TopNovel迷子別館扉>番外3・その1
Next>>



…After Storys, 3…
『クリスマス大作戦!?』 その1

 

 

 

2002年12月11日(水)

 俺は寺嶋雄王だ。県の南端、県立浜谷高校で日本史教師をしている。ふふふ、高校教師だぜ(だから、何というわけでもない気が…)。今の身分は3月までの期限付き採用である「臨時任用講師」であるが、今年の夏に受けた教員採用試験でめでたく合格、4月からはなんと正規教員だ。
 ああ、長かった下積み生活(と言っても、2年間だけど)、保証のない立場は辛かった。教師にはなりたかったが、正直くじけかけていた。今の心境は「盆と正月と誕生日とクリスマスとハロウィンと夏休みと臨時休校」が一緒に来たような感じ。もうもう、目の前はバラ色一色だ。ああ、それにもっといいことがあった。昨日、12月10日。無事、ボーナスが支給されたのだ。
 ボーナス、近頃の不景気は数年前から公務員の給与にも影を落とし始めた。そりゃ、ボーナスが現物支給でかまぼことか、そう言うのよりはマシかも知れない。だが、好景気の頃に何百万も貰って外車乗り放題、女と酒に遊びたい放題だった奴ら(かなり偏見)と較べ、もともとが薄給の地方公務員。俺なんか、人の倍くらい働いてるんだからなっ!

