TopNovel未来Top>君色楽団




… 「片側の未来」☆樹編 ・とても未来のお話…

◆ ◆ ◆

遠い将来、めでたくゴールインしたあとの一幕です
樹編の本編はもちろん、番外編やその他諸々もご覧いただいてからの方がいいかも?
ついでにサイトのどこかに結婚式編も潜んでますので、そちらも合わせてどうぞ♪


    

 砂糖菓子みたいな、ピンク色の欠片。それを透明なテグスにひとつひとつ通していく。

 ローズクォーツと呼ばれるこの天然石は、淡い色合いが女性に好まれて根強い人気のある素材のひとつだ。しかも比較的安価に求めることが出来るから、ふんだんに使用することが出来る。今みたいに長めのネックレスを仕上げるときにはとても重宝するんだ。パールやシェル素材と組み合わせるのも素敵。
  ただねー、この「さざれ」と呼ばれる形状はちょっと厄介。分かりやすくいうと、クラッシュアイスをもっと細かくしたみたいな不揃いのかたちなんだけど、穴が空いている場所が色々で扱いにくいことこの上ない。大きさも厚みもそれぞれだから、バランスを取るのも難しいしね。

「おい、まだ終わらないのか」

 と。

 背後から、ものすごーく不機嫌な声がした。そうじゃなくてもさっきから、悶々とした「負のオーラ」が辺りに漂っていたわけだけど、そんなのをイチイチ気にしてたって仕方ないからスルーしてたのね。一つ屋根の下に住んでいるのって、時としてすごく面倒だなーって思っちゃう。そんな辺り、私もまだまだ「初心者」ってことかな。

「うー、ちょっと待って。今、最高に分かりにくいところをやってるから」

 こういうのはね、一度手を止めると何が何だか分からなくなっちゃうものなのよ。ビーズ工芸って、幾何学模様みたいに込み入っているでしょう? 後からやり直そうと思っても、上手く行かないことも多くて大変なんだ。とにかく、集中しないと。

 さざれを三つにパールをひとつ、くるっと回してひとつ戻って、ええとそれから―― 。

「おい」

 こういうとき、聞き分けの良くない相手ってほぉんとイライラする。もー、こっちの返事を全然聞いてないでしょう? いい加減にしてよね。

「ちょっとちょっとって、七分前にも同じことを言ったぞ。お前の言う『ちょっと』は一体どれくらいの長さなんだ、はっきりした数値で説明しろ」

 あーもうっ、どうにかして! そうじゃなくても、こっちは予定が押しちゃって大変なことになっているんだから。明日の開店前までに、これをお店に届けなくちゃならないの。そのことはちゃんと説明したはずなのに。
  カボチャだらけのハロウィンも終わって、辺りはすっかりクリスマスムード。その上、ボーナスシーズンも重なるとなれば、いわゆる「贅沢品」の市場は今が一年で一番のかき入れ時なのっ。普段は手にとっても「やっぱ、やめた」とかなるところが、ついついお財布の紐も緩くなってるのよ。

 ―― とはいえ。

 相手が相手だけに、そう簡単に引き下がってくれないことは分かってる。私は二本のテグスを交差させてしっかりと編み目をかたち作って、そのあと大きくひとつ深呼吸してから振り向いた。

「何だ、その目は」

 うわっ、いきなり睨み付けられたよ。これって、超最高エベレスト級に不機嫌だったりする? なまじ整った顔だけに、凄まれると滅茶苦茶怖いんですけどっ。

「この目は、紛れもなく私の目ですけど」

 くぅっ、負けるもんか。こっちは扱いの面倒な男の相手をしている暇はないんだから。急に入った追加のオーダー、少し手間の掛かるデザインだったけど引き受けちゃったのね。だって、いい臨時収入になるでしょう。この先も何かと物いりなんだからさ。

「そんなことを聞いているんじゃない。だいたい、お前はいつからそんな風に俺様に楯突くようになったんだ」

 駄目かーっ、一度へそを曲げたら最後、修復不可能になっちゃうもんな。これ以上こじれたら、ますます扱いづらくなっちゃう。険悪ムードになったとしても、泣いて逃げ帰る場所もなんだから。ここは打開策を考える他ないな。

