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…番外・素敵な?昼下がり…

 

 

 柔らかな陽ざしが格子窓から注ぎ込む。傾きかけた午後は蜂蜜色に室内を染め上げて。何とも上品な色合い。晩秋の庭は木々の葉もほとんど落ちて、常緑樹の低木だけが茂っている。咲き遅れた花壇のバラが揺れている。
 高い天井のダイニング。お客が通される応接間ではなくて、家族がお茶の時間を過ごすスペースだ。どーんと大きな一本の木を切り出して作った馬鹿でかいテーブル。楕円形のその直線部分の片岸に、高い背もたれのやはり高級そうな椅子に腰掛けて、2人の若者が会話している。

「…おかしいわよね?」

「うん、絶対、尋常じゃない…」

 一客1万円とも2万円とも言われる骨董品のティーセット。「何でも鑑定団」に出したら、市場価格よりも更に高値で売買される希少品だ。それを惜しげもなく家族用に使ってしまうのがここの屋敷。最初は手に触れるのも怖かったが、ようやく慣れた。それでもおずおずと控えめな手の動きになる。

「本当に。どうしちゃったのかしら?」
 軽いため息を付いて、傍らの彼女はカップを手にする。流れるような手の動き。コクリと一瞬動いた白い喉。漆黒の柔らかな髪を揺らして、呟いた。

「何なの? 2人とも、眉間にしわを寄せてると、治らなくなるわよ〜?」
 テーブルの向こう側から、とぼけた声がする。ぱちぱちっと瞬きをする仕草も幼いが、カップを持つ手も小さくてたどたどしい。ひよこ頭をふるふると揺らしてにっこりと微笑んだ。

「ん、だってさあ、ちゆ先生〜〜〜〜っ?」
 朔也は我慢できなくなって、大声を出してしまった。広い室内にその声が反響する。昔ながらのこの洋館はやたらと音響がいいのだ。

「なあに?」

 腕が伸びて、真ん中に置いてあるクッキーポットを開ける。ここに常備されているジンジャークッキーが彼女のお気に入りなのだ。ひとつふたつとつまみ上げると嬉しそうに頬張っている。クリーム色のジャンパースカート。その下にまあるく膨らみかけたおなかがあるなんて、実際に確認しても信じられない。見たまんま、究極の幼妻だ。

 来年の4月には母親になると言う彼女。しかし、あっと言う間に子供に何もかも追い抜かされそうだと思うのは朔也だけだろうか。彼も隣りにいる恋人の咲夜も高校3年生の受験生なのであるが、この人と向き合うと頭のネジが何本が抜けてしまう気がしてヤバイ。

「ちゆ先生は、おかしいと思わないの? …それ」
 幼稚部から高等部まで、名家の子女が通う金持ち学校の管理運営を生業としている理事長宅。その次期当主であり、今は学園の副理事長をしている男を朔也は指さした。『それ』とはモノのようないい方で失礼だが、もう『それ』としか言いようのない感じなのだ。

「へ…?」

 朔也の隣りでは、咲夜もうんうんと頷いてる。同じ男の孫なのでどこか似ている顔立ちのふたりに見つめられて、ひよこ頭の『ちゆ先生』は自分の隣りに座る男に視線を移した。

 そこにはちゆ先生こと、旧姓は佐倉・今は東城千雪の夫である、東城惣哉氏が座っていた。いつもは頭の切れるクールな二枚目風。軽く後ろに流した髪に、ふちの目立たない眼鏡をかけ、隙のない表情を浮かべている…筈の彼が。

 どうしたんだ、顔のネジが10本は抜けている。今日の外出は自分で車を出したらしいが、良くもまあ、この様子で運転できたものだ。何事にも動じない天然のちゆ先生でなかったら、そんな人間の運転する車の助手席になど大金積まれても乗らないだろう。命あっての金である。
 へらへらと情けなくにやけながら、鼻歌なんか歌っている。さっき、ミルクをカップに注ごうとして、みんなソーサーに飲ませていた。いつから皿でお茶を飲む習慣に改めたのだろう…??

