薄暗い部屋の中に浮びあがる銀色の鱗。
闇に支配された部屋の中を泳ぐ魚たち。
男の長い指が、波立つ水面を滑る。
檻の中に在りながら、失わぬ本能のまま古の魚が跳ねる。
―― 美しい
限られた空間の中で与えられた生を生きる魚たち。
彼がその気になればその命はあっけなく終わりを告げる。ほんの少し指を動かすだけで。
儚い命。美しい、命。
全ては男の手の中に―。
彼によって制御された「水槽」も、偽りに彩られた「地上」も、男にとっては同じ物。
全ては彼の思うまま。
この世を支配する物は権力でも、暴力でもない。この世を支配する物は―情報。
『情報』を握り『情報』を操作する。ほんの少しだけ男が握る『情報』を流しただけで、権力者達の砂より脆い椅子はあっけなく崩れ去る。そして男は再び椅子を用意する。
『情報』という砂で作り上げた椅子を次の権力者の為に。
彼はそうやって、「地上」を支配してきた。「地下」に住まう「もぐら」である彼が。
滑稽だろう?
地上を歩く者が、自分の踏みつけている者たちに支配される。
彼に支配できないものは、何も無い。―筈だった。
だが彼は見つけてしまった。
それは「鳥」。
何物にも支配されず、何物も支配せず、空を飛ぶ「青い鳥」。
その鮮やかな琥珀の瞳に憧れた。その翼を手に入れたくて、「鳥」の望む『情報』を差し出した。
舞い降りた「青い鳥」。だがその翼は彼の手を擦り抜けた。
「鳥」は、何処までも自由だった。
だが、別にそれでも構わなかった。何故ならば、自由な「鳥」を見るのはとても楽しかったから。
檻の中の魚たちも美しかったが、それ以上に虹の橋を渡る「青い鳥」は美しかった。
いつかその翼を手に入れる。
何時しか、それが「もぐら」の密かな楽しみとなった。
「鳥」が再び舞い降りる。
「鳥」は傷付いていた。
自由な羽根を乗せて飛ぶ、強い「風」が消えてしまったから。
「鳥」は飛べない。
「もぐら」は「風」になれない。
「風」は「鳥」を探していた。
そして「鳥」は…。
パートナー 〜共に歩む者達〜
第四章 『もぐら』と『鳥』
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地下に通じる狭く急な階段。六本木の闇に通じる道。
この下には奴が居る。
「これは、珍しい御客様だ」
重い扉を開けた先に奴が居た。
部屋の主は一冊の本に目を通したまま、こちらを見ずにそう言った。
六本木の「もぐら」のドン。そしてあらゆる情報に通じている「情報屋」―龍村。
「今日は、カジノは休みか?」
「最近、警察の手入れが厳しくてね。暫く休業してるんですよ」
いつもは喧騒と欲望に包まれているこの部屋も、今日は静寂の中にある。
聞こえるのは、巨大な水槽から流れるエアポンプの音だけ。
「…そっか」
読んでいた本を閉じ、龍村がゆっくりと立ち上がる。
ゆったりと長い足で歩く姿は、一見隙だらけに見えて、実はそうではない。うかつに近付いた者全てを切り裂く、肉食獣のようでもある。
「それで、今日こちらに見えたのはどのような御用件で?まさか、世間話をしに来た訳じゃないでしょう?」
「…聞きたい事があってきた」
「どのような事でしょう?私にわかる事なら良いのですが」
手を伸ばせば触れることが出来る距離まで近付き、立ち止まる龍村。
その微妙な距離に、逃げる事も近付く事も出来ずに青島はその場に立ち尽くす。
龍村は、そんな青島を面白そうに見ている。
「…情報がほしい。何でもいいんだ。最近湾岸署で流れている『クラック』に関する情報が、欲しいんだ」
「ああ、最近そちらの…特に子供達の間に流れている薬の事ですね」
「知っているのか?!」
「やれやれ。私を誰だと思っているんですか?そのくらいのこと知らなくてどうするんです?」
「あ…ごめん」
