2007.04.09![]() 4月月例郊外ウォークで桜満開の吉野へ ちょうど桜の季節なので、今月の郊外ウォーキングは阪急交通社のトラッピックスの観光バスを利用して吉野山の一目千本の花見に決定。 バス利用の理由は料金の格安さ(4,980円)と吉野滞在時間が4時間もあり、集合場所もご当地出発の便利な阪急曽根駅集合、さらに朝・昼・夕の3食付きの願ったり叶ったりのプランがあったからだ。 今回の郊外ウォーキングには男女メンバー19人の参加だ。 ちょうどシーズン真っ最中の時期なので途中の渋滞も心配されたが、予想に反してスムーズに車も流れ11寺頃に吉野山に到着。 早速、昼食のお花見弁当を添乗員さんからもらって花見散策の行動を開始した。 吉野山には山桜を中心に約200種の桜の木が山全体に30,000本もあるといわれている。ふもとから徐々に咲き上がっていって600m上の奥の千本まで約1ケ月ほどにわたって桜を楽しめるということだ。 金峰山寺の境内にある吉野山のシンボルとしての偉容を誇っている蔵王堂から吉野駅周辺を下千本といって一番最初に桜が満開になる地域だ。 次に源義経が弁慶と身を潜め、静御前が最後の舞をして義経と別れたところでもあり、また太閤秀吉の花見の本陣になったりと、歴史的にも有名な「吉水神社」から如意輪寺あたりの中千本。 ![]() さらに登ると吉野水分神社あたりが上千本、さらに進めば「ねがわくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」と詠んだ桜きちがいの西行法師の庵(西行庵)あたりが奥千本と、いやというほどの桜満載の山だ。 この時期の見頃は下千本から中千本あたりが満開を迎えていたので、如意輪寺や五郎平茶屋が望める広場に席をとり先ずは腹ごしらへを済ます。 本来なら団体行動を取るのだが、今回はメンバーの体力差もあり、帰り道もはっきりしていることから自由行動となった。 自由時間がたっぷりとあるので更に上千本を目指すもの、早々と買い物に行くもの、それぞれ自由な花見を満喫しながら無事集合時間にはバスに戻りウォーキングを終えた。 天気も良く、ちょうど下、中千本の花見の見頃を迎えていたため、いいお花見が見れて全員満足して帰路に就いた。 |
2007.04.05![]() 緑地内にも桜満開の季節到来! 早速花見会! 今年も待ちに待った桜満開の季節到来だ。 木曜の定例ウォーキングでたっぷりと歩いた後、梅林内にある大きな桜満開の木の下に会員の一人が準備した16帖分もあるビッグなブルーシートを敷いて花見会をやった。 幸い天気も快晴で花見日和としては最高の舞台だ。 会員が手分けして、お酒・ビールや弁当・つまみなどを近所のお店に買い出しに走る。 みな手慣れたもので、早々に準備も整い、地面に垂れ下がるほどの桜を楽しみながら会員同士の団らんに楽しいひとときを過ごした。 ウイークデーというのにほぼ全員が参加できるのも、メンバーがほとんどシニアということ。時間の都合の着く人ばかりということだ。 最近男女とも平均年齢の延びが著しいが、重要なのはシニア世代を迎えてどういう生活が出来ているかということだ。 この点についてはこのメンバーの皆さんは、よく歩き、よく食べて、よく飲んで?、よくしゃべり本当に人生をエンジョイしているひと達が多いのが特徴だといえるのではないだろうか。 ほとんどのメンバーの人が65才の僕より年齢もはるかに上なのだが、その元気そうな生き方を拝見していると、こちらまで元気をもらえそうで、案外僕も長生き出来そうな感じになってくるから不思議なものだ。 たっぷりと花見を楽しみ今年の緑地内での花見は終わったが、続いて9日には今度は郊外ハイキングで3万本もの桜で埋まる吉野山に出かける予定だ。天気になると良いのだが... |
