早いものですね! 今年も残りもあと僅かとなりました
でも今年も「日々好日」!


私も3月1日にとうとう古希(数え七十才)を迎えました。
ここまで来たらあと僅か?
いつかお迎えがきたときには
「我が人生に悔いなし」とにっこり笑って!
それまではマイペースの人生を楽しみます。


      

2012.12.12 (水)

またやって来ました! 仙台は寒かった!

前回10月には庭の雑草刈りのために仙台の別荘?に来たのだが、今回の用件は筋向かいの方から来年早々自宅を立て替えるのでその期間自宅を使用させてもらえないかとの話があってその打ち合わせのための来仙だった。  現在

仙台では昨年の大震災から少し落ち着きを取り戻し、災害を受けた自宅のリホームや立て替えがピークとなっていて、その期間中一時的に利用する仙台市内の賃貸物件は皆無に近い状況となっているみたいだ。

幸いこれまでに同じ団地内で自宅建て替えのために6軒ほどの方に一時的にお貸ししたことがあるので特に迷うことはなかった。家具も何とか押入や倉庫に片づければよいのでその準備もする必要があった。
ただこの時期はちょうど全国的に寒波がやって来ていて、仙台も夜にはマイナス2度まで下がり、自宅全体にも雪が積もっていて寒くてなかなか眠れなかった。

たまたま深夜1時頃目を覚まし、庭から天空を見上げるとちょうど北斗七星を真正面に何百という星の大群から大きな光を放っていて壮観な感じだった。 

今年で3年連続登った富士山への途中で見られると同じような光景が、自宅の庭から見られると判って感動した。それだけ空気が良いということかも知れないが。

次の日はここに来るときはいつも利用している天然温泉場に行きゆっくりと入ってきた。それから夜は仙台一番の繁華街に出掛けたがすでに年末のお飾りも始まっていて大いに賑わっていた。

今回は大阪の行事のため、4日間しか滞在できなかったが、8月までには家も完成しているとのことなので、夏の仙台も楽しみだ。

2012.10.22 (月)

今年も「早稲田ホームカミングデー」へ!

昨年に引き続いて今年も母校の早稲田大学からホームカミングデーの招待状が届いたので参加してきた。

招待は毎年ではなく大体5年単位で来るのだが、僕は7年間も在籍(学部4年、院3年)していたのでたまたま重なったみたいだった。
もう45年近く前のことになるのだが、当時はいろんなことに挑戦し精一杯の青春を楽しんでいたことが今でもはっきりと思い出される。

当時学んだ政経学部の校舎は現在立て替え中で残念だったが、その他の校舎はほとんど当時のままで懐かしく思い出された。

敷地中央に建つ大隈重信の銅像も当時のままで、通学していたときは必ず学生運動の立て看板がこの像を取り囲んでいたのだが今ではあまり見られないということだった。
時代が変わってしまったのかもしれないが、少し寂しい感じもしないではない。

式典会場には2千名ほどの出席者ということだったが、確かに壮大な式典で歴史を感じさせるものがあった。

翌日はせっかく東京に来たということで、現在ブームになっている世界一の電波塔東京スカイツリー見物に出かけたが、展望台に登るには2時間待ちということで今回は見送った。確かに下から見上げる東京スカイツリーは現在世界一というだけあった壮大で一度は登ってみたい感じがしてきた。

帰りの飛行機の搭乗時間まで時間があったので、久しぶりに浅草浅草寺、仲見世に寄ることにした。
境内にはちょうど修学旅行シーズンに当たるのか全国各地から学生が大勢見物に来ていて賑わっていた。

昔から地方の修学旅行地の定番としての役割はまだ健在に見えた。
2012.10.14 (日)

今、仙台に来ています!

