服部緑地

2006年度

2006.12.21

 豊中緑地村・緑陰クラブの忘年会

 緑陰クラブは、現在50歳から最高齢78歳までの30名程の会員がいて、毎週木曜日の午前10時に服部緑地に集合して、準備体操の後その日のリーダーを先頭に約1時間ほど自然豊かな広大な緑地内のウォーキングを楽しむオールシニア年代の集まりだ。

 一応会員制度でスポーツ保険などにも入っている関係もあり年間会費も集めているのだが、毎回会員の倍以上の男女のシニアが集まってきて一緒にウォーキングを楽しんでいるのでそんなに厳しいクラブではない。

 クラブの活動は毎月1回は緑地を離れて、各地名所や低山ハイキングなども楽しむ事にしている。

 今日は年も押し迫ったので、ウォーキングの後反省会も兼ねて忘年会をやろうということで、近くの「太鼓亭」という食堂?で食事会をやった。昼間からだが男性会員の多くは当然ビールやお酒なども飲むと言うことで、いつもは自転車の人も今日は歩きできた人もかなりいた。

 最近は自転車の飲酒運転も取り締まりが厳しくなったので、皆さん用心深いのだろうが運悪く捕まれば、ほとんどが年金生活者なので高い罰金を払うのに四苦八苦しなければならないからなのかも知れない。

 2時間ほど食事会を楽しんだ後、有志だけでカラオケへ。最近のカラオケ屋さんも過当競争なのかずいぶんと料金が安くなったものだ。

 平日だと12時から19時まで唄い放題で600円という低料金だ。しかもドリンクバー付きだから時間つぶしにはもってこいの場所だ。
 ここで3時間ほど各人それぞれの歌唱力で持ち歌を熱唱し、日頃のストレスを解消した。といってもすべてがリタイヤー組だからストレスなどほとんどないと思うが...

 3次会「八剣伝」という居酒屋で開催だ。
 カラオケ屋から少し距離があるのだが歩くのを苦痛にしない者ばかりなので短時間でなんなく移動だ。

 この店は「マルシェ」という上場会社のグループ経営なので、株主優待券が利用できるのでかなり安く上がるのだ。
1人に付き千円の優待券使用が可能だからビール2杯半が無料になるという計算だ。
 僕の他にも株主がいて優待券も豊富にあり、参加者全員が利用できたのでかなり安上がりの三次会だった。

 今日は昼から夜までお酒とのつきあいなので少し明日からセーブしなければと思いつつ、帰路に着いた。

2006.11.21

 緑陰クラブ月例ハイキング、奈良の飛鳥へ

 昨日の雨もきれいにあがり、まさに”小春日和”と言うところだ。今日は絶好のハイキング日和。
 この会には雨男・雨女が皆無なのか、いつも月一回のハイキング開催日には不思議と晴れ渡り、雨天中止ということはない。

 朝10時に近鉄・阿倍野駅に待ち合わせ。乗り換え時間の事情でいつもより少し遅めの集合だ。

 駅には男7、女9の16名が集まった。いつもはほぼ同数なのだが今日は男子劣勢だ。

 近鉄急行で約40分で飛鳥駅に到着。
 ハイキング客がもう少しいるかと思ったが、我々以外にはほとんど見あたらなかった。恐らく奈良駅近辺の紅葉見物に向かった人たちが多かったのかも知れない。

 今回の飛鳥路ハイキングはほとんど平坦地ばかりなのであまり疲れることはないだろうと予想した。
なにしろメンバー仲間のほとんどが還暦過ぎのシルバーで、なかにはゴールド?の方も何人かご参加されているのだが全 員還暦前の体力、気力の持ち主ばかりで、一行は元気に出発だ。

 駅前には飛鳥美人の壁画で有名な高松塚古墳があるのだが、今回はルートの関係でパス。
 この飛鳥地方は古代日本の古墳、遺跡の宝庫で古代日本史研究には欠かすことが出来ないぐらい重要な地方で、現在でも多くの遺跡の発掘が続けられている。

