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…頂き物小説… 番外編『新しい空へ』 words, ねこまんま様
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 小さな公園のブランコを揺らして見上げる空。
 春特有の少し霞がかった青が目に飛び込んでくる。この色はずっと昔に何度も見たはずなのに、久しぶりに見ると懐かしいような、妙な気分に思えた。
「唯子…」
 ふと名前を呼ばれたような気がした。午前中の公園には数人の小さい子供達が砂場で歓声を上げているだけで、声の主になるような人影はない。
「もう…、空耳まで聞こえるようになっちゃったのかなぁ…」
 ため息をついた生野唯子はまだ18歳。この春に短大に入学したばかり。彼女を一言で表現するには少々難しい。どっちにせよ可愛いという部類には入るのだろうが、まっすぐに伸ばした茶色い髪と、人の心を見透かしてしまいそうな澄んだ瞳を見て、大人っぽいと言う感想もあれば無邪気という感想もある。どちらにしても、本当の唯子であるには違いないのだが、その全てを知っている者はあまり多くない。
「もう〜、悟史遅いなぁ…」
 改めてもう一度公園を見回した。
 彼女が座っているブランコは、唯子が幼い頃に遊んでた頃と変わらない。最初にこの公園を改めて見たときには、昔の記憶とのギャップに少々愕然とした。
 しかし、今ではそこに残っていてくれたことに感謝する気持ちすらある。この小さな空間は彼女の過去と現在を結びつけてくれた重要なアイテムなのだから。
 自分が幼かった頃、この公園で夕暮れまで遊んでいた。そして迎えに来てくれる人を待っていた。それが唯子に残されている大切な断片の記憶。しかし、今はまた別の大切な人が自分を待っていてくれる。それが分かったとき、彼女は新しく生まれ変わった気がしていた。
「ゆいこ、そんな泥だらけで…」
 そんな呼び声でまたふと我に返る。どうやら砂場で遊んでいた子供達の中に、同じ名前の子がいたらしい。
「あ〜、びっくりした。空耳じゃなかったかぁ」
 ようやくさっきの原因が分かってほっとする。でも、さっき呼んだのは違う声だったような気もする…。
 改めて腕の時計に目をやると、待ち合わせ時間は過ぎてしまっていた。
「もぉ、私っていつも待ちぼうけ…」
 止めていたブランコをもう一度思い切りこぎ出してみる。小さな子供用に作られているため、足を前にまっすぐ伸ばしておかないと地面に擦ってしまいそうだ。
「おーい、唯子」
 今度こそはっきり聞こえたはず。慌ててフルスピードのブランコを止めて、声のした方を見る。
「悟史!もう遅いんだから…」
 この春、唯子が短大に通うことになり、下宿先として選んだのが、この木暮悟史の下宿部屋。最初にその提案をされたときには唯子自身が驚いてしまったのだが、今ではその生活も少しずつ楽しめるようになってきた。
「ごめんごめん。バイトの交代が遅れてさぁ」
 悟史の早朝バイトの上がりを待って、この公園で待ち合わせをしていた。その悟史がマウンテンバイクにまたがったまま息をついている。
「いいわよ。別に時間が決まっているわけじゃないんだから…」
 唯子もブランコの脇に停めてあった新しい自転車を用意する。
「それとさ、必要だと思って、これも買ってきたんだ」
 ハンドルを握っていなかったもう片方の手に持っていた荷物を唯子に見せる。
「悟史…、ありがとう。気を使わせちゃってごめんなさい」
 悟史が持ってきた線香と花束を唯子の自転車のかごに入れ、二人は走り出した。