「……分かった、あと十分だけ待って」

 そう言ったら、ベッドの上の「我が儘王子」がすごーく嫌そうに頷いた。

 

 新婚生活って、あまあまのとろとろの熱々で、周囲が全く見えなくなるくらいふたりきりの世界に包み込まれるのかと信じてた。だってさ、そうでしょ。仮にもだよ、世界中の誰よりも好きで好きでたまらない相手とプライベートな時間のほとんどを一緒に過ごせるわけでしょう。それが嬉しくないはずないと思うの。
  まあねー、私たちの場合はとにかく付き合いが長いし、その延長線上に「結婚」という通過点があるだけの感じだったのかも知れない。だけどやっぱり、永遠の約束をするとなれば気持ち的にも全然違って来るじゃない。何かちょっとはこっちが気恥ずかしくなっちゃうくらいの、そんな風になったりするのかなとか……千分の一パーセントくらいは期待してたりね。

 だがしかし。

 相手が相手だけにそんな奇跡はあり得ないんだって、即刻悟ったわよ。槇原樹という男を甘く見ちゃ駄目だわ、何しろ性格が複雑骨折してるもの。奴もいい加減大人になったんだし、少しは性格が円くなっても良さそうなものなのに。相も変わらず外面ばっかり良くて、……というか私限定で腹黒な本性が丸出しになるのよ。

 まあねー、料理洗濯掃除とハウスキーピングは一通りこなせる男よ。いっくらメインディッシュの脇に嫌みの応酬が添えられていたとしても、残業で疲れ切って戻ってきてホカホカの夕食にありつけるなら良しとしなくちゃなのかもね。奴がやることだから当然だけど、味だって三つ星レストラン級だし(本人は五つ星でも不足だと言い切るが)。その後の片付けだって、全部引き受けてくれる。

 ……あ、そうはいっても私が出来るときにはちゃあんとやってるからね。味の程には自信ないし盛りつけだってイマイチのことが多いけど、それだって私なりに研究して工夫して頑張ってるんだから。

「ま、食えない味じゃないね」

 ふたりっきりで囲む夕食のテーブル。褒め言葉なんてハナから期待してないからいいんだけどねー、いつもいつもひとこと多いの。そのくせ、おかわりとかするんだから。私の倍は絶対に食べてるのに、スリムな体型を維持しているのもむかつくわ。

 そしてー、夜も夜でこんな感じ。

 そりゃ、愛しのだんな様に背中を向けて作業に没頭している新妻もどうかとは思うわよ。でも、仕方ないでしょ? とにかく今は蓄えなくちゃならないの。そういうこと、あんまりあからさまに言うのもどうかと思うのね。まるで「あんたの収入が少ないから」って感じに聞こえちゃったら、プライド傷つけちゃいそうだし。こっちだって、かなーり気を遣ってるんだから。

 

「おい、十分経ったぞ」

 零コンマ一秒まで正確に計ったって感じで、彼が呼ぶ。もー分かったわよ、ここまで仕上がればどうにかなるから、今夜は諦める。その代わり、明日は思い切り早起きしなくちゃならないけどね。ま、頑張りましょ。

「はいはい」

 素直に奴の元に駆けつけたわよ、私ってば何て順直な妻。それなのに愛しのだんな様と来たら、雑誌に顔を突っ込んだまま。あら、学校経営うんたらって奴だ。へえー、ちゃんと勉強してるんだな。偉い、偉い。

