2005年度
2005.12.12![]() 緑陰会月例ハイキングで「鶴見緑地公園」へ 紅葉の時期は残念にも過ぎてしまっていたが、平成2年に「国際花と緑の博覧会」(花の万博)が開催された会場跡地約129haを整備して出来た「鶴見緑地公園」にハイキングに出かけた。 今回は男9名、女11名の20名の参加者だったが、特に園内は高低差も少なく歩きやすい所だったのでほとんど疲れなかった。 この緑地公園は我々が毎日ウォーキングを楽しんでいる「服部緑地」の広さとほぼ同じ規模だ。公園内の施設にはプールや乗馬場などもあり、緑も多く自然を楽しむのになかなか良さそうな場所だ。 ただ周囲が塀で囲まれており、夕方5時にはすべての門も閉鎖されるということなので、自由度から見ると服部緑地の方が良さそうだ。 博覧会終了後も整備もされているとのことだが、国際庭園があった各国の建物跡は荒廃もかなり激しく、折角寄付してもらった国々対しても失礼だとは思う。 現在この緑地の管理は大阪市らしいが、無駄遣いせずに、こういう場所の整備にこそ有効に税金を使ったらいいと思うのだが... |
2005.11.16![]() 「緑陰会」11月月例ハイキングで鞍馬寺〜貴船神社へ紅葉見物! 天気予報では雨の確率50%で心配もしたが、今年の月例ハイキングは幸い一度も雨に降られることもなかったので、今回もたぶん大丈夫だろうとの希望的観測の中での出発となった。 参加者は自宅の都合で阪急電車と京阪電車の利用に分かれため、叡山鉄道の「鞍馬駅」を集合場所とすることにしたが、今回は男性9名、女性7名の16名が集まった。 勿論78才の人生の大先輩を筆頭に全員シニアの人達ばかりの集団だ。 今回のハイキングコースの「鞍馬寺」は770年に毘沙門天が祭られたのが始まりだが、今年のNHKの大河ドラマ「義経」でも源義経が牛若丸時代を過ごした場所として登場したが、ちょうど紅葉の季節が重なって、かなりの人出で賑わっていた。 ![]() ものすごい鼻の長い天狗のお面が置いてある鞍馬駅から、一行は元気良く「鞍馬寺」を目指したが、駅前から続く石段の坂道を登りきると、仁王門に到着。 ここが俗界から浄界への入り口となっている。そこで200円の入山料を支払って更に坂道を進むと、毎年10月22日に京都三大祭の一つである鞍馬の火祭りが行われる有名な「由岐神社」に到着だ。 ![]() ここの境内で一息ついた後、更に進むと前方には延々と続く石段があり、さらに進むと九十九折と呼ばれるジグザグのかなりの急坂を登ることになった。 これはきついなーと思ったが、そこは日頃ウォーキングで足腰を鍛えている人達ばかりで、予定の時間内で全員苦もなく本殿金堂に到着した。 この九十九折の道は、清少納言の「枕草子」にも「近うて遠きもの」の中に「くらまの九十九折」と書かれているほど有名な山道だ。一気に登るのは大変なのでこのようにジグザグの道を造ったのであろう。 今回の目的の一つは紅葉時期でもあるので紅葉見物も兼ねてのハイキングなのだが、本殿の境内近辺の紅葉は色彩も鮮やかでなかなか見事なのだが、やはりよく見ると葉の先が黒く丸くなっており、有馬の瑞宝寺公園の紅葉と同じだった。 今年の紅葉は昨年と同様、何処も同じような状況なのかも知れない。 ![]() 本殿をあとに更に坂道を登り、「奥の院魔王殿」を目指すと、途中に有名な「木の根道」が続いている。 この辺りは岩盤で地面が固いため、杉の大樹の根が下に張っていけずに地面に這い出て、絡み合うように続いている。 歩くのにつまづかないよう注意が必要だがなかなか風情があっていい感じだ。 恐らく牛若丸や天狗もこの道を駆け回りながら剣道の練習に励んでいたにちがいない。 鞍馬といえば、僕らには若い頃によく見た映画で嵐 勘十郎扮する白馬にまたがった「鞍馬天狗」を思い出すのだが、いろいろな伝説のある山でもある。 ![]() 木の根道を過ぎると山道は下りになり、しばらく行くと、650万年前、金星より地上に降り立ったとの伝説がある護法魔王が祭られているという「奥の院魔王殿」に到着。 ここの境内で少し早い昼食を取ることになったが、今日は特に気温が低く、座っているだけで底冷えがして、手足も冷たくなってきたので一部の人は早々と貴船神社に向かって下山を始めた。 貴船まではかなり急な下りの坂道なのだが、全道にガス管のパイプを利用したと思われる手すりが取り付けられていたので安全にスムーズに降りることが出来た。 ![]() 貴船に到着すると真っ赤な鳥居、灯籠に紅葉の景色がよくマッチしていて素晴らしい景色が待っていてくれた。 「貴船神社」は賀茂川の水源となっているので、水の神様としても有名で、境内には「神水」があり、その神水を使った「水占おみくじ」も200円で売っている。 神水が流れているところに「おみくじ」を浸すと文字が浮かんでくるというものだが、なかなか人気があるらしく大勢の人がおみくじを神水に浸していた。 ここから貴船川に沿って貴船口駅まで約2キロ程歩くのだが、川沿いの紅葉の景色もなかなか見応えがあった。夏にはこの川に沿って各旅館が川床料理を出して、観光客を呼ぶのだそうだが、最近は賀茂川の川床料理以上に人気があるらしい。 帰りも貴船口駅から出町柳まで叡山鉄道を利用したが、1駅手前の鞍馬駅で団体客が乗り込んでいたため満員で全員が乗り切れずバラバラになってしまった。たった2両の電車なのですぐ満員になるみたいだ。 今回は5キロ程度の距離を歩くハイキングだったが、坂道も多く当初はかなりきついのではと心配したが、素晴らしい景色を見ながら歩いたので特に苦痛は感じられなかった。 |
