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……メンバー総出演☆真夏のバーベキューバトル??
   
UP済みの「未来シリーズ」を次世代バージョンまで全てクリアなさってからお楽しみください
ネタバレ満載につき、十分にご注意くださいませ!

-------------------------------------------------------------------その1上條聖矢

 ……やっぱり、やめれば良かった。もう駄目だっ、どうしたって無理。これ以上は足が一歩も前に出ないぞ。

 夏本番の鮮やかな風景が広がる、小高い丘の上の住宅地。おあつらえ向きに雲ひとつ無い青空の下で、俺は自分の浅はかさを悔やんでいた。

 

 白いフェンス越しに広がっている庭には、綺麗に刈り込まれた芝生が一面に敷き詰められている。個人の庭なんだし普通は所々に雑草とか混ざっているはずなのに、ここはゴルフ場もびっくりに美しく整備されていた。
  煉瓦で囲った花壇には色とりどりの花々。そう言えば、ここにたどり着くまでに店との境にあった格子状の間仕切り(「ラティス」って名前があるんだと、彼女が教えてくれた)にも花屋のように植木鉢がたくさん引っかけてあったっけ。いくつか覗き込んでみたけど、枯れた花とか葉っぱとか全然ないんだよな。全部が売り物みたいだった。

「玄関を見ればその家が分かる」とか言うけど、何も玄関まで入らなくてもいいんだよな。こんな蟻の子一匹入る隙もないほどに手入れが行き届いた庭を見れば、そこに住む人の気合いが分かるというものだ。そりゃ、噂には聞いていた。最寄りの駅から10分以上歩く場所にありながら、ここは地元の隠れた名所のひとつとされている。誰に聞いても「ああ、あそこ」って分かるほどの。
  でも、所詮はどこにでもあるようなありふれた雑貨屋だって言うし。キッチン小物やタオルやスリッパが並んでいたところで、男の俺にはあまり興味が湧かない場所だ。イギリスの片田舎を思わせるオシャレな建物だと聞かされたって、ふーんと鼻で笑うしかない感じ。若い女性やセレブな奥様方に大人気の店長がいると聞いても、別世界の出来事でしかなかった。

 ―― そう。本来ならば、一生このまま「縁がない」状態で終わるはずだった。偶然に偶然を重ね、図らずも関わりを持ってしまった今、噂のこの地は俺にとって「どうしても避けては通れない」場所へと変化しつつある。

 目の前は、一面の芝生。いくら気合いを入れても、足下から視線が動かせない。だが視覚が認知出来なくても、他の感覚器官から様々な情報が俺の内部に流れ込んでくるのだ。もう、否応なしに。

 じゅうじゅうと、何かが焼けている音。飛び交う会話、笑い声。鼻先をくすぐる旨そうな香りは、朝飯抜きの空きっ腹をさらに収縮させていく。ああ、生唾までこみ上げてきた。もうちょっとで、あの場所までたどり着くことが出来る。でも……。

 

「……聖矢くん?」

 目の前で振り向いたのは、さらさらの黒髪を垂らした女の子。いわゆる「美少女」って形容詞をくっつけるのが妥当な感じな。まあ、もうじき19になるという年齢を考えると「少女」って言うのは微妙かな? でもでも、綺麗なラインを描いた眉もその下の黒目がちの瞳も……この世のものとは思えないほど整っているんだよな。それこそ絶妙なバランス。もう慣れっこになってもいいはずなのに、こんなふうに気を抜くとついつい見とれてしまうんだ。

 ふわふわと広がる白いドレス。普段の通学はパンツルックが多い彼女が、俺のためにわざわざ選んでくれた一枚。何たって「女神サマ」だもんな、一番似合うのはなにものにも染まらない純白に決まってる。

「どうしたの、顔色悪いよ? ……大丈夫?」

 細身ですらっとしたイメージの彼女だけど、一応俺の方が背が高い。心配そうに見上げたその眼差しが、背筋がぞくぞくしてくるほど可愛いぞ。長くてくるんと巻いたまつげが震えて、違う部分の食欲をそそられてしまう。

「え……、ああ。うんっ……」

 どうしよう、とっさには気の利いた返事を思いつかない。だいたい、こんな気持ちを上手く伝える方法が果たしてあるんだろうか。正直、逃げたい。今この瞬間に、くるっと回れ右をして全速力で走り出したいんだ。向かう先にどんなご馳走が待っていようとも、この際関係ない。俺はそれほどがめつくないんだ。人並に自分が可愛いし、命も惜しい。

 だらんと背中を流れていく汗は、氷のように冷たい。傍らの林から降り注ぐ蝉時雨、でも俺の心は氷点下。

 喉まで出掛かった言葉を必死で飲み込む。……駄目だ、いくらそれが本心だったとしても。大切な彼女を悲しませるひとことなんて、絶対に口にしちゃ駄目だぞ。俺だって、こんな風に彼女と付き合うようになってほぼ1年。鍛え抜かれて、かなり度胸もついたはずだ。

「ほら、みんなもう集まってるよ。のんびりしてたから、私たちが最後になっちゃったみたいだね。……行こうよ?」

 白い指先が、俺の手に触れた。その瞬間に、気付く。彼女もものすごく緊張してるってことに。すっごく意外だったから、思わず俺も彼女の顔を見つめ返してしまった。

 

