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〜こうちゃんと花菜美・4〜


 

「ごめん、水橋」

 ああ、また! こんなひとことで私の休日予定が潰れる。

「チームの子が頭にボールを当てちゃって…大丈夫そうなんだけど、念のため今から日曜当番医に行って、診察してもらうことになった」
 周りに人がいるのだろうか? いつもに増して、事務的なしゃべりだ。

「あ、あのっ、こうちゃん…」

「悪い、またあとで、電話する」

 ぷつっと話が途切れた。

 

 だああああああああああ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!

 私は両手を握りしめて、心の中で思いっきり叫んだ。怒りの叫びだ。
 実際に声に出さずに、かろうじて心の叫びにとどめたのは…今いる場所が公園の真ん中だったからである。

 ううう、馬鹿こうちゃん、いい加減にしてよ!! 私の休日の早起きは何だったのよ! こうちゃんがお花見に行こうと言ったからじゃないの!!

 きっと今の私は仁王様もびっくりの凄い表情をしているに違いない。顔を上げて、親子連れに見られたら子供に泣かれる危険性がある(うら若き乙女として、それだけは避けたい)。

 背中を丸めて俯く。

 さっき作った握りこぶしは新品のスカートを鷲掴みにした。オーガンジーを何重にも重ねたバラの花びらのようなスカート。見つけた途端、速攻買いしてしまった。あと少し立てば、春物のバーゲンが始まるのは分かっているけど、洋服って言うのは着るべき日に着なかったら意味ないんだから。定価買いをして、あとで同じものが半額で売っていたりするとかなり痛いのであるが、売り切れて惜しい思いをするよりはいいと思う。

 普通、公園での花見と言ったらパンツスタイルだろう。

 公園内の見物客もみんなカジュアルファッションだ。でも、そういうときだからこそ、こんな格好が新鮮なのよ〜!(ちなみにこのスカートはドレッシーな風に見えて手洗いOKのマークが付いていた。賢い女はこう言うところを見逃さない…)

ひときわ女性らしい私に見とれて、感激したこうちゃんが『今夜は帰さないよ…』とか言ったらどうしよう〜!?

 …とか何とか。

 馬鹿馬鹿しい妄想までしていた、自分が可哀想だ。ううう…悔しい。

 

 こうちゃん…大泉高節(こうせつ)さんと私、水橋花菜美は世間で言うところの恋人同士である。誰が何と言おうが恋人同士である。こうちゃんはご両親が他界されていて、弟くんたちしかいないけど…彼らにも挨拶したし、こうちゃんの方もウチの家族に紹介済みだ。

 かくなる上は…である。

 

 マニュアルから入ってしまう傾向にある私は、気も早く「結納と結婚のすべて」という本を買ってきてしまった。そうだ、今の私は燃えている。

 何故なら。

 お彼岸前の大安吉日。…短大時代の友人、みどりちゃんの結婚披露宴に参加したからだ。

 あの、みどりちゃんが…式の始終、ぽろぽろ泣いて…私の方までうるうるしてしまった。でもマスカラが流れた顔はちょっと怖かったので、式のビデオは見たくないと思う。

 みどりちゃんはとある貸しビル経営の会社社長のお嬢様。都心にいくつもビルがあって、お家だって新宿までそんなに遠くないところに一戸建てだ。お庭がパターゴルフを出来るくらい広い。ついでに鳥小屋がある。動物園の様に立派な造り。小さな小鳥が私のアパートのバスルームよりも広いスペースで生活している。みどりちゃんのパパのペットのニシキヘビもどきには悲鳴が出そうになったけど、ワニすら池から上がってきそうなお家だ。

 そおおんなお家の娘・みどりちゃんは東京赤坂の某有名ホテルで500人の招待客の前で披露宴を行った。何が凄いって…普通だったら友人席は上座の方にあるでしょう? それが、上座を占めているのは新郎新婦の親の関係者ばかり。政界の有名人から業界の有名人まで…規制がなければ、時の内閣総理大臣さんが出席されても全然不思議じゃない位だった。
 私たち友人席は真ん中より少し後ろ。新郎新婦は豆粒、もうなにも見えたもんじゃない。どうして、それでみどりちゃんの泣き顔が分かったかって? 私は準備よくオペラグラスを携帯していたのだけど…それよりも会場横の壁に設置された巨大スクリーンに映し出される新郎新婦のドアップで堪能した。
 お色直し6回!! 2次会でさらに2回で、武道館コンサートのビックアーティスト並の衣替え。オリエンタル美人なみどりちゃんの魅力を余すことなく招待客は見せ付けられた。