11日から16日までの予定で仙台に残してある自宅の庭の雑草抜きに来ています。

この家は今から約40年近く前、サラリーマンだった仙台勤務時代にこの都市が大変気に入って衝動的に購入したものですが、運の悪いことに購入直後に大阪への転勤命令が出て、なんと1日も住むことはなく転勤を余儀なくされたものです。
ただ家族は住宅ローンの関係で1年は住まなくてはならないとの規定で別居生活を余儀なくされました。

ただ庭もかなり広くて雑草も生い茂るので刈り取らなければならず、その為毎年家内とは交代で年2回ほど来ています。

僕は昨年5月にやって来て以来約1年半ぶりの来仙です。

前回の来仙は3月11日の大震災の直後ということで、飛行機はもちろん、鉄道も不通で近鉄バスの夜行長距離バス1便のみということで約12時間かけたてやって来ました。

当時の仙台はまだ震災の傷跡も大きく、雑草狩りどころではなかったのですが、それでも早々と一応任務を果たし災害の傷跡を見に飛行場近くの閖上地区や仙台港近くの多賀城まで見に行きましたがその大災害には我が目を疑うほどの惨劇がまだ残っていました。

ただ我が家については幸運にも前回の宮城沖大地震の時の震度7にも耐え、今回も同じ震度にも耐えて家屋自体は何の損傷もないほどの幸運に恵まれています。

この原因は強固な岩盤の上に建っているお陰だったのだなと思っています。

仙台杜の都と呼ばれていますが、確かに自然に囲まれた本当に住み良い都会に思えて、実際に住む予定はないのですが何故か手放す気が全くないのも事実です。

滞在中はもちろん雑草狩りだけではなく、朝は大自然に囲まれた中をウォーキングにも精を出し、たまには近くにあって特異な形をした太白山という山の麓にまで足を伸ばしつかの間の仙台の滞在を楽しみます。
ところで今年は紅葉の季節到来の時期が夏が異常な暑さだったためか少し遅れているのでしょうか。
庭のカエデが赤くなった程度で庭から借景で見られる山はまだ少し時間がかかるみたいです。
2012.10.01 (月)

仲秋の名月を見た!

今年の仲秋の名月は9月30日なので、家内が関東風に作ったお団子を食べながら満月を眺める予定だったが、あいにく大型台風が日本列島に向かって進行中で、ちょうど見頃の21時頃には近畿に最接近していて、暴風と大雨で月見どころでなかった。

仕方なく団子だけ食べて寝ることにした。
小用で夜中3時頃に目を覚まし、ふと外を眺めたら雲一つない快晴の夜空が広がっていた。

外に出て月を探すとこれまでの曇天とは打って代わり、正に仲秋の名月といわんばかりのお月様が煌々と輝いていた。
確かにいつも眺める月と違って、台風一過に広がった青空にくっきりと浮かんで見えた。

良く眺めてみると確かにウサギが餅をついているような感じの影がみえた。
早速デジタルカメラを持ち出して、写真に収めようとしたがしたがカメラの限界で残念ながら上手く写せなかったが...
2012.09.25 (月)

内視鏡検査の結果を聞きに行ってきた!

今年で連続32回目の人間ドック受診結果で、二人とも異常の疑いありとの診断。担当医から一度精密検査を受けるようにとの事で病院への紹介状を書いてもらっていたので、先日豊中市民病院で受診してきた。
約10日程後に結果が判るとのことだった。大丈夫と思っていたがやはり一抹の不安を抱きながら過ごしていた。

こちらは21日、相方さんは25日を指定されていたが、ふたりとも検査結果は良好で現在のところは特に心配することはないとの判断だった。

特にこちらはレントゲン検査では食道下部に腫瘍が鮮明に写っていて精密検査が必要との判定だったので不安だったが、胃カメラ検査の結果、現在のところは良性という判定で、毎年受診しておれば大丈夫だといわれて一安心というところだ。  

相方さん
も人間ドック受診時に提出する2回の検便の内1回が潜血有りとのことで、大腸内視鏡検査を受診したのだが特に何も見つかることはなかったので大丈夫という判定だった。

お互い歳も取っているので、毎年人間ドックを受診しておれば、たとえ何かあったとしても急速に悪化することはなく、まず手遅れになることもないないのではないかと思う。

人生長く生きることだけが目的ではなく、健康に明るく過ごせて初めて長生きの楽しさがあるのではないか。
心配はしたがとりあえず今回は二人とも結果良好ということで、夕食時に早速ビールで乾杯!  
2012.09.17 (月)

暑さ寒さも彼岸まで!
19日の彼岸の入りを前にお墓参りに行ってきた!