素直に謝る青島をますます面白そうに見つめる龍村。その目はまるで面白い玩具を見つけた子供の様でもあった。
「そちらを賑わせているその薬の事なんですが、面白い情報がいくつかありましてね。どうやらルートの一つに、あるお偉いさんの息子が関わっている様です」
「…!!」
逢坂の事だ。
「如何しました?急に恐い顔をされて。そんな顔はあなたには似合わな…」
「頼む!何でもいいんだ。薬についての情報をくれっ!」
龍村の言葉が終わらないうちに、青島の切羽詰った声が狭い地下室に響く。
二人の間の距離を更に縮め、自ら龍村に近付いていく。
今や完全に手が触れる距離まで近付いた獲物を見て、龍村は青島の余裕の無さを感じとっていた。
地下組織に張り巡らせた糸を伝って流れてくる様々な噂や情報。
取るに足りない醜聞から、政治を動かすほどのものまで、その種類は多種多様。
その中において、最近流れ始めた一つの噂。
―― 室井の結婚。
一風変わったキャリア・室井の事は、龍村自身も勿論良く知っていた。キャリアらしからぬその行動と理念は、将来彼が出世し、警察組織の指導者となった場合、自分達の世界にも何らかの影響があるであろう事は想像に難くない。しかも、彼は青島の恋人でもある。
この数年、龍村がもっとも興味を惹かれ執着した男がただ一人心に想う相手。
興味を惹かれない訳が無い。
龍村の中で、今やこの二人の事は最優先事項にまでなっていたのである。
だから、知っている。その噂の真相を。
室井が何を考え、何を想って行動しているのか。
だが、それを目の前の男に教えるつもりなど全く無い。みすみす自分を不利にするカードを相手に渡してしまうほど、龍村はお人好しでも馬鹿でもなかった。
「……龍村?」
黙り込んだ龍村を不振に思ったのか、訝しげな琥珀色の瞳が更に距離を縮め、龍村の顔を覗き込んでいる。
「ああ、これは失礼致しました。追い詰められたあなたの顔につい見惚れてしまいましてね」
内心の動揺を悟られないように殊更大げさに振舞いながら、青島の頬に手を伸ばす。だが、次の瞬間その不埒な手は、青島の手によってあっさりと払いのけられた。
「ふざけんな!俺はお前の下らない冗談に付き合ってる暇は無いんだ!」
「冗談ではないんですけどね」
「そんなことより情報だ。どんなことでも小さなものでも良いんだ。『クラック』について何か知っていることがあったら教えてほしい」
いつもは眩しいぐらい強く輝いている瞳が焦りと逼迫に歪んでいる。追い詰められたその瞳を見ながら龍村は潜に笑った。
今ならば望みつづけたものを簡単に手にすることができるだろう。
助ける振りをして手を伸ばし、触れた身体を逃げられぬように雁字搦めに縛り上げる。
痛みに怯えている心に甘い毒を囁いて手に入れる。
ただそれだけ。簡単な事だ。
そう、とても…。
「わかりました。そこまで言うならば情報を教えましょう。でもタダで…というわけにはいかない。わかってますね?」
「……わかってる」
欲しい情報を得るためにはそれなりの見返りが必要となる。
それが『もぐら』の世界のルール。
一歩でもこの地に足を踏み入れたならば従わなくてはならない。
「欲しいものはただ一つ」
「…それは?」
龍村の黒い瞳が青島を捉える。
「報酬はあなたですよ、青島さん」
「え?」
「俺が欲しいのは、あなた自身だ」
「じょ、冗談はよせっ!」
「冗談じゃありませんよ。最初に出会ったときから今まで、ずっとあなたの事に惹かれていたんです」
冗談として片付けるにはあまりにも真剣な龍村の瞳が青島を見詰めていた。
「龍村…」
青島は動けない。
「もし、あなたが望みどおり、私のものになってくれるというのなら、今私が持っている情報の全てを教えますよ。どうですか?悪い取引じゃないと思いますけどね」