「ママの所に行かない?」
 唯子がそんな話を持ち出したのは1週間ほど前。身の回りに荷物だけで引っ越してきた唯子のために、自転車を買って二人で戻って来た途中だった。
 学校までは電車通学をしているが、やはり地元の足が何も無いというのは何かと不便だ。そこで彼女の自転車を買うことにした。
 その帰り道での唯子の言葉。悟史は少々考えた。
 以前、唯子に連れられて彼女の母親の墓前に向かったのは、もう1年半以上前になる。 そのときの様子を思い出さずにはいられなかった。あの当時は唯子自身も、自分の運命をどう受け止めていいか分からず、ただ不安と母を死なせてしまったかもしれないと言う思いにつぶされないようにしているのがやっとだった。その後も時々墓前に向かっているのは知っていたのだが、そのときの様子を知ることは出来なかった。
 それでも、唯子が自分で言い出したのだから、前のようにはならないだろうと悟史は一緒に行くことを了承した。

 そして、学校が始まってすぐの土曜日、二人は自転車で1時間ほどで行けると分かったその場所に向かうことになった。
「あんまり速く行かないでよね」
 あまりきつい坂はないが、やはり男女では体力も違う。途中、大きな国道を外れてからはのどかな景色の広がる中で、ところどころで休みを取りながらの行程。結局2時間ほどかかって目指す霊園が遠くに見えてきた。
 唯子はこれから先のことを知っているはずなのに、以前のような思い詰めた顔はしていなかった。悟史もこのサイクリングに持っていた不安はようやく取り除かれていった。
「最初ね、この道を連れてこられたときはどういう顔をしていればいいか分からなかったわ」
 並んで走る唯子が言う。
「そうなんだ?」
「ええ、去年までは本当に辛いときもあった。でも今は平気なの…」
「よかったな」
 目指す場所が見えてきて、唯子は少し緊張した顔つきになった。
「今日は泣かないから大丈夫よきっと」
 供えるための花を抱え、悟史は水桶に水をくんで戻ってくる。
「ごめんなさいね。いつも一人で全部やってるのに」
「なんにもしないわけには行かないだろう?」
 以前も通った墓地の奥へ通る道。
 1年半前にもここを唯子と通ったことがある。しかし、その時は事がよく飲み込めないまま唯子の後ろを歩いていた。
 しかし今日は違う。彼女の隣を一緒に歩けた。表情もよく見えた。大丈夫だ。以前のような表情は見せていない。それどころか少し嬉しそうな顔をしているくらいなのだから。
「着いたよ」
 以前と変わらない唯子の母親が眠る小さな一角にある丸い小さな墓標。ここに眠る女性の複雑な事情はその昔唯子が話してくれた。あの時は、しばらくその場に座って動けなくなっていたはずなのに。
 いつもやっていることなのだろう。手際よく掃除をして、花をきれいに生けて、線香に火をつける。
 用意が終わると、彼女はそこで初めてひざまづいた。
「ママ、今日は悟史君も一緒に来てくれたよ」
 嬉しそうに報告する声。そうして、いつものことなのだろう、最近あった出来事を話していく。悟史としては、唯子がどこまで話すのか少々心配だったが、この春から二人で暮らし始めたことも、嬉しそうに話していた。
「前にも言ったけど、この悟史君がママの言いたかったことを私に教えてくれたの。ママと私でお礼言わなくちゃって思って、今日は一緒に来てもらったのよ」
 そう言うと、顔を上げて悟史を見上げた。
「悟史。ママがね、きっと耳には聞こえないと思うけど、ありがとうって言ってると思う。私からも、この前も言ったかもしれないけど、今日はママと一緒に言うね。ありがとうね…」
「唯子…」
 悟史も唯子の隣に座った。小さな墓標はここまで目線を下げたことで、ようやく対等になれた気がした。
「唯子…、俺もさ、今日、ここで言いたいことがあったんだ…」
「え?」
 不思議そうな顔をして悟史を見ている。
 悟史はちょっと恥ずかしそうに笑うと、背中をシャキッとのばして改まった声で墓標に向かった。
「突然ですいません。唯子のお母さん。もう伯父さんと伯母さんには話してきました。俺の親も賛成してくれてます。順番もちょっと違うかもしれないし、少し早いかもしれないですけど、唯子を俺にください。お願いします」
 悟史はひざを地面に付けると、深々と頭を下げた。
「悟史…」
 唯子の問いかけには答えず、彼は続けた。
「俺、唯子の気持ちをまだほんの少ししか分かってやれていないかもしれません。でも、少しずつでも唯子のこと分かってやりたいです。生意気かもしれないですけど、俺には唯子が必要です。どうか俺たちの仲を許してください。必ず唯子を幸せにします」
「悟史…」
 唯子が涙ぐんで悟史を見ている。
「今日さ、せっかく唯子と一緒に来られるって分かったんで、ちゃんと言っておこうと思ったんだよ。伯父さん叔母さんには言ったけどさ、唯子のことで本当に許してもらうためには、ここに来て言うしかないと決めていたんだ。唯子の幸せを本当に願っていたお母さんだろ?」
「ええ」
「だから、唯子を絶対に幸せにするって。それを唯子のお母さんの前で誓うんだって」
「ありがとう…。ママ…。私、この人と一緒に歩いていきたい。きっとこの人なら私のことを幸せにしてくれると信じてるわ。私自身はもちろん、きっとママの分も必ず幸せになるから。私からもお願いするの。私と悟史をずっと見ていて…」
 唯子の言葉はそれ以上進めなくなってしまった。
 涙ぐんでしまった細い体をそっと抱きしめる。
「もう、ずっと放さないで…。そばにいてね」
「放すもんか。ここまで見せたら、お母さんもきっと許してくれるよね?」
「そうね。ママ、きっと笑って仕方ないわねって言ってくれてると思うわ」
 手のひらで涙を拭うと、にっこり笑った。
「今度、次に一緒に報告するときは何を報告するんだろうね」
「ふふふ。さぁ、分からないわ。でも、きっといい報告が出来ると思うの。ママもきっとそれを待っていてくれると思う」
 最後に、二人はもう一度頭を下げるとその場所を後にした。

