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……ファミリーになった梨花と聖矢

※この作品を読まれる前に「夢の途中 side,B」に目を通してくださいませ(そうしないと意味不明です)
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 残業を終えて家に戻ると、灯りの付いたままのリビングはもぬけの殻。
  午後九時半を回っているから、子供たちはとっくに夢の中なんだな。「おかえりなさい」と出迎えてくれるちっちゃな温もりがないと、すごく物足りない。
  そして、バスルームからはシャワーの音。一仕事を終えた今日の功労賞の人は、ただいま入浴中らしい。ドアの前まで行って声を掛けようかなとも思ったんだけど、そうすると早めに切り上げて出てきちゃうから自粛。お迎えも晩ご飯もお風呂も全部お任せしちゃったんだし、少しはゆっくりしてもらわなくちゃ。
  ふうっと座り込むソファ。包み込んでくれるような柔らかさが気に入ってここに入居するのと同時に求めたものだけど、数年を経てそれがちょっと頼りなく感じ始めてる。そろそろマッサージチェアが欲しいなあ……なんて呟いてしまう自分が情けなさすぎ。うーん、これって限りなく「お父さん」っぽい台詞だわ。
  そのとき、ちょうど視界に入ったダイニングテーブル。そこにちょこんと置かれたふたつの封筒が目に付いた。
「何、これ」
  ピンクとブルー、色違いのそれらを何気なく手にする。どちらも表にはクレヨンで書かれた同じ文字が並んでいた。
『サンタさんへ』
  あらあら、と思わず口元から笑いがこぼれてしまう。そして、ようやくその瞬間に部屋の隅のクリスマスツリーのことを思い出していた。先週の日曜日、重い腰を上げて半日がかりで飾り付けした大作。二メートル近くあるそのボリュームが視界に入らないくらい、私はお疲れモードになってたらしい。
「へえ、……いつの間にこんなに上手に書けるようになったのかしら」
  先月に四歳のお誕生日を迎えたばかりの子供たちは男の子と女の子の双子で、名前は陸(りく)と空(そら)。何もかもが二倍の手間で大変な子育てだったけど、最近では自分たちでできることがかなり増えてかなり楽になった。
  夫婦共働きだから生後一年足らずからの保育園暮らし、さらに病気のときには実家の両親や託児ルームの手を借りて、今もたくさんの人に助けられながら育っている。知らないうちにできるようになっていることも数え切れないほどあって、ちょっともったいないなと思うこともあったり。
  まあ、それも自分で選んだ道だから仕方ないんだよね。
  妊娠出産を経て一年遅れで大学を卒業した私は今、デパートのペットショップに併設されている動物病院で助手として働いている。外来専門の病院で普段は六時にあがれるシフトなんだけど、今日は夕方からのバイトが捕まらなくて仕方なかったの。
  封筒の中には二つ折りにした便せんが入っている。そこにもまた、示し合わせたように同じ文字が並んでいた。
『やさしいサンタさんへ ことしのプレゼントはおとうとをください りく』
『やさしいサンタさんへ ことしのプレゼントはいもうとをください そら』
  ……あれ、途中が少しだけ違うぞ。ついでに言えば、余白には星とか花とか飛行機とか文章そのものに関係あるのかないのかよくわからない絵がびっしり描かれていた。