 …で。最後に。

 もらったんだよね、みどりちゃんのブーケ。ほら、もらった人は次に結婚するって言うジンクスがある奴。

 ふわっと優雅に投げられたのではない。真っ白なドレスをぶわぶわとなびかせ、沿道の参列者の一人として見物していた私めがけて、みどりちゃんが突進してきたのだ。青空をバックに広がった白いベールがまるで小林幸子の紅白の衣装のようだった。

 ちなみに新郎の卓司さんは参道にひとりぽつんと残されて呆然としていた。

「花菜美!!」
 おもむろに私の腕をがしっと掴む、みどりちゃんの手袋付きの手。わわ、この手袋、ただの白じゃない、総レースのゴージャスなものだったのね!?

「これはあなたのものよ、しっかり渡したからね!!」

「あ、ありがとう…」
 あまりの勢いに押されてしまう。そんな私に構わず、みどりちゃんはこう付け足した。

「…3ヶ月…いえ、半年以内に結婚しないと承知しないわよ! 私たちの子供は絶対に同じ年にするんだから。私、花菜美が結婚するまでは子づくりしないで待機しているからね!!」

 …純白のドレス姿で凄い台詞…。

 半月が過ぎた今思い出しても…凄い迫力だった。

 

「…んなこと、言ったってさ〜」
 ふうっとため息を付く。ちょっと、機嫌が戻った感じ。

 仕方ない、とは思うんだけどさ。

 こうちゃんは県庁職員…郷土の歴史や教育番組を作成する部署にいる。取材のため、休日出勤も多い。その上、地元の少年野球チームの監督までしている。これはただのボランティア。中学・高校と野球少年だったこうちゃんの道楽と言ってもいいかも知れない。
 子供に優しい、面倒見のいいこうちゃん…いい奴なんだと思う。私だって、そんなこうちゃんが大好きなんだ。
 そして、野球のシーズンはこれからだ。ペナントレースも幕開けしたが、アマチュア野球だって春から夏が一番忙しい。

 あ、こうちゃんの自宅はここよりもっと郊外にある。電車の同じ路線なんだけど、この県庁所在地まで毎朝、電車に揺られてやってくる。ちなみに私は県庁の近くにある印刷会社に勤務していて、市内にアパートを借りている。今日は県庁前の公園でお花見をしようと言う話になったのだ。
 でも、少年野球の朝練があるというので、待ち合わせは正午になった。

 お弁当を一緒に食べようと言われて…私は朝の6時半に起きて準備したのだ。男所帯のこうちゃんの家。満足な食事もしていないらしい。コンビニのお弁当やレトルトがやはり多くなるみたい。ここは恋人として彼氏の健康管理をきちんとしたいところ。野菜をたっぷり使った綺麗なお弁当が完成した。こうちゃんが大好きなコロッケと唐揚げはちゃんと最初から手作りした。冷凍食品じゃないんだから。
 一人暮らし経験者なら分かると思うけど…あの狭いキッチンで揚げ物をするのは億劫だ。それをやってのけるのはひとえに「愛の力」に他ならない!

 …まあ、今、ウチのアパートには誰も入れられない惨状…戻ったらキッチンの大掃除だな。

 …あ〜あ…

 可哀想な私のお弁当。恨めしくランチボックスを見つめる。

 日曜当番医で検査をするのだったら…何時間掛かるのやら。多分、今日の予定はキャンセルだろう。やけ食いするにはあまりに大量だ。こうちゃんはガタイがでかいだけあって、普通の人間の2倍も食べるのだ。このお弁当はゆうに3人前はある。

 

「ふう…」
 何度目のため息を付いたのだろう?

 ふいに人影が私の座っているベンチの前で止まった。

「すみませ〜ん、ちょっとシャッターを押して頂けますか?」

 明るい声に顔を上げる。一組のカップルが私の目の前にいた。

「あ、はいはい…」
 ファインダーを覗き込む。綺麗な桜の満開の下で、お似合いのカップル。背の高い彼氏にふわふわウェーブヘアの彼女。多分、私よりは若いなあ…二十歳すぎ、と言うところか。

「…ありがとうございました〜」
 彼氏くんの方がカメラを受け取る。

 すぐに立ち去るのかと思ったら、じっとしているので不思議になって声を掛けた。

「あの、何か?」

 すると人なつっこい笑顔が反応した。

「あの〜待ち合わせですか? だいぶ前から、ここにいますね」

 …見ていたのか、1時間だよ。こうちゃんが少し早くくるかも知れないと、11時半から待っていたのだ。

「え…。あ、ドタキャンされちゃったんですよ、もう帰るとこ」

 あああ、どうして赤の他人にまでこんなことを言わなくちゃいけないんだろう? 情けない気分でいっぱいになって立ち上がった。

「ドタキャン…? じゃあ、その…お弁当、ですよね? どうするんですか」

 …そんなこと、どうだっていいじゃないの〜と言う感じで一瞥したら、彼氏くんは信じられないことを言ってきた。

「食べる人が来なくなっちゃったのなら…俺たちと一緒に、お花見しませんか? 飲み物とデザートくらいならおごりますから。飯、これから食いに行こうと思っていたんですよ」

 …何なんだ、こいつは。新手のキャッチセールスか? 近頃はネタがなくなってカップルで勧誘してくるのか!?

