The Dear Memorys
Memory 4 ― MASHITA&YUKINO
手の中で小さな輝きを放ちながら転がる硝子玉。
小さな子供の頃から、何度も目にしてきたその輝き。
青く澄んだ輝きを見詰めながら、破天荒な先輩は鮮やかに笑い、老練の大先輩はまるで何かを
託すかのように、この硝子玉を自分に手渡した。
二人はこの小さなビー玉に、一体何を見出したのだろう?
そして、自分は…?
「なにやってるんですか、真下さん?」
「わぁああっ!?」
珍しく真剣に考え事をしていたところ、突然背後から声を掛けられ心臓が跳ね上がる。
暴れる鼓動を抑えながら振り向くと、そこには捜査資料を抱えた雪乃が居た。
「もう、そんなに驚かなくってもいいじゃないですか」
「あー、ごめんね。ちょっと考え事してたもんで…」
ちょっと拗ねたように呟く雪乃に対し、慌てて弁解をはじめた真下だったが、当の雪乃は何故か
驚愕に満ちた顔で、呆然と真下を見下ろしている。
「……雪乃さん?」
只ならぬ様子の雪乃に恐る恐る声を掛けてみるが、彼女は真っ青な顔のまま肩を震わせていた。
そして。
「ま…真下さんが……」
「あ、あの―…?」
「まっ、真下さんが考え事なんてっ!!!一体如何したんですかっ!何か悪いものでも食べたん
ですか!?」
次の瞬間。
真下は、デスクの上のノートパソコンに思い切り顔を埋め込んでいた。
「あら?真下さんってば、どうしたんですか?」
「あ、あのねーっ!僕だって真剣に考え事する事だってありますよっ!」
衝撃からなんとか立ち直り、雪乃に向けた顔には、くっきりと刻まれたJIS規格のキーボード型
の痣。
情けない顔で見上げた先には、ちょっとだけ申し訳なさそうな雪乃の顔。
「あ、すみません。あんまり珍しかったから、つい…」
「もー、別に良いですけどね…」
さして悪びれた風もなく、にっこりと笑う雪乃に脱力しながら、こっそりと溜息を一つ。
結局この笑顔には、絶対に敵わない事を真下は知っていた。
「でも、本当に何を考えていたんですか?」
「え?…ああ、これなんだけどね」
「……ビー玉、ですか?」
「うん、さっき和久さんにもらったんだけど…」
開かれた真下の掌の中で転がるビー玉を、首を傾げた雪乃が見下ろす。
見詰められ、控えめに輝く小さな硝子玉。
「…雪乃さんは、ビー玉を見て何を連想したりします?」
「ビー玉を見て、ですか?うーん、何でしょうか。急にはちょっと思い付きませんけど、やっぱり昔
懐かしいラムネの栓とか、その辺でしょうか」
顎に手を当てながら雪乃が導き出した答えは、ごくあたり前の答えだった。
期待が外れ、真下の口から再び溜息が毀れた。
「……そうだよね。ビー玉は、ビー玉だよね」
「……?」
落胆し、俯く真下の動きにつられ、開いたままだった掌からビー玉が逃げ出すように転がり出る。
ビー玉は、その勢いを殺さないままデスクの上を転がり、床の上に落ちていった。
頬杖をついたまま、ぼんやりとその動きを追う真下。
真下の視線の先で、ビー玉は雪乃の足にぶつかって止まった。
真下は、動かない。
一拍後、動いたのは雪乃だった。
無言でしゃがみこみ、ビー玉を拾い上げる。そしてそのまま、頭上の蛍光灯に翳して透ける輝き
を見詰めた。
「綺麗、ですよね」
「……」
白い指の先の青い硝子玉。
黒い瞳が見詰める先で、白い蛍光灯に透けるビー玉。
雪乃は、暫くの間ビー玉を見詰めていたが、やがてぼんやりと自分を見ていた真下の手を取り、
その手にそっと指先の温もりの残るビー玉を握らせた。
「雪乃さん…?」
「別に良いじゃないですか」
「え?」
訝しげに見上げた先には、全てを理解し、包み込むような雪乃の笑顔。
「青島さんは青島さん。和久さんは和久さん。……別に無理に二人に成らなくても良いじゃないで
すか。二人みたいに何かを感じる事が出来なくても良いじゃないですか」
「…それは」
「考え方も思いも人それぞれ。真下さんは真下さんのままでいいと思います」
「でも、僕は…」
「真下さんは真下さん。……私は私」
「雪乃さん…?」
真下の視線を受けとめ、そっと微笑んだ雪乃が続ける。
「…どんなに頑張って、理解して真似しても、青島さんやすみれさんには、絶対に成れないんです」
「……」
憧れ。
尊敬。
敬愛。
彼らのようになりたくて、生きたくて。その行動を真似てみた。
そして解ったのは、たった一つの真実。
彼らは彼ら。自分は自分。
模倣はどんなに精巧に出来ても、決して本物にはなれない。
イミテーションの輝きは、決して本物には敵わない。
「だから、自分のまま本物になればいいんです」
「自分のまま…?」
「はい」
大きく頷く雪乃に促されるように、再び掌のビー玉に視線を落とす。
高価な宝石のように輝いているわけではない。
目立つ訳でもなく、むしろその存在は地味そのもの。
だが、その輝きは紛い物の宝石より遥かに美しく。
「…綺麗、だよね」
「はい」
「いつか…本物になりたいね」
「なりましょう」
「うん」
誰の真似でもない。
自分の信念をもって、自分らしく生きる。
『本物』になる。
「よし、頑張ろう!」
気合いを入れて両手を大きく上げる。その先にしっかりと握られた青い玉。
「じゃあ、元気が出たところで仕事手伝って下さいね!資料室の片付けが、なかなか終わらなくて
困ってってたんです」
「え、えええ!?」
「さあ!頑張ってお仕事お仕事!」
「あ、あのね!ちょっと雪乃さぁん!?」
真下に背を向け、さっさと歩き出す雪乃。
慌てて後を追おうと真下が椅子から立ち上がったとき、雪乃の歩みがぴたりと止まった。
「?」
同じく立ち上がりかけたまま動きを止めた真下を、微笑む雪乃が見詰める。
「さっき、言いそびれちゃったんですけど…」
「はい?」
「私、今の真下さんも大好きですよ」
そう言って、再びにっこりと微笑むと、資料を抱えて歩き出す。
真下は、その後姿をただ呆然と見送った。
そして雪乃の姿が、扉の向こうに消えた後。
「……え、え…と?」
呆けていた真下の脳みそが漸く働きだす。
「今のって…。ゆ、雪乃さん!ねぇっ今のってどういう意味…。ねぇ雪乃さーん!」
大きく叫んで慌てて立ち上がり、後を追う。
机や棚に身体のあちこちをぶつけながら、バタバタと飛び出していく真下の背後で。
朱色を増した空を纏った秋の陽射しが、穏やかな光を投げかけていた。