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菜花&梨花のおはなし
「女神サマによろしく!」「キスから、夢まで。」も読み終えてからどうぞ。
いつもながらに、ネタバレ満載です(苦笑)

   

 

   

 梨花に彼氏が出来た。それを知ったときは、思わず心の中でガッツポーズしたわ。

 実のところ、あたし、すごく憧れていたんだもん。だって、素敵だと思わない? ふたりでお互いのことを色々相談したりのろけあったり。妹に彼の話をためらいなく出来るって、いいなあと思っていたの。

 

 あ、もちろんね。

 あたしの彼は岩男くんだから、梨花だってちっちゃい頃からよく知ってる。それどころか、同じ柔道の道場に通っているふたりだから、あたしの知らない岩男くんだって梨花は知っていたりするのよね。でもねえ、「友達」とか「同級生」としての岩男くんのことなら、梨花にも、それこそパパやママにも話せるわ。けど……ひとたび「恋人」として考えたら、そうも行かない。

 会社のお友達との会話の中でも、そう言う話題は出てくるんだけど。何か、恥ずかしくて。そりゃ、岩男くんは本当に素敵だから、誰かに話すのはとても気持ちいい。でもねえ、あたしの伝え方が悪いのか、いくら説明しても岩男くんが格好良く伝わらないの。もう、だんだんイライラしてきて、本物の岩男くんを引っ張ってきて「さあ、見てちょうだい!」と言いたくなっちゃう。

 高校までは、周りの友達はみんな岩男くんのこと知っていた。あたしたちは幼稚園の頃からの、幼なじみ。ずーっと一緒だったんだもの。

 大きくて、力強くて、とても物知りで。でもって、すごく優しくて。あたしのことを丸ごと守ってくれる、まるでターザンかスーパーマン。少したとえが古いけど、だってどこから見ても逞しい日本男児でレトロなイメージなんだもん。高校の頃だって、ブレザー着てるよりも柔道着の方が格好良かった。

 大好きな岩男くんのこと、いっぱいいっぱいおしゃべりしたいなと思う。あたしの心は放っておくと岩男くんでいっぱいになっちゃって、他のことが手に付かなくなるの。それに、今は遠距離恋愛中。岩男くんは関西の大学の三回生で、あたしたちは離ればなれで生活してる。さすがに3年目ともなると慣れたけど、会いたいときに会えないのって、やっぱり寂しいよ。

 

 だから、ずっと思ってた。梨花に彼が出来たら、いろいろ話も出来るようになるかもって。自分のことばっかり、聞いて聞いてっていうの、押しつけがましいでしょう? やっぱり、ここは姉として、恋愛の先輩として。梨花が彼氏くんとケンカしちゃったりしたら、いいアドバイスをしてあげるんだ。

 お気に入りのカフェや、夕陽の見える穴場のデートスポット。そう言う情報を交換するのもすごく楽しいなと思う。ついでに岩男くんと梨花の彼氏くんも仲良くして欲しいな。聞くところによると、あたしたちとは1学年しか違わないって言うし。きっと話も合うと思うんだ。

 そうよ、だってだって。

 もしかして、もしかするとよ? 岩男くんと梨花の彼氏くんは、ゆくゆくは義理の兄弟みたいになるかも知れないじゃない。えっと……、あたしが岩男くんのお嫁さんになって、でもって――。

 

 ――きゃあああああああっっ!!!!!

 

 いやん、なに妄想してるのかしら。思わず、ママのお気に入りのティーポットを落とすところだったわ。

 おっとりしていてあまり怒ったりしないママだけど、これを割ったらどうするか分からない。特別に大切な食器だけをしまうカップボードの一番の特等席に、丁寧に置かれている。今夜、これを使いたいって頼んだら、すっごく困った顔してたもん。

「仕方ないわね……お留守番をして貰うんだから、特別よ」

 そう言いながら、本当はやめて欲しいみたいだったわ。でも、今夜はパパとふたりでお友達のお家のパーティーにお呼ばれしてるから、ちょっと後ろめたいみたい。ごめんね、ママ。弱みにつけ込むのは悪いなあと思ったけど、やっぱ今夜だけはこれを使ってみたかったの。