2005.09.26![]() 月1回の遠地ウォーキング、府民の森「ほしだ園地」へ 今日はウオーキング仲間の「緑陰会」の月一回実施している遠地ウォーキングで、交野市の大阪府民の森にある木床板、人道吊り橋としては国内でも最大級の吊り橋「星のブランコ」を目指して約3万歩を歩いてきた。 朝9時に、男女24名の会員が京阪電車淀屋橋駅に集合。 枚方駅で単線の交野線に乗り換え、終点の私市(きさいち)駅で降りて、まずは最初の目標地点の「くろんど園池」を目指す。 府民の森の中では一番北側に位置しており、川のせせらぎや、なかなか起伏に富んだハイキングコースだ。途中にはまだ生き残ったセミのツクツクボウシが盛んに鳴く中を、さすがに彼岸も終わり、涼しくなったせいかあまり汗もかかず気持ちよいウオーキングが続けられた。池の周りにはキャンプ場やバーベキューセンターなどもあるが、我々一行はもくもくと昼食場所を探すため歩き続けた。 遠地ウオーキングの一番楽しみな時間で、男性の多くはわざわざ家の冷蔵庫で缶ビールを冷やしての持参組も多く、中にはこの時間の楽しみがあるため参加しているよう方もおられるみたいだ。 当然僕も朝からばっちりと冷やしての持参組の一人だが、最近はほとんど全員が本物のビールでなくて、「その他雑酒」に変わっているみたいだ。値段も安く、ほとんどビールと変わらないのだから、贅沢できない年金生活者の生活の知恵としては当然かも...。 昼食後は一路「星のブランコ」を目指すが、なかなか目標物が見えてこない。以前訪れた人もいるのだが、違うルートで来たために、自信を持って案内できる人もなく、一応地図にある通り「私市ゴルフセンター」の中を横切り前進するが、なかなか目標物が見えてこないので不安に思っているいるときに、やっと「星のブランコ」へ通じる坂道が見えてきてほっとした。かなり長い坂道を上ったが、突然眼前に現れた吊り橋は思っていたより長く、立派な造りなのに驚かされた。 なぜこの吊り橋が「星のブランコ」というのかは理解できなかったが、全長280m、地上50mの大吊り橋には違いない。といっても日常の生活橋ではなくて、観光目的の橋にしては頑丈で立派すぎるのには少なからず驚いた。おそらくバブル時代の金余りの時期に作ったのに違いない。 ここで記念撮影をして、橋上を歩いたが、かすかに揺れる程度で、ブランコというようなちゃちな物でないことは確かだ。 時期的には少し早かったが、紅葉時期にはこの橋上からは素晴らしい景色を眺めることが出来るのではないかと想像される。 橋を渡り終え、坂道を下ると今度は七夕伝説でも有名な天野川にでる。 天野川沿いには遊歩道が整備されており、適当にアップダウンもあり、ところどころには峡谷らしいところもあって、なかなか変化も楽しめた。 しばらく歩くと終点の私市駅に着いたが、万歩計を見ると約3万歩を指していた。 今日一日本当によく歩いたものだ。 最終駅の服部駅前の居酒屋「養老の瀧」でビールで乾杯して帰路に着いた。 |
2005.08.21![]() 豊中市民ハイキングで「鎌倉峡、百丈岩」へ! 当日の天気予報でも雨の確率が50%と放送されていたので少し心配したが、最近の天気予報はよくはずれるので運を天に任せて、月例の「豊中市民ハイキング」で今回はJR宝塚駅から4つ目の道場駅を起点とする鎌倉峡、百丈岩登りに参加してきた。 集合場所の阪急豊中駅には、100名ほどの参加者が集まっていたが、やはり当日の天候があまり良くないのと、噂では今回のコースは8キロと普通の距離だが、コース途中にはかなり険しいところがありそうだと伝えられていたのが影響したのか、いつもより少な目だった。 起点の道場駅はなんと都会では珍しい無人駅で、宝塚駅からカードで入場したが、この駅から出る方法がわからずかなり戸惑いながらなんとか出ることが出来たほどだ。これも民営化の影響か? リーダーの先導に従って歩き始めるが、最初は田んぼの畦道を歩きながらのんびりと田舎の風景を楽しみながら歩いていたが、しばらくして山林に入ると、いきなり急勾配の真っ直ぐな180段階が現れ面食らったが、その階段を一気に上り始めたのでかなりまいった。 登り切った前方には神戸市立の「大学セミナーハウス」と書かれた建物があり、行き止まりに「鎌倉峡・上級者向き」と書かれたT字路を右に30m程進むと、神戸市水道局の平田配水場のゲートが見えた。 どう見ても行き止まりなのだが、門の左手に「太陽と緑の道」の立派な案内板があり、ここから入り込むらしいことがわかった。 といっても、この配水場の周囲を回り込むような形で、一人しか通れないような細い道があるだけなのだが、その道も両サイドが笹に覆われていてかなり歩きにくかった。 でも道は両サイドに延々と白いナイロンテープが貼られているので迷うことはなかった。 周囲は多数の赤松があるので「松茸山」といわれているらしいが、本当にもしかしたら松茸が... しばらく歩くと、7世紀築造との説明書きがある「青石古墳」に到着だ。