今年のお彼岸の日程は、彼岸の入りが9月19日お中日は9月22日(秋分の日)彼岸明けは9月25日となっている。
毎年9/23が秋分の日なのだが、今年はうるう年であるので1日調整されていると思われるのだが。

 ところで「彼岸」とはもともとサンスクリット語「波羅密多」からきたものといわれており、煩悩と迷いの世界である「此岸(しがん)にある者が、「六波羅蜜」の修行をする事で「悟りの世界」=「彼岸」の境地へ到達する事が出来るといわれています。

 仏教の難しいことはよく理解できないが、一般的には太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の供養をすることで極楽浄土へ行くことが出来ると考えられているらしい。

とにかく今年の異常な暑さと、天候不純に翻弄され続けた季節も、彼岸入りを迎えて通常の天候に落ち着いてくれることを祈るばかりだが、とりあえず奈良王寺にある我が家のお墓参りに行ってきた。

このお墓は父が亡くなった翌年の昭和47年に建立したので、今年でちょうど40年が経過したことになる。

墓石
も今ではなかなか入手出来ない高級な赤御影石で、しかもかなり大きいので良く目立つのだが、なぜこんな立派なお墓を建てたのかは今ではあまり記憶に残っていない。

但し墓石の裏側には昭和四十七年四月 坂田博史建立と彫られているので、当時30才のサラリーマンだった頃のことなのでかなり無理をして建てたのは間違いないと思う。

建立当時は建立者の名前には真っ赤なペンキが埋め込まれていたのを鮮明に記憶しているが、年々その色も褪せていき、今では全く色彩は確認できなくなっている。
ということは今年古希を迎えた僕もそろそろここで静かに眠れる資格?が出来たのかな。

家内が一生懸命お墓を磨いているのを見ていると、なんだか複雑な感情が....
2012.09.15 (土)

一足早く「敬老の集い」に行ってきた!

 「敬老の日」は9/17で祝日なのだが、豊中市では15日(土)にほとんどの地区で「敬老の集い」として地元の小学校などを会場に開催されていた。

私達が住む地区も近くの南桜塚小学校の体育館で13時〜15時まで「敬老の集い」を開催するので参加するようにと地区に住む65歳以上の人に招待状が先日届いていたので出席してきた。

「敬老の集い」といっても地区で活動している各種団体や地元小学校の生徒達の合唱などで構成されていた。

集いの進行自体もほとんどが地区のボランティアの方が全て取り仕切っておられた。

特に「演芸会」の内容はそれぞれ地区で活躍されている詩吟、歌謡、舞踊、健康体操などで日頃の成果発表するような感じの集会であった。

いつも緑地で一緒にウォーキングしているK夫人やN夫人も日頃は地区の「健康教室」で活躍されているが、今日は舞台に上がって「歌体操」という番組で「そうらん節」や「リンゴの唄」等の曲に合わせて真剣に体操されていた。

今年も65歳以上の方たちを「敬老の集い」に招待されていたが、確かに歳は取っているが老人として見られるにはまだまだなにか違和感が感じられるほど元気な方が多いように感じられた。

今年古希(70才)を迎えた当方も、老人扱いされるのには何かまだ気恥ずかしいおもいで少々困惑している。

隣の吹田市などは75才以上の人たちを敬老として集い、表彰の機会を設けているみたいだ。
確かに後期高齢者の75才以上の人をいわゆる「老人」として位置づける方がすっきりする気もするが....

といいながらも今年もちゃっかりと記念の品をいただいて帰ってきた。
2012.09.13 (木)