 ちなみに、あたしにはもうひとり弟がいたりするんだけど。彼は今夜、バスケの合宿で不在。あのうっさいのが乱入してきたらまた面倒だし。ああ、良かったわ。

 

 そろり、そろり。

 ネグリジェの裾は、ふわふわしていて、階段を上がる足元が見えない。そうじゃなくてもでっかいトレイに色々乗っけてるから、緊張で腕がぱんぱんになってる。ふふ、でも頑張るわ。やっと願いが叶うんだもん。

 当たり前のお家の階段が、今夜は何故かきらめいて見えた。

 


「梨花〜、いる?」

 あたしたちの部屋は、もともとは大きなひとつなんだけど、今はアコーディオンのカーテンで真ん中から仕切ってある。ちっちゃい頃はあまり気にならなかったけど、だんだんお互いの生活のリズムとか違ってきて。

 この春からお勤めを始めたあたしが明日のために早く寝ようと思っても、梨花はまだまだ勉強中。そうよね、今年は高校3年生、受験生だもん。何かこんな風に声を掛けるのも久しぶり。

 端の方をちょっとだけ開けて覗き込むと、梨花は珍しいことにベッドの上でお洋服の雑誌なんて見てた。

お風呂上がりの生乾きの髪の毛は、真っ黒でひときわ艶々していて。それが透き通るみたいに綺麗な肌に掛かっているのは、姉のあたしから見てもドキドキしちゃうわ。本当、梨花って美人なのよね。ああ、ありきたりな表現しかできないけど、今開いてる雑誌のモデルさんより綺麗だと思うわ。

「ねえねえ、暇してるならちょっと付き合って。お茶しようよ、ケーキを買ってきたんだ。梨花のだ〜い好きな、駅前のお店のやわらかレアチーズ。ブルーベリーのソース付きだよ」

 思い切り可愛くお誘いしたのに、梨花ときたら怪訝そうに眉間に皺まで寄せちゃって。とんがった口元でぽつんと言う。

「あのねえ、お姉ちゃん。暇してるって……私、受験生なんだけど。今は一休みしてたよ、そりゃ。でも、まだ今夜のうちに片づけなくちゃならないの、あるから」

 そう言いながら、よいしょって立ち上がる。うわ〜、今夜の梨花が着てるのはオフホワイトの膝丈で、下はシンプルな七部丈くらいのパンツ。ドロワーズ……ってほど、ひらひらしてないけど、裾にはちゃんと綿レースが付いてる。どこがどうとは言えないけど、梨花にすごく良く似合ってるわ。

 袖口から、すううっとのびた腕の細くて綺麗なこと! ああん、あんなに柔道で鍛えていたのに、どうしてこんなにスリムなの! そのくせ、出るべきところはちゃんと出てて……羨ましいやら妬ましいやら。

「ああん、そんな風に言わなくたっていいじゃない。中間テストも終わったんでしょう、今週末は模試もないって言うし……たまには息抜きしないと、まだまだ先は長いわよ〜っ!」

 ずりずりずりっとカーテンを開けて、お出でお出でする。そんな私のナイティはコットンのダブルガーゼ。肌触りが良くてすごく気に入ってる。ナチュラルな素材じゃないと、すぐに肌がかさかさしちゃうから面倒なんだ。ハイウエストで裾も長くて、お姫様っぽい。

 ママは何を勘違いしてるのか、私にはこんなのばっかり買ってくる。たまに、梨花の服と交換してみたりするけど……それがもう、似合わないのよねえ。せっかくの姉妹なのに、ワードローブを共有できないって辛いわ。