「情報の…全て?」
「そうです。地下に潜む『もぐら』達が握る地上の全て。それを手にしたとき貴方はこの世で最大の力を手にしたことになる」
「そんなばかなこと…」
「信じるか信じないかは、あなたの自由ですけどね。でも今の世を動かしているものが、様々な『情報』だということを忘れないでください」
空調が効いているにもかかわらず、ねっとりと澱んだ空気が自分を包み込んでいるのを感じる。
水槽の魚達がたてる水音と相俟って、まるで深い水底にいるようにも思えて。
息苦しい。
今すぐ逃げ出しすべきだと、頭の中の冷静な部分が囁く。
だが、なぜか体は意に反して動こうとしない。
「素直になりなさい。情報が欲しいんでしょう?自分を捨てた室井さんを見返してやるためにもね」
「俺は…っ!!」
にやりと笑った龍村の口が再び開かれようとした時だった。
「そこまでにしてもらおうか」
突然割り込んできた第三者の声。
驚き振り向いた青島の視線の先にいたのは…。
「和久さん!?」
いつから其処に居たのか、部屋の中央に備え付けられたバカラのテーブルに凭れ掛るようにして立っている和久の姿があった。
「…ったくお前は、人の話なんてこれっぽっちも聞いちゃいねぇんだな。俺は龍村には近付くなって言わなかったか?」
「そ、それは…」
「龍村、お前も青島をからかって遊んでんじゃねぇ。それに薬の情報は、俺が先に頼んだ事だぞ?勝手に順番すっ飛ばしてんじゃねぇ」
「ああ、すみません。目の前に美味しそうなご馳走が急に出てきたもので、ついつい…ね」
「何が、ついついだ。俺の目が黒いうちは勝手なことはさせないからな、覚悟しとけ。青島、お前もだ!」
「あ、はっ、はい」
思わず返事をしてしまったものの、突然の展開に全く訳がわからず困惑する。
戸惑いのまま見詰めた視線の先で、龍村が小さく笑って肩を竦めるのが見えた。
「和久さんには敵いませんね。わかりました、『クラック』のルートについて知っている限りの事を教えますよ」
「おう、なるべく詳しくな」
和久の言葉に微苦笑を浮かべた龍村が、ゆっくりと青島の傍を離れ愛用の椅子に腰を下ろす。
何時の間に手に取ったのか、組まれた膝の上には一冊の分厚い本が開かれていた。
龍村の指が古びたページをめくり、本の間に挟まれていた一枚の写真を取り出した。
「男の名前は…」
「ちょ、ちょっと待って!」
話し始めた龍村を遮ったのは、ただ一人今の状況が把握できず、蚊帳の外となっていた青島だった。
「何で和久さんがここに居んの!?一体いつからここに?それに薬の情報ってどういうこと!?」
突然の和久の登場に、半ばパニックになりながら矢継ぎ早に質問を繰り出す青島。
そんな青島を龍村は面白そうに、和久は半ば呆れた顔で見ていた。
「あのなぁ…、俺はお前がここに入って来る前からちゃんと居たんだぞ?」
「えーっ、うそでしょ!?」
「嘘じゃねぇ。龍村に薬の事で何か良いネタが無いか聞いていた時に、お前がここにきたんじゃねぇか」
「…全然気がつかなかった」
「そんなことだろうと思ったよ。周りなんか全然目に入ってないような思い詰めた顔していやがったからな」
呆然と呟いた青島に、困ったような、だが優しい顔を向ける和久。
「青島。お前が情報を欲しがる気持ちも判らないじゃねぇ。…焦る気持ちもな。だがな、忘れるな。お前は、刑事だ。刑事は自分の私情だけで動いちゃいけねぇ。わかるな?」
ゆっくりと諭すように語りかける和久に、青島は応えることが出来ない。
「俺たちの仕事は、犯人を逮捕することだ。それを忘れるなよ」
「……はい」
ようやく小さな返事を返した青島の肩に、和久の大きな手が添えられる。
その手はとても暖かくて。
「和久さん…俺」
「説教は署に帰ってからじっくりしてやるよ。それよりも今は薬のルートを洗い出すほうが先だ」