ただ看板が進行方向に向いていないのでうっかりすると何も知らずに通り過ぎてしまいそうになるほどわかりにくい。 ![]() ここから更に進むと船坂川をはさんだ鎌倉峡の流れに出会う。 現在は川の水も少なく、岩石も多くて歩きにくい。 ただ前に進むためには川の両岸を行った来たりしなければならず、飛び石をしながら進むのだが、2〜3名の人が岩に足を滑らせて水中に落下する人達もいた。 水かさが少なくて大事にいたらなくて良かった。 もし予報通り雨でも降っていたら、どうなっていたかと思うとゾーとしてくるが... この川沿いが「鎌倉峡」と言われる峡谷の名所なのだろうが、うかつにも全然気が付かなかった。 但し、紅葉の季節に訪れたら素晴らしい場所に違いないと思っているが、今回は進むのに必死で周囲の景色を楽しんでいる余裕はあまりなかったというところだ。 ![]() 川を渡り終えて10分ほど歩くと「太陽と緑の道」という標識が再び現れて、今度は竹林の中を進むが、10分ほどで廃屋同然の鎌倉小屋の売店に到着した。 そこから少し下ると新しく整備された休憩所があり、ここでやっと昼食時間となった。 約1時間の昼食時間の後、今日のハイライト「百丈岩」登りだ。 リーダーから登る自信のない人はここから帰ってもいいという指示もでるが、ほぼ全員が登りに挑戦したみたいだった。 ![]() この場所からすぐ近くに聳える「百丈岩」の頂上を目指すのだが、約350メートルほどの距離といってもほぼ垂直の巨大な岩場を鎖やロープにしがみついて登っていくのだから結構きつかった。 途中かなり険しくて、危険な場所もあってこんな経験は初めてだった。 また直前の昼食時間に飲んだビールが効いているのか、頂上近くになるに従ってかなり息も上がって来てしまったほどだ。僕より年輩の女性軍も何とか岩にしがみつきながら挑戦しているので、こちらも弱気をあまり見せられず内心穏やかではなかった でもさすが頂上から眺める景色は絶景で、必死に岩にしがみついて登った甲斐があったようで満足した。 帰りは別のルートで下山したが、こちらは比較的楽なルートであまり疲れることなく30分ほどで下山できた。 今回のハイキングは距離の割にはかなりハードなところもあり、スリルもあったが、途中パラパラ程度の雨が降っただけで、幸運な旅行だった。 もし予報通り途中雨でも降ってきたら、悲惨なハイキングになっていたかも知れない。 宝塚駅には予定より30分近く早く着いたが、近くの居酒屋で早速仲間とビールで乾杯!乾杯! |
2005.07.19![]() 緑陰会月例旅行で「姫路太陽公園」へ ついに梅雨もあけて、蒸し暑い本格的な夏の到来だ。 いつもは最後に大雨が降って、豪快なカミナリがなって梅雨明けとなるのだが、今年は何も無し。 もう一つピンとこない梅雨明けだ。 今日は蒸し暑くて歩かぬうちに汗がにじみ出てくる日照りの中を、姫路市の北西の郊外にある「太陽公園」というところに行って来た。観光案内にも載っていないので少し不安だったが、姫路からのバス運賃が480円ということからかなりの郊外にあることが予測できた。 参加者は男性10人と女性4人で前回よりも女性軍の参加が少なかった。 これは今回の行き先が姫路で少し遠方なのと、かなりの暑さが予想されたので当日になって敬遠された方もあったのかも知れない。 それでも全員元気に出発した。 姫路駅から神姫バスで40分ほど走ると、一面田畑に囲まれた一角の山のすそ野に車が数台止まっているのでそこが公園らしいことが読みとれた。「打越新田」というバス停から15分ほどたんぼ道を歩くと、「万里の長城、太陽公園」という意味不明の看板があってようやく入口に到着。 500円の入場券を買って入るといきなりフランス・パリの「凱旋門」の登場だ。 さらにこのゲートをくぐるといきなりチリの「アモイ像」、インカ文明の「マチュ・ビチュ遺跡」、ブリュッセルの「小便小僧」、アメリカの「自由の女神」など全世界の有名な石像・遺跡・建築物など70件ほどが山全体に実物そっくりに並べられているのを観て卒倒しそうになるほどだ。 ![]() この通りを先に進むと、突然中国・西安にある「兵馬俑館」が現れる。 館内は一昨年に本場西安で観たものとまさにそっくりで、おびただしい兵馬傭がこれまた本場そっくりの状態で展示されているのにはぶったまげた。 パンフレットによると、1,000体の素焼きの兵馬俑を、中国で当時と同じ工法で復元して運んできたとのことだ。 一体一体の表情も全て本場の兵士の表情そのままに全て異なった顔をしており、よくこんなものを製作して持ち込んできたものだと感心した次第だ。 さらに進むと今度はなんと「万里の長城」の出現だ。 ![]() 中国の「万里の長城」は約6,000キロというから、ちょうど日本列島の長さぐらいあるのだが、それは無理としても、ここの「万里の長城」も約2キロはあり、ほんまもんとは道幅は約3分1程度だが、造りはリアルで内壁・外壁も本物そっくりで、アップ・ダウンもあって歩くのにもかなり体力を消耗した。 ![]() 途中適当な日陰もなく、昼食時間も過ぎていたので仕方なく大きな双塔寺梵鐘(中国)の下で食事をとった。 