「…そう言う風に浮かれていると、また気付くとすっからかんになってるんだから。そうなったって、私はもう貸しませんからねっ!」
 こんな風に白けた声で、傍らで日和が突っ込みを入れる。はっ! 気付けばここは家庭科準備室。空き時間にくつろぎに来たんだった、忘れていた。知らないウチににやけていたらしい。昨日から顔の筋肉が緩んでは、注意されてばかりだ。
 ただでさえ忙しく雑用の多い教師、しかも俺は野球部の顧問をしている。野球部とは中学・高校でその姿を見た人なら誰でも分かると思うが、運動部の中でも一番練習量が多い。何故かと言えばPTAやOBがうるさいのだ。
 ここ、浜谷高校も創立百周年を越え、野球部の歴史もそれにほぼ並ぶ。もう腰のたたないようなじいさんから、某有名政治家まで…とにかく野球部出身者はどうしてこんなに多いんだと思うくらい多い。OB会の幹事は現職の顧問がやることになるから、下っ端の俺にその役どころが回ってくる。場所を決めるのも一苦労だ。
 野球部のすごいところは、県大会で1回勝つのもやっとの様な高校ですら、やたらと外野が熱いことだ。正規の大会ならともかく、毎週の練習試合ですら生徒たちの父兄が見に来る。そして試合が終わった後、一杯と称して今日の監督の采配をあれこれと分析される。だったらあんたが代わりに座ってみるかっ! と怒鳴ってやりたくなるが、当の監督さんはにこにことしているので、俺の出る幕ではない。
 俺は下働き専門の「部長」と言う地位なのだ。監督と部長。名前だけ聞くと部長の方が偉そうだが、実は試合の時ベンチにも座れない。俺がいるのは補欠にもなれなかった部員と女の子マネージャーのいる外野席だ。
 そんな日々の潤いと言ったら、何と言っても恋人の存在だろう。そうさ、ここにいる家庭科講師・小此木日和こそが俺の彼女。それもただの彼女じゃないんだぞ、同棲だぞ〜一緒に住んでるんだからな。もう夜なんて好き放題、ばんばんやらせて貰ってる。身体の相性もバッチリだと思う。
 教師の日常はあまりにも多忙で、学生時代からの恋人がいた奴なんかは可哀想に8割方別れている。教師なんて最初はとんでもない僻地に飛ばされることがほとんど。そうなると都会に残した恋人とふたりの時間を作るのも大変だ。しかしこうして同じ職場にいれば、しょっちゅう会うことが出来る。
 一応、校長には「生徒の手前、きちんとけじめを付けなさい」とか釘を刺されているが、こうしてささやかなコーヒーブレイクを楽しむことが出来るのが嬉しい。
「こっちは忙しいんだからね、あんまり邪魔しないでちょうだい」
 彼女は俺がやってくるのを廊下を歩いてくる足音で察するらしい。ガラガラと家庭科準備室の引き戸を開ける頃には、眉間にしわを寄せつつ、机から立ち上がる。そして、もう決まり切った動作でコーヒーをセットしてくれるのだ。社会科準備室ではインスタントコーヒーだが、ここなら喫茶店顔負けのおいしさのドリップコーヒーが楽しめる。ついでに恋人付きだ。
 普段から素っ気ない態度であるが、職場ではさらにそれに拍車がかかる。ベッドで俺を求めて瞳を潤ませるあの姿とは全く違うのでちょっと戸惑う。まあ、あのまんまだったら、ヤバイが。ここでやりたくなっちまうし。
「日和ちゃ〜ん、おやつは? この前、ミチ代先生の教え子が持ってきてくれたクッキーがまだあるだろ〜?」
 ああ、小腹がすいた。まだ昼飯までには間がある。朝、ちゃんと日和の作る朝飯をがっちり食べているのにどうしてこんなに腹が空くんだろう? やはり夜の運動量が半端じゃないからか!?
「そんなに食べてばかりいると、マジでおなかが出てくるわよ? 知らないから、デブデブになったって」
 言い方は冷たいが、ちゃんとクッキーの缶を開けてくれる。口はうるさいが、これでいて案外マメで面倒見がいい。掃除もしてくれるし、料理だってまずくない。何しろ家庭科の教師をしてるくらいだ、フツーの女より家事一般に長けていたって不思議じゃない。洗濯だって何故か彼女が洗うと白くなる。何かの宣伝ではないが、柔軟剤や漂白剤が変わったわけでもなく。魔法のように洗い上げてくれるのだ。
 全く、いい女を手に入れたと思う。4月に新規で入ってきた彼女は前の月に大学を卒業したばかりのぴちぴちの存在だった。ちょっと露出度の高めのおしゃれな服装。手入れの行き届いた髪。綺麗に塗られた化粧。俺以外の教師たちだって目の色を変えていたのを知っている。