「あ、はい!」
勢いの良い返事と共に、ようやく青島の顔に笑顔が浮かんだ。
そんな二人の様子を見ていた龍村が、小さな溜息を一つ吐いたのを彼に背を向けていた青島が気付く事は無かった。
「さて。お話も済んだようですし、そろそろ続きを話してもいいですか?」
やや芝居がかった声に慌てて振り向くと、写真を片手にいつものふてぶてしい笑顔を貼り付けた龍村が居た。
「おう、こりゃ悪かったな。話、つづけてくれや」
応えた和久に向かって写真を持っていた右手が閃く。指に挟まれていた写真は、狙いを違わず、和久の居るバカラテーブルの上に滑り落ちた。
「こいつは…?」
「男の名前は、勝見洋一。五年ほど前から力を付けてきた暴力団『蛟龍会』の子飼いの売人です」
「蛟龍会?」
記憶のどこかに引っかかったのか、聞いていた和久の眉根に皺が寄る。
「この男が、逢坂に薬を渡しているっていうのか?」
「そうです」
「こいつが…?」
青島は写真を手に取ると、改めて其処に写し出された男の顔を見る。
写っていたのは一人の茶髪の男。
おそらく隠し撮りであろうアングルからは、はっきりとは判らないが、まだ若い男である。これといった特徴の無い細面の顔には、薬の売人のイメージは無い。ごく一般的な大学生と言っても充分通じるだろう。
「こいつの居場所わかるか?」
「勿論。だが、この男を捕まえたとしても、今回の事件は解決しない」
「どういうことだ?」
龍村は手にしていた本を閉じると、両指を組んで本の上に置き、そのまま瞑想するかのように椅子の背凭れに体を預け、目を閉じた。
「龍村…?」
訝しむ青島に龍村は応えない。代わりに応えたのは和久だった。
「鍵は蛟龍会、か?」
「そう、ですね。……和久さん、5年ほど前に今回の事件と同じような事件があったのを覚えていますか?」
「5年前にか?…そういや、ずっと前に蛟龍会絡みの事件があったな。今回と同じく大量のヤクが流れて。かなり大掛かりな捜査が行われたんだが、摘発寸前で主犯格の男が自殺して結局そのまま有耶無耶になったんだよな」
当時の事を思い出したのか、憤りの色が和久の顔に表れていた。
「そういや、あの時も事件のKの幹部が一人関わってて、名前は確か…」
名前を思い出した和久の顔が強張った。
「和久さん?」
「おいおい、冗談じゃないぞ。何で今ごろ五年前の事件が絡んで来るんだ?」
「さあ…?其処までは判りかねますね。ただ言えるのは、今回もこのままでは終わらないということですね」
淡々と語る龍村に、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「和久さん、如何したんっすか?5年前の事件って…」
青島だけが事情を掴み損ねて一人戸惑っていた。
「…青島さん。実はね、五年前にも一度、今回とは薬の種類は違いますが、同じような事件があったんですよ」
「…え?」
今から五年前。
東京の繁華街を中心に、麻薬の一種であるヘロインが大量に出回る事件が発生した。
丁度その頃、当時の警察では麻薬撲滅のキャンペーンを厚生省と共同で行っており、双方の威信をかけた大規模な捜査が行われたのである。
その結果、近年力をつけ始めた、ある新興暴力団が関わっていることを突き止めた。
暴力団絡みの麻薬事件。
事件の解決は目の前だと思われた。
だが、捜査が進むつれ、事件は更に複雑な様相を見せ始めたのである。
「薬の出所に、大手の製薬会社が関わっていたんですよ」
「製薬会社?」
厚生省の認可を得て、新薬の開発や輸入などを行っていた製薬会社の会社幹部たちが、事件に関わっていたのだという。
「会社の名前は鳳翔製薬。その会社が自社の子会社に卸していた薬の中に、大量のモルヒネがあったんです」