「おかえり、梨花ちゃん。帰ったなら、声を掛けてくれれば良かったのに」
  しばらくの間、たどたどしい文字を何度も何度も目でなぞっていた。そしたら、そのうちに背後から声を掛けられる。シャワーの音はいつの間にか止まっていた。彼は濡れた髪をタオルでごしごししながら、いつも通りの笑顔を見せてくれる。
「……あ、それ、なかなかウケるだろ。ふたりとも、かなり真剣に書いてたんだよ」
  と、言うことは、この手紙を書く手助けをしたのは彼なのだろうか。何だか、そんな気がしてきた。
  聖矢くんは下に妹さんや弟さんが何人もいるお兄ちゃんだから、もともと小さな子供の扱いがすごく上手。アメとムチを上手に使い分けてしつけてくれるから、私のやることが何もなくなっちゃうくらいだ。
「そ、そうなの。……何かすごいね」
  いったい、どんな風にコメントしたらいいのやら。それがわからなくて、よくわからない受け答えになってしまった。
  そりゃ、いつかはこんなお願いをされるんじゃないかなとは思ってたよ。いくら鏡みたいに似ているもうひとりがいつも側にいるとはいっても、他のお友達のお家とか見ていればお兄ちゃんやお姉ちゃん、そして弟や妹っていう存在に気づき始めるはずだもの。
「うん、でも実は、しばらくずっと考えていたことらしいよ」
  聖矢くんはそう言いながら、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。そして私が何も言わないうちに、ふたりぶんのコップを並べて同じくらい注いだ。
「ほら、菜花さんのところも樹くんのところもそろっておめでたでしょう? 先週、槇原の家に遊びに行ったときに樹くんにすごく自慢されて、ついでに入れ知恵されてたらしいよ」
  ……あ、それ。なんか、すごく想像できる。薫子ちゃんの妊娠がわかったとき、お姉ちゃんと私のところに狂喜乱舞なメールが届いたもの。きっと未だに舞い上がったままでいるに違いない。
  いつまでも危なっかしいなあと思ってしまう弟なのに、来年にはパパになっちゃうんだね。何だかとても不思議な気がするよ。
「菜花さんのとこは羽月(はづき)ちゃんが自分たちよりも年下なのにずるいとか、どうしてママのおなかにだけ赤ちゃんが来ないのかとか、今夜はすごい質問攻めだったよ。あんまりひどかったから、だったら『サンタさんにお願いすれば?』ってことになって、結果がコレ」
  そ、そうだったんだ……。
「うわ〜、それってすごくたいへんだったね。どうしたんだろう、急にスイッチが入っちゃったのかな」
  私はまだ、直接そんなこと訊ねられたことはない。どうしてなんだろ、まあ子供たちもパパとママの役割分担はよくわかっているみたいで「ちょっと、無理かも」っていう内容だと、必ず聖矢くんにお願いするんだよね。
「いいって、いいって。俺も結構楽しかったしね。すごいなあ、あれくらいの子供って、文字も書くのも絵を描くのも大差ないんだね。まるで図形を描くように文字を捉えてしまうんだ。いろいろ新しい発見があったよ」
  そんな風に言う聖矢くんの本職は大学予備校の講師。普段はもっと大きな子たちのお世話をしている。大学時代からバイトでお世話になっていたところだから、今ではもう中堅のひとりになっているみたい。あの業界も入れ替わりが激しいみたいで、ひとつのところに留まっているとあっという間にベテランになってしまうんだって。
  たぶん、職場では現在かなり忙しいんじゃないかな。でも家に戻って来ると疲れた顔なんて絶対に見せないんだよ。
「ふうん、そうだったんだ」
  数時間前にこのリビングで繰り広げられていた賑やかな光景。そのはしゃぎ声や笑い声までが聞こえてくるような気がする。
  そう呟きながら、もう一度ふたりの渾身の作品を代わる代わる眺めてみた。息を止めて必死に書いたみたいな一文字一文字に、すごい「念」が籠もっている気がする。
「……でも、ふたりともわかっているのかな。お互いの意見が合致していないこと」
  聖矢くんは私の呟きに口元を緩めると、何も言わないままで隣に座る。柔らかい座面がまた少し歪んで、自然とふたりの肩が触れ合った。
「うーん、どうなんだろう。案外、自分たちと同じような双子の弟と妹が生まれると信じているのかも」
  水の入ったグラスをテーブルにおいて、彼はくすっと笑う。
「それは……あまり現実的な考え方じゃない気がするけれど」
  最初の子供が双子だったことにもとても驚いた。こういうのって遺伝が関係するとか聞いたことがあるけど、聖矢くんちにも私の実家にも全然見当たらないもの。
「まあね、その意見には俺も同感かな?」
  えと……、どうしたのかな。なんか、今夜はやけに密着度が高くない? 当たり前みたいに肩に手を回してくるんだもの、こんな明るい部屋ですごく恥ずかしいよ。
「せ、聖矢くんっ……」
  私の次の言葉を塞ぐように、唇が重なり合う。お風呂上がりの彼からはミントの歯磨き粉の香りがしたりして、そこから現実がちらちらと見え隠れする。子供たちはパパが一緒じゃないと歯磨きをしない。だから聖矢くんは一日に何度も何度も歯磨きをしている優等生なんだ。
「梨花ちゃん、……今日は駄目?」
  その言葉、本当はあまり意味がないんじゃないかな。だって、もう始めちゃってるじゃない。あっという間にブラウスの裾から忍び込んでくる手のひら。
「うんっ……、ここは明るすぎるから嫌。それに、まだ私、シャワー浴びてないし……」
  仕事帰りのところをいきなり襲われるって、どうなのかな。まあ、この場合はお互いの同意の上で行われていくわけなんだけど……それでも、ね。
「ええとそれじゃあ、前半の部分は梨花ちゃんの意見を取り入れることにする。でも後半は却下、俺はもう限界だから。どうせ着替えるんでしょ、今夜は脱がせてあげる」
  もうっ、どうしていきなりそうなるの。しかも、すごい久しぶりにお姫様抱っこなんてされちゃって、このままベッドルームへ直行!?
「ちょっ、ちょっと待って! 子供たちが起きてきたりしたらどうするのっ、こんなの見られたら大変でしょっ……!」
  バタバタ暴れていたら、スリッパも脱げちゃうし。しかも歩きながらはだけた胸元にキスするなんて、すごすぎ。
「こっちは何時間もステレオノイズで『赤ちゃん、赤ちゃん』って聞かされてたんだからね。あれだけ熱く応援されちゃうと、やるしかないって感じでしょう」