 今回は石の彫刻が多く観られるルートを散策だ。
 飛鳥駅前から少し歩くと「猿石」と呼ばれる石物がまつられているところに到着。なぜか宮内庁の管轄になっている。

 説明によると天智・天武天皇の祖母の御陵内にある4体の猿に似た石像物だ。まさか祖母が猿に似ていたというわけではないだろうから恐らく厄よけのお守りなのかも知れないと想像したが...。

 ここから少し進むと、「鬼の俎」(マナイタ)呼ばれている石物と出会う。
 昔、この辺に済んでいた鬼が、通行人を襲っては、この俎(まな板)の上で料理したという伝説が伝わる巨大な花崗岩や、 この「鬼の俎」と道を挟んで並んでいる「鬼の雪隠」といわれる巨石もある。

 その名の通り、鬼が用を足したといわれる石だが、ご丁寧にも流れる道筋まで付いているのだから笑える。
伝説とは最初誰が考えたのか知らないが想像たくましい人物だったのには違いない。

 さらに進むとなかなかユーモアな顔をした巨石に出会う。
 巨大な花崗岩に亀のような彫刻があることから「亀石」と呼ばれているが、目的は不明。愛嬌のある風貌で人気のある石像だが、この顔が西を向くと「大和一帯が泥の海に沈む」という恐ろしい伝説も伝えられている。

 でもあまり深刻に考えないで、素直に伝説を信じた方が旅は楽しいものだ。

 しばらくのんびりとした田園風景を歩を進めると、また大きな花崗岩の石物に出会う。

 「酒船石」と呼ばれているもので、表面に大小の丸いくぼみや細い溝が彫られているが、おそらく酒の醸造時に使用された物らしいと言う説明書きがしてあった。

 ここからさらに飛鳥川に沿って進むと昼食予定場所の「石舞台古墳」に到着だ。

 封土が失われ、玄室の巨岩が露出した、日本最大級の石室を有した方形墳だ。この古墳は蘇我馬子の墓ではないかという説が有力だが確定ではないらしい。

 この舞台を囲むなだらかな棚田地形を生かして、飛鳥歴史公園として整備され芝生広場や休憩所が設けられているが、天気も良かったのでここで昼食。

 本来なら最初にビールで乾杯というところだが、寒くなってきたので各自がそれぞれ自前で調合してきたお酒で乾杯。

 2時近くまで談笑し、飛鳥寺にかって出発。この寺は我馬子創建の日本最初の寺で、飛鳥大仏といわれる本尊の釈迦如来像も現存する日本最古のものだが、拝観料がもったいないということで境内を通り抜けて帰路駅の橿原神宮駅に向かう。

 飛鳥寺の境内を抜けてすぐのところの田んぼの中にぽつんと花崗岩製の五輪塔が、上から4個目の水輪を逆さにして建っている。
 
 これは645年(大化改新)の6月12日に中大兄皇子と中臣鎌足に殺された「蘇我入鹿の首塚」ということだ。

 蘇我入鹿は「石舞台古墳」に埋葬された蘇我馬子の孫で、叔母が聖徳太子の妃と言うことだ。
 彼は歴史上は悪人としての評価が強いが、実際は天皇を巡る当時の権力闘争の当事者だから、もしかしたら案外善人だったのかも知れない...。

 なぜこんなところに首塚がひっそりとあるのかわからないが確かにそう説明があるのだから信じるしかない。

 後ろの丘は蘇我入鹿の館があった「甘橿の丘」だ。 

 今回は時間の関係で「甘橿の丘」は登らずに、一路近鉄橿原神宮駅を目指して歩を進めた。
 時間が少し余ったので、せっかく来たのだからということで旅の締めくくりとして近くの「橿原神宮」をお詣りすることにした。