2007.03.12![]() 六甲アイランドのウォーキングと灘の菊正宗酒造見学&試飲 3月の緑陰クラブの郊外ウォーキングで神戸の人工島「六甲アイランド」散策と宮内庁御用達の灘の菊正宗酒造を見学してきた。(もちろんアルコール好きのメンバーがほとんどなので試飲が目的?) 朝から快晴だったが、かなり温度が低く、しかも風も強いとあって、海岸ウォーキングは大変かも知れないと危惧しながら集合場所の阪急梅田駅に向かったが、男11名、女12名のシニアの皆さんが元気よく集合。 阪神電車で魚崎まで行き、そこから六甲ライナー(モノレール)に乗り換えて、埋め立て人工島の「六甲アイランド」のアイランド北口で下車。約6分ほどの乗車時間で240円は高いなーと思ったが、海を渡るのだからまあ仕方ないというところか。 さすが人工島だけあって自然の豊かさというものは全然感じられず高層マンションと大型商業ビル等が建ち並ぶだけだ。自然との調和ということはほとんど感じられない。 マンションなどもよく見慣れたものと違い、36階ぐらいの高層棟も多く外観も立派そうに見えるのだが生活するにはもう一つ潤いが不足しているようにも見えたが、実際ここに生活している人々はどうなんだろうか。 島内を歩くが、ウィークデーの昼前後というのに不思議なくらい全く人影が見あたらない。 もちろんショッピングセンターや遊園地、大学、ホテルなどもあるのだが一体どうなっているのだろう。 最近よくテレビでみる北朝鮮の昼間の光景とよく似ている感じで何となく不気味な様子だ。 野鳥公園の近くの広場で昼食を広げたが、ここも同様に人影はなし。 ![]() 島内をほぼ一周して、灘方面に向かうが海をまたぐ六甲大橋を走るモノレールの下に歩道橋があることがわかり、節約のためその道を利用することにした。ただ寒風の吹く海の上を歩いていくので寒さがかなり身体にこたえたようだ。 次の目的地は灘の菊正宗酒造だ。この近辺は宮水といって六甲山を源水とするお酒造りに欠かせない水が利用できるので多くの酒造が存在している。 白鶴酒造、桜正宗酒造もすぐ近くだ。 今回は事前に申し込んであった菊正宗酒造さんを訪ねることになった。 かなり広い敷地があるが、やはりなかなか風格のある酒造で歴史が感じられる。 ![]() 早速女性の説明員の方から造り工程を聞いたが、ビールのような近代的な設備でなくあくまでも伝統的な酒造りに徹しているようだ。 一応酒が造られる工程を頭に描きながら、隣室の試飲会場へ移動して早速試飲させていただいた。 最初に試飲した原酒は少し辛口でなかなか美味かった。普段はあまり日本酒は飲まないのだが、さすが造り酒屋でいただくと格別に美味い感じがする。 この酒造メーカーは宮内庁御用達とかで、献上酒の雅をいただき、さらに梅酒、甘酒を試飲させていただいた。 中にはお代わりする人もいたが? いい気分になったところで灘を後に岡本駅まで歩き帰途に就いたが、今日の万歩計は軽く20,000歩を超えたいた。 |
| 2007.02.14 「緑陰クラブ」の月例郊外ウォーキングで大阪城の梅林へ ![]() 今朝の天気予報によると、大阪地方は一日中雨の確率が80%と高く、しかも低気圧の影響で風も強いということでウォーキングには最悪の事態が予想された。 そのため今日の郊外ウォーキングは残念ながら中止かと思っていたが、朝8時頃にはまだ雨が降っていなかったからか、連絡網でとりあえず予定通り決行との連絡が回ってきた。 どれだけ集まるか心配したが、集合場所の阪急梅田駅には男性9名、女性9名が集まった。 梅田駅から大阪城まで歩くと少し距離もあるのだが、あくまでウォーキングが目的なので電車に乗らず歩いていくことになった。途中少し雨がぱらつきはじめたので傘を差しながら歩いたがぱらつき程度のままでたいした雨にはならなかった。 梅田駅からすぐの「お初天神商店街」を通り抜けて、先ずは曾根崎・梅田地区の総鎮守さんで創建1,300年の歴史を誇る「露天神社」( つゆのてんじんじゃ)にお詣り。 ![]() この天神さんの境内には「お初と徳兵衛」の心中のゆかりの碑」が祀られていることから「お初天神」として一般には知られたところだ。 この「お初天神」は、近松門左衛門の初の世話物で「 この世のなごり、夜もなごり。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足づつに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。あれ数ふれば暁の。七つの時が六つ鳴りて残るひとつが今生の。鐘のひびきの聞きをさめ。寂滅為楽とひびくなり」の名口上で曾根崎心中の現場として有名なところだ。 同行の元姫さま達も興味深そうにこの碑を眺めていたが、若い頃の胸ときめいた頃の自分を思い出しているのかも.....? ここから一路、裁判所、大阪市役所、中之島中央公会堂などが並び建つ堂島川に沿って約3キロ程歩くと大阪城に到着。 一つ手前の城門から入ってしまったため、一旦大阪城内に入り天守閣を眺めながら内堀の外側に拡がる梅林を目指した。 堂島川から大阪城梅林まではもっと近道があるのだが、城門の入り口を一つ間違えたらしいのでかなりの遠回りになってしまったようだ。 梅林の広さは約1.7ヘクタールの広さがあり、その広大な敷地一杯に、95種類、約1,250本の梅の木が植えられている。 梅林全体ではまだ5分咲き程度だったが、早咲きから遅咲きまであらゆる種類の梅木があり、早咲きの梅などはすでに満開になっているものもかなりあった。 ここの梅林は、すべての木に梅の種類の名札が付けられているので、それぞれ一つ一つ名前と梅花の形を確認しながら園内を歩くのも楽しいものだ。 白梅は特にまろやかな匂いを放っており梅林らしい雰囲気を盛り上げてくれていた。 小雨のため梅林内の地面はかなり湿っていたが、他に適当な場所も見あたらないのでそれぞれ適当な場所に持参のビニールシートを広げて昼食タイムを楽しんだ。 ![]() 梅林を後にして、すぐ近くにある大阪歴史博物館に行こうということになり歩を進めたが、メンバーの一人が隣接するNHKの場内見学も良いのではないかという提案で、最初にNHKのBKスタジオを見学をすることになった。 特に予約の必要もないとのことだったのでここで短時間見学してから大阪歴史博物館を見学した。 ところでNHKの大阪放送局のコールサインは「JOBK」というが、この由来は「J=JAPAN、O=大阪の、B=馬場町の、K=角にある」という意味だが、英語と日本語のチャンポンのちょっとふざけたところからきているということを僕が中学生の時に聞いたことがある。 スタジオといっても公開されている見物コースにはあまり興味を引く物もなかったので一通り見学の後、隣の大阪歴史博物館に入場した。 この歴史博物館は大阪に由来する古代から現代までの歴史を各階ごとに分類して効率よく展示されており、今まであまり知らなかった大阪の街の歴史を段階を追ってよく理解することが出来た。 今回初めてこの博物館を訪れたが、もう一度たっぷり時間をかけて見学に訪れたいと思ったほどだ。 今日は予報通り市内ではかなりの雨が降ったらしいのだが、幸運なことに郊外にいるときは雨もたいしたことはなく、室内にいるときにかなり激しい雨だったらしい。 日頃の行いの良いものばかりの集団だから、天も我々に幸運を与えてくれたのかも知れないと一人合点しながらそれぞれ早めの帰路に就いた。 それでも今日のウォーキングの距離は長かったらしくて、万歩計は16,000歩強を指していた。 |