  とんでもない場所のスイッチが入っていたのは、実は聖矢くんの方だったのかも。ようやくベッドの上に下ろされると、いつもよりも濃厚なキスが隙間なく降り注いでくる。
「明日は梨花ちゃん、定休日でしょう。だから今日は遠慮しないよ、やっぱりここで乗り遅れるのも悔しいしね。今度は槇原従兄弟三人が同級生っていうのも楽しいと思うんだ」
  だから、そんなの競い合うものじゃないって。いつもは聖矢くんの方がそう言ってくれるのにね。
「聖矢くんっ、……いきなりは嫌っ……!」
  やだ、恥ずかしすぎ。どうしてもうこんなになっているんだろう。彼の指先が触れた部分がびっくりするくらいぬかるんでる。まるで、もうすっかり準備が整っているみたいに。
「駄目だよ、梨花ちゃん。隠そうとしたって、無駄なんだから」
  疲れているんだから、すぐに達してしまいそう。そんなの、絶対に嫌ってどうにか気持ちを外に逃そうとするのに、上手く行かない。何か支えが欲しくて彼の首に腕を回したら、お返しとばかりに胸を強く吸われてしまった。
「……いやっ、ああんっ……!」
  やさしい瞳の奥の強い光に翻弄されていく。
  本当はこどもたちの意見なんて、あまり関係ないんじゃないかな。こういう風に仲良くしたいって、そんなお互いの気持ちが一番大切。普通に、たださりげなく会話を交わしているだけでも十分幸せだけど、心と身体がぴったりくっつき合うこんな瞬間も私たちには必要だなって思う。
「ふふ、梨花ちゃんの中、すごく熱い。どうしちゃったのかな、今夜は」
  わざとそんなこと聞くんだもの、すごく意地悪。だけど、大好き。どんな聖矢くんも全部、取りこぼさず大切だって思うよ。
「クリスマスの朝、子供たちに報告できるといいね」
  ……それは、たぶん無理。でも本当になったら素敵だな。私たちの今年の十二月は、出会ってから一番思い出深いものになりそう。
  ―― そう、たぶん。……きっと、ね。

 

おしまい☆(101205)
ちょこっと、あとがき

 

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