワーの音がする。この部屋でシャワーの音を聞くなんて、すげー久しぶり。半年ほど付き合った彼女とGW明けに別れてから、女を連れ込んだことなんてなかったし。

「やったん……だろうなあ……」
 当たり前すぎる考察を一応、口にしてみた。虚しいだけだった。

 

***   ***   ***


 やがて水音が止まって。しばらくしてガラス戸が静かに開く。その姿に、またぎょっとした。

「……えっ!? えええええっ……!? あのっ……」
 人差し指で指し示した先、…立っていたのは先ほどの彼女。でも、…彼女がまとっていたのは、どう見ても高校の制服……。

 思わず立ち上がってから、ハッとする。やべ〜、全裸だった。丸見えじゃん……ひ〜。慌ててタオルケットで一応、前を隠して、もう一度顔を上げる。ああ、どうして、彼女がこんなに平然としてるのに俺が慌ててるんだよ〜。情けね〜……。

「私、帰るから。じゃあね」

 涼しい瞳でそれだけ言うと、彼女は髪を翻して背中を向けた。そして、すたすたとそのまま出て行ってしまう。

「あっ……の〜〜〜〜〜っ…?」

 玄関が開いて、閉まる。ぼん、と言う金属の板が打ち付けられる重い音。それと共に彼女は部屋から消えていた。俺の卒業した高校より、レベルが数ランク上の公立高校の制服を着たその姿に、情けないけど全然心当たりがなかった。

 

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