なんといってもハイキングでの一番楽しみな時間だが、それぞれが家で工夫をこらして、ビールを凍らせてきたり、自分で酎ハイを調整してきたりして、食事より飲む方が楽しいという方が多いみたいなのがこの会の特徴みたいだ。 昼食後、更に万里の長城を進むと「天安門広場」に出くわす。大きな埴輪なども立って、ここはどこの国に迷い込んだのだろうかと戸惑うほどだ。 まだまだ、万里の長城は続くのだが、みんな暑さに加えてどこまでこの道が続くのかわからなくなったので、引き上げることにしたのだが、帰り道にはかなり大きなスフィンクスに守られた「ピラミッド」まであり、なんと入り口を入ると金色まぶしい本物そっくりの「ツタンカーメン」の面が据えられていた。 一体この「太陽公園」というのはどんな思想設計、目的で開設されたものなのか最後までまったく合点がいかないまま公園を後にしたが、パンフレットには「石の文化と歴史・新しい福祉を創造する」と書かれてあった。 また「世界の文化と歴史の粋を集めた太陽公園は身障者の方々の能力を結集し、障害者自ら、この施設を運営していこうというねらいでつくった」とも解説してあるが、それにしても我々以外見物人が皆無だったのも気になった。 ![]() 日本の多くの公園の中でも、数時間で全世界の著名な遺跡、石像、建築物が本物そっくりに観られるところはおそらくここだけだろう。 そういう意味ではもっと宣伝しても良いのではないだろうか。 一度は見に来る価値のある公園かも知れない。 帰りにはやはりバスで姫路まで帰るのだが、30分に1本しかなく、運悪くちょうど出た後だったので日陰のないバス停で待つはめになり、近くには自動販売機もなく、喉が渇くわ全員がグロッキー気味で日干し寸前に陥った。 最後に折角、姫路に来たのだから世界遺産の「姫路城」を見なければ失礼に当たるということで立ち寄ったが、全員が暑さでバテ気味だったので公園の売店でアイスクリームや飲み物で喉を潤しただけで早々と引き上げた。 それにしても暑い日であった。 |
2005.06.27![]() 梅雨の合間の京都大原散策(三千院・寂光院) 梅雨時期なので雨も心配されたが、空梅雨のおかげで今日も晴天。 ウォーキング仲間の「緑陰会」定期行事で、今回は京都郊外、「京都 大原 三千院 恋に破れた女がひとり...」の歌でも有名な京都北部郊外の三千院、寂光院のお参りを兼ねてウォーキングを楽しんできた。 9時に阪急十三駅に集合したが、当日の参加者は男女各10名づつの20名の参加だった。 もう少し若ければ、合コン気分というところだが、ほぼ全員が社会保険庁から支給される年金生活者なので昔のようなルンルン気分からは少し距離があるようだが、それでも楽しく出発だ。 京都四条河原町から京都バスで大原終点までの約1時間の乗車時間だ。30分も走ると市内のコンクリートの建物もなくなり、緑に囲まれた山道に入りまさに京都郊外という感じに風景が変わってきた。 三千院に着く直前に長老のお一人が気分が悪くなられて途中下車され心配したが、さすが普段鍛えておられるお身体ですぐ回復されたらしく、しかもうまく携帯電話で連絡が取れて、われわれもほっと一安心だ。タクシーで一行より先回りされて「寂光院」前で待っておられてあとでうまく再会できた。 昔はポケベルが案外役に立ったが、公衆電話がほとんどなくなったので、これからは連絡用としての携帯電話が旅行時でも必需品になってきたみたいだ。 一行は早速「御殿門」から三千院に入ろうとするが、女性方は門前の土産物店での物色がすでに始まっておりなかなか入場できなかった。 この団体は服部緑地でのウォーキングでも自己責任で行動される方が多くて、リーダーの方も苦労されているが、いまさら年齢的に訓練しても無理なお年頃なので少々あきらめ気味だ。 ![]() 堅牢な石垣に囲まれた三千院だが、開基は伝教大師最澄上人によって創建されたと伝えられるが、阿弥陀三尊を祭る「往生娯楽院」を取り囲んで、枝打ちされてすっきりした杉木立や綺麗な苔で埋め尽くされた「有清園」の庭園やアジサイ苑が広がっていてなかなか美しい光景った。 残念ながら園内には落ち着いて昼食をする場所がなく、特に許可を得てアジサイ苑の休憩所で取ることになったが、男子の多くが家から冷やしたビール持参なので、他の参拝客に目立たないようにいただいた。 この時間が唯一楽しみで参加されている方もおられるので、狭いながらも場所を確保できて良かった。 ![]() 昼食後、徒歩で15分ほどのところに「音無の滝」を目指した。5分ほど渓流に沿って歩くと藤原時代の薬師如来像を祭る「来迎院」に到着。 ここから急に山道になってうっそうとした杉木立の中をしばらく歩くと「音無の滝」が見えてくる。 名前の通り、落下の激しい豪快な滝ではなく、水量も少なくておとなしそうな滝だ。 これは来迎院でお経を唱える良忍上人が、滝の音がうるさくて修業のじゃまになるということで水音を消したという伝説があるらしいが、水の音ぐらいで修業に打ち込めないとはたいしたお坊さんではなかったのではないかといったらバチが当たるかな。 「音無の滝」から一旦大原バス停まで戻り、大原名産のシソ畑の中を「寂光院」に向かう。 ところどころに東海自然歩道の標識と石碑の案内図に沿って30分ほど歩くと「寂光院」にたどり着いた。この門前でバスを途中でリタイヤされた御長老と無事再会でき全員ほっと胸をなで下ろした。 ![]() ここは「平家物語」の舞台として、また能の「大原御幸」で有名だが、平清盛の娘の徳子(建礼門院)が壇ノ浦の戦いに敗れたのち、出家して隠れ住んだところだといわれている。 本堂は残念にも5年前の火災で焼失したが、やっと今年2月に立て替えられたということでまだぴかぴの本堂に上がって説明を受けた。 説明してくれたのは20才位の若い男の僧だと思ったが、ここは尼寺なのでもしかしたら女性だったかも知れない。 予定より30分程度遅れただけで5時半頃全員無事豊中に帰ってきた。 一部の者は服部駅で下車しいつものように反省会と称して駅前の居酒屋で納会を開催して散会した。 距離的には5〜6キロ程度の散策だったが、湿度が高くて汗と体力の消耗をそこそこ感じた例会だった。 |
2005.06.19![]() 6月度豊中市民ハイキングで「有馬富士」へ 関西も梅雨入りしてから2週間近くになるというのに、まだ2日程度しか雨が降らず、今年も空梅雨に終わるのかも知れない。 この調子だと野菜などの暴騰も避けられないが、テレビでは千葉県ではキャベツが出来すぎて暴落を防ぐためブルトーザーで踏みつぶしていたが、もったいない話だ。関西ではお好み焼きには欠かせないのだから、なんとか保存方法を考えてみてはどうなんだろう。 今日は恒例の豊中市民ハイクで三田市にある「有馬富士」に登ってきた。 「富士」と名前は付いているのでどれぐらいの山かと興味もあったがなんと標高374メートルの低い山だということがわかり少々ガッカリした。。 参加者は市民ハイクといってもほとんど中高年者の人達で、しかも120名のうち70%は女性だ。 装備も男より立派で、体力的にも優れていて驚かされる。 阪急電車で豊中駅から宝塚駅まで行き、JR福知山線の宝塚駅から下りの新三田駅まで行くのだが、ちょうどJR宝塚駅では、先日の脱線事故の大惨事で全面不通になっていたのだが、この日に開通ということでマスコミの人達が大勢詰めかけていた。たまたま日曜日ということで車両は空いていたがさすが前から2〜3両目までは無人状態だった。ただ運転席には逆に4人ほどの人影が見えていて緊張の様子だった。 新三田駅からしばらく田園や木々に囲まれた小川などを歩いて有馬富士の裾野にある「福島大池」に着いたが、ここも「大池」というには全体の周囲が見渡せるほど小さく、大池と呼ぶには抵抗があるのではと思うが、どうも名付け親の人は大言壮語の思想の持ち主だったのかも知れない。 「福島大池」は前方の「有馬富士」逆さ富士に写していて素晴らしいのだが、梅雨にもかかわらず雨が降らないためか水量が少なく、底が見えるほどになっており、このままではこの池の水を利用している農家の方は水不足で大変な目に遭うのではないかと心配になってきたほどだ。 ![]() ここからしばらく歩くと有馬富士公園に着くが、管轄する兵庫県が最近整備したせいかよく整っていて良いのだが、どこか人工的な面が強く全面に出ており、もっと周囲の自然を取り入れた方法がよりマッチしすると思うが、役人の考えることはこんなところかも知れない。 ![]() 広場で早めの昼食を取り、東側の有馬富士登山道入り口から頂上まで1キロほどをほぼ一直線に登っていくのだが、これが案外疲れた。 ジグザグでなくて直線的に登るのだが、頂上近くには「わんぱく峠」と呼ばれる岩場の難所があり、しかも休憩無しに登るのだからかなり疲れた。 頂上にたどり着いたときは珍しく息が上がって苦しかった。 団体行動だとあまり苦しいときでも顔に出せないのがつらいところだ。 新三田駅から1時間程度でいけるところなので、新緑は言うに及ばず紅葉などし折々の風情も良さそうなのでまた来てみたいと思っている。 帰りは宝塚で仲間とビールで打ち上げだが、やはり何とも言えないうまさだ。かなり広い店で3時過ぎだったので空いていたのだが、同じハイキング仲間が後からどっと入ってきたたちまち満席になり、溢れた人も大勢いたが、みんなもハイキング後のビールタイムを楽しみにしているようだ。 |
2005.05.25![]() 緑陰会メンバーで高槻のシャクナゲ見物に! 朝から快晴で、湿度も高くなくすがすがしいウォーキング日和だった。 今日は、毎週木曜日に服部緑地でウォーキングを楽しんでいるメンバー(といってもほとんどが中高年者だが)で作っている同好会の「緑陰会」の月例行事で、高槻市の郊外にある「高槻シャクナゲ園」に出かけてきた。 男12名、女9名の21名の参加者だったが、交通はバス便しかなく、しかもJR高槻駅バスターミナル駅から出るバスは、JRの超過密ダイヤに比較して、午前中1本しかないという超過疎ダイヤだった。 停留所に着くと、すでに先着の団体が並んでおり、一台のバスでは全員が乗れそうにもなく、歩いていくのには距離がありすぎて不可能なので、近くにいた市バスの職員に交渉したら臨時バスを出しましょうと言うことになった。おかげで約40分のバス旅行は全員座っていくことが出来た。なかなか話の分かる高槻市バスの対応だ。でも帰りのバスは大丈夫なのかなと一抹の不安を抱きながらの出発だった。 高槻市北部の樫田地区の高槻花しょうぶ園組合が主催する「高槻シャクナゲ園」は、すでにオープンしている「花しょうぶ園」の東側の山林に平成3年に開園したものだ。 