昭和60年代の僕らの学生時代はものすごく学生運動が激しかった時代でした。

特に安倍首相の叔父である当時の岸首相が強引に安保条約改訂を進めていたことに危機感を覚えた多くの学生達が安保反対運動に立ち上がり、国中が騒然としていた時期でした。

当時、僕は東京で下宿しながら大塚にあった武蔵予備校というところに通っていましたが、受験勉強などは手に着かず連日国会近くでデモ行進をやっていた大学生のグループに混じってデモに参加していました。

終いには全国の予備校の学生有志で「全浪連」を組織をし、自前の旗も作って国会に出かけてデモをやっていました。

その時必ずこの「国際連盟の歌」を歌いながらデモ行進をしたものです。

徹夜で国会を取り囲んだ労働者、学生達の
大デモ隊。

安保条約が強行採決されようとしていた6月15日にデモに参加していた東大の女子学生が警官との衝突で死亡しました。全国民がショックを受けました。
写真中央の人が死亡当日参加していたカンバミチコさんです。
僕もこの現場から少し離れたところでデモに参加していたことをあとで知ってショックをうけました。
今でもこの日が来ると当日の混乱が目に浮かびます。

国会前を警備する機動隊と学生・労働者のにらみ合い、時には乱闘といつも緊張していました。
僕らは機動隊の内でも第四機動隊がもっとも荒っぽくて、体格の良いものばかりを集めているので一番恐れていました。
この機動隊は、学生運動や暴力団の取り締まり専用として組織された部隊だと聞いていました。

学生の歌声に 若き友よ手をのべよ
かがやく太陽 青空を ふたたび戦火で乱すな
 我等の友情は 原爆あるも たたれず
 闘志は火と燃え 平和のために戦わん
 団結かたく 我が行くてを守れ