製薬会社側は、モルヒネは鎮痛剤として子会社に卸していたものだといったが、その子会社は法務局に登記のみ存在する、実体の無いダミー会社だった。
「本当の卸し先は、子会社の名前を借りた蛟龍会。そしてご存知かと思いますが、モルヒネに塩化アセチルを作用させたものが…ヘロインです」
「……!!」
大量のモルヒネが子会社に流れ始めた時と同じくして、大量のヘロインが街へと流れ始めた。そしてそれを機に、蛟龍会は勢力を拡大していったのである。
「何で、ヤクザと製薬会社が…」
「もともと蛟龍会は総会屋あがりの組でしてね。鳳翔の、一部の役員連中とは、以前からお付き合いがあったんですよ」
総会屋と会社役員。
最初は脅す側と脅される側だった双方の立場が、何時、どうして共謀する立場へと変わったのか、それは解からない。
金の力を知り付くし利用して来た者達だったからこそ、その誘惑に勝てなかったのか。
いずれにせよ、二つの力は手を結び、お互いの力を持って莫大な財を手に入れたのだった。
「でも、何で其処まで判っていながら逮捕できなかったんだ?証拠だって…」
「証拠は見つからなかったんだよ。事前に摘発を知った奴らにすべて処分されたんだ」
「なんで!?」
「奴らに情報を漏らした奴がいたんだ」
当時の事を思い出したのか、苦々しげに和久が吐き捨てる。
「情報を漏らした奴って…まさか!」
「厚生省医薬安全局長、逢坂直哉氏です」
青島の五感全てが凍りついた。
逢坂直哉。
逢坂健司の、父親。
『どうせ、何もしてないんでしょ?僕の父親の命令で』
『あんたたちはいつもそうだ。正義だ犯罪だって騒ぐ割に、偉い奴にちょっと言われただけで、あっさりそれを捨てちゃうんだよな』
『いつもいつも偉い奴の顔色ばかり覗って、言いなりになって。…悪い事をした奴が犯罪者なら、そうやって犯罪を見逃したあんたたちも犯罪者だよな』
ここに来る前にであった逢坂が言っていた言葉。
もしかすると彼は、五年前の事件を知っていたというのだろうか?
「医薬品管理を行う医薬安全局の人間と、大手製薬会社が繋がっていたとしてもおかしくはありません。ましてや麻薬・覚醒剤対策を行う部署でもあるのですから、摘発の時期を知るのは簡単でしょう」
「おそらく、新薬の認可を出したり、情報を漏らしたりする代わりに、リベートか何かもらってたんだろうよ」
結局、決定的な証拠も見つからないまま、捜査は暗礁に乗り上げた。そして最悪のタイミングで、事件の犯人と思われる人物が遺書を残して自殺した。
「死んだのは、当時逢坂氏の秘書を勤めていた男です。遺書には事件はすべて自分が行ったことだと記してあったそうです」
「そんなっ!そんなのどう考えたっておかしいじゃない!身代わりにされたに決まってる!!」
「当時の捜査員たちも勿論そう考えて、更に詳しい捜査をしようとしたんだがな。……結局、上からの指示で有耶無耶のうちに事件は幕を閉じちまった」
官僚同士の馴れ合い。
おそらく逢坂と上層部の間で、何かやり取りがあったに違いない。
逮捕目前に打ち切られた捜査。
全ての罪を背負って死んだ男。
数々の思いが全て闇の中へと葬られた。
「…前の事件のルートがまだ生きていたってことか」
「ええ。流石に規模は縮小していますし、子会社の名前も変わっていますが、ルートそのものは生きています」
捌く薬の種類も多様化し、未成年者にも簡単に手に入れる事が出来る安価なものが大量に出回っているらしい。
「今度の事で、上から圧力が掛かったのも息子の事だけが原因じゃなかったってわけか」
「多分ね。集まった情報から考えて、今回も前回同様、逢坂自身が絡んでいると見て間違いないでしょう。況してや今彼は、医薬安全局トップの立場にいます。前回以上の権力がその手に有る」
「麻薬ルートの解明どころか、ヘタすればこちらの立場が危ないか…」
