神様がくれた日
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カーテンの隙間からこぼれる朝の陽射しが、さして広くもない部屋を薄く照らし出す。
持ち主の性格のままに、適度に散らかった部屋。それでも、あまり乱雑に見えないのは、
もともと物が少ないせいだろう。
その部屋のベッドの上で、室井は目を覚ました。
先ほどまで隣に寝ていたはずの部屋の主の姿はなく、彼が着ていたパジャマだけが、
ソファーの上に無造作に脱ぎ散らかされていた。わずかに開いたドアからは、煎りたての
コーヒーの薫りが漂ってくる。
その薫りに誘われる様に、ベッドから起き出してカーテンを開ける。天気は上々。
12月にしては穏やかな小春日の空。
久しぶりに重なった休日、二人で出かけるには最高の天気だ。
窓を開け、大きく伸びをする。少し寒いが、さわやかな朝の風が心地良い。
そろそろ着替えようと思い、窓を閉めかけた時、ふいに吹き込んできた風がカーテンを大きくゆらし、
窓際の机の上においてあった物を落としてしてしまった。
慌てて窓を閉め、床に落ちたものを拾う。と、その中の一つに目が止まった。
青い海から登る朝日が描かれた卓上カレンダー。大手酒造メーカの販促用カレンダーらしく
見知ったロゴマークが描かれている。
しかし、今室井の目に止まったのはロゴマークでも海の絵でもなく、カレンダーに記された小さな印。
「……?」
1月の初め頃、日付の横に小さく付けられたそれは、気をつけて見なければ見落としてしまうほど、
控えめなものだった。
休日でも祝日でもない。まして、自分の誕生日でもない。何故こんな所に、といぶかしみながら
机の上に置こうとしたその手が止まる。
「199…7年?」
カレンダーは、今から約3年も前のものだった。
「…室井さ〜ん、起きてま…したね」
ドアの隙間から部屋の主、青島がひょっこりと顔を覗かせる。
「ああ、おはよう」
「おはようございます!コーヒー入れましたから、一緒に……あ、それ…!」
室井の手のカレンダーに気がついて、目を見開く。
「あ?これか。すまないな、さっき窓を開けた時に落としてしまったんだ。それにしてもこの印は…」
「見たんですか?!」
「あ、あぁ、さっきな。…どうした?」
「え!…だって、その…」
なぜか急に落ち着きをなくす青島。俯いて頭を掻いてみたり、上目遣いで室井を見たり。
その様子はどこか照れている様にも見える。
「変な奴だな」
まぁ、3年前のカレンダーを飾ったままにしていたのを見られたのだから、ばつが悪い思いを
しているのだろう。そう思って苦笑する。
「それにしても、何故この日に印がついているんだ?」
「え…?」
先ほどから疑問に思っていた事を口にしたとたん、青島が驚いた顔で室井を見る。
「…?休日でも何でもない日だから、ちょっと気になってな。それとも、この日に何かあったのか?」
「何かって…」
小さな声でそう呟き再び俯いてしまった。しかし先程とは違い、傷ついたように見えるのは
何故だろう。
「青島?…どうした?」
「な、なんでもないです!あ、そうだ!砂糖、そう砂糖切らしてたんですよ。
俺、すぐに買ってきますね!」
「お、おい青島?」
室井に口を挟ませないまま、一気に捲くし立てたあと、そのまま上着も着ずに部屋を
飛び出してしまった。勿論、止める暇などなかった。
「なんなんだ?一体」
首をかしげながらソファーに座り、青島が入れてくれたコーヒーを一口飲む。
それから、もう一度手にしたままだったカレンダーを見る。
日付の横についた小さな赤い丸。印されている日付は―。
「1997年1月7日…か。……ん?…97年の、1月…7日?」
突然あることに気がついて立ちあがる。
それから室井もまた、着替えもそこそこに部屋を飛び出していった。
砂糖を買いに行くといって飛び出したものの、焦っていた為財布を忘れてしまった。
かといって今から取りに帰る訳にも行かず、行く宛てもないままぶらぶらと歩く。
しばらくそうして歩いていたが、道端のひときわ大きな街路樹の下で足を止める。
なんの樹だろうか?冬でも葉を落とすことのない常緑樹は、頭上に広がった枝に瑞々しい葉を
いっぱいに広げていた。
そのまま、そばのガードレールに腰を下ろし、ぼんやりと通りを眺める。
平日の朝といっても通勤通学時間はとうに過ぎている為か、道を歩く人の姿はほとんどなく、
なんとなく置いてきぼりを食らった子供のような気分がする。
溜息が出た。
ずっと、捨てずにいたカレンダー。そのデザインがとても気に入っていたせいもある。
でもそれ以上に大切な記念日が印されていたから。
だから、3年近くたった今でも机の上に飾ったままだった。
その日は、子供のころからずっと憧れつづけていた刑事になって、初めての出勤日だった。