「ああ、これ?」
 妻にまで『これ』扱いをされている。でもそんな仕打ちを受けようが、彼の抜けきった緊張は元に戻りそうにない。

「今日、お医者様でね…」
 千雪が説明しようと話し出すと、惣哉がそれを間の抜けた声で遮った。

「聞いてくれよ。今日、千雪の付き添いで診察室に入ったんだ。超音波の胎児を見せてくれると言うから…」
 うっわ〜出たっ!! と、朔也は思った。

 おなかの胎児を特殊な装置で見るのは知っている。薄暗い羊水にぽっかりと浮かぶ頭の大きな異様な物体。でもよく見ると指が5本あって、ちゃんと爪まで伸びているのだと。平面上に映し出されるあの姿を見て可愛いと思えるのは親だけだろう。自分の分身だと思えば嬉しい、それは分かる。でもだからといってそれでいいのだろうか?おなかにいるときから親バカか。

「そうしたら、院長先生が仰ったんだ。『はい、分かりますか、お父さん。ここが手ですよ、足ですよ』って…」
 嬉しさが溢れて仕方ないらしく身体をねじる。はっきり言って30過ぎた男の色気は見たくない。

 朔也が少し椅子を引いたのも知らず、惣哉は続ける。

「ああ、『お父さん』…いい響きだなあ…感動したよ、僕は…」
 うっとりと呟く様子。もう、どうにでもして下さい状態だ。

「な〜に、言ってるんだよぉ〜〜〜〜っ! ちゆ先生のおなかの子の父親が惣哉だってことは最初から分かってるんだろ? 何、今更感激するんだよっ!!」

「…そうよっ!!」
 呆れ声の朔也に同調して、千雪がガタンとテーブルを叩く。

「この子は惣哉さんの子供だわっ!! 前の彼の子供だったら、もうすぐ産まれてもいいくらい育ってるはずだもの…っ!!」

 …し――――――ん…

 一瞬にして、部屋の中は水を打ったような静けさになった。千雪は自分の他の3人が呆然と見守る中、何食わぬ顔で、また、クッキーポットに手を伸ばす。

「ちちちちちち、ちゆ先生〜〜〜〜〜っ!」
 自分が話を振った責任もあって、朔也はフォローしようと声を上げた。いくら夫婦とは言っても、こういう風にセキララに話していい物ではない気がする話題だ。大体、まだ17歳の朔也と咲夜にとって、この18禁的話題はまずいんでないか??

「え?」
 しかし、千雪はいつもながらに動じていない。もぐもぐと嬉しそうにクッキーを食べている。他の3人が顔を強ばらせているのがとても不思議に思える様子だ。やがて、ごっくんと飲み干すと、にっこり笑って話を続ける。

「私、何か、間違ったこと…言いました?」

 小首を傾げて微笑む妻に惣哉がぎこちない微笑みを返す。どう見ても高校生、下手したら中学生。でも実は23歳、この春に四大を卒業した藤野木学園の教師兼惣哉の秘書だ。

「そうよねえ…」
 自分に間違いはないと思ったのだろう、彼女はまたすらすらとしゃべり出す。

「前の彼と最後にしたのは…3月だもん、この子とは月数が合わないわv」

 …ぶっ…!!!!

 思わず、口に含んだミルクティーを吹き出していた。あああ、何てこと言うんだ、この人は。慌てて見ると、惣哉は真っ青な顔をしている。ああ、ヤバイ、どうにか話題を変えないと、地獄を見るぞっ!!

 朔也は台拭きでテーブルを拭きながら、必死で頭を巡らした。ああ、受験生がオトナに対して、こんなに気を遣っていいのだろうか? 何だか悲しくなってきた…。

「そ、そう言えば、惣哉さんっ!」
 隣りに座っている咲夜が必死で声を上げた。

 ああ、日本屈指の総合企業・一籐木グループの次期頭取とも言われるお嬢様の必死の発言。本当にこの夫婦には振り回される。
 別に惣哉がちゆ先生と上手く行こうが別れようが大したことではない気もする。でも、惣哉は自分の恋人である咲夜の前の恋人…結構、この4人の関係は複雑なのだ。ちゆ先生がいなかったら、こんな風に東城家のリビングで和やかにお茶をすすることも出来なかったであろう。

「院長先生は、教えてくださったの? 赤ちゃんの性別っ!!」

 ああ、さすがにナイスフォロー…、話題を一気に明るい方向に向けているぞ。さすがに頭脳明晰・容姿端麗・性格も申し分のないお嬢様。ほらほら、惣哉の顔も一気にほころんでいく。

「う〜ん、さすがにまだ先生にも判別できないらしいね。そりゃ、特殊な…羊水検査とかすれば分かるらしいけど、千雪のおなかに針を刺して、ついでにベビーにも危険が及ぶようなことはしたくないから。…でも、女の子だよ、子供はっ!!」
 テーブルに身を乗り出して、ウキウキしながら言う。

「僕は3回も夢を見たんだ。千雪の傍らですやすや眠る天使のようなベビー…絶対に女の子だから。千雪にそっくりでとても可愛くて…あああ、楽しみでたまらないよ。なあ、朔也。見ただろう? 千雪の小さな頃のアルバム…可愛らしいことっ! あんな娘ともうじき対面かあ…」