 「橿原神宮」
は、1890年に日本書紀の神武天皇即位の橿原神宮伝承を持つこの地に、神武天皇をまつるために創建されたものだが、大和三山の一つ「畝傍山」の南麓に約50万uの広大な広さを持つ静かで荘厳な感じが漂う立派な神社だ。

 本殿入り口には「紀元二千六百六十六年」と書かれた大きな看板が掲げてあったが、境内を歩いていた職員に訪ねると「西暦はキリスト誕生年から数えるが、この紀元は神武天皇が即位した年から始まっている」ということだった。
 実際神武天皇が即位したときの年齢は51歳の時だったから、西暦風に数えると今年は2,717年と言うことになるのかな?。

 小春日和の穏やかな秋の一日を古代日本の歴史の一端を目にしながら「橿原神宮」の境内出口で想い出に一行の記念写真を撮りウォーキングを終えた。今日は約2万歩の古都奈良のウォーキングだった。

2006.10.22

 豊中ふれあいウォークに参加!

 今日は年1回開催される「とよなか百景」をめぐるウォーキングラリーに参加してきた。

 豊中市や教育委員会の協賛で「とよなか百景」の中から、何カ所かを巡り歩くのだが、毎年開催されており、今回は17回目ということだ。

 今日は朝から天気も良かったこともあって参加者は豊中市民約700人、それに交差点や各拠点に立って誘導するボランティアの方たちが約300人で合計1,000名の大集団だ。

 今年は「豊中南部の水路〜せせらぎウォーク」と名付けられた通り、特に豊中市の南部地方を巡るコースだ。
 集合地の阪急曽根駅近くの豊島公園を10時に出発し、伊丹空港進入路真下にある春日神社を経て、良く整備された親水水路に沿って南下を続け、名神豊中インター近くの太陽公園を経て国道176に出て今度は北上し、住吉神社、足の神様として有名な服部天神宮を横切り、最終地の豊島公園までの約7キロのコースだ。

 今回のコースは平地を歩くので途中特に厳しいということもなく、2時間半ほどで歩き通した。

 当初は途中の太陽公園あたりで昼食タイムを取る予定だったが、適当な空地がなかったので、一気に豊島公園まで帰ってきてしまった。

 ここでゆっくりと弁当を広げたが、少し遅めの昼食だったためせっかく冷やしていったビールも少しぬるめ気味だったがおいしくいただいた。

 でも万歩計をみると16,000歩強は歩いたことになっているのでちょうど良いウォーキングだった。帰りにすぐ近くのいつも通っているスポーツクラブ「エル・エスト豊中」に立ち寄り、風呂だけ入って汗を流し帰路についた。

2006.09.18

 それ行け 鳥取! 梨狩り、食べ放題へ

 緑陰会9月月例ハイキングで鳥取へ梨狩り、今が旬の二十世紀梨食べ放題の日帰り旅行に行ってきた。

 今回は旅行会社クラブツーリズムのバス旅行への便乗なので、比較的楽な旅行だった。

 会員のどなたかが探してきた超格安旅行(3,980円)なのだが、お腹一杯、お土産一杯と値段の割に内容が充実していて、帰りには全員が大満足の様子だった。

 前日大型の台風13号が接近しており、その予想進路から間違いなく鳥取県を直撃かと思われて心配したが、例によって予想は大はずれ。
 鳥取地方は快晴に近いほどすがすがしい旅行日和に変わっていた。
いつものことだが気象予報士さんの予報は本当に良くはずれてくれるので大助かりだ。

 今回の参加者は15名で、女性が2/3とさすが食べることにつけてはやはり女性軍が優勢だ。
梅田の集合場所を7時半に出発するのだが、当日は休日だったのと他の旅行会社のツアーの集合場所とが重なって大混乱だったが、何とか5台仕立てのバスが定刻通り出発。一路鳥取砂丘へ!

