いくつもの愛をかさねて
Scene 9 〜隘路〜
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ずっと何かから逃げていた。
夢・理想・未来
憧れるのは簡単
叶える事は至難の業。
一人じゃ怖くて
一人じゃ何も出来なくて。
一人じゃないとわかった時
初めて逃げるのを止めた。
あの人となら前に進めるかもしれない。
あの人と一緒なら…。
でも
それは新たな恐怖。
怖くて、
その手に触れられない。
恐くて、
その心に…答えられない。
Scene 9−A
「確保!!」
室井さんの一声と共に、一斉に突き付けられる銃口。
安西は。
笑っていた。
非現実的な光景。
無数の銃口の前に身を晒しながらあいつは、笑っている。
安西の手が動く。握られた銃。定められた照準。
安西の瞳が俺を見ている。その瞳の奥には。
…何もない。
銃口に狙われる恐怖も苦痛も。死の恐怖も。生きることの喜びも。
笑っている瞳の奥は、空っぽで。
俺はその瞳に誘われる様に前に出る。
俺は…怖かった。
でも、俺の足は止まらない。ゆっくりと1歩ずつ前に出る。
立ち止まることも背を向けて逃げることもできない。
止まれば二度と歩けなくなる。逃げればもう戻れない。
負けられない。あの空っぽの瞳には負けられない。
和久さんの苦しみ。真下の痛み。
―仕方ない…負けだ。
室井さんの…思い。
たくさんの心が俺を1歩ずつ前に進める。
恐怖も苦痛も、痛みや悲しみも。そして喜びもすべて。
全部俺の中にある心だ。その心が俺を支えてくれる。
安西の指に力がこもる。
「安西!!」
室井さんが銃を構える。室井さんの瞳が俺を捕らえる。
俺の目もまた、室井さんを捕らえる。
あ、切羽詰った室井さんの顔なんて始めてみたね。
でも。
大丈夫だよ、室井さん。俺は、大丈夫だ。…そうだろう?…安西。
安西の手が、動いた。
Scene 9−M
安西の手が動いた時。
私は産まれて初めて、人間に対して引き金を引いた。
勿論、実際に引いたわけではない。もしそうなら今頃私はここには居ないだろう。
だが、心の中では引いていた。
青島が撃たれる。青島が、死ぬ。
そう思った瞬間、私の全身の血は凍り付いてしまった。
無数の羽虫が耳の奥で翅を震わせる。
流れることを止めた血管の中を棘だらけの何かが走り回る。
恐怖。
あの時私のすべてを支配していたものは、紛れもない恐怖だった。
その恐怖から逃れる為、引き金を引いた。…つもりだった。
この指を止めたのは。
他でもない、彼だった。
あのときほんの一瞬、絡み合った視線。
―大丈夫。俺は、大丈夫だよ。
あいつの目がそう言っていた。根拠も何もない。ただの直感。
それは正しかった。
青島は。
安西に、勝った。
今、安西は和久刑事の取調べを受けている。さっき和久さんに呼ばれた青島も一緒だ。
和久さんの声が取調室の隙間から聞こえてくる。
「…こいつがいる限り、警察は死なねぇ」
ああ、そうだな。彼が…青島の心がある限り「警察」は死なない。
組織の事じゃない。警察の心。その信念。
多くのキャリア達が忘れてしまった心を彼は持っている。彼に接した仲間達もまた。
「あとは、頼んだよ」
和久さんが去っていく。彼は明日から刑事ではない。
全ての事をやり終え、すべてを次の世代に譲り去っていく。
その顔は、穏やかだった。
私も和久さんを見送ったあと、本部に戻る。
犯人を逮捕してもそれで終わりではない。私にはまだやるべき事が残っている。
刑事として。一課の管理官として。
私に残された時間は少ない。だが、出来る事はすべてやっておこう。
悔いの残らない様に。
あと1週間。
査問委員会までに残された、時間。
Scene 9−A
査問委員会まで、あと1週間。
1週間後。その先は…。
屋上のフェンスの上に腕を組み、顎を乗せる。
ぼんやりと明るくなって行く東の空。
夜明け前。西の濃藍と東の浅葱色。
不思議なグラデーションを描きながら夜が朝に変わっていく。
綺麗だ。
ここに来てから、こんな風に夜明けの空を見たのは初めてだった。
夜勤も徹夜も何度もあったのに。
こんな風に空を見上げた事は一度もなかった。そんな余裕、なかったんだ。
夢中だった。なにもかもが初めてだらけで。
笑って。怒って。悲しくて。…楽しかった。
長くてあっという間の三ヶ月だった。なんだか、たった三ヶ月の間に一生分の経験をした気分。
1週間後、俺は何処にいるんだろう。…そのあとは、何してるんだろう?
