いくつもの愛をかさねて

Scene11.〜割愛〜

 

沢山の出会いがあれば

同じ数だけ別れがあると誰かが言った。

転校

卒業

転職

結婚

そして

様々な別離

でも二度と会えなくなるわけじゃない

いつでも会える

想い出という名の再会で

そう

あの人とも。

だから・・・。

 

Scene11−M

 何も無い部屋。

 必要最低限の家具と食器類。飾り気の無い、日に当たり少し黄ばんだカーテン。無機質な壁。

モノトーンの床。

 何も無い部屋。

 寛ぐ訳でなく、楽しむ訳で無く。

 ただここに居るだけの。ただ眠る為だけの、部屋。

 上京し、今の職に付いてからずっと過ごしてきた部屋ではあるが、ここには・・・。

 書類や本など、僅かな私物を片付けながらもう一度部屋を見渡す。

 染み付いた思い出も、捨てきれない思い出も、何も無い。

 ・・・いや、たった一つだけあるか。

 絨毯の上に微かに残った染みを見つけ、自嘲する。

 あの日、彼の手から零れ落ちたウイスキー。

「結局、落ちなかったな・・・」

 地味な淡色の絨毯の上に残った染み。消えない・・・消せない染み。

 まるで、自分の彼に対する気持ちのようだ。

 あの日、はっきりと気が付いた青島への自分の想い。初めて会った時から少しずつ少しずつ

心に染み込んでいった彼への想い。 

 消せない、想い。

 衝動のままに口付けたあの夜。そして今日。

 本当はこのままずっと胸に秘めたままでいるつもりだった。ずっと告げるつもりなど無かった。

 ・・・だが。 

 上層部に逆らった結果の査問委員会。何の後ろ盾も無い自分にとって、今回の処分は決して

甘いものではないだろう。どこかへ飛ばされるだけならまだいい。最悪の場合は・・・。

 ・・・もう、二度と彼と会うことは無いかもしれない。

 昇る朝日の下で陽に透ける彼と語りつづけていくうち、心は決まった。

 何事にも囚われず、自由に、思うままに生きる。 

 青島のように。

 その結果、すべてを失うことになっても構わないと思った。このまま何も伝えられないまま、

二度と逢えなくなるぐらいなら・・・。

 『俺は、お前を愛している』

 伝えた想い。その返事は・・・。

―ゴメンナサイ。

 彼は、泣いていた。

 軽蔑されてもいいと思った。

 何を考えているのかと、罵倒されてもいいと思った。

 殴られても構わないと思っていた。・・・だが。

 傷つけたくは無かった。

 青島の涙が、浮かんで消えない。

 ・・・青島。

 自分は、間違っていたのだろうか?

 ・・・青島。 

 君は今、如何している?

 脳裏に浮かぶ彼の顔。苦しそうな・・・悲しい顔。

 俺は・・・。

 と、そこへ突然部屋に響く玄関チャイムの音。

 時計を見ると、もう午前1:00を回っていた。

 一体誰がこんな時間に?

 訝しげに開けたドアの向こう。

 脳裏に浮かんだままの顔をした彼が、そこに居た。

 「・・・青島?」

 