お連れさんに付き添って再び「豊中市民病院」へ

 今年6月に受診した人間ドックで、二人とも一部に異常が見られたため、一度病院で精密検査を受診するよう担当医師からいわれて紹介状を書いてもらった。

こちらは11日に豊中市民病院胃カメラ検査をしてもらったが、家内はやはり同じ病院で大腸内視鏡検査を受けることになり、今日は病院まで付き添って行った。

胃カメラと違って、内視鏡検査では直腸から盲腸までを検査するため事前に腸内をなんにもない状況にしておかなければならないので大変だ。

事前に2時間程かけて、2リッターの薬剤を混ぜた水を飲まなければならず、朝から苦労しながらもまじめに計画的に飲んでいたようだ。

事前に渡されていた説明書きには当日は「付き添い人」と一緒の来院が望ましいと書かれていたので、他の用事をキャンセルして車で送っていくことにした。
 
検査そのものは特に複雑なものではなく、肛門から盲腸までを内視鏡を通しながら調べるのだが、特に何もなければ約40分ほどで終わるみたいだ。

もし途中にポリープなどの症状が見つかればその場で患部の一部を採取し、5〜10日ほどかけて細胞分析を行い悪性、良性を判断するということも書かれていた。

内視鏡カメラが腸内を通りやすくするために、通過する通路の腸内に空気を送り込みながら腸内を膨らませるのだが、検査後にはそのガス?(=オナラ)も自然に抜けるのだが、なかなかスムーズに抜けずに苦労したといっていた(笑)。

検査終了の帰り道にレストランで昼食をとったが、普段は大食い?の家内もお腹が張ってさすがにあまり食欲も湧かなかったみたいだ。

二人とも検査の最終結果は10日程後になるみたいだが、30年以上も同じ検査機関で人間ドックを受診しているので、毎年の資料が整理されており、たとえ異常があったとしても手遅れにはならないだろうと一応安心はしているのが...。

ただお互いかなりいい年になってきたので、油断しないでこれまで通りの健康生活を維持していくため、毎年人間ドック受診は続けていきたいと思っている。
2012.09.11 (火)

初めての胃カメラ検査に行ってきた!

  毎年6月には尼崎市にある「みどり健康管理センター」の「人間ドック」に夫婦で受診しにいっているがなんと今年で連続31年目となった。 これはもしかしたら表彰に値するものではないかな?

ところで今回レントゲン検査食道と胃部のちょうどつなぎ目に位置するところに腫瘍が見つかったと担当の医師から指摘された。一度胃カメラで精密検査を受けるようにと病院への紹介状をもらった。

忙しくてなかなか日程が取れなかったが、先日思い切って地元の「豊中市民病院」に胃カメラ検診を申し込んでおいた。

豊中市民病院は地元の元締め的存在の病院で、いつも一緒に近くの緑地を歩いている仲間も常に誰かがこの病院にお世話になっているところだ。

特に胃カメラ装置を有している病院であればどこでもいいのだが、やはり地元の市民病院ということと、今回受ける予定の内視鏡検査の実績が昨年一年間で9,310件(内上部消化管内視鏡=胃カメラ5,357件)という膨大な件数をこなしている実績があるので、検査もしっかりしていて大丈夫だろうとの安心感もあったのかも知れない。

 検査は至って簡単で、初めに少量の胃を綺麗にする薬が入ったカップの水を飲み、続けて喉に麻酔を効かせてカメラが喉を通過するのに違和感を感じないようにとドロッとした液体を口に3分間含んで、その後飲み込んでくださいと看護士さんから指導された。

しばらく廊下のベンチで待っているとまもなく検査室に呼ばれて検査が始まった。
麻酔のお陰か、カメラが喉を通過するときに少し違和感を感じたぐらいで、その後はカメラが胃部に入っていくときにお腹が少しふくらむのを感じる程度で約20分程で検査は終わってしまった。

今回はレントゲン検査の結果で異常が見つかったので、胃カメラの追加検査の筈だったのだが、余りにも簡単に終わってしまったので少し拍子抜けしてしまった。 

事前にもらった注意書きには、もし検査途中に腫瘍やポリープが見つかったときは、カメラの先端部分で一部組織を採取すると書かれていたのだが、検査時間からみてもどうやら今回は検体は採取しなかったみたいな気がするが、このときは残念ながら検査技師さんに聞きそびれてしまった。

もちろん今日は検査ということで、10日後に内科医の先生から、結果報告を聞くことになっているのだが、なにか当初心配した程のことではなかったのかと少しは安心はしたが、ただ人間ドックでのレントゲン検査の写真結果では、鮮明に腫瘍部分が写っていたので次回どんな判断が下されるのか心配ではあるが。

でも実績のある病院でもあるしあまり心配しないで、10日後の検査結果を待ってみようと思う。
2012.08.27 (月)

今日は歩き仲間26名と豊中巡り!