 中国自動車道を走り、佐用インターから智賀街道(国道373号)に入り鳥取を目指すが、途中「愛の村パーク」というところで小休止。

 コスモスの花が素晴らしいとの説明だったが、なぜか広い園内のどこにもコスモスが見あたらなくてガッカリだった。
園内の建物は場違いなほど豪華なものだが、おそらく竹下首相時代の一億円の創生資金で建てたのだろうとの噂だった。真偽の程はわからないが...

 智頭街道を千代川に沿ってしばらく走ると目的地の鳥取砂丘が見えてきた。
砂丘を見下ろすところの高台のレストランでまずは腹ごしらえだ。
 昼食はもちろん旅行代金に含まれているのだが、アサリご飯に甘エビにサーモン、さらにホタテの三段せいろ蒸しとなかなかの豪華版だった。

 昼食後は、レストラン前から出ているレストラン専用?のゴンドラに乗って10分ほどで鳥取砂丘のど真ん中に到着。
 鳥取砂丘全体は東西16キロ、南北2.4キロの広大な砂丘だが、一般的には千代川河口の東方に広がっている約540ヘクタールの浜坂砂丘を指すのだそうだ。

 ここの砂丘は中国山地の花崗岩が風化して千代川によって日本海に流された後、海岸に集まってきて長い年月を経て現在の砂丘を形成したとされている。

 もう何十年も前に小学校の遠足できたことがあるが、この砂丘は年々面積が小さくなってきているとのことだ。

 さっそく正面に見える馬の背状と呼ばれる小高い丘を目指して登り始めたが、風が強く、おまけに細かい砂が靴の中にまで入ってきて、かなり歩きにくかったが頑張って頂上まで登りきった。

 頂上から望む日本海もなかなか風情があって素晴らしい眺めだった。

 1時間ほどで砂丘を後にして、今日のメイン行事の二十世紀梨の食べ放題に出発。
 近くの観光農園の一つの梨園でいよいよ食べ放題の開始だ。

 ただ今年の二十世紀梨は例年に比べて小振りだと言うことだったが、甘さは十分ということで安心した。
 気合いを入れて、大きくて日が良く当たっていそうなものを選んで挑戦したが、4個食べるのがやっとだった。
 昔と違って胃袋も少し小さくなったのかもしれない。甘さも十分で満足した次第だ。

 今回の旅行は値段の安さもあるが、旬の梨食べ放題、昼食付きだけでも安いと感じたのに、大振りの梨5個、蒲鉾、素麺1束、らっきょう1袋、ままかりなどのお土産付きで、どう考えても旅行代金をオーバーするのだが、どのような設定になっているのか理解不可能だが、みな大満足の旅行だった。

2006.09.10

 豊中市民ハイキングで「野崎観音」から飯盛山へ

 今日は午後から降水確率80%と予想されていたので、参加者はいつもの約半分の60名ほどだった。
 普段は不思議と男女半々なのだが、今回は2/3は女性という賑やかさだ。

 やはり近松門左衛門「お染・久松の恋の物語」の舞台でも有名な野崎参りに魅せられて女性軍の胸をときめかしたのかもしれない。

 8時10分阪急庄内駅に集合し、JR大阪駅→京橋駅で学園都市線に乗り継ぎ野崎駅で下車。
今日のハイキングはここが出発地だ。

 野崎駅の前にはコンクリートに囲まれた狭い川が流れているが、この川が東海林太郎の「野崎小唄」「野崎参りは、屋形船でまいろ、お染久松 せつない恋に...」と唄われている場所なので、もっとゆったりとした小川の風情ある流れかと期待していたのだが少しガッカリした。

 気を取り直して、ここを出発点に住宅地の中をしばらく歩くと、今回の第1目標の「野崎観音」(福聚山慈眼寺)の入り口に到着だ。

 入り口から野崎観音までは一直線に伸びた約220段の階段を登らなければならず、最初から気勢をそがれたがそこは毎日鍛えた健脚で全員元気に一気に登りきった。

 登り切ったところに「慈眼寺」というそんなに大きくなく特徴もないお寺があるが、これが別名「野崎観音」と呼ばれているお寺だ。

 特に印象が残るようなお寺でもなく、芝居や唄や映画などの舞台にもなっているので、期待もしていたのだが想像していたものと少し違うなーという感じだった。でもせっかくなのでお賽銭をあげてお詣りをさせてもらった。