Scene11−A

「・・・青島?」

「・・・こんばんは」

 開かれたドアの向こうに訝しそうな室井さんの顔が見えた。

 そうだよな。

 もう真夜中といっていい時間。

 普通こんな時間に訪ねる奴なんていないもんな。

 ・・・全く何をしているんだろう。・・・俺は。

『君に、考える時間を上げよう』

 あの男はそう言った。

『如何するのか、じっくりと考えるといい』

 笑ってしまう。

 俺に、選択肢など初めから無いのに。

 この傷がある限り。俺が、翼を・・・死に追いやった、その事実が消えない限り。

 あの後。逃げるように部屋を出た後、何処をどう歩いたのか自分でも良く覚えてない。

 気が付いたら。

 ここに居た。

 本当に、何やってんだろう。何でこんな所に居るんだろう・・・。

『復讐だよ』

 あいつは、そう言ったのに。

 俺はここに居ちゃ・・・ここに来てはいけない人間なのに。

 でも。

『青島・・・俺はお前を愛している』

 アイタイ。・・・アナタニアイタイ。 

 会ってはいけない筈なのに。そんな資格なんて俺には無いはずなのに。

 デモ、アイタイ。…アナタニ、アイタイ。

 心が。

 叫んでいる。

 室井さん。俺は・・・。

「如何したんだ?こんな時間に」

 こんな時間にいきなり訪ねたにもかかわらず、優しい声で聞いてくれる。その声を聞いている

うちに、訳も無く泣きたくなってきて。

「・・・・・・俺」

「どうした?」

「す、済みません!!俺、帰りますっ!」

 やっぱり駄目だ!

 俺はここに来ちゃいけなかったんだ!!

「お、おいっ!まてっ!!」

 強い力で捕らわれる腕。その手の暖かさに思わず泣きたくなる。

「・・・っ!」

 ・・・逃げられなくなる。

「帰るって、一体どうやって帰るつもりだ?もう1時過ぎだぞ」

 腕を掴む手の力はそのままに、室井さんが俺の顔を覗き込んでくる。

 俺はその顔を見ることが出来ない。

 「・・・タクシーでも拾って帰ります」

 「・・・良いから上がれ!」

 誘われた声も拒むことは出来なかった。

 半ば彼に引きずられるように部屋に入る。

 ここに来るのは二度目。あの雨の日以来のことだった。

 もう、二度と来ることは無いと思っていたのに・・・。

 この前と同じソファーに向かい合って座る。

「飲むか?」

「・・・いただきます」

 勧められるままに、出されたアルコールに口をつける。あの日と同じウィスキー。ストレートの

褐色の液体が、喉と胃を焼いていく。

 お互いに何も語らないまま、時間だけが過ぎていく。

 話したい事が判らない。・・・如何して良いのか判らない。

 体の中を焼く強いアルコールも、凍えた心までは溶かしてくれそうも無かった。

 ふと、リビングの隅に纏められた荷物に目がとまる。

 整然と纏められたいくつかの荷物。畳まれたままのダンボール。

 固まった俺の視線を追って、室井さんもそれらに目を向けた。

「ん?・・・ああ、散らかったままで済まない。ちょっと片付けの途中だったんだ」

 片付け?何で?如何して?!

「いつでもここを出れるようにな。もっともたいした私物は無いんだが・・・」

「如何してっ?!」

「あおしま・・・?」

 俺の当然の大声に、室井さんが驚きの顔を向けている。でも、一度高ぶった感情を止める

ことは俺には出来なかった。

「如何して貴方がここを出なきゃいけないんですか!!」

 室井さんがここを出て行く。それが意味することは。

「査問委員会の決定次第では、何処に飛ばされるか判らないからな。今のうちに・・・」

「貴方が処罰されることなんて無いんだ!!室井さんは何も悪くないっ!悪いのは・・・」

―・・・俊が悪いんだ。お前が俺を・・・。

―あなたのせいよ!あなたがあの人を・・・。

―君には取引に応じる義務がある。私から翼を奪った代償にね・・・。 

 ・・・そうだ。

 悪いのは、俺だ。

 全ては俺のせいなんだ。何もかも・・・全て。

「青島?」

「・・・室井さんが罰を受ける事は無い。あんたは今のまま上を目指してくれれば良いんだ。

罰を受けるのは俺だけで、いい」

 許されざる罪を負った罪人が罰を受けるのはあたりまえだ。だけど、室井さんは何もしていない。

罰を受けるようなことなど、何一つ。

「馬鹿なことを言うな。命令無視の単独行動だぞ。上が黙っている訳が無い。それに、あれは

全部俺自身の意志で・・・」

「違う!あんたは何も悪くないんだ!!全部、俺のせいなんだ。あんたがこんな事になったのも、

あいつが死んだのも、全部・・・!!」

―もし、お前がいなかったら・・・。

―あなたさえいなければ・・・。

 過去からの声が俺を糾弾する。どんなに耳を塞いでも聞こえる声が。

「どうしたんだ?!何を言っているんだ!!」

 耳を塞ぎ蹲る俺の肩を、テーブル越しに室井さんの手が掴む。その手の温もりが、一瞬

過去からの声を消した。

「顔色が悪いな。大丈夫か?少し飲みすぎたんじゃないのか?」

 糾弾の声の代わりに聞こえてくる優しい声。肩を掴んでいた温もりが離れ、代わりに宥める

ように軽くたたかれる。

「ちょっと待ってろ。冷たい水を持ってくるから」

 手が、離れる。

 離される。 

 温もりが、消える。

 イヤダ・・・!