 俺の彼女、槇原梨花ちゃん。

 ひょんなことから知り合って、よく分からないうちに仲良くなってた。さっきも言ったとおり、バーチャルな世界じゃないと考えられないくらいに完成された外見。まあ「ミス○○」グランプリ、とかのレベルならあり得るかも知れないけど、とりあえず俺の今までの人生ではお目に掛かったことがない。最初はどっきりカメラじゃないかって、マジで思ってた。
  紆余曲折はあったにせよ、今日までどうにか仲良く続いている。「美人は三日で飽きる」とかいう言葉は絶対に嘘だ。梨花ちゃんは常に新しい魅力で俺を虜にする。
  可愛いだけじゃなくて、頭もいい。超難関と言われている某大学の獣医学科に、ものすごい倍率をくぐり抜けて今春合格した(その上ストレートだったり)。でも、それをひけらかすことなんて絶対なくて、常に(学年は一緒でも)年上である俺を立ててくれるんだ。

 いいだろー、こんな出来た彼女が他にいるものか。俺は世界一の幸せ者なんだぞ。たまに幸せすぎてどうしようかと思っちゃうけど。人前では平然と振る舞ってるつもりでも、ついつい顔の筋肉が緩んでにやけてしまう。

 

 そんな梨花ちゃんの両親が主催するというバーベキュー・パーティー。とは言っても、それほど大がかりなものではなく、家族中心のプライベートなものだって聞いてた。

 梨花ちゃんには3歳年上のお姉さんと2歳年下の弟くんがいる。モデル並に格好いいお父さんと清純派女優のように美人なお母さんから生まれた子供たちだから、当然どっちも完璧な美形だ。しかも、梨花ちゃんがアジアンテイストのシックなイメージなら、お姉さんはフランス人形のよう。そのまんまアクリルケースに入れてピアノの上に飾っておきたい感じだ。
 もうひとり、 弟くんがこれまたすごいらしい。この辺では超エリートと言われている中高一貫教育の私立である「西の杜学園」、そこで中等部の生徒会長をやったらしい。実際に会ったことはないけど、もちろん顔は知ってる。長身で足が長く、見るからにアイドル体型。しかも甘いマスクときてる。「マッキー」の愛称でおなじみのお父さんをもしのぐ感じだ。
  お姉さんの婚約者が夏休みでこっちに戻ってくるから、それに合わせて開催することになったらしい。その上弟くんも、自分の彼女を家族にお披露目するって言い出したそうだ。

 ――で、俺も「ついで」に。

 梨花ちゃんのお姉さんとその婚約者となった杉島さんには何度かお目に掛かったことがある。でも、その他のメンバーとは初顔合わせ。いつかは、とは覚悟していた。でも実際にその状況になってみると、小心者の自分が情けない限り。

 こっちは初めて訪問する彼女の自宅の正確な場所を知らない。だから生まれたての雛鳥のように、後をくっついてきたんだ。すたすたと躊躇うこともなく歩いていく足取り。もつれた足で追いかけるのに必死だった。
  途中で何度「やっぱ、今日はちょっと……」と切り出そうとしたか知れない。すでにこの場に立っているだけで、いっぱいいっぱい。ああ、どうすりゃいいんだ。

 

 地元では知る人ぞ知る一家だから、それなりに覚悟はしていたつもりだ。

 俺が梨花ちゃんと付き合っていることはあえて自分からべらべら話して回ったりはしないけど、それでもかなり広まってるなと思う。先日も高校の時の仲間との内輪の飲み会があって、そこでも一頻り酒のつまみにされたし。

「そりゃ、梨花ちゃんは可愛いし惚れ込むのも分かるよ。でもなー、後ろに控えているメンツが半端じゃないぞ。あそこの親、特に父親の方、とにかくすごいらしいから。噂じゃ、お姉さんの菜花ちゃんの相手も10年以上吟味に吟味を重ねて、ようやくゴーサインをだしたって聞くぞ。お前だって、そんな風にヘラヘラしてられるのも今のウチだ。この先、人間の限界に挑戦するようなサバイバルな試練が待っているんだからなっ!」

 ……いや、いくら何でもそれはないだろう。

 俺はウーロン茶のグラスをちびちびしながら、心の中でひっそりと反論した。まあ、確かにすごい親だと思うよ。娘に堂々と避妊具を渡す輩が本当に存在するとは思わなかったし。梨花ちゃん曰く「未だにラブラブの常春カップル」って言うだけあって、全てにおいて突き抜けてるなーとは感じている。

 まあ、でも。なんだかんだ言っても、梨花ちゃんの御両親なんだし。あんなに素敵な彼女を育ててくれた人たちが、とんでもない化け物だとは思いたくない。

 

 勇気をだして。そろそろと、顔を上げた。

 季節の花が咲き乱れる庭先に、煉瓦を積んだ本格的なバーベキューのかまど(……というのだろうか、よく分からない)がセッティングされている。幾人かの背中の向こう、カットした野菜を串に刺していた人がこちらに気がついたのか顔を上げた。他のメンバーと比べてかなりコンパクトだからすぐ分かる。
 
  ――あ、梨花ちゃんのお姉さんだ。

 ピンク色のチェックのバンダナを三角巾みたいに頭に巻いて、脇の髪の毛はルーズなふたつしばりにしてる。彼女は、軽く片手を上げるとにっこりと微笑んだ。うわー、もうそれだけで辺り一面がひまわり畑になってしまったように見える。
  その後ろからビールのケースを抱えて出てきた大柄の男性も、彼女に耳打ちされてこちらを振り向く。彼は一瞬ハッとした表情になったあと、小さく会釈をしてくれた。

 

「いっ、……行こうか、梨花ちゃんっ!」

 頭上から降り注ぐ蝉の声に負けないように、俺ははっきりした声でそう言った。

 ええい、負けるものか! ここまで来たら、雨が降ろうが槍が降ろうが構ったもんじゃない。……いや、槍が本当に降ってきたら、さすがにまずいけど。

 

 べったりと汗の滲んだ手のひらをシャツの裾で拭ったら、まだ探るような瞳の彼女が小さく頷いた。



つづく☆(050813)

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