 野崎観音の裏道を進んで行くと、第2の目的地の標高300メートルほどの飯盛山を目指して行軍開始だ。

 登山道はかなり狭くて、途中には人1人がやっと通れるぐらいのところも多く、おまけに両側に生い茂るクマザサの葉っぱが腕に当たって痛いぐらいだ。

 その上今日は湿気がものすごく多くて、腕はもちろん手に持つ杖までも汗でびっしょりとなるほどで、僕も含めてかなりの人が少々グロッキー気味だった。

 しかし所々で木々の隙間から涼しい風が勢いよく吹き上がってきて身体を冷やし、自然の空気の美味さも実感できた。それを活力として足を前に進めた。

 今日は服部緑地でウォーキング仲間2人も一緒だったが、さすが毎日の成果がいかんなく発揮されて、暑さにもバテることもなかった。特に右のお方は傘寿(80歳)目前というのに元気いっぱいハイキングを楽しんでおられた。

 1時間半ほど歩くと、飯盛山山頂に到着だ。
 飯盛山という山は全国各地にもあるが、特に福島県会津の飯盛山は白虎隊で全国的に有名だ。

 全国各地にも同名の山がかなりあるみたいだが、ご飯を盛ったような三角形の山なのでそう呼ばれているのだろう。

 大阪の飯盛山は生駒山地の北端にあって、河内飯盛山とも呼ばれている。
この山はかって幾度となく古戦場の舞台になったらしい。
  南北朝時代には、西麓の四条畷の戦で楠木正成が戦死し、戦国時代には山頂にあったとされる飯盛山城が織田信長に滅ぼされたらしい。

 山頂にはかなり若い楠木正成の大きな立像がたてられていて、この地方の彼の影響力の大きさが忍ばれる。
まさにこの地の英雄だったのだろう。

 この山頂からは雄大な大阪平野が望むことができ、ここまでの暑さや疲れを一気に吹き飛ばしてくれるぼど爽快な眺めだ。

 この山頂で約1時間ほど昼食を楽しんだ後、下山に向かうが当初の計画では途中「室池」というところを訪れることになっていたのだが、途中雨の確率も高かったのと、登りがかなり続くということで、リーダーの判断で中止された。その結果直接解散地の四条畷駅に直行となった。

予 定よりかなり早くの解散となったので、梅田三番街の飲み屋さんで仲間と慰労会をやってビールで乾杯!

 の確率がかなり高かったにもかかわらかず、幸い現地では全然雨にも降られなかったが、これは普段の行いの良い?おかげかもしれないと自画自賛。

2008.08.20

 豊中市民ハイキングで武田尾廃線ハイクへ

 夏は暑いのが当たり前と悟っていても、やはり今年の大阪の夏は格別暑いように感じる。温度も湿度も高いから不快指数も上がり放しだ。

 今日は豊中ハイキングクラブが主催する8月恒例の市民ハイキングに参加してきた。
 豊中市の協賛行事なので会員以外でもOKなのと、今回は比較的緩やかなハイキングルートなので、暑いのを覚悟して参加する事にした。

 阪急豊中駅の集合場所には、老々?男女84名が集まった。
 今回の行き先は、JR宝塚駅から1駅目の生瀬から武田尾までの約8キロのコースで、旧福知山線の廃線跡を辿って行くのだが、まだ当時の枕木などがそのまま敷設されたままだし、武庫川沿いを走っていた風景がそのまま望めるということで地元ではなかなか人気のあるハイキングコースだ。

 ベストシーズンは桜と紅葉の時期なのだが、今の季節も真っ暗なトンネルの中を懐中電灯をもってくぐり抜けていくスリルとひやりとした涼しさが、外の灼熱の暑さを忘れさせてくれる。