2007.01.21 ![]() 豊中市民ハイキングに参加してきた 今月の豊中ハイキングクラブ主催の月例会は中山寺→天満宮→最明寺滝→満願寺→石切山→釣鐘山→ナイチンゲール像→川西能勢口駅までのコースで約13キロのウォーキングだ。 天候も良く、朝8:20分の集合場所の阪急電車の豊中駅には135名の男女が集合。いつもながらほとんどがシニア年齢なのだがその内約7割が女性だから恐れ入る。 今回のコースにはそれほど高くはないが2つの山越えもあるのだが、特別苦にしないほど女性陣は元気な人ばかりでいつも驚かされている。 ウォーキング中にも良く食べ、良くしゃべり、良く歩くのが女性の元気の原動力になっているのかも知れない。 まずは中山寺に参拝。 ここは「安産の神様」としての関西地方でも多くの信仰を集めている。寺伝では建立は聖徳太子だそうで、本来は真言宗の中山寺派の総本山で西国三十三ケ所観音霊場第二十四番札所と知られたお寺なのだが、本堂にたどり着くまでには弁財天をはじめ厄明神などかなりの数の神様も祀られていて、すべての人間の願いを叶えてくれる様になっている便利なところだ。 ![]() 服部天満宮もそうだが、現在のお寺や神社は単科大学でなく何でもそろう総合大学でなければ経営が成り立たないのかも知れないと思うほどだ。 中山寺の参拝を終え、裏山の梅林の中を通って「巡礼街道」に出て天満宮を目指すが特に名札も目立つところになかったので知らない間に通りすぎてしまったらしい。 一行は最明寺滝に向かう。 最明寺といってもお寺があったわけでなく、鎌倉幕府の第5代の執権・方丈時頼が出家し、最明寺殿と名乗って諸国を遍歴したとき、この滝の美しさに見とれたところからこの名前が付いたらしいが、こちらはてっきりお寺の境内にある滝だと思っていた。 岩肌に沿って流れ落ちている様はなかなか優雅だが落差15m程の滝だ。滝道には多くのお地蔵さんが並んでいて地元の信仰を多く集めている滝みたいだ。 ![]() 再び巡礼街道に戻り、神秀山満願寺に向かう。 満願寺とはいかにも何でも願い事を叶えてくれそうなお寺だが、奈良時代に勝道上人が「千手観音菩薩像」を本尊として創建したとのことだ。 このお寺に入山するには100円拝観料として払わなければならないのだが、ここで昼食時間の予定なので仕方なしに支払ったがお賽銭としてくれた方が気持ちよく支払えるのだが... ここの広場で昼食を済ませて、裏山の方に歩を進めると、なぜか「坂田金時之墓」と書かれた立て看板が見えた。 あの足柄山の金太郎で有名だが、鎌倉時代の源頼光の四天王寺の一人だった彼の墓がなぜここにあるのかわからなかった。特に説明をした掲示板もないようだった。 さらに歩を進めると四国八十八カ所巡礼場の入り口があり、一番札所から八十八番ケ所迄のお寺の名前を書き、さらに祀られている仏様の名前を刻んだ石像が順序よく等間隔に山の中に配置されていた。 後で気づいたのだが、わざわざ四国まで行かなくてもここの石像様をすべて拝みながら廻れば同じく満願になるという意味から満願寺と付けられたのかも知れない。もちろん真偽のほどは定かでない。 ここからいよいよ二つの山越えに入るのだが、共に300m弱の山で対した厳しさもないと思っていたが、石切山は登りはかなり長い距離の上り坂があってかなりしんどかった。しかし山頂から眼下の市内は素晴らしい光景で疲れも吹っ飛んだようだった。 いつも服部緑地で歩いているお二人(写真=共に80歳に近い)も良く頑張って登ってこられた。 ![]() 逆に釣鐘山は登りはそんなに険しくはなかったが、下りはかなり厳しいところもあって、最後には膝が笑ってしまうほどの下り坂の連続だった。 今回のハイキングの最後のコースで阪急電車雲雀ヶ丘花屋敷駅の近くの大きな住宅地の一角に、世界で2つしかないといわれているナイチンゲールの銅像が建っているところを見学した。 ロンドンにあるナイチンゲール像を元に造った物だそうだが、なぜこんなところに彼女の銅像があるのか説明書きも特になかったので事情がよくわからなかった。 帰宅後調べたら、この土地の所有者だったひとが、日本赤十字病院で療養中に、白衣の天使の手厚い看護に感激してどうしても後世に残したいとのことで、ロンドンのナイチンゲール看護学校入り口に ある像を模して造ったらしい。175センチの等身大のブロンズ像だ。 ここを終着点に解散したが、それにしても強は良く歩いた。万歩計は22,000歩を指していたら約2日分の歩く距離だった。 帰りは川西能勢口駅近辺でビールでの乾杯ですべて終了した。 |