 …夢占いかよ、このご時世に。それにちゆ先生の子供の頃って、今とほとんど変わらない感じだったけど。まあ可愛いと言えないこともない。でもさ、咲夜の小さい頃なんて、本当に人形の様に可愛いじゃないか。あ、今ももちろん可愛いけどさ。

「…へえ…」
 咲夜の眉がぴくぴくっと上がる。何だろうな、時たま、対抗意識を燃やすんだから、お嬢様。困るんだよなあ…僕というれっきとした恋人がいるんだから、いいじゃないかと思うんだけど。

 咲夜はことんとカップを置くとしどけなく髪をかき上げた。そして、しっかりとした口調で言う。

「私、生物の時間に聞いたんだけど。人間ってね、父親と母親のDNAをきっちり半分ずつ貰うんでしょう? だから、外見、内面、その全部を総合すると、ちゃんと50%ずつの遺伝子を引き継いでいるんですって。だから、ちゆ先生にだけ似ている赤ちゃんは産まれないわ、惣哉さんが半分入っているんだもの…」

 何とも言えない挑発的ないい方。ちょっと怖いぞ。

「…さ、咲夜様…そんな風におっしゃらなくても…」
 惣哉が動揺している。ちょっと面白い。

「ふ〜ん、じゃあ、外見は惣哉にそっくりで、でもボケボケの娘とか。ちゆ先生にそっくりなのに、中身が惣哉とか…チンクシャなのに、顔だけ惣哉とか…?」
 言ってるうちにだんだん、想像が広がってきてしまった。

「惣哉さんのような長身の上にちゆ先生の顔が付いているというのもすごいわ」

「文系が苦手なちゆ先生と理系が苦手な惣哉が遺伝したら、最悪〜〜〜〜っ!」

「おいおい、やめてくれよ〜〜〜!」
 惣哉が話を打ち切ろうと、必死で訴える。

 その時、リビングのドアがばたんと開いた。

「たっだいま〜〜〜〜〜っ!」

 明るい声を上げて、飛び込んできたのは。そう、この家の当主・惣哉の父の政哉である。70を過ぎたシルバーグレイの外見ながら、ピンと伸びた背筋。艶々した肌。惣哉も歳より若く見えるタチだが、彼も60そこそこと言った感じだ。何やら両手に紙袋を抱えている。

「おお、みんな揃っているのか。丁度いいっ! 今、デパートでな。色々買い込んできたんだ。もちろん届けてくれると言ったが、早く見せたくて、抱えてきてしまった。ふふふ、まあ、開けてみなさい…」

 そう言いながら、彼は駅前のデパートの紙袋をどかどかとテーブルに並べる。咲夜がそのひとつを手にして、中を改めると…。

「わああ、すごいっ!!」

 どこをどうしたらこんなに飾れるんだと思うくらいのレースとフリルがてんこ盛りの子供服が出てきた。スカートを膨らませるためにペティーコートも付いている。全然実用的ではない。茜色の花柄で金色のラメまで入っていて、目がチカチカする。手にすると、ずっしりと重い。まるで平安装束のようだ。

 これを着せてどうすると言うのだ。はっきり言って、子供は迷惑である。

「あああ、疲れました…皆様、申し訳ございません。御主人様が…もう、買い物が長くて…」

 小柄な身体をふうふうと震わせながら、今度はこの家のスペシャルお手伝いさん、幸さんが入ってくる。そう言う彼女も両手一杯の買い物だ。

「さあさあ、ご覧下さいっ! 本日はお子様のお部屋にかけるカーテンを買ってきましたの…!」

 そう言って、ガサガサと取りだしたのは…何と、どピンクの花柄。春爛漫、と言う形容しか出来ない。みんな、あまりの華やかさに息を飲んだ。

「父上…幸さん…っ!」
 惣哉がガタンと椅子から立ち上がる。ちょっとムッとした表情…。

「何ですかっ! 大人気ないっ!! 私に相談もなくベビーのモノを買わないで下さいとあんなに言ってるでしょう? 千雪にそっくりな娘に似合うのはひよこ色です。もう、いい加減っ、やめてくださいよっ!!」

 でも、彼の必死の訴えも、政哉の前では何の意味もなさない。

「…惣哉。知っているんだぞ、私は。お前、クローゼット一杯のベビー服を買い込んでいるって言うじゃないか。ずるいぞ、千雪ちゃんの娘の買い物は独り占めしていいものではない。みんなにもこの幸せを分けなさいっ!!」

「…うっ…」
 図星だったらしく、絶句する。


 そう言えば、つい最近。ちゆ先生と惣哉は派手なケンカをした。惣哉がもう子供が1日に10回のお召し替えをしなくては追いつかないほどの服を買い込んでいたのだ。普通の庶民的経済観念の彼女はついにぶっちん来てしまったらしい。