 コースは起伏の少ない平坦な道なので、特に疲れるというほどのものではないが、歩きながらの会話や、昼食時間での見知らぬ人との談話などもなかなか楽しいものだ。

 なぜか冷えたビール持参の人も多く、もちろん僕も朝から冷蔵庫で半分凍らしたビールを持参したが自然に中での飲酒は普段と違ううまさを感じる至福の時でもある。

 解散は以外と早く、2時前に現地解散となったが、宝塚での乗り換え時に友人とさらにビールで乾杯。

 そのままスポーツクラブで風呂にでも入ろうと思ったが、汗で上から下までびっしょりだったのでいったん帰宅したから行くことにした。
 さすがいつもは夕食時にいただく350mlのビールは飲む気になれず今日はパス。

2006.07.14

 吹田の「アサヒビール工場」を訪ねて

 今日は梅雨の合間の快晴で、朝から猛烈な猛暑襲来だ。
 午前中におそらく30度は超してしまったのではないか。

 本来は17日にウォーキング同好会の月例行事で吹田にあるアサヒビールの工場見学に行くことになっていたのだが、あいにくビール工場側の予約が満員ということで、急遽今日に変更になったものだ。

 結局都合のついた者の参加ということになったが、集合時間の10時に服部緑地に集まったのは9名(内女子1名)。
 当初10名の予約を入れていたのでちょうどよい集まりだった。

 ウォーキング同好会ということなので、かなり距離はあるのだが、約1時間かけて目的地まで歩いていくことになった。

 猛暑の中の行軍なので熱中症にならないように途中の公園で水分の補給などしながら、ビール工場近くの「片山公園」に11時半頃に到着。
 ここでゆっくりと昼食を取りながら13時の予約時間まで過ごした。

 この公園は現在住宅団地のまっただ中にあるのだが、戦国時代にこの近くに吹田城があって、ここはその城址跡だったといわれているが詳細は不明らしい。

 でもきれいに整備されているので近所の人たちにとってはゆっくりと過ごせるオアシスとなっているのだろう。
なかなか立派な公園だ。

 13時ジャストにアサヒビール工場に到着したが、先客がちょうど工場から出てくるところだった。
 皆満足そうな顔なのでよほどうまいビールをたっぷりと味わってきたのだろうと我々の期待も一層膨らむ。
 今年一番の酷暑にできたてのビールが無料でいただけるのだからこんなうまい話はないものだ。

 約1時間ほどの工場見学で、ビールのできる工程の説明を受けて、いよいよ試飲会場に到着だ。

 説明員の女性によると、土、日には約1,000名のお客さんが訪れるということだが、今日はウィークデイなので約700名の訪問者だということだった。
 それにしてもこの時期人気のある工場見学だ。

 普段は20分で2種類の試飲ということだが、今回は特別にアサヒスーパードライ、黒生、プライムタイム、蒸撰の4種類が10分延長の30分間楽しめるということだった。さらにおつまみ付きで至れり尽くせりの待遇だ。

 できたてのビールはさすがに美味だ。あっという間に4種類のビールを飲み干した。
 いつもは本物のビールではなく、発泡酒か第3のビールしか飲まないのだが、久しぶりの本物のビール?もなかなかおいしいものだということを再確認させてもらった。

 先着組が皆満足そうな顔で帰っていったのも頷けるというものだ。

 本日の歩行数は18,000歩。猛暑の中よく歩いたものだ。

2006.05.16

 緑陰会月例ハイキングで「天王山」からサントリー山崎蒸留所訪

 天気予報では降雨20%程度ということだったが、最近の予報ははずれる確率が高いのを心配しながら、それでも集合時間の10時には阪急十三駅にメンバーの男女19人が集った。
 もちろんいつものジジ・ババさんばかりのメンバーだ。