 コレは何が何でも手に入れようと思った。あの手この手で誘いを掛けてみたが、どうしても仲のいい友達止まりだ。彼女をモノにするために、本当に苦労した。まあ、それが報われたんだから、いいとしよう。
「デブデブになったって、いいだろ? 日和ちゃんに貰ってもらうから…」
 媚びるように上目遣いにお願いポーズを取る。しかし、日和の方はコーヒーのポットを手に、白けた目で見下ろしてくる。
「…私、脂肪太りは嫌だわ。本当はすらりとした細身の人の方がいいもの…」
 ツンとすました声で言い捨てる。まあ、いつも通りの対応だ。
 以前の俺だったら、「ああ、可愛くねえ女っ!」とか思ってしまったかも知れない。でも…日和は違うんだ、そう言う憎まれ口を叩かれてもやはり可愛い。惚れた弱みと言われればそこまでだが、身体の隅々までどこを取ってもいい女だと思う。
「はい、静かに飲んでいってよ? 私、仕事があるから…」
 日和は俺が座っている申し訳程度の接客用ソファーのテーブルにコーヒーのカップを置くと、さっさと机に戻る。その上には提出された被服の課題が山積みになっていた。家庭科が男女必修になってから、それまで1人だった教科担任が2人や3人に増えている。男が一緒にやるんだから、簡単な教材が多い。
 今年は綿の入った布(キルティング、と言うんだと日和が言っていた)のちゃんちゃんこだ。こんな服を作っても家で着る奴なんているんだろうか? 安っぽいチェック柄の山が切ない。俺が高校の頃作った布バッグなんてそのままゴミ箱のカバーになってしまったぞ。そんなもんなのに。
 日和は山と積まれたそれを一枚ずつ丁寧にひっくり返しては、チェックしている。ああ、その目の真剣なこと。そそられるったらない。
「ひ〜よ〜り〜…、遊ぼうよ〜」
 もうひとりの教科主任であるミチ代先生が出張でいないのをいいことに、俺は甘えた声を出す。でも日和の方はちらとこちらを睨んで、そのまま仕事に戻ってしまう。
「なあってば〜」
「きゃああっ! やだっ! ちょっと、離してよっ〜!!」
 後ろからいきなり抱きつくと、日和が必死で抵抗する。
「誰かに見られたらどうすんのっ! あんた、免職になるわよ!?」
「大丈夫v 今授業中だし〜、カーテン閉めてあるし〜…」
 その辺はぬかりがない。さっき、日和に気付かれないようにそろそろと引いて置いた。一階のこの部屋は明るい日中でも薄暗いので、部屋は蛍光灯が点いている。そのせいか気付かれることなく、実行できた。
「あんっ! ちょっとぉっ! …嫌だあっ!」
 悶えている、と言うよりは本気で嫌がっている。そんなに抵抗することないのに。ああ、昨日の夜は飲み会だったからな〜さすがに泥酔して2時に戻ってきてから頑張ることは出来なかった。朝、襲いかかろうとしたら、思い切り肘鉄喰らったし。
「雄王っ! …ちょっとっ! 怒るわよっ…」
 ニットの裾から入り込んだ手がようやくブラに届いて、そのままぐぐっと押し上げてやろうと思ったとき、申し合わせたように日和の携帯が鳴った。ハッとした瞬間に腕が外れてしまう。
「もしもし? …ええ、お母さん?」
 日和はこっちを睨み付けながら、空いた手で必死に服を直している。
「うん? 招待状? …紗智子ちゃん…ああ…」
 日和はもう一度、腕を回そうとした俺をしっしっと嫌そうに手で払い、そのまま家庭科室に消えていった。
 彼女の母親はやたらと電話を掛けてくる。愚痴のことが多いそうで、本人も閉口している。でも母親だから邪険には出来ないらしいのだ。俺の存在はほとんどばれているが、同棲してることは内緒だったりする。別に構わないじゃないかと思うけど、彼女に言わせると「そんなこと言ったら、大騒ぎになるから」だそうだ。
「話って、何だったの?」
 10分位して戻ってきた彼女に訊ねる。日和は先ほどのコトでまだちょっと怒っているらしい。口を一文字に結んだままで首をすくめた。
「中学校の頃の友人が結婚するんだって。そんな親しい子じゃなかったのに、いきなり招待状が来たらしいの…」
「へえ…日和の友達って言ったら、まだ若いだろ?」
「今年23ですっ! 今は早いか遅いかどっちかなのよ。25くらいまでに結婚しないと、その後は30すぎまで独身の人が多いわ。もう、高卒の子は随分片づいているみたい…どうして私が呼ばれるのかなあ…頭数かしら…」