室井さん…。あの人は、どうなって…。
「…こんな所でなにをしている?」
「室井さん?!」
急に声をかけられ振り向けば、こちらに歩いてくる室井さんの姿があった。
「取り調べ中じゃなかったのか?」
「休憩中です。…そう言う室井さんは?」
「…私もだ」
そう言って俺の隣に並ぶ。
二人ならんで夜明けの空を見上げる。俺も室井さんも、何も言わず流れる雲を眺めていた。
どれくらいそうしていたんだろう。沈黙を破ったのは室井さんの方だった。
「…安西は、自供したか?」
「…はい」
「そうか…」
6年前、和久さんの後輩が殺された事件。安西はすべてを認めた。
意外なほどあっさりと。その顔にはなんの後悔も苦痛も浮んでいなかった。
あいつにとって人生はゲームみたいなものなのかもしれない。
俺や、自分自身も含むすべての人間はそのゲームのコマに過ぎない。そして、そのゲームの終わり
には、何も、残らない。
「…あいつは、今の自分に満足してたんでしょうか?」
「…さぁ…な」
安西の虚無の瞳が浮ぶ。その心は誰にもわからない。
「いずれにせよ、これで決着がついたってことですね」
「そうだな。あとは裏付捜査と、送検と…。そのあとは…」
「……」
捜査が終ったそのあとは。
「査問委員会、か…」
「……はい」
捜査マニュアルを無視し、命令無視の単独捜査。
―仕方ない…負けだ。
キャリアにとって、査問委員会にかけられるという事は、出世の道を絶たれたと同じこと。
警察機構を変える為、ずっと頑張ってきた室井さん。その足を引っ張ったのは、俺。
『正しい事をしたければ上に行け』
以前、和久さんが俺に言った言葉。その時は、なんのことか良く判らなかったけど。
今なら解かる。そして室井さんこそが、それを実現できる人物だったんだってことも、やっと解かった。
けど…。
「室井さん…」
「なんだ?」
「…済みませんでした。俺のせいで、室井さんまで査問委員会に…」
「君のせいじゃない。あれは私の意志でやった事だ」
「でも!」
「確かに、後悔してないといえば嘘になる。だが、あのまま君を処分していたら、きっともっと後悔してた
ろうな」
「…室井さん」
そう言った彼の目は、とても優しくて。
「君と出会ってから、私の歯車はずっと狂いっぱなしだった。…ずっとそう思っていた。だが、本当は
違ってた」
「え?」
「狂っていたのは、私のほうだった」
俺と同じような格好で空を見上げる室井さん。
薄暗かった屋上は、次第に明るさを取り戻し、空を見上げる室井さんの顔をよりはっきりと映し出す。
「今の警察組織を変える為に頑張っていたつもりが、何時の間にか目標と目的が入れ違っていた事
にも気付かずに…。出世の為なら誤ったことにも目を瞑り、人の心を無視し続けていた。その事に
気付かせてくれたのは、君だ。君が狂っていた歯車を元に戻してくれたんだ」
俺が…?室井さんを?