2007.01.09 ![]() 「長岡天満宮」お詣りとサントリービール工場見学へ 緑陰クラブの今年初めての郊外ウォーキングで、阪急京都線の長岡天神駅近くにある長岡天満宮を訪ねた。 長岡天神には昭和52年(今から30年前)に会社の転勤で仙台から伊丹本社に異動になったときに3年ほど住んでいたことがある懐かしい街だ。 僕らが住んでいた当時はまだこの地域一帯は上下水道も整備されておらず、水道水も地下水の汲み上げだった。 しかし、この地方は豊臣秀吉&明智光秀の天下分け目の大合戦・天王山の戦いで有名な大山崎が近くにあって、そこに雨水等がしみ込んだ地下水を汲み上げていたので飲み水も少し甘みもあり、そのためこの地下水で作られた地元の豆腐がすごい美味かったのを記憶している。 当然トイレも水洗式でなく「ぼっとん便所」という物で、子供達はスリッパなどを落とし大騒ぎしていたものだ。 当時は急行も止まらず、そんなに発展していた駅ではなかったが、現在は駅前も整理されきれいな町になっていた。 駅前から整備された道路を15分ほど歩く 長 岡天満宮に到着だ。 この天満宮には菅原道真公の自作の木造が祀られている。 彼 が生前よく在原業平らと詩歌や管弦を楽しんだところだそうで、左遷されて太宰府に行く途中にここに立ち寄り、「我が魂長くこの地にとどまるべし」として名残を惜しんだといわれている。 この天満宮を後にするとき何度も振り返って別れを惜しんだので、「見返り天満宮」とも呼ばれている。 勿論学問の神様として入試前には受験生も多く訪れるところでも有名だ。 ![]() 道路から「八条ケ池」を渡って天満宮に入るのだが、秋の紅葉時期にはその通路の両側には真っ赤なキリシマツツジが咲き誇り多くの見物人で賑わうところだ。僕も何度かこのツツジを見に来たが本当に素晴らしいの一言に尽きる。 また近くには京都でも有名なタケノコの産地が近く、この境内にある料亭(錦水亭)では竹の子料理の会席料理が食べられる。但し料金がべらぼうに高くてランチでも万を超えるので残念ながら一度も食したことはなかった。 天満宮の参拝の後は、近くの早稲米の守護神として信仰されている走田神社に寄ったあと、昼食は西山体育館の裏手の小高い山の上にある公園で取った。 昼食後は、優良なタケノコの産地として全国的にも有名な孟宗竹が拡がる竹林一帯ではこれから芽を出すタケノコの刈り取り準備に忙しい人々が竹林の手当をしていた。 ![]() 竹林を通り抜けていったん長岡天神駅に戻り、駅前から出ている無料のシャトルバスで最後の目的地のサントリービール京都工場の試飲会に参加した。 ここは特に予約なしでも工場見学とビールの試飲が出来るので便利だ。 新年早々のためか、見学客は台湾からの20名ほどの団体客1組と我々の16人だけだった。 おかげで初々しい女性ガイドの案内で混雑もなくゆっくりと工場見学と試飲(最上級のプレミアモルツだ)が楽しめた。 この工場のビールは大山崎の地下深く浸み込んだ地下水を汲み上げて利用しているので味がまろやかなのが特徴なそうだ。 普段は第3のビールしか飲まないのだが、たしかに樽入りの生ビールの味は格別に美味かった。 それにしても今日のウォーキングは予想に反して良く歩いた。万歩計は15,000歩を示していた。 これまでもアサヒ、キリンとビール会社の工場見学にも行ったが、どこも顧客の固定化に大変な努力を払っているみたいだ。 |
2007年度
2007.02.13




「ふれあい健康教室」や「緑陰クラブ」の参加記録です

高原の旅愁