我ながら子供っぽいとは思うが、前の晩はなかなか寝つけなくて、
当日もいつもより早く目が覚めた。出勤してからは何もかもが初めての事ばかりで、
驚きの連続だった。
初めての事件、初めての現場、初めての捜査会議。そして。
初めて室井と出会った日。
事件現場で年上の部下達を従えて、颯爽と歩く彼に思わず目を奪われた。
今考えると、あの瞬間からずっと室井に惹かれていたんだと思う。
あれから本当にいろいろな事があった。事件が起こる度にぶつかる壁。
たまらない思いをぶつけた事もあった。その一つ一つを乗り越えていまの自分達がある。
その最初の出発点。いつしか1月7日は自分にとって一番大切な日になっていた。
「…仕方ないよなぁ」
たとえ自分にとってどんなに大切な日だったとしても、室井にとっては忙しい日常の中の
ある1日でしかなかった、という事だ。あの頃、いくつもの事件を抱えて現場を飛び回っていた彼が、
自分の事を覚えていなくても、それは仕方がないことだ。
「情けないよなぁ。こんな事で落ち込むなんて」
仕方がないこと。そう思って割り切ろうとするのだが、どうしても落ち込んでいく気分を止められない。
もはや気分はどん底状態。
「…あおしま!」
あんまり落ち込んだせいか、幻聴まで聞こえる。
「青島!!」
「…え?」
幻聴ではなかった。確かに自分を呼ぶ声。顔を上げると、目の前に室井が立っていた。
走ってきたのだろうか。苦しそうに肩で息をして、髪も乱れてボサボサ。
おまけにセーターの下からはシャツの裾がはみ出している。いつもの彼とはまるで正反対の姿。
「む、室井さん?…なんで?」
ここに室井がいる理由が解からずに、戸惑っている青島の目の前に、無言で手にしていたものを
差し出した。
鼻をくすぐる甘い香りと鮮やかな紅。思わず受け取ってしまったそれは。
真紅の薔薇の花束。
「え?え?なんで?これ、どうして?」
ますます訳が解からなくなり、花束と室井を何度も見比べる。
「…いや、その……すまなかったな」
「はい〜?」
突然掛けられた謝罪の言葉に驚いて室井を見ると、言った本人は、ばつが悪そうに視線を
さまよわせている。
「室井さん…?」
「あのカレンダーの印の事なんだが。…あの印のついた日は…その…俺とお前が始めて会った日、
だったな」
「…!室井さん、覚えてくれてたんですか?!」
「あ、いや。…忘れてたんだが」
「…そーでした」
なんとなく気まずくなり掛けて、咳払いをひとつする室井。
「その、本当にすまなかった。あの日は、俺たちの始まりの日だったのに、そんな大切な日を
忘れるなんて」
「いいんです。俺、室井さんが思い出してくれただけで十分ですから」
そう言って、にっこりと微笑む青島。
「でも、これ一体どうしたんですか?」
「そこの花屋で目に付いて、その、だから…まぁ、詫びとそれから、感謝の気持ちをこめて、だ」
「感謝?」
一体何に感謝されるのかよく解からずに首をかしげる青島。
「ああ。あの日お前に会えたことに。…有難う。…それと」
「それと?」
一瞬の沈黙の後、大きく深呼吸をして再び語りはじめる。
「青島、これからもずっと俺の傍にいてくれないか?どんなに辛い事があっても、
お前と一緒ならきっと肩をならべて歩いていける」
「…!」
今までのどこか照れていた表情とは違い、真剣にまっすぐ自分だけを見て語られた言葉。
その言葉に驚きの表情を浮かべる青島。
だがそれもやがて笑顔へと変わっていく。
柔らかな木漏れ日の中のその笑顔は、今まで室井が見てきたどんな笑顔よりも鮮やかで、
綺麗なものだった。
「はい…!これからもずっと、一緒に歩いて行きましょうね」
そして二人で帰路につく。木漏れ日の下で、どちらともなく自然に手をつなぐ。
お互いになにも喋らない。しかし、つないだ手からそれぞれの体温が伝わってくる。
それは二人の心を優しく包み、しっかりと繋ぎ合せてくれた。
これから先、二人に何が起こるかはわからない。でも、きっと大丈夫だ。
二人で一緒に心の歩幅を合わせて歩いて行けるだろう。
あの始まりの日から今日まで共に歩いてきた様に。
これからも。そして、
いつまでも…。
あれは運命の始まりの日
共に歩く二人へ
神様がくれた記念日
END
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睦月ヒロナオ様の、御来館一番乗りあ〜んどカウンター5+10Get記念品リクでっす。
でも長いね;;;
え〜と、『砂どころか、砂糖吐いちゃうくらいのラブラブの二人』
というリクでしたが、如何なもんでしょう?
ラブラブというか、なんか乙女チックな二人になってしまったような…。
わははは、笑って誤魔化しておこう(オイオイ)
…おまけも読む? →(*^^*;)