約23,000uの山林の園内には日本種、西洋種合わせて約150種・5,000本のシャクナゲが植えられているということだ。 ![]() 先日NHK朝のテレビのニュースでこの「高槻シャクナゲ園」の様子が連続して放映されていたので、かなり混んでいるのかなと思ったが、平日でもあったこととすでに終盤に近づいていたこともあってか園内はガラガラという感じだった。 低地のほうはかなり咲き終わったものも見受けられたが、山上の方のシャクナゲはまだまだ見事な咲きっぷりで、ピンク・白・赤・黄などのあでやかな、かつ独特の気品のある大きな花を咲かせていた。 特に樫田地区は朝夕の気温差が大きく、そのため一層色が鮮やかになると言われているが、たしかになかなか素晴らしい色を付けていた。 尾根沿いの遊歩道もよく整備され、順路もわかりやすかったので、ゆっくりと園内を散策しながら色鮮やかなシャクヤク見物が出来た。 ![]() 約1時間ちょっと程度で見終わってしまったが、他に行くところもないので特に事務所の許可をもらって園内の広場でゆっくりと飲食の時間を取らしてもらった。 帰りのバスも臨時バスがでると聞いていたが、少し無理をして定期バスに乗り込んだが、途中樫田小学校の生徒の下校時とぶつかり、立錐の余地のない満員バスになってしまった。 この樫田小学校はかなり過疎地の田舎にあるのだが、児童減少をくい止めるため、田植えの実習などを取り入れたところ人気を呼び、わざわざ高槻市内にある家庭の子女をこの小学校に通わせているところも多いという事を、1週間程前にテレビで伝えていた。 乗り込んできた子供達の中にはその番組に出演していた子もいたので、テレビで見かけたよと話したら得意そうな顔をしていた。 昨今、山村留学というものも流行ったが、少々通学時間がかかっても親元から通わせる方が親も安心できるのだろう。かなり希望者があるとテレビでは伝えていた。山村の過疎対策としてもなかなかいい方法だ。 2.3駅を過ぎた停留所に空のバスが一台止まっており、急遽臨時バスに振り返るので半分の乗客は乗り換えてくださいとのことだった。 普段からもし下校途中の小学生と団体さんの乗客が乗り合わせたらここで臨時バスをだすことになっているのかもしれない。 臨機応変に見事な変更ができる高槻市バスはなかなか大したものだ。 5時前に服部駅に着いたが、仲間9人と一杯飲みながら反省会?を開こうということになり、駅前の居酒屋「養老の滝」はまだ開店前だったが、特別に入れてもらった。 僕も含めて4人は、2時間ほどビールや焼酎を飲んで帰ったが、残った仲間はさらに遅くまで反省会を続けていたのでは。 これ以上は飲み過ぎなのではないかと思うが、全て自己負担で、自己責任だから、まーいいっか! |
2005.05.17![]() 今日も懲りずに箕面へハイキング 15日の六甲山縦走20キロハイクは、さすがに翌日から足の太股とふくらはぎが痛くて歩くのも苦痛だった。特に下り道がきつくて普段使わない筋肉を酷使したためだと思う。 でも体力的にはほとんど影響なかったので、足腰を普段から鍛えておればまだ充分使用できる身体だということで少し自信ももてた。 今日はまだ足の痛さは残っていたが、ウォーキング仲間と箕面にハイ キングに出かけてきた。 最初は滝道の奥にある「箕面の滝」までかと思っていたが、昼食後時間も充分あったので東海自然遊歩道の起点となっている「政の茶屋」跡まで歩き、そこから裏山に登って滝まで引き返そうということになって思い切って登っていったが、一直線の階段を一気に頂上まで駆け上ることになって驚いた。 すでに喜寿(77才)を越えた大先輩も元気に登られるので、こちらもついて行かざるを得なかったが。帰りは逆に下りの階段も同じく険しくて、足が痛くてまいった。 でも最後は箕面駅前にある「箕面スパーガーデン」という天然温泉に入ってゆっくりと疲れをとった。 今回のハイキングの目的はこの温泉に入りに来ることが主眼だったのだが、それにしては少し歩きすぎた感があった。でも毒をもって毒を制す?ということで足の痛みも早く治るかも知れないことを期待して一生懸命歩いたのだが。 でも温泉に浸かった後、駅前の酒屋の店内の立ち飲み屋で最後の仕上げにみんなでビールを飲んだが、めちゃくちゃ美味かった。 |
2005.05.15![]() 六甲山縦走路20キロに挑戦してきた! 豊中市ハイキングクラブが主催する六甲全山縦走の最終コースである六甲最高峰から宝塚までの約20キロのコースに夫婦で挑戦してきた。 集合場所の阪急庄内駅に着いたときは、10人ぐらいの参加者しかおらず、やはり市の広報に掲載されていた20キロという距離に恐れを成したのかと思っていた。 当 初リーダーの方たちも参加希望者が40人も集まればいい方かと思っていたらしいが、その後どんどんと増えて最終的には90名の大集団になってしまった。 これにはリーダー達も驚いていたが、しかも参加者のほとんどが中高年者でしかも約70%がおばさん達だったので二重の驚きだった。 コースは阪急六甲駅からあらかじめチャーターしていたバス一台では間に合わず定期バスも利用せざるを得なくなり、最初から予定が狂ってしまったみたいだ。 