「ねえ、ね。生ケーキなんだから、今夜中に食べなくちゃ。ほらほら〜、ちょっとだけ。……ね?」

 これも情けない話なんだけど、姉の私の方が身長低かったりして、だから上目遣いにお願いする。梨花がちょっと視線をそらして、ふうっと息をついた。ああ、良かった。「分かったわよ」っていう合図。あたしは急いでお茶道具の揃ったテーブルのところまで戻ると、温めたカップに紅茶を注いだ。

 


「……ダイエットはどうしたのよ?」

 これまた、とっときの銀のフォークで丁寧にケーキを味わいながら。ルージュの色がなくても綺麗なローズピンクの唇をつんととがらして、梨花は言った。

「2キロくらい太っちゃったって、大騒ぎしていたでしょう? 夜は野菜サラダだけとか、無謀なことを叫んでいたはずだけど」

 そんな風にさらりと言いながら、あたしの全身を見渡す。こんなことをあっさりと言ってしまう梨花ってすごいといつも思うわ。聞いてないと思ってたのに、ちゃんと覚えていたのね。

 くうう、これも全部、食欲の秋のせいだわ。こんな時に身長がないのは辛いのよ。ほんの少し横幅が広がっただけで、ゴム鞠みたいに見えちゃう。こんなんじゃ、次に岩男くんと会ったときにびっくりされちゃうわ。

 ……まあね。岩男くんは、あたしがちょっとぽっちゃりさんになったからって、文句を言ったりはしないでしょうけど。でもでも、これは乙女の恥じらいなのよ。ゆゆしき問題なの。

 少しぐらいのウエストのたるみは服のデザインで隠せるけど、岩男くんには結局全部脱いで見せなくちゃいけないし……ええ、そうなのよね。恋人同士ってそう言うところが大変。誤魔化しがきかないんだもん。せっかくムードが盛り上がったところで、とんでもない現実を突きつけるわけにはいかない。やっぱ、大好きな彼の前では、一番素敵な自分でいたいわよね。

「う……、今夜はちょっと小休止よ。いいじゃない、あたしの方も息抜きなの」
 口の中でごにょごにょと言い訳をしながら、俯いてしまう。

 何かなあ、本当に梨花といるとどっちがお姉ちゃんか分からなくなっちゃう。本当に3歳も年の差があるのかなって、不安になるくらいよ。弟の樹だって梨花の方ばかりを慕っていて、あたしのことなんて揚げ足取りばっかり。嫌になっちゃうわ。

 

 ――あああ、そんな風にあれこれ考えてる間に。

 梨花ってば、あっという間にケーキを平らげてる! もう、これは高かったんだからね! 一個550円もするのよ。私が汗水流して働いたお給料で買ってきたんだから、もっと味わってちょうだい。

 

「あっ……、あのね、梨花?」

 こっちとしても、ものの5分も経たないうちにさっさと席を立たれちゃたまらない。慌てて紅茶のお代わりをカップに注いで、場をもたせる。

 でも、梨花と来たら、そんなあたしの必死の心づくしもどこ吹く風。何よ? って前髪越しにちらっと視線を送られて、またまたどきーんとしてしまう。やりにくいな、梨花って……何でこんなに素で綺麗なんだろう。梨花の友達とかしていたら、いつもクラクラしてなくちゃいけなそうね。

 ううう、どきどきするけど、ここは姉として威厳を持って接しなくちゃっ! あたしは、大きく息を吸って吐いて、それから一気に言った。

「その後、彼氏くんとはどうなってるの? 上手くいってるんでしょ?」

 ……知ってるんだから、この前の土曜日だってお泊まりだったんだよね。パパやママには「友達の家に泊まる」とか涼しい顔して言ってたけど、あたしはすぐにピンと来た。

 だってだって、お友達の家に行くのにあんな風に可愛い格好していく? その上、いつも使ってるシャンプーとか持っていくんだもん。これは絶対だと思ったわ。お友達のところに泊まるなら、シャンプーくらい借りればいいでしょ? と言うことは、梨花がお泊まりするところには女の子が使うようなシャンプーやソープがないんだってこと。これはもう、鋭い「女の勘」なのよ。