豊中ミステリーウォーク
  
「うたごえ歌謡喫茶」 を楽しみました。
 
厳しい暑さが続く8月。
知らない街に遠出して身体に異常をきたしても大変ということでを今回は我が街の普段余り関心のないところを再認識してみようということになった。
 
集合場所の服部緑地西口でまず準備体操をして体をほぐした後今日の予定ルートの訪問先に向けて出発。

第1部 豊中ミステリーウォーク

、一番目の訪問先は、緑地公園から直ぐの処にある皿池公園に向かう。園内の「雨乞い種取池」では往時は琵琶湖湖畔に浮かぶ「竹生島」の火をとりに行った」との説明書きで昔は農業との関わりの深かった様子がわかりました。 

 次に地域の鎮守の氏神様としてのたたずまいの「長興寺住吉神社」に参拝。

ここからしばらく曽根駅方面に歩を進めると 名門?南桜塚小学校前の道路、はにわロードに到着。
南天平塚古墳・御獅子塚(おししづか)古墳・大塚古墳と5世紀頃造成された3つの古墳を見学。岡町に向かう途中桜塚公園(通称象公園)で水分補給タイム。

 ここからすぐのレトロな岡町商店街入口近くにあるとんちの一休さんで有名な子紹偵のお墓がある瑞輪寺(ずいりんじ)に参拝。山門入り口に「不許葷酒入山門」との碑が書かれている。 「酒飲みは入るな」という意味か?


 次に天照大神と素戔鳴尊(須佐之男命)を祀る「原田神社」に参拝。ここは昔は広大な敷地を有していて、東は吹田の榎坂あたりから西は尼崎にまで土地を有していたが、気前の良いかっての住職さんが開発に役に立つと聞くと気前よく無償であげてしまったとか。そのため今は神社の周囲のみになってしまったらしい。
信じられないが、どうも本当らしい。

岡町駅を横切り、伝統芸能館に隣接した公園の中にある前方後円墳の大石塚古墳と小石塚古墳を見学。

ここから桜並木が美しい並木通りを進み、阪神高速下の勝部交差点から千里川緑道はいり、 樹木の生い茂った木陰でランチタイム

昼食後は、伊丹飛行場着陸地点近くの細道を通り、「樹木見本園」に寄ったあと、、新豊島川緑道へ入る。 よく整備された緑道をゆっくりとウォーキングした後、菅原道真が太宰府に行く途中に脚気にかかり、この神社で治癒したことから「足の神様」として多くの参拝客を集めている最終目的地の「服部天神宮」に到着した。
ミステリーウォークはここが終点。

ところで今日はミステリーと名付けて行き先も伏せていたのだが、果たして何がミステリーだったのかわからないままのミステリーではあった。

次は国道176号線沿いのカラオケ屋のUーBOU(ユー坊)に移動。

第2部 集いのコース「ふれあいうたごえ歌謡」

会場は国道176線沿いにある「UーBOU」1階のパーティールーム
2時間30分ソフトクリーム食べ放題、ソフトドリンク飲み放題で、もちろん歌い放題格安ワンコイン(500円)パーティー!

 先ずフリーのソフトドリンクとソフトクリームで一同のどを潤おしながら、今回はカラオケではなくて全員で合唱するのが目的ということで、みんな昔に戻ったような感じで童謡・小学唱歌・青春歌謡26曲を全員で楽しく合唱。

暑い一日だったが、良く歩き、良く歌いながらの楽しい一日だった。

今日のウォーキングについては、会員のN・Iさんから特別原稿が届いています。   ここをクリック →
2012.07.08(日)〜09(月)

木曽御嶽山登頂と爽涼の駒ヶ岳と千畳敷カール散策!