 そんなことをブツブツ言いながら、自分の分のコーヒーを注いでいる。俺はそんな横顔をボーっと眺めていた。色が白くて、目鼻立ちがはっきりしていて、なかなかの美人だと思う。手足がすらっとしているのに、結構胸がある。ちょっと連れて歩きたい感じの女だ。
「なあ、日和…」
 俺はふと思いついたことを口にする。
「結婚式出るんなら、花嫁のブーケ貰ってこいよ、そしたら次に結婚できるんだろ? いいだろ〜新年になるし、籍入れようぜ?」
 その問いかけに、カップに口を付けていた日和が目だけで睨む。聞いてるのか聞いてないのか分からない感じでごくりと飲み干すと、小さく息を吐いた。
「雄王って。時々そういう変なことを言い出すわよね? そんなの迷信に決まってるでしょう?」
「そんな風に素っ気なくするなよ〜、日和っちゃん、俺に付いてきてくれるんだろ? なあ、いいじゃん。今週は期末中で部活もないし、日和の実家に挨拶に行こう?」
 日和が何とも複雑そうな顔をしてこちらを見ている。馬鹿にしてる、と言うほどでもなく。かといって同意するわけでもなく。しばらく黙っていた彼女も思いきったように話し出した。
「今週は駄目、ひとりで帰る。でもって、多分1週間実家にいるから」
「…え?」
 俺は思わず息を飲んだ。何言ってるんだ、この女。俺を飢え死にさせる気か!?
「母方の祖母がね、入院するんだって。母が付き添いで行くから、その間家のことしろって。私、成績付けちゃえばやることないもの。講師は基本的に授業時間だけの勤務なのよ?」
「…ま、まあ、そりゃそうだけど」
 そう言う家の事情を出されたら仕方ない。でも、日和はまだ言いたいことがあるらしい。でも言いにくいらしくて、唇を舌で濡らしている。
「合同の忘年会は今週だけど、24日に有志のご苦労さん会をやるでしょう? それには戻るから」
「日和ぃ…」
 ちょっと待て。1週間!? 1週間も我慢させるのか?? このやりたい盛りの俺にそれはないだろう。でも彼女はそんな俺の訴えなど最初から分かっていたらしい。涼しい顔でこう言う。
「あの。私来週、生理だから。どっちにせよ駄目でしょ?」
 う、そう来たか。そう言えばそうだった。いくら俺でもスプラッタはしたくない。でもここであっさりと下がれるか。
「じゃあ、飯は!? 俺、日和がいないと死んじゃうぞっ!」
 とにかく。1週間もいないなんて信じられない。実家が大切なのは分かるが、俺のことはどうでもいいのか? 必死に訴えても、日和はいつも通りにさっぱりしている。
「以前のように飲み屋さんにでも行って、可愛いお姉ちゃん相手に楽しめば? いいのよ、私は別に…」
「え?」
「また、無用意に携帯のナンバー教えてたでしょう? 本当に口ばっかりで軽いんだからっ!」
 な、何!? あの時、トイレに行ってたじゃないか? どっから見てたんだよっ! それに俺が自分から教えたんじゃない、あっちが勝手に聞いてきたんだ。どうして俺がそんなことを突っ込まれなくちゃいけないんだよ〜。
「あの、私」
 日和の口調がちょっと変わる。かしこまったよそ行きの声だ。
「また、叔母さんから縁談の話来てるの。母が会えってうるさいから、会うからね。こんなこと、別にあんたにいちいち報告することもないと思うけど」
 思わず、息を飲んだ。それって…あの、また、いわゆるそれかい? 待てよ〜。
「なあ、日和。何度言ったら分かるんだよ? お前、俺というのがありながら、どうして涼しい顔して他の男と…」
 日和はニッと口元を上げると、声高らかに言った。
「『結婚はやはり一生のことですから、もう、とことん時間をかけて、じっくり考えなさい。決して一時の感情で安易に流されちゃあ駄目よ。』、ミチ代先生がそう仰ったでしょう? 私、結婚には慎重に行きますから…」
「おい〜」
「はいはい、飲み終わったら、さっさと退散っ! 今日も飲み会でしょう? 今のうちに寝て置いた方がいいんじゃないの? 社会科の準備室に戻れば安楽椅子があるでしょ。早く、行った、行ったっ!」
 細い身体のどこにそんな力があるのか、ぐいぐいと身体を押される。何だ、コイツ。飲み屋の梓ちゃんのこと、気にしてたのか? そうならそうと言えよな? 愛してるのは日和だけなのに…。
「な、なあ。さっきの話だけど…」
 そう言いかけたとき。鼻先でぴしゃりと引き戸が閉じる。俺はいつの間にか廊下に引きずり出されていた。