「俺は大丈夫だ。査問委員会でどんな処分が下ろうともな。たとえどん底に落とされたとしても、
もう一度這い上がって見せる。もう間違えたりしない。俺は俺の信じるままにやっていくつもりだ」
「…室井さんは、強いっすね」
「この『強さ』をくれたのはお前だ」
「…え?」
俺のほうに向直りまっすぐに見つめてくる。
迷いの無い強い瞳。どんな時もまっすぐに背筋を伸ばして歩いて行くその姿。
初めて見た時から、その姿は変わらない。
あの時から、ずっと…だったその姿。
「お前に出会って、お前と一緒に仕事をして俺は大切なものをたくさん貰った。強さも、優しさも」
朝日が昇る。煌く光が室井さんの顔を正面から照らす。
眩い朝日から目を逸らさずにまっすぐに俺を見る室井さん。
「…この想いも、すべて」
…眩しい。眩しくて目が…。
「青島…。俺はお前を愛している」
アイシテイル。
室井さんの声が胸に響く。
アイシテイル。
…俺は。
「ずっと前から好きだった。最も気付いたのは最近だがな」
そう言って微かに苦笑する。ああ、室井さんの笑った顔見たのって初めてじゃないかな。
「軽蔑してくれても構わない」
軽蔑なんてしない。
「憎んでくれても構わない」
憎むなんて出来るわけが無い。
「愛している。もう、自分の心に嘘はつけないんだ」
俺は…。俺の心は…。
室井さんがゆっくりと前に出る。俺は動けない。
その手が頬の触れ、唇が重なっても俺は動けなかった。
優しいキス。以前とは違うそっと包み込むようなキス。
俺は目を閉じてそれを受け入れる。
好きだよ。俺だって室井さんの事が好きだ。
ずっと、ずっと好きだった。
この気持ちに、もう嘘はつけない。
でも。
―オマエハ、オレノモノダ。
声が聞こえる。…の声が。
―オレダケノモノダ。ダレニモワタサナイ。
手首に走る妬けつくような痛み。止めど無く流れ続ける紅い血。血に染まった俺の手が冷たい
ナイフを握っている。ナイフの刃先があいつの首に当てられ、刃を引いた。
紅。真紅の血。
流れる続ける俺とあいつの…。
「青島…」
何時の間にか体を離した室井さんが俺の瞳を覗きこんでいた。
室井さんの手が俺の頬にもう一度触れる。
その指は濡れていた。
「済まない…君を傷付けるつもりじゃなかった」
室井さんの指を濡らしたのは俺の涙だった。
俺は泣いていた。でもこれは室井さんのせいじゃない。
「ごめんなさい…」
「謝るのはこっちだ。…済まなかった。今のことはもう…」
違うんです!
室井さんのせいじゃない事を解かってもらいたくて、必死で首を振る。
「俺も…俺も、室井さんの事…好きです」
「青島…!」
「ずっと…初めてあった時から…」
「本当…に?」
好きでした。…でも。
「ごめんなさい…!」
差し伸べられた手を振り切る様に走る。
階段を駆け下り、使われていない小部屋に駆け込んだ。
ドアを閉め、そのままズルズルと座り込む。
膝を抱える左手首に、時計のベルトの隙間からまっすぐ走る傷跡が覗いている。
これは刻印。
罪人に与えられた、罰。
好きです。俺も室井さんが好きです!
だけど。
俺は…あなたを。
愛せない。
その夜。
重い心を抱えたままアパートに戻った俺を待っていたのは、一台の黒塗りの公用車。
乗っていたのは…。
「青島君だね?乗りたまえ。君に話があるんだ」
絡みつく視線。
嫌な予感が。
消えない。
To be continude
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どひゃ〜〜。
またしてもとんでもないとこで切ってないかい?
この次で一応TV編終了予定♪
あくまでも予定。予定は…未定(殴)
さて♪黒塗りの公用車から出てきたのは一体だぁれ?
青島君の過去もちょっと気になるところ♪
様々な謎(謎か?)を含んでまだまだ続く!
一体何処まで続くのか!!
よー解からん;;;