'99夏・小野正利編に戻る 遊び部屋に戻る ホームに戻る


ライヴ・ライヴ・ライヴ

CONCERT TOUR 電光石火
Supported by NEC


at 国立代々木競技場 第一体育館
on 1999.10.16


幻のチケットGet

 チケット屋に必ず発売されるチケットの広告が置いてありますよね。 小野さんのライヴチケットを買う時、見たのがチャゲ&飛鳥のコンサート情報だったんす。
 チャゲ&飛鳥を聞くようになったのは『SAY YES』から、ではなく (ミーハーでも違うんす、これが(笑))、高校の時チャゲ&飛鳥がちょうど10周年で、 それまでで1番長い曲を出したという頃だったんす。その曲が『WALK』というので、 気に入ったんす(理由を書くといろいろあるのでやめときます(笑))。チャゲ&飛鳥に 出会わなかったら、もっとハイトーンの小野正利には行き着かなかったのは間違い ないっすよ。それから10年、 当たり前なのだがチャゲ&飛鳥デビュー20周年(おまけにRay学生20周年(爆笑)、 ただの親のスネかじり歴で自慢にならないっちゅーの)で、どーしても行きたかったんす。
 チャゲ&飛鳥のチケットの発売日、寝坊してチケット屋に30分遅れで行くと、 「そちらはもう完売です」と。えー、4〜5回公演のチケットが30分で完売なんて、信じ られない。ひいていた風邪も悪くしてサイテーな誕生日を迎えるハメに。ああ、ついてない(笑)。
 ところがである。8月の終わり、チャゲ&飛鳥が出ているNECのCMを見たら、 コンサートツアーの日程に「10月16日」というのが付け加えられているんす。追加公演なのか?  その夜@ぴあで調べたら 発売日が9月5日。今度はMLでお世話になっているお姉さんに某パソコン通信の 掲示板から入手してくれるようお願いした。でも30分で完売したチケットを簡単に 手に入れられる訳がないやんかーと思っていたので、半分アテにしなかった (お姉さんのことじゃないっすよ、チケット入手自体を)。しかーし、お姉さんは手に入れてくれたのだった。 お姉さんありがとう。この日ほどパソコン通信かファンクラブに入ろうと思った日は なかった。が、金がないことにすぐ気づく(爆笑)。7300円のチケットを自分のを出し、 もう1枚分立て替えたのはきつかったから(爆笑)。

原宿不便すぎるゾ

 東京に行くついでだから早めに出て新宿の紀伊国屋で、1時間ほど本を物色 した。新宿はもう何回も1人で行ったことあるから、スムーズに行けた。が、原宿は 電車で行くのは初めて(この年で行くとは思わなかったっす)。原宿駅って小さかったっすよ。 階段が狭いのに、そこを幅を取るエスカルが通るんだもの。エスカレータの取付 工事中だと言え、はたしてエスカレータは取付けられるのか不安になるほどの 狭さ。帰りの混み具合は今以上だろうから、帰りは渋谷からがよさそうだと、 駅前のハイビジョンを見ながら、弟のひこぼ〜を待った。ひこぼ〜も当日学園祭だと いうのにわざわざコンサートに来るというほど、チャゲ&飛鳥のファンである。 この姉弟?兄弟?(爆笑)は音楽の趣味はバラバラだけど、チャゲアスは共通しているらしい。 まっ、なぜ身内とコンサートに行くのか・・・。それをツッコまれると困るんだけど(笑)。
 ひこぼ〜が来て体育館へ。混んでいたので、Rayの乱暴な運転を恐れ、ひこぼ〜が 電動車椅子を押してくれた。悪いのぉ(笑)。でも道を渡るのに歩道橋しかなく、 次の横断歩道までわざわざ遠回り。体育館はそこなのになー。原宿のイメージは サイアクになった(爆笑)。

へーっ、これが車椅子席なのか

 体育館の門をくぐってスロープの場所をきいて入り口まで来ると、係員が 「チケットを見せてください」と。チケットはアリーナ席の『Aブロック7列3、4番』。 それを車椅子の人がもっていくと、車椅子席と交換、案内されるという。 案内されたのはアリーナ席と2階席との間というか、玄関入ってすぐのところ。 落下防止のフェンスが少し高くて、木で作られた高さ10センチの台に車椅子を 載せて見るという。台っていっても、漁港でとれた魚を寝かせておく台のような もの。へーっ、これが車椅子席なのかー。最終的にRayの他に4人車椅子の人がいた。
 たぶん5時半前には座っていた。コンサートが始まったのは6時20分くらい。 珍しく早起きをしたもんで(笑)、その間に頭がボーッとしていて少し寝たが、「帰りは頭痛だな」と 思いながらワクワクしてた変なヤツであった(爆笑)。

