いくつもの愛をかさねて

Scene 10 〜哀傷〜

 

過ぎ去った時間は戻らない。

死んでしまった者は還らない。

過去を取り戻すことは

出来ない。

だから人は、未来へ向かう。

過去を捨て未来へと生きる。

けれど。

過去を消し去ることは

出来ない。

過去は

消せない。

そして

未来は

過去の上に在る。

 

Scene 10−A

 重い心と体を引きずりながら帰宅したアパートの前で出会った男。

「青島君だね?乗りたまえ。君に話があるんだ」

 黒塗りの公用車から降りてきたのはあの男。

 冷たい声で査問委員会の通達をしたあの男。

「・・・・・・刑事局長?」

 なぜこの男が、自分の前に現れる?一介の巡査部長である自分の前に。

「如何した?早く乗りたまえ。君と・・・君の上司の今後について少々話したいことがあるんだよ」

 俺と、俺の上司?・・・室井さん?!

 強張る俺を見て、局長が笑う。

 嫌な予感が消えない。

 このまま立ち去るべきだと警告の声が聞こえる。でも、俺は立ち去ることが出来なかった。

「君の行動如何で、室井君の未来が決まる」

「・・・!!」

 革張りのシートの中で、あの男が笑っていた・・・。

 

 それから何処をどう走ったのか覚えていない。気が付いたときは、どこか高級マンションの一室に

刑事局長と二人で向かい合っていた。

 高級そうなソファーに勧められても座ろうとせず、部屋の入り口付近に立ったままの俺に、あいつが

苦笑を浮かべていた。

「そんなに警戒することは無い。これから君に話すことは君にとっても有利なことなんだよ」

 ゆったりとソファーに座り、余裕さえ浮かべるこの男に怒りさえ感じる。

「一体どんなお話でしょうか?お忙しいはずの貴方が、たかだか所轄の位置刑事に一体何の御用が

あるって言うんですか?」

「そう、いきり立つもんじゃないよ。何、簡単なことだ。・・・一週間後の査問委員会のことだ」

「・・・なっ!?」

 あっさりと、まるで人事のように告げられた言葉に絶句する。

「・・・青島君、君は警察官を続けたいかね?」

 聞かれるまでも無い。出来ればずっとこの仕事を続けたい。でも。

「君は室井君に、警察官を辞めてほしくないだろう?」

 あたりまえだ!!室井さんはこれからの警察機構の為に必要な人間なんだから。だけど・・・。 

「・・・あんた一体何考えてるんだ?何でそんなことを俺に聞く?・・・第一査問委員会にかけると

いったのは、あんただろうっ!?」

 話しつづけていくうちに高まっていく感情。

 深まる不安と纏わりつく不快感。 

 嫌な予感がますます強くなっていく。

「そう。査問委員会にかけるといったのは私だ。だからこそ、その決定にも少々関与することも出来る」

「・・・え?」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 戸惑う俺に、畳み掛けるように話を続ける。

「解らないか?私なら君たちの処分を取り消すことも出来るんだよ」

 体が凍る。

 この男は、何を言っている?

 視界の中の男の顔が歪む。

「取引だよ、青島君。君が私のものになると言うなら、君対の処分を軽くしてあげよう」

 俺・・・が?

 あんたの・・・物に?

 何を・・・言っているんだ?

「すべては君の返事次第だ。もっとも、全くの無傷というわけには行かないがね。少なくとも君には

一時期、湾岸署を離れてもらう事になるかもしれないが・・・」

 男の口が何かを喋っている。だが、そんなことはもう、どうでもいい!

「何を考えているんだあんたはっ!!!」

 怒りで視界が歪む。

 こんな奴がいるから!こんな奴が上にいるからいつまで経っても何も変わらないんだっ!!

「・・・なるほど。報告書にあったとおりの反応だな」

 薄笑いさえ浮かべ、俺を見ているあいつ。

 俺の怒りは奴の頭上を素通りしていく。

「・・・報告書?」

「ああ。君のことをね少々調べさせてもらったんだよ。君の勤務態度や性格。プライベートについても少々ね」

 話をしながら、テーブルの上に投げ出された書類と、写真。

 そこに写っているのは、俺・・・?

 ふいに、強まる不快感。蘇る悪意に満ちた視線。

 まさかっ!!

―青島さん…あなた、監視されてますよ。

―あなたの事を調べていたやつらがいます。今の事は勿論、過去の事もすべてね

 龍村の声が聞こえる。

「最初は、あの室井君があそこまで拘る人間とは一体どんな男なのかという、ただの好奇心だったんだがね。

調べていくうちにいろいろ面白いことが判って来てね」

「・・・・・・面白いこと?」

「ああ。たとえばこの写真のこととか・・・」

 意外と長いその指が示した一枚の写真。

 それを見た俺の呼吸が、止まる。

「なかなか良い写真だと思わないか?君の表情も良く撮れているよ」

 示されたのは。

 あの日の・・・あの雨の日の写真。

 締め切られたカーテンの隙間から撮られた俺と・・・室井さんの・・・。

 体中の血が逆流をはじめる。

「・・・なんで、こんな」

「他にもまだあるんだよ、青島君。・・・いや、日野宮君・・・と言ったほうがいいかな」

「っ!!」

 体が震える。

 体のすべてが・・・凍りつく。

 冷たい汗が流れる。

 なぜ、その名前を知っている?