 阪急京都線に乗って20分程度で大山崎駅に到着したが、着いた途端に悪い予感が的中し、小雨がぱらついていた。

 幸い雨も小雨程度なので一応傘を差しながら、今日の目的地の「天王山」目指して出発。

 駅前から細い民家の小道を通り、JRの踏切を越えると正面にかなり急勾配の坂道が現れて先が思いやられたが、全員息を切らしながらも何とか登りきり、さらに道なりに進むと「宝積寺」=(宝寺)に到着。
本堂の右手を抜けたところからハイキングコースの地道が続いているのだが、案外整備されていて歩きやすかった。

 しばらく登っていくと立派な石の大鳥居が現れるが、その近くから桂川、宇治川、木津川の合流点が一望できる展望台と歴史上有名な山崎合戦の碑秀吉の道と記された大きな版画に出会った。

 これは秀吉の天下取りの物語を解説したもので、画家の岩井弘氏が戦国武将や合戦の模様を屏風風に描き、堺屋太一氏が監修とあるから最近設置されたものだろう。

 またこの辺りはタケノコの名産地としても有名な所で、竹林と登山道に沿ってタケノコ運搬用のレールが敷かれているのもおもしろい。

 しばらく坂道を登ると「酒解神社」(さかとけじんじゃと読むらしい)に到着。この本殿前を横切り、しばらく歩くと目的の「天王山」山頂に到着だ。出発直後からかなりの坂道だったので前途を心配したが後は比較的登りやすい道だった。
登山途中は他のグループとは一組も会わなかったが、山頂には何組かがすでに到着していて弁当等を開いて休憩していた。

 この天王山は、本能寺の変で、織田信長に謀反を起こした明智光秀を豊臣秀吉が討ち取った「山崎の合戦」の舞台としてあまりにも有名な所だ。

 少し昼食時間には早かったが、この山頂でゆっくりと昼食を取った。幸い雨もたいしたことはなくてハイキングには全然支障も無くて助かった。
  この山頂からいろいろな方面に向かうハイキングコースもあるのだが、我々一行の目的が出発地近くにあって、日本のウイスキーふるさととも言われるサントリーの山崎蒸留所を訪問し、そこでウイスキーの試飲をすることでもあったので、孟宗竹が生い茂る裏の竹林を通って直接目的地に向かうことにした。

 かなりのゆるやかな坂道を下っていくとちょうどサントリーの裏庭に到着した。

 ここは特に事前に予約しておく必要もないので、15時からの組に入れて貰って工場を案内して貰いながらウイスキーの醸造過程を学んだ。なかなか興味深い話が聞けて勉強になった。

 説明後の試飲会場では「山崎」と「響」の2種類の水割りをいただいたが、やはり本場で飲むせいかかなり美味かった。特に「山崎12年」と「山崎18年」は世界的な酒類コンベンションである「SWSC}で金賞(2003年)、最優秀金賞(2005年)を受賞するほどの国産の名ウイスキーだ。
 やはりこの地方の独特の水の旨さが大いに影響しているのだろう。

 僕も30年程前に隣町の長岡京市に住んでいたが、当時はまだ井戸水だったが甘くて、特にこの水で造られた豆腐が絶品の旨さだったのを思い出す。

 ウイスキーは普段あまり飲まないのだが、このような機会があるとすこしこれからも味わってみょうかなという気持にもなってくるものだ。工場見学も試飲会も良い宣伝にもなっているのだろう。

 今日はいつものように服部で一時下車することなく、曽根駅前のスポーツクラブで風呂に入って疲れを取って帰った。一部の人は最期の締めの乾杯をしたみたいだが...

2006.04.07

 ようやく関西も絶好の花見の季節到来!