ウォーキング仲間27名でと木曽の「御嶽山」「駒ヶ岳」千畳敷カールの一泊バス旅行を楽しんできた。
ただこの時期が梅雨の真っ直中ということで雨の心配もしていたが、なんとかう旅行中は雨にも合わずに旅行を楽しむことが出来た。

今回の宿泊場所はゴルフ場としても定評のある木曽駒高原ゴルフ場に隣接されている「木曽駒高原ホテル」でほとんどの室内定員が2〜3名室で、ゆったりとした室内でくつろぐことが出来た。

7/8(日)

8:15梅田発のクラブツーリズムのバスに乗り込んで出発!
名神高速道を進み、小牧インターから中央高速道に入り更に恵那峡インターから国道19号線(中山道)を進んで最初の訪問地で、浦島太郎伝説が残る有名な「寝覚の床」が最初の訪問地。

ちょうど眼下に「寝覚の床」が展望できるレストランで昼食を取った後、食道横の急な階段を下り、河原に降りて奇岩が並ぶ岩々の散策を楽しんだ。

この「寝覚の床」には浦島太郎竜宮城から帰ってきた後の伝説が残っている。

「竜宮城から帰った浦島太郎は故郷に帰るが、まわりの風景は昔とは変わっていて、知人もおらず、仕方なく旅に出ることにした。
旅の途中に木曽川の風景の美しい里にたどり着いた。
その時竜宮城の美しさを思い出し、乙姫様にもらった玉手箱を開けたところ、白煙が出て、一瞬にして白髪の翁になってしまった。」


浦島太郎には、今までの出来事がまるで「夢」であったかのように思われ、目が覚めたかのように思われた。」このことから、この里を「寝覚め」、岩が床のようであったことから「床」、すなわち「寝覚の床」と呼ぶようになったといわれている。

天気も良かったせいか川の水の色コバルトブルーをしていてなかなか眺めの良い綺麗な渓谷が印象的だった。

ここからしばらく走ると木曽御嶽山が見えてくる。
この山頂近くまでは御岳ロープウェイで登っていくのだが、乗り場までには車一台がやっと通れる位の幅の山道をバスが登っていくのだが不慣れな運転手なら大変苦労するに違いない。

ロープウェイの一台の箱には定員6名だが、非常に多くの台車が廻っているので、すでに大勢の観光客が待っていたがあまり時間的には待つこともなく乗り込むことが出来た。

ロープウェイのスピードもかなり早く、約7分ほどで標高2,150mの雲上の高原に到着した。
駅前の広場ではちょうど旅行会社のイベントが開催されていて賑わっていた。

御嶽山の最高峰は標高3,067mあるのだが、そこまでは到底登るのは無理で、御嶽山神社がある山頂周辺の高山植物を観賞しながら散策を楽しんだ。
ただロープウェイ山頂駅に降り立ったとたん、あたり一面におびただしい数のブヨらしき虫の大群が飛び回っていたのには驚かされた。今までこんな光景は見たことがなかった。

ふたたびロープウェイで山を下りて、今日の宿泊先である木曽御岳温泉にある「木曽駒高原ホテル」に向かう。
ここでも細く曲がりくねった山道をバスで登りきった山上にあるホテルに到着した。

このホテルは隣接するゴルフ場を利用する人達の宿泊施設が主なようだった。
ただ館内全体は改装が終わってまだ間がないのか清潔感が漂っていてなかなか豪華で感じの良いホテルだった。

空が晴れておれば御嶽山が真正面に見える絶好の位置に立地するのだが、あいにくこの日は山頂付近には雲がかかっていて残念ながら眺めることが出来なかった。

露天風呂で汗を流した後、かなり豪華な夕食をレストランでいただいた後、ホテルの庭に放たれているホタル見物に出掛けた。

真っ暗闇の広大な庭をホテルフロントで借りたライトをともしながら斜面を降りていくと、水車が廻っておりその周辺に尾に光を放ちながら飛び回っているホタルの群生に出会った。

最近はあまりホタルなど見る機会などなかったが、姿、形、大きさから推測して平家ホタルの様だった。

7/9(月)

翌朝は早めに今日のメイン訪問地である木曽駒ヶ岳、千畳敷カールを訪れるため出発!
ホテルからロープウェイ乗り場のしらび平までは途中地元のバスに乗り換えて細い道をくねくねと登りながら進んでいくと駒ヶ岳が見えてきた。