2002年12月12日(木)

「ま〜ったくさっ! 何考えてんだか、分かんない女っ!」
 がががっと、頭をかきむしる。そんな俺を呆れ顔の6つの目が見つめているのがつむじに当たる視線の感触で分かる。
「香ちゃんっ! もう一杯っ!」
 俺はもうヤケになって、空のグラスをどんと差し出した。
「いいんですけど、雄王先生? おなか、がぶがぶになると、本当に水太りになるわ。いい加減にしなさいよ?」
 そう言いつつ、香ちゃんが注いでくれるのはペットボトルに入った特売の[DAKARA]だったりする。
「お前も情けないよな〜、友人を名乗るのが恥ずかしくなるよ?」
 とか何とか。20年来の幼稚園児代からの付き合いでありながら、治までが何とも冷たいことを言う。そして、もうひとりは秋の始めに産まれた赤ん坊だ。咲ちゃんと言う。ベビーチェアに座らせられたまま、治に良く似た目でこっちを不思議そうに眺めている。
「だってさ、考えてもみろよ? こっちがどんなに口説いても、首を縦に振らないクセに、他の男とはホイホイ見合いするんだぜ? 見合いって、結婚の意志のある奴同士がやるもんだろ、あいつどういうつもり何だか…」
「う〜〜〜〜〜ん…」
 目の前の夫婦が同じようなポーズで腕組みをして首を傾げる。さすがに乳飲み子はそこまでしないが。
「確かに、お前の言うことにも一理あると思う」
「そうだろ? そうだろっ!?」
 ああ、やはり、心の友っ!! お前のその一言が聞きたくて、夫婦のアパートまで来てしまった。生活臭くて、ごちゃごちゃしていて。でもってお決まりのように大きな花柄の布団のかかったこたつがある。やはり冬はみかんとこたつだろう? 日和は埃が立つからと言って、ホットカーペットで乗り切れという。全く日本情緒の奥ゆかしさが分からない奴だ。
 昨日はあのまま飲み会に出て、それで午前様になってしまった。そりゃ、俺が悪いかも知れない。でも、さっさと先に休んでいた日和は…事もあろうにふすまにつっかえ棒をしていたのだっ!! そう言えば、この前「酔ったときの雄王はいびきがうるさいから嫌」と言っていたけど、そりゃないだろう。ご丁寧に俺の分の掛け布団がリビングに出してあった。
 今日は何もないが、明日は学校内の合同忘年会だ。2次会以降は学年別に別れたりする。また、遅くなるだろう、その後は日和が実家に戻ると言うし…。このままストライキを続けるつもりか? まだ梓ちゃんのことを怒っているのか?だったら、俺は彼女の見合いのことを怒ってもいいはずだ。
「でもねえ…」
 香ちゃんが、相変わらずにおっとりした口調でぐるりと首を回す。
「雄王先生がはっきりしないのも悪いんじゃないかしら?」
「…え?」
 意外なひとことだった。思わず、目を剥いてしまう。
「だって、俺はいつもいつもちゃんと意思表示して…口でだって、態度だって…もう思う限りに…」
 香ちゃんは、あ〜あ、と言う感じで首をすくめる。
「雄王先生、軽く見えるんだもん。しゃあしゃあ言われたって、信用できないわ…」
「だったらっ!! どうすりゃいいんだよ〜〜〜っ!」
 さっきから同じポーズで悩んでいた治がまだ呻いてる。
「う〜ん、そんなこと言われたってなあ…」
 その顔を見ていたら、ふと考えが浮かんだ。
「そうだっ! お前っ! お前はどうしたんだっ!? 香ちゃんをどうやってモノにしたんだよっ! 企業秘密かも知れないけど、教えてくれよっ!!」
 うんうん、ここは経験者の意見を聞くに限るな。不器用そうに見える治に出来たことなら、俺にだって出来るはずだ。俺の方がどう見ても器用だと思う。
「う〜〜、ウチの場合、出来ちゃったから…。何だったら、お前も作っちゃえば? そうすりゃ、彼女だって、その気になるんじゃないの?」
「あ、それ駄目」
 ああっ!? そうだったか、こいつら。俺は大きく落胆のため息を付いた。
「日和、ピル飲んでるから。絶対妊娠しない。俺、ハナから信用されてないらしいぜ」
 中だしオッケーなのはいいと思うが、その反面、虚しい気もする。彼女はもともと男を信用しないタチなのか、ピルを常用していたらしい。あの事件の時は、色々あって飲み忘れたらしく、そのこともあり今は気合いも十分だ。