さすがはコンサート

 会場が暗くなり、舞台を挟んでいる2枚のスクリーンに雷が街に落ちる映像が。 まるで映画が始まるようだ。やがて映像はチャゲアスの20年を物語る写真の数々に。 ライヴとコンサートの違いがイマイチわからなかったが、演出というものだった。 ただ聴かせる音楽か、魅せる音楽か。ライヴの親しみの良さもいいけど、 視覚にも訴えるコンサートっていいなー。 緑のレーザー光線が何本も飛び散り、聴いたことのあるイントロが。しょっぱなから 『WALK』なのかよー。この曲を聴くと、まだ「あの頃は若かった」なんて 笑って振り返ることはできない。まだ学生だからかもなー。この曲とコリー・ハートの 『好きにならずにいられない』を聴きながら、ウィスキー片手に学生時代を思い出す というの憧れているのだが(グラスが持てないのにな(爆笑))、もう少し学生で いさせてほしいから、当分先かも。でもいつかは笑って振り返えたいよなー。

『swear』

 『HOTEL』『higher ground』のあと、挨拶程度のMC。「(3年 半も)またせたね」と飛鳥。黄色い声がすごい。しかも初めから総立ち状態。 絶対普通の席に座ったら、うずもれて見えないだろーな、こりゃ。 チャゲアスでもこれだから、 ジャニーズなんかすごすぎて、もーついていかれねーだろうなと思ってしまった(笑)。 間違いなく行かないけどさ(爆笑)。
 4曲目はRayが新しいアルバム「NO DOUBT」の中で1番気に入っているというか、 これ自分じゃねーかと聴くたびに思う『swear』だった。

容易たやすいことだけ 手を伸ばしていたんだ
 楽しいことだけ 足を向けていたんだ
 煉瓦色の空しかない ペテン師の哲学さ
 自由と気まま履き違えている」

(作詞;チャゲ)

まさにRayだよな、これ。えっ、誰に「愛をswear(誓う)」のかって? 愛は 男女間だけでなく、親子間にも師弟間にもあるんだって(爆笑)。

気が付くとチャゲ派なんだよなー

 コンサートは終章エピローグ 、チャゲのMC、『好きになる』『two of us』とチャゲが メインの曲が続いた。
 やっとこの頃気が付いたけど、10年前は飛鳥の曲の方が気に入っていたんだ。 でもアルバム「Code Name.1 Brother Sun」の『ベンチ』を聴いた頃からチャゲ派に なっていたんすよ。飛鳥の詞って確かに文学的ですごいし、音も自分を確立して いるんすよ。でもチャゲの詞って聴くだけで映像が浮かぶ非常に生々しい ものが多いんす。例えば『two of us』。

「道玄坂登りきって 次の交差点 右へ
 ゼブラを渡れば  クリーム色の 古いマンション
 そこがふたりの始まりの場所 夢の卵を暖めていた

(作詞;チャゲ)

ドラマでしょう、まさに。別に音がビートルズを超えられなくてもいいって。 まっ、Rayは性格的にお笑いに走る傾向なので、チャゲ派になるのも 時間の問題だったかもしんない(爆笑)。

これ知らない人は・・・いないだろー(爆笑)

 「次の曲はアンプラグドのライヴの雰囲気を出してやります。この曲知っている人 いるかなー」と飛鳥。「知ってるでしょ」とチャゲ。イントロがみごとに編曲されていて 最初はわからなかったが、『SAY YES』じゃないか(笑)。知らない人を みつけられるのか?(爆笑)。 歌の途中、「♪こーいびとのフレイズになるー」の ところあたりで、飛鳥が「ごめん」と一言。音をはずしたらしい(笑)。でも曲を 止めることもなく、チャゲはハモリと演奏を続ける。曲が終わった後で、「あんなときに はずすかよー(笑)」とツッコミを入れた。なんか大人だよなー。プロだよなー。 中断せずに続けるって。まっ、25年も付き合っている2人だからできることかも しれないけどさ。でも小野さんも飛鳥も1番売れた曲で音をなぜはずすわけ?(笑)

歌う漫才師?

 さすが25年の付き合いっていうことで、MCも息がぴったし。チャゲが 「この仕事、レコーディングとかテレビ出演とかありますけど、皆さんの前で 歌ってこうして触れ合えるコンサートが僕は1番好きだな」と言うと、飛鳥が 「なぜ『僕は』かなー。『僕らは』でしょ」とツッコむ。「おー、そうだったなー」と チャゲが言い直すのかなと思うと、 「この仕事、レコーディングとかテレビ出演とかありますけど、皆さんの前で 歌ってこうして触れ合えるコンサートが僕は1番好きだな」と繰り返したり。
 「今度の大晦日から年越しにかけて、僕らは福岡ドームでカウントダウン コンサートをやります。1900年代から2000年に移る時、そういう節目は 1000年に1度じゃないですか。なかなかめぐりあうことはない その節目を皆さんと過ごそうということになりました」と飛鳥がまじめに 言うと、チャゲが「ともかく1000年に1度ですよー。どれくらい大きな時間なのか、 今回の1つ前の1000年前について 私調べてきました。平安時代で藤原氏が支配してた時代で、その頃には 紫式部とか清少納言がいたんですよ。2人が『今度1000年よ〜。どーする?』 『あたしー?んーどーしようかなー?式部はどーするのー?』と 相談している横から、光源氏がローラースケートに乗りながら『♪ようこそここへ  遊ぼうよパラダイス』と現れた時代でした」と、飛鳥が作った『パラダイス銀河』を ネタにして笑いを取る。その頃さ、日本に西暦というのがあったのかよ、ったく(爆笑)。 「MCも長かったですが、今から歌う曲もタイトルが長いです。 聞いてください」と『もうすぐ僕らは ふたつの時代を超える恋になる』が流れる。 またMCが長いコンサートに来てしまったー。しかも後日インターネットで 調べると、2人はネタ合わせしているらしい(爆笑)

