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第四章(3)

 

「お帰り」

 疲れた足取りで医務院に戻った彼等を待っていたのは。

「安浦さん?…如何してここに?」

 田所と二人、茶を啜っていた安浦が笑顔で出迎えてくれた。

「湾岸署に行ったら今日は非番で休んでるって聞いてな。もしかしたらこっちに来てるんじゃ

ないかと思って寄ってみたんだよ。…それよりそっちはどうだった?田所先生に聞いたよ。

お前等現場に行ってたんだって?」

「……」

 重い気持ちのまま、先ほどの推測を全て話す。青島と天野が全てを語り終えるまで、安浦は

口を挟む事無く静かに聞いていた。

「…そうか。やっぱり自殺だったか」

 全ての話を聞き終わった安浦は、驚く事もなく逆に自殺と聞いて納得しているようだった。

「やっぱり…ってなにか心当たりでもあるんですか?」

「実はな今日、香山唯が生前勤めていた会社の同僚にあってきたんだよ」

「…唯ちゃんが勤めていた所にですか?」

「ああ。で判った事なんだが、どうやら彼女は会社でかなり辛い立場にあったらしいんだ」

 

 同じ職場の後輩だと言う女性から聞き出した真実。

 入社以来、ずっと商品の企画開発部の第一線で働いていた彼女が、この春の移動で突然

営業部にまわされた。

 理由の判らない移動。慣れない仕事と新しい人間関係。

 不安と戸惑いの中で、それでも唯は持ち前の負けん気を発揮して頑張った。だが、それが

逆に災いした。

 女性ながら企画開発部で中心的な活躍をして来たというプライドと負けず嫌いな性格は、

上司にとっては使いにくい人材となり、社員にとっては打ち解けにくい人間となった。

 彼女はしだいに周囲から孤立して行く。

 頑張れば頑張るほど否定された。

 必死な心だけが空回りを続けていく。

 認められない仕事。影で交わされる数々の中傷。

 重い口を開いて語ってくれた女性は、彼女が社内でいじめにあっていた事を告げた。

 

「この一ヶ月ぐらい前から満足に睡眠も取れなくなって、精神科医にも通ってたらしい。これが

その診断書と、そこの先生がカウンセリングの参考に預かっていた彼女の日記…のようなものだ」

 差し出された数冊の大学ノート。

「…読んだんですか?」

「少しだけな。彼女が昔から書き続けて来た詩とか散文とかそんなものが書いてあったよ。

…彼女の時田君に対する想いもね」

 ノートを開こうとした青島の手が止まる。

「…時田君は彼女にとって、最後の支えだったんだろうな」

 周囲から認められず存在すら否定された彼女にとって、同じ夢を共有していた時田の存在

だけが唯一の救いだった。 

 だが、その二人の間に青島が現れた。

 時田が学生時代から弟のように可愛がり、信頼していた人物。

 彼女の心に不安が広がっていった。

 そして時田の口から告げられた夢の放棄。

 口論の挙げ句投げ付けられた言葉。

『お前なんか、要らない』

 彼女が最期に選択したものは、誰からも必要とされなくなった自分を殺す事だった。

 