コースはケーブル山上駅→凌雲台→極楽茶屋→六甲最高峰→一軒茶屋→船坂峠→大谷乗越→太平山→譲葉山→岩倉山→塩尾寺→宝塚が最終地点だが、六甲山連峰の山をいくつ越えたのか解らないほどだ。 その山道を一列縦隊で90名、約200メートルの大集団が黙々と歩き続けるのだから、他の登山客から何の集団なのかと奇異に見られていたみたいだ。 ![]() 六甲最高峰で昼食を取ったが、30分程しか余裕がなく、ただ弁当の内容をお腹に詰め込んだという程度で出発だからまいった。 ここからは標高が低い山になるので下りが多くて楽なのではないかと思っていたが、かなり険しい岩場もあり気が抜けない場所も多くつらかった。 でも不思議と疲れが少ないのは、山の空気がよいのとツツジなどの花が多く観られて景色もよかったからかも知れない。 解散地の宝塚に着いたときはさすがに疲れたが、のどもかなり乾いていたので近くの居酒屋でビールを飲んだが本当に美味かった。 今日は普段あまり使わない筋肉を長時間浸かったので、おそらく明日は押しがパンパンに貼っているのではないかと心配だ。 駅前のスポーツクラブの風呂で充分足をもんで疲れをほぐしたが効果があるかな。 |
2005.04.26![]() 新緑の京都散策へ 25日の朝に発生したJR福知山線の脱線大事故はますます犠牲者が増えるばかりだ。 最初にオーバーランした伊丹駅近くの線路際に接して、元会社の本社・工場があるので、現役時代には僕もこの線はよく利用もしたし、多数の会社仲間の通勤路線であるので犠牲者の中に誰か知り合いでもいるのではないかとずーと心配していたところだ。 犠牲になった方の住所もほとんど友人の居住する地域だし、名前が同じだと、もしやと思ってドキンとすることもたびたびだ。 原因はまだ解らないが、カーブでのスピードの出し過ぎが主原因だろうが、アルミ車体の軽量化で急ブレーキをかけたため車体が浮き上がって脱線したのかも知れない。 それよりも運転手の運転技量、適格性に問題があるようにも思われる。また一部に指摘されている置き石などは時間帯、事故現場からみて考えられないと思うが、早く原因を特定し安全対策を立ててもらわねば安心して乗ることも出来ない。 ![]() 気分は大変ブルーだったが、今日はウォーキング仲間で作っているクラブ(緑陰会)の皆さんと新緑の京都散策に出かける予定だったので思い切って参加した。 先日市主催の健康教室で訪れた奈良もなかなか良かったが、京都もまた違った歴史の重さが感じられるところだ。 電車に乗ってもそんなに遠くないので毎年数回は訪れるが、いつ来ても四季折々の素晴らしさを満喫できるところが多く満足している。 今回は21名の仲間での散策だったが、阪急四条河原町を出発点に賀茂川沿いを北上し平安神宮にまず参拝。 ![]() そこから琵琶湖疎水の一部で岡崎動物園から蹴上の船留めまでのインクラインに沿って散策を楽しんだ後、歌舞伎「楼門五三桐」で大盗賊石川五右衛門が門の上から「絶景かな!絶景かな!」と見得を切ることでも有名な高さ22メートル「三門」を通り抜けて南禅寺に到着。 南禅寺境内の奥には琵琶湖疎水の分流を流す、レンガ造りの水路閣と呼ばれるアーチ橋があり、ローマ遺跡の一部を思わせるような光景だ。 南禅寺を後に、少し歩くと浄土宗総本山で法然上人が念仏を布教した寺でもあり、それよりも大晦日での除夜の鐘で有名な知恩院に到着。この寺の三門は日本最大の木造の門だし、また本堂屋根の隙間に左甚五郎が忘れていった傘があったり、歩くと音がする鶯張りの廊下、鐘楼の大鐘も17人で突かないと音が出ないなど、話題満載の寺だ。 ここで朝から心配していた雨が降り出し、円山公園で食べる予定の昼食を、ここの売店の中で休憩所で取ることになった。 昼食終了時には幸いにも雨も上がったので、隣接の祇園桜で有名な「円山公園」の新緑を散策しながら、清水寺へと向かった。 途中二年坂、三年坂と特に女性に大人気の細い坂道を上って大勢の修学旅行生で賑わう「清水寺」に到着。 ここは毎年秋の紅葉時か桜満開の時のどちらかに必ず1度は訪れているが、今の新緑時は初めてだ。今のこの時期は、舞台から下を見ても木も生い茂っており、飛び降りたとしてもなにかに引っかかりそうでとても飛び降りる気持にはならないと思う。 ただ、京都のお寺の拝観料はどこも高くて大変だが、清水寺は300円と比較的安い拝観料で済むので助かる。 最後は西国三十三カ所第十七番札所の「六波羅蜜寺」を訪れた。空也上人像をはじめ国宝の十一面観音像など文化財も多いが、住宅街の真ん中にあり捜すのにも苦労した。 今日はそんなにきついところは歩かなかったが、万歩計には約23,000歩を示しており、最後はさすがに膝が痛くなった。今日は2日分歩いた勘定で明日は休養日? 仲間は駅に着いてからまた飲み会を始めるらしいが、こちらはスポーツジムに寄り、風呂だけ入って充分足をもんで疲れをとった。 その後は家内と近くの居酒屋でビールで打ち上げの乾杯。いやー疲れた。でもなかなかすがすがしい一日であった。 帰宅して体重計を見ると約1キロの減。体脂肪率もかなり減少していた。 |