「悟史、一緒に来てくれてありがとう。でも、ちょっとびっくりしちゃった」
 唯子は腕を悟史に絡ませた。
「さぁ、これで約束しちゃったぞ。絶対に幸せにするからな」
「うん。お願いします」
 立ち止まって深々と頭を下げた唯子を悟史は優しい眼差しで見守った。
 そして、そんな自分たちを、優しい視線が空の上から見守っていてくれたのだと、二人はその夜、振り返ったのだった。

おわり

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ねこまんまさん(サイト・『Neko's Parallel World』)より、頂きました。
自分でもこうしてもう一度唯子と悟史に出会うことがあるとは思ってなかったので、とても不思議な気分でいます。頂き物の二次作品というのはイラストにしても小説にしてもそうなのですが、自キャラに込められた制作者さんの「想い」みたいなものがストレートに伝わってきて、毎回圧倒されてしまいます。ふたりの初々しい感じがこそばゆくて、こちらまで照れてしまいました。それに悟史がとても生き生きしてますね〜。自分で書いていても彼はかなりの「不思議くん」で何を考えてるのか全く分かりませんでした。それをここまで動かせるとは、すご〜い。脱帽です。
いつも素敵な感想をBBSにお寄せ下さるねこまんまさんはご自分でも創作小説のサイトを運営なさってます。足元をしっかりと地に付けてひたむきに成長しようとするキャラの姿ががみずみずしいタッチで描かれてます。「恋愛小説」というより「青春小説」と言った方がいいのかな…? まあ、それを言いますと、今回取り上げてくださった「空のとなり」の本編も微妙なセンなんですけど……。どうぞねこまんまさんのサイトで、清々しい風をご堪能下さいね。

久しぶりに気持ちのいい夢を見せて頂いた気がします。本当にありがとうございました。
(2003.11.8 広瀬もりの)

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