 新卒で採用されたのは某大手予備校。そこで瞬く間に人気ナンバーワン講師となってしまうのが、この男らしい。なのに、突然の解雇。本人も周囲も訳が分からないまま、どろどろのトンネル生活がしばらく続いた。そして、彼が再び立ち直るきっかけとなったのが、かつて高校時代にもやっていた「学童保育」の仕事だったのね。
  核家族で共働きが当たり前になった昨今、各種保育施設は不況知らずの大盛況。そんなわけで入学前の子供たちにはたくさんの受け皿が用意されている一方、どうしても手薄になってしまうのが小学生以上の彼ら。いくらランドセルを背負っていっぱしになったとはいえ、まだまだ幼いばかりでしょ。この物騒な世の中、下手をすると帰宅が九時十時になっちゃう親御さんをひとりで待つのは大変なことよ。
  そうは言ってもね、実際に事業として手がけるとなるとかなり複雑な問題がはらんでいて一筋縄ではいかないんだ。行政との位置関係も微妙で、絶えず綱渡り状態の経営が続いているみたい。
  私の前では「お山の大将」気取っていても、結構普通に社会人しているんだよな。そういう仕事上のイライラは決して私にぶつけてこないし、そう言う意味では出来ただんな様なのかも知れない。

「……あのーっ?」

 きっかり、五分は経過したわよ。そんな風にベッドのど真ん中を大きく占領されてたら、私のスペースないじゃない。それに何? わざわざ呼びつけておいて、今度はシカトを決め込むってどうかな。絶対に間違ってるよ。

「お呼びでなければ、私も戻って続きをやりますけど? それでよろしいでしょうか」

 ああ、こんな風に下手に出るのも面倒。でも仕方ないか、相手は槇原樹なんだから。

「駄目だ」

 ようやく反応があった。だけど、口で文句言うくらいなら怖くも何ともありませんからねー。そう思ってくるりときびすを返したら、がっつりと後ろから腕を掴まれる。そのまま強く引かれたら、仰向けにひっくり返るのは当然。パジャマ姿でベッドに縫い止められた私を、彼が見下ろしてる。でも、そのときに気づいたんだ、何か違うって。そう、いつもとは確かに……ちょっと、違う。

「……もしかして、がっかりしてたりする?」

 はっきり指摘しちゃっていいのかなとは思ったのよ、でも遠回しに遠回しにって言うのも面倒でしょ。辿り着くとこが同じなら、最短距離を行った方がいい。

「―― 何?」

 この問いかけは、奴にとって「予想外」だったらしい。それまでの鋭さが少しだけ色を変えてく。こういう素直なところは褒めてやりたいなーって思うのね。言葉が合ってないかもだけど「可愛いな」とか? あー、ここまで思えるようになったなんて、私ってば本当に大人っ。

「だって、絶対におかしいもの、今日の樹。夕方からずーっとだよ、だから絶対にそうだと思った」

 天地がひっくり返るくらい大切な事実を伝えるのに、ケータイ越しは似合わないと思った。だから、帰宅してすぐに伝えたのよ。今日、午後年休をもらって病院に行く話はしてたし。結果報告って感じで。

「がっかりしたんでしょ、三つ子じゃなかったから」

 こんなこと、わざわざ指摘するのもどうかと思う。でもねー、彼はずっと言い続けていたから。上のお義姉さんのとこがひとりで、下のお義姉さんのところが双子。だから、うちは絶対に三つ子って。そんなの確率統計的にほとんど不可能だって分かってたけど、いくら否定しても駄目だったのね。
「出来てたよ、でもひとりだけだよ」―― って言ったら、何かすごーく微妙な顔になったもの。そして、そのあとは一度もこの話題に触れなかった。私としてもね、まだ全然実感ないし、こんなものなのかなーとも思ったわ。だけど、やっぱりちょっと寂しいじゃない。夫婦で分かち合うべき喜びなのに、急によそよそしくなっちゃったりしてさ。

「そ……んな、こともないんだけど」

 あれ、どうしたんだろう。急にそわそわしちゃったりして。その上、意識的にこちらから視線を外してしまうのね。何なの、一体。

「いきなりだったから驚いたって言うか、意外だなって言うか……その。そりゃ、いつかはそうなるだろうと思っていたよ。だけど、こうして現実になるとな」

「……へ?」

 何、しどろもどろになってるの? 全然らしくないから。そんな風にされたら、こっちまで落ち着かないじゃないの。やだ、困っちゃうよ。

「俺、本当に父親出来るのかなって、そればっかずっと考えてた。なのに、お前はいつも通りなんだもんなー。そう言うのって、やっぱ口惜しいんだよ」

 えー、嘘っ。そんな風に考えているなんて、全然知らなかったよ。っていうか、今だって信じられないけどっ。だって、あんたは槇原樹でしょ? 絶対にあり得ないわ。
  ……ま、確かに。父親してる姿はあんまり想像できないんだけどな。もちろん子供の扱いは上手だと思うよ? 仕事柄たくさんの子と付き合ってきて色々分かってそうだし。でもそれが自分自身の、ってなるとどうなるのかなーとは思う。