2005.04.17![]() 市民ハイキングで奈良の寺院巡りと新緑散策へ 月1回開催される豊中市民ハイキング月例会に参加して奈良市内の寺院訪問と新緑が美しい若草山周辺を散策をしてきた。 桜はほとんどが葉桜に変わっていたが、自然の豊かな奈良市内から若草山周辺約12キロ程のハイキングを楽しんできた。 絶好のハイキング日和に恵まれ、参加者は103名。やはり半数以上は元気なかなりお年を召した女性軍だ。 でも健脚振りは男性と変わらず、常に談笑しながらスタミナ充分の健康の持ち主が多いのには毎回驚かされる。 今回はハイキングといっても、市内の平坦地が多く、距離は少々長くても疲れもたいしたことはなかったみたいだ。 コースは近鉄奈良駅から「興福寺」→「南大門」→「東大寺」→「二月堂」→「若草山」→春日大社」→「浮見堂」→「猿沢池」と巡ってきたが、新緑に囲まれた境内や市内の様子も京都とはまた違った趣がある。 ![]() 京都とは全く違う光景は、いたるところに天然記念物だがやけに人間に慣れている鹿の群がいることで、おかげで芝生という芝生にはものすごい量の鹿のフンが散らばっていることだ。 最初はどけるように歩いていたが、その量に根負けしてとうとうフンの上でも平気で歩けるようになってしまった。そうしなければ歩けないのだから仕方ないが...。 また昼食を取った東大寺隣接の芝生の上にも当然フンのオンパレードだったが、仕方なくその上にビニールを敷いて食べる羽目になった。 昔インドに行ったときも神聖とされる牛が我が物顔にやたらと道路を歩き回り、堂々と道ばたにフンもしていたが、インドではそれを燃料に利用するので住民がすぐに持ち帰ってしまうため比較的清掃?が行き届いたいたが、奈良ではどう処理しているのだろうかと妙に興味が湧いてきたものだ。 ![]() 東大寺は何回も来たことがあるが、見るたびに堂々とした風格ある威容には圧倒される。ここは聖武天皇が勅願し、全国に置かれた国分寺総本山だ。もちろんこの中には「奈良の大仏さん」と親しまれている本尊・るしゃな仏が鎮座しておられる。 東大寺の正門の南大門の入り口の両側にならんで睨みを聞かせる、運慶、快慶作の木造の二つの金剛力士像は高さ8.5メートルもあって口元はまさに「あ」、「うん」の形で息ぴったりというところだ。 次に「お水取り」の行事で有名な「二月堂」を通り、小学生の時の遠足で何回か来たことがある若草山に登った。 昔、遣唐使として中国に渡った阿倍仲麻呂が望郷を込めて詠った「あまのはら、ふりさけ見れば、春日なる、三笠の山に、出でし月かも」という有名な句はこの 若草山の別名。冬場には山焼きが行われ全山焼け野原になるが、今は新緑がまぶしいほどの綺麗な芝生に変わっていた。時間が無く中に入れなかったのは残念だった。 若草山から春日山遊歩道を通って「春日大社」にお参りしたが、この春日山は大社の神域として材木の刈りだしが禁止されてきたため、原始林が太古のままの姿を留めておりいたるところに年月を感じさせる古木が生い茂っていた。 春日大社を後に春日山を下っていくと、「浮見堂」、少し歩くと「猿沢池」に到着する。 この池は昔、天皇に仕えていた釆女が寵愛が薄れたのを苦にして身を投げたといういう伝説があって釆女神社があり、毎年慰霊の祭が行われていると言うことだ。 今回のハイキングは平坦地がほとんどだったので、長距離歩いたわりには余り疲れたという感じはなかったが、さすがに駅について仲間と一杯やってから帰宅したが、帰った途端疲れが出てきたみたいだ。でもすがすがしい一日だった。今日は歴史散歩というところか。 今日一日の歩行距離24,000歩だった。 |
2005.02.20![]() 豊中市民ハイキングで信貴山へ 月1回開催されている「豊中市民ハイキング」に参加して、大阪と奈良の府県境の生駒山群の南端にある信貴山に登ってきた。 豊中からは少し距離はあるのだが、それでも90名以上の参加者で賑わった。 年齢的にはやはり中高年齢者が多く、それも元気な女性軍が多いのには驚いた。 距離的には8キロ程度で標高も500メートル足らずの山だが、それでも結構きつかった。 信貴山への登りは、それほど急坂ではないのだがほとんど休み無しで登っていくのでかなり疲れた。 それよりも下りはどこまでも一直線に続く坂道を下るので膝が痛くなった。 こんな下り坂は今まで経験したことがなかったが、後で聞いて納得。なんと数年前まではケーブルカーが走っていたが、バス路線が出来て廃線になった跡だと言うことだった。どうりでどこまでも真っ直ぐなはずだ。 ![]() 信貴山はもともと信貴山朝護孫子寺として知られており、お寺の山号がそのまま山の名前になっているそうだ。 朝護孫子寺は聖徳太子による物部氏討伐の時に、この山で毘沙門天が聖徳太子に加護を授けたらしいが、そのお礼として創建された寺であるらしい。 今回は歴史勉強ではないので単純にハイキングとして楽しんできたが、途中雪がぱらつくなど山頂付近はかなり寒かった。でも眺望は絶景! それにしても最近の中高年の皆さんは本当に元気だ。全然疲れた様子もなく、おしゃべりしながら楽しそうに歩いている。まだまだ僕など陣笠程度だ。でも全然知らない人とでも自然に話が出来るのも、このハイキングの良いところだ。 帰りは自宅近くの飲み屋さんで仲間と共に慰労会開催。ビールで乾杯。これがまた美味いのだ。 最近は毎日大体1万歩程度は歩いているのだが、今日は25,000歩あるいたので2日分歩いたことになる。 |

東中央広場