―ニゲロ。ココカラスグニ、ニゲロ!

 心の奥で警告する声。

 でも。足が、動かない。

「・・・君の母上は再婚したんだね。苗字が変わっているなんて思っていなかったから気が付かなかったよ。

それに、まさか君が刑事になっているなんて思っていなかったしね。・・・ああ、でもなぜすぐに気が付かな

かったのかな。あの子からよく写真を見せてもらっていたのに。自慢話もたくさん聞いていたのにな」

「あんた・・・一体?」

―ヤメロ。ナニモキクナ!

 強まる警告の声。心の声が言っている。

―オレハ、コノオトコヲシッテイル。

「私は、翼の・・・君が殺した幸坂翼の父親だよ」

「こうさか・・・たすく・・・?」

 蘇る声。蘇る顔。

―・・・俊。俺はお前を・・・。

 消えない声が耳の奥に響く。消えない顔が目の前の男と、重なる。

「嘘・・・だ」

「嘘じゃない。事情があって子供の頃に里子に出した子だけどね。血の繋がった実の父親だよ」

「うそだっ!!!」

 どんなに耳を塞いでも、顔を背けても。

 心を閉じても。

 消えなかったあいつ。

 消せない、過去。

「な・・・んで?どうし・・て?」

 なぜ今ごろ俺の前に現れる?何で今ごろになって・・・?

「・・・さあな。ただはっきりしているのは、これは復讐だということだ」

 復讐・・・?翼を、コロシタ俺への・・・?

「君への・・・ではない。あの事件のことは忘れたわけじゃない。君への恨みもね。だが、事件そのものに

関して言えば君は被害者だった。むしろ恨まれるべきは翼のほうだったかもしれない」

「・・・じゃあ、復讐って誰の?」

 男の顔が醜く歪む。 

「室井君だよ」 

「むろい・・・さん?」

 どうして?!何であのひとがっ!

「彼には入庁した頃からずっと目を掛けてきた。東北大卒で何の派閥に属さない彼の為に、随分と骨を

折ってきたよ。今の彼の地位があるのは、半分私のおかげだ。・・・それを忘れ、事もあろうに私を裏切り

私の顔に泥を塗ってくれた」

 だから復讐をするって言うのか?そんなことの為に室井さんを傷付けるっていうのか?!

「・・・君が自分の為にその身を差し出したとしたら、室井君はどんな反応をするかな?あの清廉潔白な男が、

自分の愛するものが自分の為に裏取引に応じたと知ったら、一体如何するかな?」

 吐き気が込み上げてくる。

 自分の欲望の為に、簡単に他人を傷付ける男。

 それだけの権力を持っている・・・男。

「俺は・・・俺は、取引には応じないっ!!第一室井さんが苦しむと解っていてなんでそんなことが・・・!」

 出来るわけが無い!それに俺は決めたんだ。例え何があろうともどんな奴とも取引しないと。 

「いや、君には取引に応じる義務がある。私から翼を奪った代償にね!」 

 次の瞬間、凄まじい力で捉えられる腕。そして、引き千切られた時計のベルト。

「・・・っつ!!」 

 現れたのは。

 罪人の・・・証。

「この傷がある限り、君は私に逆らえない。そうだろう?・・・日野宮俊作君」

「・・・俺はっ・・・!」

 目の前の男の顔が・・・と重なる。

 同じ顔。

 同じ声。

―俊作。お前は俺のものだ・・・。俺だけの・・・。

「・・・た・・・すく・・・。おれは・・・」

「素直に言うことを聞きたまえ。これは君にとって何の損も無い取引だと思うけどね」

 膝から力が抜ける。

 崩折れた俺の手首を、誰かの手が握っている。

 昔の・・・あの時と同じように。

「・・・オレハ・・・」

 俺に、選択肢は・・・最初から、無かった。  

 

 

―愛してるよ、俊作。

 耳元で誰かの声が聞こえる。

―青島・・・。俺はお前を愛している。

 誰かの声が、聞こえる。

 

 

「・・・さん」

 呟いた声は。

 誰のものだったのだろう。

 

To be continude

あ〜、どぉしましょお〜〜〜(大汗)

青島君、御免ね(笑)

なんだかとんでもない展開になってしまってます「いくつものS-10」。

でも、一応この刑事局長とのことは最初から頭にあったもんで、

まぁ、私としては予想通りの展開と言う事で…。

ところでこの刑事局長さんですが。

ビデオ見ててあれっと思ったのですが、

TV最終話では中山仁さん。スペシャル&映画では

それぞれ別の方が演じてらっしゃるんですよね―。

んでもって、「歳末」で警備局長だった池神局長は

「THE MOVIE」では刑事局長。

どーなってんじゃいっ!!一体誰のイメージで書きゃいいんだっ!!

と一人パニクってしまったでんでんむしでした。

取り敢えず、「いくつもの〜」は「THE MOVIE」まで行く予定ですので、

池神氏のイメージで書いていますが・・・。

特に限定してませんので、皆様のお好きな方をイメージしてやってください(笑)

ええ!もう中山さんでも大和田さんでも津嘉山さんでも!!

あ、誰にしても皆、オヤジか(殴!!!)