「は……?」

 あ、あら。あんまりにも単刀直入だったかしら。梨花はいきなり何を言うんだと言う感じで、あたしを見つめる。浮かせかけた腰をもう一度クッションに収めてくれたのは良かったけど。ううう、悩ましの視線攻撃に負けてなるかっ! あたしはテーブルの下でぎゅううっと握り拳を作った。

「ほっ、ほらあ。いつだったか、道場で会った男の子。すらっとしていて、なかなかのイケメンくんだったじゃない。梨花も隅に置けないわね〜とか思ってたのよ。もう、いきなり彼氏を作るんだから、びっくりしたわ」

 そうよそうよ、あの時は本当に驚いたわ。

 出張帰りに岩男くんのいる道場に駆けつけたら、そこには何故か今までに見たことのない程、女の子っぽい表情の梨花がいて。どうしたんだろうと思ったら、なあんと彼氏くんを連れていたのよね。今までそんな素振りも見せたことなかったのにって、ちょっと口惜しかったわよ。

 普通さ、好きな人とか出来たら。まだ片思いの頃から、ああでもないこうでもないって、ぐるぐる悩んだりして。そんな時に、身近な年長者に相談したりするもんじゃない? あたしは彼氏いる歴6年の超ベテランなのよ。こんな大先輩にひとことアドバイスを貰おうとか思わなかったのかしら。

「ど、どうなの? その後は。――ああ、ううん。それよりも、どこでどうやって知り合ったのよ。聞きたかったんだから、ずっと」

 うきうきと身を乗り出すあたしは、さながら近所のお節介おばちゃんになっている。

 だって、いつもは同じ家にいてもこんな風にに改まって話をする機会もないし、顔を合わせたとしても挨拶するくらいで通り過ぎちゃう。すぐに隣の部屋で寝起きしてる姉妹なのに、プライベートなことを何にも知らないなんて。そんなのって、つまらないわ。

「え〜、どうやってって……そんな、普通だよ。あえて話すようなことじゃないし……」

 梨花は面倒くさそうに答える。ああん、普通って何よ、普通って。本人は普通だって思ったってね〜、恋愛なんてみんなそれぞれなんだから。あたしと岩男くんだって、ただの幼なじみだと思われてるかも知れないけど、今みたいに周知の仲になるまでには紆余曲折があったのよ。かなり苦労したんだから。

「それに……その後は、って。私たち、受験生なんだから、そんな暇じゃないもの」

 ――あ、そうか。梨花もそうだけど、彼氏くんの方はもっと深刻なんだ。これも岩男くん情報だというところが情けないけど。たしか、二浪してるとか言ってたもんな。もう今年で決めないとヤバイって思ってるに違いない。

「ふうん……大変なんだねえ」

 ああ、駄目だ。盛り上げた雰囲気でうきうきと楽しむつもりだったのに、いきなりしんみりしてる。久々のツーショットは何だかぎこちなくて、上手くしゃべれない。もしかして、もしかして。妹と楽しく彼氏の話をするのなんて、無理なの?

 

 まあ、思い当たることはなくもない。

 同じ親から産まれて一緒に育って。でも性格も置かれた環境も全然違うんだもん。いつの頃からか、何となく梨花がよそよそしく感じるようになった。最初は気のせいかなって思ったんだけど、色んなことが重なるたびに「あれ、避けられてるかな?」とか。

 きっと、あたしが岩男くんの彼女になって浮かれていたから、それがいけなかったのかなって思ってみたりもした。樹なんかも最初は戸惑っちゃって、どうしようって感じだったし。今までは「みんなの岩男くん」だったのに、いきなりあたしだけの彼になっちゃったら、やっぱ面白くないよね。梨花だって、ちっちゃい頃から、本当のお兄ちゃんみたいに慕っていたんだもん。

 それに気付いてからは反省して、家ではあまり岩男くんとのことを話さないようにしてみた。でも、あまり黙っていると何だか隠し事しているみたいで「裏で何かコソコソしているんじゃないだろうな」とかパパは勘ぐるし、それにやっぱり気を付けていてもにじみ出てしまうこともあるし……。