「そっか〜」
 香ちゃんが脳天気に頷いてる。おいおい、真剣に考えてくれよ? こっちは必死なんだから。日和が他の男に寝取られたらどうするんだ。俺のこの溢れんばかりの愛情をどうしたら感じてくれるんだよ〜〜。
 そんな俺の視線に気付いたのか、香ちゃんは取って付けたようにう〜んと悩むポーズをした。そして、10秒後に手をポンと打つ。名案が浮かんだのか? 一休さんより早いぞ。
「ねえ、雄王先生。クリスマスにかけるのはどう?」
「は?」
 思わず聞き返してしまった。今時、高校生だってそんなこと言わないんじゃないか? 古いよ、香ちゃん。それに相手は日和だぞ、一筋縄じゃ行かないんだから…。
「雄王先生、ちゃらちゃらしてるから、信用ないんだよ。ここはビシッと決めて、ひとつガンと大きく出るしかないよっ!!」
 きっぱりと言い切る。香ちゃんはいつも自分が正しいというように断定する。この揺るがない自信がどこから出るのか俺は知りたい。
「やっぱさ〜高級レストランで、素敵なディナーを食べて…でもって、彼女が感極まったところで、とっておきのプレゼントっ!!」
「それは…俺に対する嫌みですか? 香ちゃん…」
 治が脇から口を挟む。ちょっと猫背になっていじけてる。彼の安月給ではそんなことも出来ないのだろう。安月給は俺も同じだが、彼らには子供もいる。金がかかるのだ。
「え〜、そんなことないよぉ〜。私は治君がいればいいのっ! でも、雄王先生のことはちゃんと考えなくちゃ…」
 香ちゃんは慌てて猫背を叩いてフォローする。でも治はますます身体を縮めてしまった。ちょっと責任を感じる。ああ、友よ、すまない…。でも今は自分のことの方が大事だったりする。このままずるずると馴れ合いで行ったら、3月に「はい、さようなら」と言う事態になりかねない。それは避けたい。
 日和の心をがっちり掴むしかない。でも、クリスマスディナーは不可能だ。
「駄目、イヴは飲み会だから、ふたりとも無理…」
「じゃあ。プレゼント大作戦だよっ!!」
 …は? プレゼントですか? そりゃ…まあ、なあ。初めてのクリスマスだし? 何かやろうとは思っていたけど。日和が本当に喜ぶモノなんてあんまり思いつかない。彼女、物欲がないんだもんな。持ち物少ないし、すぐに捨てるし。
「決まってるじゃないのっ!!」
 香ちゃんは、胸の前で手を組んで、目をうるうるしている。
「やっぱり、女の憧れはっ!! 指輪よっ! エンゲージリングっ!! それっきゃ、ないわっ!!」
「香〜」
 治が猫背のまま、妻の袖口を引っ張る。
「それって、もしかして、給料3カ月分、とか言う奴…? 俺、お前には、やってないから…」
「んもうっ! 治君は〜、出世払いでいいって言ったでしょ? 気にしないでよ〜」
 ああ、話がややこしくなってくる。治をこれ以上いじけさせたら駄目だ。もう退散しよう、日和だって今日は夕飯を作ってくれてるはずだ。腰を浮かし掛けて、ちょっと思いつく。
「でも、指輪って…サイズがあるし。渡して合わなかったらどうするんだよ? 情けないぞ?」
 そう訊ねると。治をなだめていた香ちゃんが、不思議そうにこちらを向く。
「そんなの。日和ちゃんに直接聞けばいいじゃないの。何言ってるの?」
「ええ〜、そんなこと言って。いらないとか言われたら、そこで終わりじゃん。どうにか、聞かずに済む方法は…」
 日和のことだ。俺の下心を知った時点で、一笑するに決まっている。ここは内密にことを進めたい。でも指を見てもサイズなんて分からない。
「なら、日和ちゃんの持ち物探せば? 指輪のひとつも持ってるでしょ。それで駄目なら、土曜日に私、一緒にお買い物に行くことになってるから、聞いてあげる」
 正直言って、こんなコトで日和がどうにかなるとは思えなかった。でもこのままだとどんどん日和が遠ざかってしまう気がして。何の足がかりもないよりは、少しでも引っかかりになればと思う。
 俺は香ちゃんの目を見て、ひとつ頷いた。

 

Next>>


迷子別館扉>番外3・その1
TopNovel迷子別館扉>番外3・その1