「唯さんが時田さんに容疑が向くように仕向けたのは、自分を要らないと言った時田さんに対する

復讐だったのでしょうか?」

 天野の問いに安浦は静かに首を横に振る。

「それは、自分にも判らないよ。復讐かもしれないし、あるいは…」

 もしかして彼女は、思い出の中で死にたかっただけなのかもしれない。昔から時田と二人で

夢を語り合った思い出の空間で、誰にも邪魔されずに…。

「…いずれにしても俺達に解かる事は、彼女が自ら命を断ったと言うことだけだ。俺達に死者の

声を聞く事は出来ても、心の声までは聞く事は出来ないからな」

 淡々と語る田所の言葉が、聞く者の胸に刺さる

「私達は、無力なんですね…」

「そんな事はないよ。少なくとも天野さん達は事件の真相を解明してくれて、時田の身実を証明

してくれた。そうでしょ?」

「…有難うございます。青島さん」

 青島の笑顔に、落込みかけた天野の心も浮上して行く。

「安浦さん、これ預かっても良いですか?…時田に唯ちゃんが残した想いを渡してやりたいんです」

 それが時田にとって良い事なのかどうか解からない。だが真実を受けとめて生きる事は、

残された者の務めだと青島は思う。

「ああ、いいよ」

 そんな青島の願いを、安浦は笑顔で快諾してくれた。

「ちょっと、良い訳ないでしょ!なに勝手に決めてるのよ。大体安浦さんっ!あなたも勝手にこんな事

調べまわったりして何考えてんのよ!」

「そうは言ってもなぁ。室井警視正から頼まれたんじゃ、自分も断りきれませんしねぇ」

 と、月山の怒りをさらりと受け流し、とぼけた調子で安浦が言う。

「室井さんがっ!?」

「なんで室井警視正がまた出てくるのよ!」

「さぁ。直接本人に聞いてみてください。自分は上の人の命令に従うだけですから」

 そう言って、のんびりとお茶など啜っている。

 何処までも食えない調子の安浦であった。

「まぁ、良いじゃないの。これで事件は無事解決。あなたも今日からぐっすり眠れるし、睡眠不足

解消で一石二鳥じゃない」

「杉ぃ。あんたまでそう言うことを…」

「あらぁ、睡眠不足を甘く見ると大変よ?ほらほら、もうお肌にガタが来ちゃってるわよ?」

「えっ!うそ?」

 慌てて顔に手をやってみるが。 

「うそよ」

「あんたねー」

「でも、最近寝不足なのは事実でしょ?丁度良いじゃないこの際ゆっくり休んだら?」

「何いってんの!この私を誰だと思ってるわけ?たかが睡眠不足でばてるほどやわな人間じゃ

ないわっ!ああもうっ、こんな所で油売ってる場合じゃないわ!事件が私を待っているのよ!!

森田、行くわよっ!!」

「は、はいっ!!」

 胸を張り足音も高らかに次の事件に向う月山。どうやら彼女の辞書に『ブレーキ』と言う言葉は

存在していないらしかった。

 

 

 

「やれやれ、相変わらずだなぁ」

 月山が去った後、思わず漏れた安浦の言葉にそこにいた全員が苦笑する。

「安浦さん、今日は本当に有難うございました」

「例なら室井警視正に言ってくれ。さっきも言ったように俺はただ命令に従っただけだからな」

 そう言って、下げたままの青島の頭をくしゃくしゃに掻き回す。

「でも、如何して室井さんは捜査に協力してくれたんでしょうか?」

「さぁな。それは君が直接確かめてみると良い」

 先程、田所が言ったことと同じような事を言う安浦。

 室井に会って直接確かめる。

 手の中のノートが重みをましたような気がする。 

 

――あなたは、間違えないでね。

 何処かで唯の声が聞こえたような気がした。

 

 

 その日の夕方。青島は時田に唯の残したノートを渡し、明かされた真実の全てを話した。

 時田は何も言わなかった。何も言わず、ただノートを抱きしめ泣いていた。

 唯を失った彼がこれからどのような道を歩いて行くのか、青島には解からない。

 でも、彼を信じていきたいと思う。

 彼は決して一人ではないのだから…。

 

  

 

 辺りは闇に包まれ、めっきり交通量の減った道路を歩いて帰る。

 室井が全ての雑務を終え帰路についたとき、もう時刻は夜中になっていた。

――働き過ぎだな。

 官舎前の街路灯の下。文字盤を差す時計の針を見ながら自嘲する。

 時計を見ていた顔を上げ、再び歩き出そうとした足が止まった。

 もう一つ先の街路灯の下で佇む影。あれは…。

「…青島?」  

 室井の声が聞こえたのか、彼はゆっくりとこちらに向けて歩いてくる。

「…お帰りなさい」

「…ただいま」

 短い挨拶。その後は言葉が繋がらず、二人の間に気まずい沈黙が下りる。

 先に沈黙を破ったのは、青島のほうだった。

「…あの。今日はいろいろ有難うございました」

「…今日?」

「唯ちゃんの事です。…田所先生や安浦さんから室井さんが捜査の協力をしてくれたって聞いて…」

「その事なら、別に気にする事じゃない。私が勝手にやった事だから」

「でも、俺凄く助かったんです!室井さんが先生や安浦さんに頼んでくれなかったら、唯ちゃんの事、

きっと何も判らないままになっていた。…本当に有難うございました」

 礼を言った後、真っ直ぐに見詰めてくる青島に耐えられなくなり、先に視線を外したのは室井の

方だった。

「君に礼をいわれるほどの事じゃない」

「でも、俺ホントに!」

「礼を言われる資格なんて、俺にはないんだ」

「…え?」

 戸惑う青島の視線を感じ、顔を上げる。

 揺れる彼の視線を受けとめ、大きく深呼吸をしてから話を続ける。

――後悔するなよ。

 耳元で、田所の声が聞こえたような気がした。

「俺はずっと嫉妬していたんだ」

「…嫉妬?」

 室井が?誰に?