 ――梨花に彼氏が出来たら。ちょっとは良くなるんじゃないかって思ってたんだけどなあ。子供の頃みたいにぺったりとくっついて仲良くは出来なくても、何となく「同志」みたいにさ。

 

「まあねえ」
 いつの間にか、あたしの方がしょぼくれちゃって。そしたら、梨花は気遣ってくれてるのか、さりげない振りで話し出す。

「お姉ちゃんたちは、距離があるもん。私たちより、ある意味大変じゃない? 岩男くんって、あまり連絡とかしてくれないんでしょ?」

 その声に顔を上げたら、小首をかしげてる梨花が慈悲に満ちた目であたしを見つめていた。もう、何て言うのかなあ、そんな風に言ってくれるだけで、ちょっと嬉しいかも。うるうる来ちゃうよ。

「そっ、そうっ! そうなのよっ……!」

 あたし、羨ましかったんだから。梨花のところには一日に何度も他のとは受信音が違うメールが来るの。それに「じゃあ、明日ね」何てカーテン越しに聞こえてくると、「ああん、デートだ〜」とか思うんだよね。

 

 見た目もレトロな岩男くんだけど、実は中身も……よく言えば「誠実」、悪く言えば「時代遅れ」だったりする。

 パソコンも職場で毎日キーを打ち込んでるあたしよりもずーっとタイプが速いし、システムのことも詳しいのに。何故かメールってあまり好きじゃないみたいなのよね。あたしはお友達とのやりとりの延長で、がしがしと送るんだけど、全然戻ってこない。もしかして読んでないのかなとか思うんだけど、次に会ったときにはメールで書いたこと、全部覚えてるの。

 こちらが送るのは嫌じゃないみたい。でも、返信が面倒……というか趣味じゃないんだろうな。そのくせ、大学の研修とかでどこかに行ったりすると、マメに絵はがきを送ってくれる一面も。

 電話でのやりとりだって、あっという間だよ。私がいくら長引かせようとしても「通話料がもったいないでしょう?」って、そわそわしてる。だから「だって、ウチはIP電話だよ!」って、説明したのに、そんな問題じゃないとか言うの。訳分からない。

 それでもあたしが学生の頃は、バイトして必死でお金を貯めて、月に一度とか駄目でも二月に一度とかの割合で会いに行っていた。岩男くんだって、あれこれ理由を付けてこっちに戻ってきてくれたし。……でも、今年になったら、そんなやりとりも難しくなって。

 

「あたしは、週末もあれこれ予定が入っちゃうし……岩男くんは研究室とかで忙しくしていて、何か元のようには行かないし……。会えないなら、せめて声くらい聞きたいよねえ。そうじゃないのかなあ、岩男くんは。自分の身の回りのことをこなすだけで精一杯になっちゃって、あたしのことなんて忘れちゃうのかしら……?」

 いつもあっさりしてるんだもん。そりゃあさ、一緒にいるときの岩男くんはすごく優しいし、あたしのこととっても大切に扱ってくれる。えっちなことだって、絶対に手抜きしないよ。もう嫌って思うくらい、頑張ってくれる。……でもぉ、でもねえ。何か、寂しいなあって思っちゃう。

 今回だって、9月の終わりにあっちに戻っちゃって。もう一月以上が経過。そうなると、だんだん酸欠状態に陥ってくる。でも、あの口ぶりじゃ、きっと次は年末だよ? そんなのって許せない。あたしの方から押しかければいいんだろうけど、何か「今週末は福岡、来週は奈良」とか……よく分からないけど忙しそうなのよね。学生の身分でそんなに忙しかったら、これからどうなるの?