振向いた和久の目が、俯く青島を捕らえる。
気配を感じた青島が顔を上げると、年齢を重ねながらも、なお輝きを失わない目が無言で語りかけていた。
お前は、如何するのか。と。
問い掛けに目をとじ、暫し瞑目する。
停滞した時の中。再び開かれた瞼の下で耀く琥珀の瞳。
「……龍村。五年前に死んだ男の名前と住所わかるか?」
「……あおしま!?」
「残念ながらそこまでは。でも良いんですか?これ以上関わると、貴方自身の立場も危うい。下手をすると刑事を辞める事にもなるかもしれませんよ?」
「それでも、このまま何も知らなかったで済ます訳にはいかないよ。真実を探して付き止めなきゃね。…だって俺、刑事だもんな」
そう言って笑う青島を見て、龍村は何も言わずに小さく肩を竦めた。
「やれやれ。しょうがない奴だな、お前は。やっぱり人の言う事なんざ、これっぽっちも聞いちゃいねぇ」
和久も呆れた口調で話しながらも、その顔はやはり優しかった。
「すみません」
「まぁ良いさ。勝見っていう売人のことは任せておけ。麻薬所持の現逮なら、上の奴らにも文句言わせず身柄確保できるだろう」
「和久さん!」
「俺も引退したとはいえ、刑事だからな。このまま放っておくわけにはいかねぇな」
しょうがないと言いつつ、青島に向けたその顔は出来の悪い息子を見詰める父親の其れにも似て。
青島は、そんな和久に軽く頭を下げると、そのまま大空へ飛び立つような勢いで地下室を後にした。
青島が去った地下室に、再び静寂が戻る。
先程までは気にも留めなかった水槽の水音が、今は煩わしいほど聞えてくる。
エアポンプのモーター音。
巨大な魚が跳ねる音。
再び時間の流れの止まった部屋。
そんな深い水底にも似た空間で、沈黙を破ったのは龍村だった。
「和久さんも甘いですね」
「お前も人のこと言えねぇだろうが。頼んでもない事、あれこれ教えてくれてよ」
「そうでしたか?」
「まったく、その本一冊じゃ安すぎるんじゃねぇのか?」
龍村は、その問いに何も応えず、手の中に在った古い洋書のページを捲った。
「まあ、お前が其れで良いって言うなら、俺は構わないけどな。…けどな、龍村」
「…?」
「あいつだけは止めとけ。あいつの光はお前には強すぎる」
無言でページを捲っていた龍村の手が止まる。
「所詮、地下の『もぐら』は、地上の光を手に入れることなんて出来ねぇんだ…」
憐憫を含んだ和久の言葉を如何捕らえたのか。龍村はただ無言で再びページを捲る。
そして、小さな挿絵の一つに目を留めた龍村の口が微かに動いた。
「それでも……」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も」
笑いながらそういうと、龍村はそれ以上、何も話そうとしなかった。
一段一段、ゆっくりと階段を上がっていく足音を聞きながら、先程見つけた挿絵に目を落とす。
描かれていたのは、この世に存在しない一羽の美しい幻の鳥。
「……それでも、一度は手にしてみたいと願ってしまうのは何故なんでしょうね」
その呟きは誰にも届かない。
深く、暗い地の底で。
一匹のもぐらが、小さく笑った。
続く
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はい!お久し振りです!!!
以前の更新から2年以上のブランクを経ての漸くの更新…。ほんっっっっとうにお待たせいたしたああああっ!
で、まだ続きます。(殴)
今回のゲストは『もぐら』こと龍村氏。過去の情報説明をさせるのに、とても便利な方です。
で、次回のゲストも同じく情報説明にもってこいの方!
一体誰でしょう?
TVシリーズにも出た方なんですが……マニア過ぎてわかんないかも。
個人的には、凄く好きな人。役…も、なんですが、俳優さんそのものも結構好き。
で……誰?