駒ヶ岳ロープウェイに乗って、標高2,150mまさに雲上の世界を楽しんだ。
約10分程で目の前に千畳敷カールが見下ろせる千畳敷駅に辿り着いた。ここは日本のロープウェイ駅としては最高の高さに位置する駅らしい。

千畳敷カールには、高山植物を見学にきたのだが、台地はまだ一面に雪に覆われていて、一応整備されている遊歩道にも足を踏み入れるだけでも困難な状況だった。

せっかくやって来たのだからと思って、雪に足を取られながらも遊歩道に沿って歩き始めた。

それでも反対側の遊歩道には雪があまり残っていなくて助かった。その山肌からは高山植物も多く咲き始めていて少しは楽しむことができた。
反面、思いも掛けず残雪多い雪景色を目の前にして楽しむことが出来た。

時間が経つと混み始めるので、早めに駒ヶ岳ロープウェイに乗って下山開始!
最後の訪問地阿寺渓谷に向けてバスは行く。

阿寺川は木曽川に流れ込む支流でやく15qほど美しい渓谷が続くと言われている。
かなり上流にある小さな駐車場にバスを止めて、川面に沿って歩を進めていくと、綺麗なエメラルドブルー色の川がゆっくりと流れていてなかなか見応えのある素晴らしい渓谷だった。

しばし渓谷美を歩きながら楽しんだ後、ようやくバスは来た道を戻り始めた。

解散地の大阪駅付近に着いたときは7:30頃になっていたが、あまり疲れもなく無事終了した。
梅雨時期にもかかわらず、雨が降ったのはホテルでの就寝時間と、バスでの走行中のみという恵まれた気候の中でのハイキングを楽しむことが出来てラッキーだった。
2012.07.01 (日)

またまだ進化を続けています。
先日最新式の
タブレットパソコン高速ルーターを購入しました。


今年も半年が過ぎ去りました。
先日梅田のヨドバシカメラに行って、とうとう今人気沸騰のタブレット型パソコンを購入しました。

今持参の携帯電話は旧型のプッシュ式ですが、NTTから今夏発売された新型は全てスマートホーン型に変わってしまっていて、いよいよ携帯電話も一つの転換期になったのかなーと思いましたが、どうしてもこれまではあの画面を指で滑らせる方式には馴染めませんでした。

最近電車に乗っていても携帯電話を操作している人はほとんどがスマートホーン型で、なにか時代に取り残されそうな感じで少し心配になっていました。

だからといって時代の変化を指をくわえているのも癪なので、現在のスマートホーンよりも大型で操作しやすく、これからパソコンの主流になると思われるタブレット型パソコンでとりあえず練習してみょうと思ったのが今回の購入動議でした。

購入したのは最近発売されたばかりの東芝レグザタブレットで、7.7インチの大きさ重さもこれまでと違って約332gの軽さ、しかも薄さも約7.9mmとちょうど片手で持っても楽々と操作できるパソコンです。 

しかも画面は従来の液晶と違って色彩の鮮やかさが際立って綺麗な有機ELディスプレイが採用されています。
さらに最近発売されたばかりのAdroid 4.0を搭載しているからだからまさに最先端の機器であることは間違いないところです。

さらにこれだけでは屋外では使用できないので、無線ルーターも同時に購入した。
こちらは通常のパソコン、タブレット関係なく自由に送受信できるNTT dokomo製の「BFー01D」という高速ルーターです。

これを利用すれば全国何処でも自由に接続可能になるので、特に仙台の自宅に帰ったときなどは重宝できるのではないかと思う。

一応機器は最新式のものがそろったが、実際操作してみて特にタブレットの操作についてはまだ不慣れであるので悪戦苦闘中というところ。
しかし直ぐ慣れそうな感じがしているので大丈夫だろう。

一番驚いたのはタッチと同時に反応する早さで、画面が出る迄のストレスがない代わりに、早すぎてむしろとまどうほどだ。

最初はとまどうことは仕方ないが、時代の流れに遅れないためだと達観して、もう少し慣れるまで頑張ってみようと思っている。

石原裕次郎さんの「赤いハンカチ」