 

「……お姉ちゃん」

 いつもはおなかに溜めたまんま、ぐぐっと我慢していた言葉たち。一気に吐き出してみたら、ついでに涙まで溢れてきた。そんな姉にティッシュの箱を差し出す妹。やっぱ、立場が逆転してる。

「辛いのは分かるけどさ。お姉ちゃんの全てが岩男くんのためにあるわけじゃあないでしょう? お姉ちゃんはお姉ちゃんというひとりの人間なんだから、自分の時間を大切に充実して過ごさなくちゃ。こんな風にベソベソしてたら、岩男くんだって嫌だと思うよ? 会いたい気持ちは岩男くんだって、同じだと思うもん。――私はお姉ちゃんが羨ましいけどなあ。岩男くんの気持ちは全部お姉ちゃんに向いてるもん」

「――梨花?」

 何か、今。すごく大切なことを言われた気がする。岩男くんの気持ちが全部あたしって……そりゃあそうでしょう。だって恋人同士だもん、一番大切な人だもん。

 

 ――って? 何よ、梨花はそうじゃないとでも言うの?

 だって、だって、梨花は彼氏くんとらぶらぶなんでしょ。今は一番充実している時じゃないのかなあ。あたしたちみたいに、熟年夫婦みたいに馴れ合いになったりしないで、まだまだお互いが新しい発見でどきどき出来る頃だと思うけど。

 

 あたしがあんまりにもじーっと覗き込んじゃったのかな。自分でも恥ずかしいことを言っちゃったなって感じで頬を染めた梨花が、照れくさそうに俯く。さらさらと髪の毛が頬に落ちて、綺麗な横顔を隠していく。ずっと羨ましかった、まっすぐな髪の毛。ママも若い頃はこんな髪をしてたんだって。

「聖矢くん、私が初めてじゃないから。前にも何人も彼女がいたんだもん……」

 本当にちっちゃな、消えちゃいそうな声で。それでもあたしの心にまで、梨花の気持ちが届いた気がした。つーんと心の端っこを引っ張られるみたいな切なさが溢れてくる。気丈な梨花はきっと泣いたりはしない、でも辛いって気持ちは確かにあるんだ。

 

 ――あたしと、違うかたちだけど。それでも、同じくらい重い。そういう心がある。

 

「そっ……、そうかあ」

 ええと。人生の先輩として、何かいいアドバイスをとか思ったけど、……駄目だ、全然思いつかない。頭が真っ白になって、気の利いた言葉も浮かんでこないよ。

 あたしは岩男くんが初恋の人だし、岩男くんもそうだって言ってくれた。究極の相思相愛だって、お友達にも言われる。付き合い出すまでは時間が掛かったけど、あたしたちはいつもお互いにお互いが一番だったんだ。

 梨花は、あたしの知ってる限りでは、今までにはおつき合いした人いなかったと思う。告られたこととかはいくらでもあったと思うけど、きちんと「彼氏」と認められる人には巡り会わなかったんだ。そんな梨花の心を初めて捉えた人が彼氏くんだったんだろうな。梨花はクールに振る舞ってるけど、きっと、すごくすごく彼氏くんのことが好きなんだと思う。

 そんな彼が。以前に自分とは別の人とおつき合いしていて。その人のことも優しい眼差しで見つめたり、力強く抱きしめたんだなって思ったら……やっぱ悲しいだろうな。それは仕方のないことだけど、一番最初になれないことの方が多いんだから当然なんだけど。いつもいつも、記憶の中の誰かと比べ続けられるのって、嫌だと思う。

 ――あたしだったら。多分、耐えられない。梨花って、やっぱりすごいなあ。

 

「でっ、でもっ! 今は梨花が彼女なんだしっ! 彼氏くんだって、今は梨花のことが一番好きなんだから大丈夫だよ。もう、これから梨花の魅力で、彼をめろめろにしちゃえばいいよ! 全然平気、過去の女なんて目じゃないよっ!」

 思わず、テーブルをバンと叩いて、あたしは熱弁をふるっていた。あたしだって、岩男くんをめろめろにはしてないと思うけど……でも、これから頑張るわ。だから、梨花も頑張ればいいと思う。

 大丈夫だよ、あたしたちは恋愛の神様の子供だもんね。力一杯らぶらぶになる本能がこの身体には宿ってると思うし。今だって、毎日のようにあてられてるくらいだし……! パパとママを見てれば、まだまだ自分たちはひよっこだって思うわ。まだまだ、恋愛にはあたしたちの知らない奥深いものがあるはずよ。

 心が勇気でみなぎってきた。何だかとっても嬉しくなって、本当は今日はやめておこうかなと思ってたビスケットの袋を開けてしまった。そしてそして、紅茶のお代わりも。さーて、パワー全開、明日からも頑張るぞ〜っ!