「…ちょ、ちょっと…タカオくんってば…」
 …どうも違ったらしい。彼女さんの方が慌てて反論している。

「でもさ〜、この人きっとこれからやけ食いだよ。レンタル屋でビデオでも借りて。最悪じゃん、だったらここで楽しく花見をした方がいいよ」

「わわわ…すみません、この人ってば…本当に困っちゃうわ…」

 …可愛いカップル。いいなあ、きっといつも一緒にこんな風に2人でいるんだろうなあ…羨ましい。
 そんな姿を見ているうちに、不思議なんだけど、そんな気分になったのだ。

 私は、2人に微笑みかけた。

「そうね、…ご一緒に…召し上がりませんか? お口に合うかどうかは、分かりませんけど…」


 

「上手い!!」

 …どうでもいいけど、彼氏くんは声がでかい。辺りの人が振り返るような大声で叫んだ。

「お姉さんの、彼氏さんはいいですね〜いつもこんなに上手いものを食べられるなんて…亜由美なんて、料理はからきしで…」

「…ちょっと、タカオくん…」
 ガツガツと豪快に頬張る彼氏くんの隣りで、彼女さんが真っ赤になっている。…で、どうでもいいけど。どうして私のことを、いきなり「お姉さん」なんなのよ?

「あ、亜由美ちゃんも…もっとたくさん食べてちょうだい。お口に合わないかしら…」

「あ、いえ…そんなんじゃないんですけど。ごめんなさい、今、食欲がないんです…」
 彼女さん…亜由美ちゃんは真っ赤になって、首を振る。

「大丈夫ですよ〜俺が亜由美の分まで食べますから〜」

 …お前は、調子のいいことを言わんで宜しい!!

 私は、さっきから気付いていたことを、遠慮がちに口にした。

「あの…食欲ないって…。もしかして、亜由美ちゃん、おめでた?」

 彼女、細っこいのにおなかの辺りだけが丸みを帯びている。着ている服もゆったりしていて…今年のファッションはもう少し身体にぴったりしているから、違和感があった。

「そ、そうなんですう…わ、分かりました?」
 亜由美ちゃんは相変わらず、真っ赤になりながら恥ずかしそうに言う。

「もう、5ヶ月に入ったんですけど…何だかなかなか体調が安定しなくて…5キロも痩せちゃって」

「だから〜俺がその分、食べてやるって〜!!」

 …あんたは、言わないで宜しい!! 大体、お前が食べたって彼女さんのおなかの中の赤ちゃんは栄養が摂れないでしょうが〜!?
 亜由美ちゃん、絶対に苦労するぞ〜とと、それにしても、この2人は若いよねえ…

「あの…つかぬ事をお伺いするけど…。亜由美ちゃんたち、学生さん?」

「あ、私はこの3月で短大を卒業しました、タカオくんは…」
 おずおずと。彼氏くんの方を見る。

「あ、俺? …大学入試失敗してさ〜浪人していたけど、いつの間にか稼ぐ方が楽しくなっちゃって〜。今、ゲーセンでフリーターしてるんだ。清掃から、機械の調整から、対戦ゲームの相手から…なああんでも出来るんだぜ!?」

 …大丈夫か、おい。ところで。

「で…結婚、してる…の?」

 聞いてはいけなかったかも知れない、考え方が古いと言われそうな気もする。でも、この子たち、子供は生む気なのよね、そう言うことははっきりさせたほうが…いいよ。 籍を入れなかったら、子供は私生児扱いになるんだよ?

 案の定。亜由美ちゃんは暗い表情になって俯いてしまった。 …まず。

「あはははは〜、こいつの親は、どうにか許してくれたんだよね。出来ちゃったもんはしょうがないじゃんっ、でもさ〜問題は俺んちの方でさ…」

 …あはははは〜じゃ、ないだろうが!! おい! 父親になるんだろう? 自覚ないのかい? お前は〜!!