「ひどいわっ! 惣哉さんっ…。アフリカでは毎日たくさんの幼い子供が死んでいるのよっ! おなかをすかせて…それなのにっ、何ですか!! こんなものを買うお金があったら、ぼんとボランティア団体に寄付でもしたらどうなんですかっ!!」

 いきなりクローゼットのベビー服とアフリカ難民をくっつけてしまう辺りが飛躍しているちゆ先生らしい。そしてそこら中のものをぼんぼんと投げ出して、とうとう馬鹿でかいキングサイズのベッドに手をかけたので、さすがの惣哉もぎょっとして平謝りしたらしい。


「ま…まあ、そう言うことなら…はあ…」
 惣哉は振り上げようとした握り拳をひょろひょろと下げて、力無く座り直した。

 

 すると。

 今の今まで。…そう、何故か会話に入らず、黙っていた千雪がそろそろっと立ち上がった。そしていつになくまじめな顔で一同を見渡した。その目がすわっていたのでみんな息を飲んだ。

「…勝手に決めないで下さいっ!!」

 仁王立ちになっても、椅子に座った惣哉とたいして背丈が変わらない。でも、そうであっても千雪は母親としての貫禄がある。まあ、ふてくされている子供と紙一重だが、皆、心中に思っていても言わなかった。

「…惣哉さん?」
 千雪はまっすぐに夫を睨み付けた。

「あなたは神様ですか!? …おなかの赤ちゃんをどうして女の子だと決めつけるんですかっ!! この子は、男の子ですっ!!」

「…はあああ!?」
 決めつけてはならないと言いながら、自分は決めつけている。そう思っても誰も何も言えなかった。

「私のおなかにいるのは、惣哉さんにそっくりな男の子ですっ!! そうじゃなくちゃ、駄目なんですっ!!」

「…千雪…」
 惣哉は口をぱくぱくさせながら、かろうじて妻の名前を呼んだ。

「だって、そうでしょう? 男の人は女の人より早く死んじゃうんですよ? だったら、惣哉さんは私より11歳も年上なんですもの、そのうちころっと死んじゃうかも知れないでしょう? そうしたら、私はどうしたらいいんです…」

「ちゆき…?」
 わあっと声を上げて泣き崩れた千雪。でもあまりの言いように惣哉も途方に暮れている。

 何で、今から子供が産まれようと言うときに、自分の死ぬ話をされないとならないんだ。しかも、まだ33歳(もうすぐ34だけど)…そんな夫に彼女は更に言葉を重ねる。

「私…惣哉さんが死んじゃったら、この子を惣哉さんだと思って育てるんだものっ。ひとりぼっちは嫌だもん…」

「ち、千雪ちゃんっ!!」
 慌てて口を出してきたのは政哉だった。

「分かった、分かった。大丈夫だよっ!! もしも惣哉がころっといったら、私が千雪ちゃんにお似合いの新しい男を見つけてやろう。惣哉なんていなくても、千雪ちゃんは私の娘だ。ほらほら、この間、相続の関係で養子縁組もしただろう…だからいいんだよっ!」

「お父様…」
 千雪が涙でぐしょぐしょになった顔を上げる。

 何が何でこう言う展開になるんだろう、東城家はよく分からない。まあ、昨日や今日、始まったことじゃないが。

「あの――? 父上?」
 お取り込み中、恐縮ですが。と言う感じで惣哉が割って入ってくる。

「もしかして…父上は私よりも長生きするおつもりなんですか? …それはいくら何でも…」

 しかし、政哉も負けてはいない。

「ふふん、若いもんにはまだまだ負けないよ?」

 

 …何が、負けないんだか。

 朔也はがっくりと肩を落とすと、隣りでのんびりとお茶をお代わりしている咲夜に話しかけた。

「ねえ、そろそろ、勉強しない? ここにいるとだんだん、調子が狂ってくる…」

 

 ひなびた午後の陽ざしはいよいよ明るさを増し、部屋をあかあかと染め上げる。

 東城家の居候・三鷹沢朔也。

 彼は無事に現役合格が出来るのだろうか? ただ、合格すればいいわけではない。日本の最高峰とも言える、政哉や惣哉の母校に合格しなくてはならないのだ。だがしかし、今のこの屋敷にはそんな苦悩の受験生を気遣う者はない。これも将来一籐木グループの椅子に座るための試練なのか!?

 桜舞い散る春ににこやかに微笑むために、朔也の長い長い冬がこれから訪れる。…でも、そんなこと東城家の誰も気にしてないけど。負けるな、朔也っ!!

おしまい(021020)


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