 今年は珍しく開花が関東よりも1週間は遅れていた関西地方の桜もようやく見頃となり、各地の桜の名所では「花より団子」の花見客で賑わうようになった。

 今朝は天気が良かったこともあってか、特に市主催の「ふれあい健康教室」の日でもないのに、10時頃には約80人程の人達(ほとんどシルバーの男女)が自発的に服部緑地に集まり、広大な緑地内の桜の名所をまわりながら、みっちり1時間ほどのウォーキングを楽しんだ。

 その後ウォーキング仲間の会のメンバー25人ほどで、満開の桜の木の下に大きなビニールシートを広げ、弁当やビールを買ってきて花見を楽しんだ。毎年恒例の行事だ。
 
 約半数は女性だが、特に桜咲く木々の下に陣取る元姫様達?が今日は一層若々しく見えるのもピンクに染まった桜の花びらのお陰かも知れない。

 ところで世界保健機構(WHO)が2006年の年次報告書を発表したが、2004年度の日本の平均寿命はなんと82才で、前年に続いて世界一の長寿国を維持しているとのことだ。
 また男女別の平均も女性は86才、男性も79才でともに世界一の長寿を維持したとのことだ。最低はジンバブエの36才だから約2.3倍も長生きをする驚くべき長寿国になってしまったらしい。

 僕などは男の平均年齢まで生きようとしたら、実にまだ15年間もあるのだが、本当にその辺まで生きるのであれば毎日どのような生き方をしたらよいのか真剣に悩んでしまう。

 あまり深刻に考えるとストレスもたまり案外平均まで届かないうちに人生を終えることになるかも知れないので、何事も自然体に生きていくのが平均までたどり着く秘訣なのかも知れないな。

 でもただ生き永らえているのではなく、しっかりと歩けて、頭も呆けないで、他人にあまり迷惑かけないよういつまでも自立できるようにいたいものだ。

2006.01.10

 月例「緑陰会」ハイキングで奈良「法隆寺」へ

 今年最初の「緑陰会」メンバーのハイキングで、日本で最初に世界遺産に指定された奈良「法隆寺」に出かけてきた。

 今回の参加者は24名で、78才を最高に元気いっぱいの男性11名、元姫さまばかりの13名だが、いつも不思議なことに男女約半々の参加者になる。

 法隆寺は小学校の遠足で何回か訪れたことはあるが、奈良中心部から少し離れたところに位置するので、奈良には最近よく行くのだが法隆寺まで足を伸ばすことは無かった。

 法隆寺といえば、甲子園球場の4倍の広大な敷地内に、1,300年の歴史を誇る世界最古の木造建築である金堂をはじめとして国宝、重要文化財などの建築物が55棟もあり、百済観音像や夢違観音像、玉虫厨子など日本の仏教美術を代表する宝物で一杯詰まった寺院だ。

 聖徳太子と推古天皇が創建したといわれているが正確にはわからないらしい。展示物もほとんどが国宝や重要文化財ばかりで正直ゆっくり見るのにも疲れるが、拝観料が1,000円と高いので約3時間ほどかけて丹念に拝観してきた。
 
 建物の中でもなんといっても古色蒼然とした、しかも堂々とした風格を備える五重塔は圧巻だ。

 高さ31.5mもあり、法隆寺のシンボルとも言える日本最古の五重塔だ。
塔の中心に真っ直ぐに伸びている一本の神柱は、地震時の揺れを和らげる重要な役目も果たすそうだが、昔の人の知恵や技術力の高さには脱帽するばかりだ。

 折角来たのだから、近くの法輪寺、法起寺にも足を伸ばした。
特に法起寺では財政上の問題からか常駐の住職はいないらしく、すべて法隆寺におんぶにだっこ状態みたいだ。

 でもここの三重塔(国宝)も日本最古のもので、どっしりとしていて素晴らしく立派だが、大勢で訪れたのに気を良くてくれたのか、管理の方が普通には入れない塔の中をわざわざ鍵を開けて特別に中に入れてくれて丁寧に説明までしてくれた。

 帰りは30分ほど歴史探索を省みながら斑鳩の田舎道を通り、法隆寺駅まで歩いた。思ったほど寒くはなくなかなか気持の良いハイキングだった。
最後は例によって服部駅前の居酒屋で一杯!
これが目的で参加している人もいるみたいだが...。

新宮池