 いや、気分を抑えよう。私の方が年長者だ。

「あのね、彼氏くん…普通はさ、彼女の親が反対してドタバタするもんでしょう? それを何なの? あなたは自分の親すら説得できないの? …情けないわよ! 男ならビシッと行きなさいよ!! 自分の親ぐらい、今すぐにでもどうにかして、今日これから入籍して来なさい!!」

「…お、お姉さん?」

 …我ながら、ばばくさい説教をしてしまった…反省。
 さすがにびっくりしたのか、彼氏くんは口をぱくぱくしている。一方の亜由美ちゃんはウルウルしている。

「素敵!! お姉さんっ! …私、あなたみたいなお姉さんが欲しかったんです!! …本当に嬉しいわ!」

 …いきなりぎゅっと手を握られてしまった。亜由美ちゃんに。

 何? …何なの!?

 この2人、変だよお〜〜〜!!

「あ、そうか…」
 彼氏くんが急に立ち直って、さばさばした調子で言った。

「じゃあ、お姉さんから…言ってもらおうかな? 俺の家、親はいないんだけど、兄貴が2人、まだ独身でさ、…一番上の兄貴がすんげえ堅物で。情けないやら、男らしくないやらで…彼女にプロポーズすら言えなくて、逃げちゃうような情けない奴なんだよね…」

 …は…? …ちょっと、待て。

「順番は追い越して悪いけど。…説得しといてくれるよね? 亜由美に頼られちゃ、後には引けないでしょ? …ついでに、兄貴も早いとこやることをやっちゃって彼女をモノにしちゃえ、ってさ」

 え…? ちょっと…もしかして!?

「…ねえ、もしかして…あなたって…」
 間違いない、よく見てみれば、あんたの着ているシャツは…この間こうちゃんが着ていた服じゃないの!?

「そうで〜す、なかなかお目にかかれなかった大泉家の3男で孝雄といいます。以後、末永く、よろしく! お姉さん!」

「…と、言うことです。私からもよろしくです…」
 亜由美ちゃんまで、ちゃっかりと孝雄の隣りでぴょっこり頭を下げてる。

 …はあああああ〜〜〜〜…

 脱力〜…思い切り、脱力…全く何なのよ。これじゃ、自分のことどころじゃなくなっちゃったじゃないの。

 その時。

「水橋〜」
 聞き慣れた声がした。そちらの方を振り返る。…こうちゃんだ。

「うわ、…じゃあ、また〜〜〜、くれぐれもよろしくなんだよ〜〜〜、行くぞ、亜由美!!」

 風の様な速さで、孝雄たちが立ち去っていた。…ずるい、自分で言えばいいじゃないの!?

 ふと見ると、ランチボックスはすっかり空っぽになっていた…孝雄め…!!

 

「…あのあとさ、すぐに子供の親が来てくれて。病院は自分たちで行ってくれるって言うから…急いで来てみたんだけど…あれ?」
 こうちゃんは汗を拭き吹き、ランチボックスに目をやる。

「…なんで、空っぽなの? まさか、水橋…ひとりで食べちゃった…とか?」

「あ、これ? ちょっと、アクシデントが…」
 慌てて、辺りを片づけた。その間、こうちゃんはぼーっと突っ立ったままだ。

「そうそう、こうちゃん?」
 ぱかっと、蓋をして。こうちゃんに向き直る。

 空は、青い…桜も綺麗だ。これなら、ほか弁を買って食べるのもいいかもね?

「ねえ、できちゃった結婚…って、どう思う?」

「…え…?」
 あ、思い切り面食らってる。
 
 言ってから、しまったと思った。でももう遅い。
 私の何の前置きもない言葉に、こうちゃんはみるみるゆでだこの様に真っ赤になってしまった。

 

 

Fin(011204)

◇あとがき◇
 前作を書いてから、毛色の違う話をずず〜っと書いてまして…原稿用紙にして200枚まで行って、ちょっと息切れしてしまいました(当然か)。で、息抜きに地で書けるお話に逃避。ああ、花菜美を書くのはストレス解消です!!
 今回出てきた「タカオ」と「亜由美ちゃん」…はい、とある話のキャラです。自分では意識してなかったのですが書いているウチに友達とそのご主人さんに似て来ちゃった。軽いノリの男の子と慌て者の女の子…ううう、可愛いですね〜。みどりちゃんのエピソードは「みどりちゃんファン」の皆様へのサービス…って、何人いるんだよ、そんな人。
 今回は出番のなかったこうちゃん、仕事ばっかやっているからだよ〜。そんなことしていると青山先輩が再来したって知らないぞ!! …と言うことで、次回作をご期待下さい。

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