「……そうね」

 梨花もちょっと元気になったみたい。くすくすと笑いながら、ビスケットをひとつつまみ上げる。梨花の指にはいつでもちっちゃい石の付いた指輪がある。最初はすごく高価なものかと思ったら、そうじゃないみたい。だけど、梨花にとってはとっても大切みたいだ。

 

「あのね、この前どこかの大学の先生が、学校に講演に来たんだよ。――そのときにね、なるほどなあって話をしていたの」

 梨花はあたしが何も聞いてないのに、どんどん話し出す。こんな饒舌な妹をあたしは今まで見たことがなかった。ただのお紅茶なのに。ブランデーとか落としてる訳じゃないのに……どうしたんだろ?

「もしも、乗ってる船が沈みそうになってね。ひとりしか助からないとしたら、誰を助けますかって。……他の人じゃ駄目なんだって、まずは自分を助けなくちゃ駄目だって。自分を大切にしない人は、他の誰も大切に出来ませんって。――でもね」

 ああ、知ってる。確かあたしも会社の新人研修で同じような話を聞いた。最初は自分、次にパートナー。そしてその次が仲間。その優先順位を間違えちゃ駄目なんだって。

「私、その時に思ったの。きっと……私はもしも聖矢くんと自分とどっちかだけ助かるって言われたら、聖矢くんを助けちゃうだろうなって。だって、自分が助かっても、聖矢くんがいない世界なんてやだもん。そのくらい……すごくすごく、好きだなって」

 

「――うっ……」

 思わず、息を飲んでしまった。うわ、うわあ、何なんだろっ!? すごいこと、言ってるよね、梨花。身体がガチガチに硬直しちゃったよ。もう、びっくり。梨花がこんなことを言うなんて思わなかった。

 何か、負けそう。あたしだって、岩男くんのことが大好きなのに。気を抜いてると、梨花の彼氏くんを想う気持ちに打ち負かされそうで。何か、それって、人生の、恋愛の先輩として情けない。私だって、私だって……岩男君が好き、滅茶苦茶好きよっ!!

 

 ――いやっ、もうこうしちゃいられないわっ……!

 

「あ……あのっ! ちょっとゴメンっ! あたしね、下に行って電話してくるっ! 何かすごく岩男くんの声を聞きたくなっちゃった……!!!」

 カップを手に呆れた顔をしてる梨花にくるりと背を向けて、あたしはすごい勢いで部屋を飛び出していた。

 


 もう、今日という今日は。

 岩男くんが何と言っても、気の済むまで話をするんだ。あたし、岩男くんのこと大好きだもんっ、この気持ちが誰にも負けないくらいすごいって、ちゃんと伝えたい。

 まだまだ梨花には負けられない。ううん、いつかはパパとママもびっくりするくらい、ビッグにらぶらぶになるんだから! それまで、ぜーったいにへこたれたりしないのっ! 次にこんな風にお茶会するときには、梨花の開いた口がふさがらないくらい、のろけちゃうんだから……!

 何か、最初の予定とは違って来ちゃったけど、すっごく元気になっちゃった。梨花は「同志」というより「ライバル」なんだなって気付いたし。何かますます張り切っちゃいそうよ。

 

 お姫様みたいなふわふわのナイティの裾を思い切りまくり上げて。12時の鐘を聞いたシンデレラよりも勢いよく、あたしは階段を駆け下りていった。

おしまい☆(040525)

 

あとがき(別窓) >>


 

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