『NとLの野球帽ベースボールキャップ

 その後『no doubt』『青春の鼓動』と続いた。 『青春の鼓動』では、飛鳥はハーモニカ演奏を披露、チャゲはタンバリンで ますますノリノリに。舞台を挟んでいる2枚のスクリーンに客席の様子と 歌詞のテロップが映し出され、1万人大合唱となった。おー、これがコンサートだよー(田舎モンなんで感動しまくったっす(爆笑))。
 盛り上がったところで『NとLの野球帽』を。「♪Oh, oh, oh, ... 1969 1969」 のところは客席のみなさん、腕を振り上げて会場は1つになっていた。がこの 中でRayは大学の指導教官を思い出していた(爆笑)。この曲を初めて聞くちょっと 前のこと。うちのゼミには他のゼミと合同で4年生になる年の春と夏に卒論合宿と いうものがあるんすよ。夜は飲みっぱなしなんすけど(爆笑)。そこで先生方の 昔話も聞くんす。で帰ってきてしばらくたって、この曲の詞をたまたま聞いたら、 なんかこれに似た話をどこかで聞いたなと思ったんす。指導教官の昔話だーと 思い出したんす。チャゲとは年が10歳くらい違うけど、炭鉱のことや西鉄ライオンズの ことがダブって。それからこの曲を聞くたびに「勉強せねば」と思ってしまう 不良学生でした(爆笑)。

変化も不変も挑戦も・・・

 ハイテンションのまま『もうすぐだ』(?)『群れ』『Sea of Gray』(?)、『この愛のために』と続いた。

「少しイケテルと 思うと決まって
 津波のように さらわれる未来さ
 もういいかげんに 焦ることはない
 大事なものが 変わってきた」

(『この愛のために』より 作詞;飛鳥)

このコンサートの頃実はRayには重大な問題というか、悩みが2つもありまして、 この詞が特別心にしみたんす。予定とか目標とかできてがんばろうとすると なんでそーなるのーと壁ができるんすね。人生ではそんなの当たり前じゃんと 思われるかもしんないけど(笑)。焦りますよ。けど変化も不変も挑戦も 自分で行動して決めたいっす。そのために大事なものを変えようかなと思った 瞬間でした。何書いてるのかわからないみなさん、すいませんっす(笑)。

『また逢う日まで』

 『NO PAIN, NO GAIN』で本編がおわり、すぐカーテンコールが鳴り響く。 タバコを吸う時間もなく出てチャゲと飛鳥はアリーナの中央にある丸い舞台へ、演奏メンバーを1人1人 紹介を兼ねながら呼び寄せた。今思えば、体育館は国立だから時間にうるさくて、 慌てて出て来たんだろーな。軽く『流恋情歌』(?)を歌った後、 尾崎紀世彦の『また逢う日まで』を。わーっ、舞台が回るんだ。飛鳥が 「オイッス」と何度もいかりや長介のものまねをするが、似てねー(爆笑)。 『恋人はワイン色』に続き、『no no darlin'』をもう1度1万人大合唱して、 コンサートは終わった。
 会場が明るくなり、スクリーンにテロップが流れ、BGMに『vision』が流れる。 「よかったなー」「7300円は安かった」と、人の群れの様子を見ながら、ひこぼ〜と 言い合った。また生チャゲアスを聴きに来たいっす。その頃は間違いなく 社会人だろーな(サラリーマン(?)になっているかはともかく(爆笑))。 でもやっぱ高いな、ちと(爆笑)。

渋谷は全然イイ

 体育館を出たら駅の方向はすげー人。まだ9時なので終電は平気(爆笑)。 いつもここらに来るひこぼ〜の案内で渋谷駅へ。そのころになるとやっぱ頭痛に なっていたので、口数も少ない。身内だしぃ(爆笑)。20分歩いたかなー。 いつもなら、「ネオンがRayを呼んでいる」と笑いを取りそうな雰囲気(爆笑)。 でもさすがに頭痛には勝てないらしい。駅では駅ビルのエレベータで移動。 さすが大きな駅。ここまで来た甲斐があった。今度代々木体育館でも 乗り降りはここだなと、頭痛にも懲りない奴であった(爆笑)。

おわり

Special thanks to Mr.CHAGE & Mr.ASKA and to all people
for having helped me on the concert day.


'99夏・小野正利編に戻る 遊び部屋に戻る ホームに戻る