「お、おい!」

 室井さんの驚いた顔が見える。

 俺の左手が室井さんの腕を掴んでいる。

 剥き出しになった手首の醜い傷が、赤く浮かんでいる。

「・・・いやだ。・・・もう・・・いやだよ」

 寒い。

 何が?

 体が?

 それとも。

 ・・・心が?

 掴んだままの腕を力いっぱい引き寄せ、その温もりを胸に抱きこむ。 

「・・・・・・」

 声にならない声が漏れる。

 離したくないんだ。

 離れたくないんだ。

 本当は・・・ずっと。

 

 

 抱きしめていた腕がそっと離され、代わりに包み込むように抱かれる。

 温もりを全身で感じる。

 暖かい手。暖かい唇。暖かい体。

 抱き込むように覆い被さってくる体に、俺の冷たい手が回される。

 凍えた体に這う熱い手。

 凍った体を侵略する熱いあの人自身・・・。

 

―コレデイイノ?

 判らない。

―ホントウニ、コレデイイノ?

 判らないよ。

 今は・・・何も、判らない・・・。

 

 

 傍らに眠る彼の前髪をそっと掻きあげる。

 可笑しいね。起きている時と同じ眉間の皺。どんな夢を見ているんだろう?仕事の夢かな?

 それとも?

 一緒に見れたらいいのにね。

 同じ夢を見れたらいいのにね・・・。

 肩に回された腕をそっと外し、眠っている室井さんを起こさないように起き上がる。

 もう、行かなきゃいけない。

 もう、ここに居ちゃいけない。

 これ以上、もう・・・。

 好きだよ。

 愛してるよ。

 だから。

 

 「・・・さよなら」 

 

 

 来た道をもう一度引き返す。

 その先に何があるのか、十分承知の上で。

「早かったね。もういいのか?」

 窓辺に立ち、血のように紅く染まった朝日を浴びながらあの男が振り向く。

「・・・条件を呑むよ。あんたの好きにすればいい」

 心は全てあの人の元に置いてきた。今ここにある体はただの抜け殻だ。その抜け殻を

如何しようが俺には関係ない。

 あんたの好きにすればいい。

「健気だね。室井君の為に全てを捨てる・・・か」

「室井さんは関係ない。これはあんたと俺だけの取引だ。俺が警察官を続ける為だけのな。

・・・あんたが室井さんの事に口を出そうが如何しようが、そんなことは俺には関係ないことだ」

 奴が笑う。

 冷たい笑い声。

「良いだろう!これは君と私の取引だ。室井君のことは私が勝手にすること。・・・それでいいか?」

 返事の代わりに前に出る。

 頬に触れてくる冷たい手。

「忘れるなよ。・・・君は私のものだ」

 体に回される手。

 体を這う手。

 何も感じない。

 この体には心が無いから。

 これはただの抜け殻だから。

「・・・・・・さん」

 頬を伝いこぼれ落ちるものが何なのか、俺にはもう、判らなかった。  

 

  

 

「処分が決定した。青島巡査部長は、湾岸署刑事課から離れてもらう」

「室井警視は、訓告。・・・以上!!」

 

 罪がまた一つ増えていく。

 科せられた罰も・・・。

To be continude

お待たせしました(誰も待ってねぇって;;)Sー11!!

なんだか青島君がどんどん壊れて行くような気が…。

今回一度書いている途中でデータがぶっ飛ぶと言う

おっそろしいアクシデントに襲われ、

改めて書きなおしたんですが、

なんかねぇ、書きなおす前よりも青島君が不幸だ…。

はっはっはっ。これから一体どうなるんでしょうねぇ(大汗)

…室井さ〜ん、頑張ってくれ〜〜〜(ー“ー;)