「口惜しいとか口惜しくないとか……そういうのって、競うことじゃないと思うけど」

 どうしていつも勝負にしたがるのかなあ、それでもって一番にこだわるんだから。ここには彼と私しかいないのに、いちいち競争したって仕方ないと思うけど。

「ま、そうかもな」

 あら、珍しく素直。私の隣にごろんと横になって、こっちを向く。へー、腕枕とかしてくれたり? 何かあまあまな感じでいいなあ。ふふ、子供が生まれたら夫婦水入らずでこんな風に出来なくなるし、もうしばらくはお楽しみってことで……。

「おい、寝るな」

 やだなあ、せっかくとろとろっていい気分になったのに。無理に揺り起こさなくでもいいじゃない、明日だって早起きしなきゃなんだよ? ……と、ととっ……!?

「……や、やぁんっ! 今日はそう言う気分じゃないのっ、やめよっ……」

 あっという間にパジャマをはぎ取られて、首筋から胸の間につーっと舌が這っていく。うわっ、まずいよ。私もスイッチ入りやすいからっ、……でもでも、今夜はさ、何となく「お母さん」の気分に浸りたいし……!

「何言ってるんだ、いい加減にしろ。薫子はいつも俺のことだけを一番に考えていればいいんだ、余計なことに気を向けるな、そんなの百年早いぞ」

 えー、何っ!? それってどう考えたって、あんたの方が間違ってるよっ! 駄目だってば……。

「あんっ、……もう。そんな風にしたら、赤ちゃんがびっくりするよ? もっと優しくしてくれなくちゃ、やだ」

 むしろ、いつもよりも荒々しくありません? いや、それってただの思い過ごしかな。うう、そんなに乱暴にかき混ぜないで! でも、……それなのにすごく気持ちいいとか思っちゃう私って一体っ!?

「俺たちの子供なら、とことん頑丈なはずだ。それに今からちゃんと胎教しておかなくちゃな、生まれてきてから我が物顔に振る舞われたら迷惑だ。何事も最初が肝心、優先順位は決まっているんだから」

 うっわー、そんなのあり得ませんからっ! でもっ、……でもすごくいい感じなんだけど。今夜は外側からも内側からも思い切り愛されてるって気分で。……やっぱりこれって、そうなのかな?

「あっ、……ああんっ! 樹っ、……樹……!」

 すごい声が出ちゃう、これじゃお隣まで響いちゃうかな? でも、止まらないの。それにいつもよりもすごくなっちゃってる私を見下ろして、彼も満足そうに微笑む。ますます動きが速くなって、部屋中に水音が響き渡る。激しい息づかいが重なり合って。

「ふふ、その顔だ。もっともっと乱れろ、そしていつまでも、俺だけの女でいろ」

 こんなときにまで、偉そうなんだもんなー。確かに百年経っても追いつけないかも知れないな。コイツの言葉は私を酔わせるから、妖しい旋律でもうひとつの世界へといざなうから。その音色に、導かれてしまう。

「……樹っ、大好き……!」

 腕を伸ばしてぎゅっと抱きついたら、もっとすごい力で包み込まれる。彼という永遠の世界を今こうして包み込んでいるのが私。夢中になって何も見えなくなって、それでも鳴り響く音楽。

 イライラもムズムズも、負の感情は全部溶けていく。その瞬間が好き。だから私は、彼の全てに包み込まれ、包み込んでいたい。

 いつか最後の旋律が、鳴りやむそのときまで。

 

おしまい♪(090716)
あとがきっぽいもの >>

 

感想はこちら >>  メールフォーム * ひとことフォーム