「自分の知らない君を知っている時田君に腹が立って、自分の知らない笑顔を時田君に向ける

君に腹が立って…」

 あの夜、久しぶりに再会した二人の仲の良さに苛立ち、嫉妬していたのだと言う。

「本当はずっと俺だけを見て欲しかった。俺だけのものでいて欲しかったんだ…」

 苦しげな室井の告白。

「ちょ、ちょっと待って…。それって…?」

「…軽蔑してくれて構わない。俺は…君が好きだ」

「……!」

 

 キミガスキダ。

 室井は今なんと言った?まさか自分の耳はおかしくなってしまったのではないだろうか?

 思いもよらなかった告白に、思考回路は大混乱を起こし、まともな言葉が出てこない。どうやら

言語中枢もいっしょにやられてしまったようだった。

 

 呆然と室井を見詰めたまま動かない青島に、やはり告白するべきではなかったと、室井は自嘲

しながら背を向ける。

 こうなる事は始めから判っていた事だったのだ。

「……いきなり妙な事を言って済まなかった。…今の事は…忘れてくれ」

 青島に背を向けたまま歩き出す。

 だが。

「待ってくださいっ!!」

「…え?」

「ちゃんとこっちを向いてください!!俺はもうあんたの背中なんか見たくないんだっ!!」

 泣き出しそうな声だった。

 だが何故、彼はそんな悲しそうな声で自分を呼びとめるのだろう?

 混乱したまま足を止め、ゆっくりと振り向いたその時だった。

「……!!」

 ふいに体に感じる衝撃。よろめく体をなんとか支え、胸に飛び込んできた者を抱きとめる。

「あ、あおしま?!」

 室井の肩に頭を埋め、しがみ付く様に抱き付いてくる青島。

 そして耳元に聞こえてきた彼の声。

「…忘れるなんて、俺には出来ない」

「……」

「俺だってずっとあんたの事が好きだったんだ…」

「…!!」

 驚愕し、硬直する室井からゆっくりと体を離し、青島が正面から見詰めてくる。

 街路灯の光を宿した、真っ直ぐな鳶色の瞳。その瞳に一切の逃げを封じられる。

「もう背中を向けるのは止めてください…。俺はあんたと一緒に歩いて行きたいんだ」

「青島…。俺は…」

「好きです。…ずっと前からあんたの事が好きだった」

「…俺もだ。ずっと前からお前を愛してた」

 答えの代わりに瞳を閉じる。

 閉じた瞳の向こうに彼を感じて。

 降りてきたのは優しい唇。

 そして、それは初めて知った室井の熱だった。

 

 

 

 その夜。

 室井は己の熱を青島の体中に刻込み、青島もまた室井の熱に焼かれ、溺れた。

 これから先、何があるかなんて二人にはわからない。

 ただ、今だけを精一杯生きるだけ。

 未来を後悔しない為に。 

 

 

 

 

 決して開けてはいけない扉の向こう側で。

 叫び続けていた者がいた。

 いつしか彼は叫ぶのを止めて、扉に手をかける。

  

 決して開けてはいけない扉の向こう側で。

 怯え震えていた者がいた。

 いつしか彼は怯えるのを止め、自分の足で扉の前に立つ。

 

 

 叫び続けた者は扉を押して、怯え続けた者が扉を引いた。

 

 扉は開く。

 鍵は最初から掛かっていなかった。

 決して開けてはいけない扉が消える。

 何故なら扉は開くもの。

 決して開けてはいけない扉など、

 最初から存在しないのだから。

続く


安浦さんも登場して、主要メンバー勢ぞろいの最終章です。

書いてて一番楽しかったのは、

やっぱり安浦さんでしょう(笑)

最後に出てきて、

一番美味しい所攫って行ってくれました(大笑)