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第一章(2)

 

「俊作?」

 背後からふいに掛けられた声。

 偶に電話を掛けてくる姉以外に、ここ数年呼ばれたことの無い名前での呼びかけに対する青島の

反応は鈍かった。

「俊作だろ?」

「……え?」

 鈍い反応に焦れたのか、再度確認する様に問いかけた声に漸く反応する青島。振り向いたその

先にいた人物は二人。

 一人は長身の着崩したスーツの男。もう一人は長い髪のこざっぱりとしたスーツ姿のOL風の

女性。

それぞれが整った顔立ちの美男美女のカップルだった。

 呼ばれた声に振り向いてはみたものの、視線の先にいる二人の人物について心当たりが無い。

だが何処かであった事があるような気がする。

「なんだよ、もう忘れちゃったのか?薄情な奴だなぁ」

 戸惑う青島の様子を見た男性が、呆れたような仕方がないような笑顔を浮かべる。

「え…えっと…?」

「俺達だよ!昔いっしょにバンドやってた…」

「あああ―――――っ!!」

 一瞬のうちに鮮やかに蘇る記憶。もう十年以上も前の思い出と目の前の二人がぴたりと

一致する。

「やっと思い出したな」

「思い出した!!おまえ時田…時田敦だろ?!それに唯ちゃんだよな!!」

「あったりー!」

 突然の再会。

 青島の中で、時間がゆっくりと遡って行った。

 

 

「えーと、こいつが昔一緒にバンド組んでいた悪友の時田敦と、同じく香山唯さん。…で、こっちの

人は室井さんっていって、俺の…上司の人。まぁ上司って言っても凄い上の人なんだけど…」

「よろしく」

「こちらこそ…」

 あの後、皆で飲みなおす事になり、手近な店に入る。ボックス席が空いていなかったため、

カウンターに青島を挟み室井と時田・香山の二人組が座り、青島によるお互いの簡単な紹介の後

改めて乾杯をする。

「それにしても久しぶりだよなぁ。どれくらい会ってなかったんだっけ?」

「大学卒業して以来だから…もう十年近くも前よ」

「そっかぁ…。十年も経っちゃったんだ」

 香山の言葉に感慨深げに呟く青島。

 あのころの思い出は、消える事無く鮮やかに生き続けている。

「あの頃は楽しかったよなぁ。俺がヴォーカルで俊作がギター。唯がキーボードで」

「そうそう。お前がしょっちゅう音外すもんだから、全然練習になんなくてさ」

「あっ!音外してたのはお前のほうだろ!」

「えーっ!お前のほうだって!!」

「両方よ」

「…あれ?」

 香山の一言に、二人顔を見合わせどちらとも無く笑い出す。

「相変わらずだなぁ、二人ともちっとも変わってないよ」

「当たり前だ!十年やそこらで変わってたまるか」

「でも、ちょっとオヤジになったんじゃないか?」

「成長してないお子様に言われたくないなぁ」

 長い腕を伸ばし青島の頭を抱え込むと、そのままぐいぐいと締め上げ、ついでに空いた手で

握り拳を作りぐりぐりと押しつける。

「いてててて!!」

「もう、いい加減にしなさいよね。二人ともちっとも成長してないんだから」

「へーい!」

 体勢を戻し、子供みたいな返事を返す二人に香山の顔も弛む。それを見てもう一度笑いあう

青島と時田。

 楽しい時間が過ぎて行く。あの頃と変わらない二人。懐かしい思い出。

 と、視線を感じて振り向いたその先で、室井が何故か慌てた様に視線を逸らしていた。

「室井さん?」

「あ、いや…。なんでもない」

 何でも無いと言いつつも、こちらに視線を合わせようとはしない。そのらしくない態度に小さな

不安を感じる。

 自分は何か彼の気に触るような事をしたのだろうか?

「あの…」

 気になって更に問いかけようとした時、顔を上げた室井の瞳が青島を捕らえる。

 人の心の奥底まで覗き込むような漆黒の瞳。その奥に垣間見た何か…。

 

 どきりとする。

 何か触れてはいけないものに触れてしまったような奇妙な感覚。

 

 だがそれも一瞬の事で。

 気がつくとそこにはいつもの、青島がよく知る室井の姿があった。

「それにしてもお前が昔バンドをしていたなんて知らなかったな。色々多趣味な奴だとは思って

いたが…」

「俊作君、凄く上手かったんですよ。時々歌も歌ってたんですけど俊作君目当てのファンも結構

いましたよね」

 実際に歌を聞いた訳では無いが、確かに青島の耳障りの良い声なら歌を歌っても悪くないと思う。

「だけど急に辞めるんだもんなぁ。お前が抜けた後、大変だったんだぞ?代わりの奴なんて

なかなか見つからないし、ファンの子達からも『なんで辞めちゃったの?』とか聞かれるし」

「悪かったって。でもあの時は俺…」

 青島の笑顔が僅かに曇る。室井の瞳はそんな僅かな変化を見逃す事無く捕らえていた。

「…まぁ仕方がないさ。あの頃のお前はバンドどころじゃなかったもんな」

 時田の言葉を苦笑で返す。忘れられないもう一つの思い出。

「……事故だったんだよね」

「……うん」

 そう返事をしたきり黙りこんでしまう。事情を知る二人も声を掛けづらいのか暫し黙する。

 おとずれた沈黙のなかで、事情を知らない室井だけが蚊帳の外だった。

 

 一体何があったというのか。

 自分が知らない昔の青島を知る二人。

 何も知らない…自分。

 

 湧き上がってくる微かな苛立ちを感じながら、沈黙に耐えられなくなった室井が青島に問い

尋ねる。

「なんで辞めたんだ?」

「…え?」

「ファンが着くほど人気があったんだろう?辞めてしまうなんてずいぶん勿体無い事をしたな」

 自分でも理解できない苛立ちを押さえ、なるべく刺々しくならないように穏やかに語りかける。

「うーん、俺もホントは辞めたくなかったんですけどね。…俺の両親が急に死んじゃって

それどころじゃ無くなっちゃって…」

「…死んだ?」

 それじゃあ先程の事故というのは。

「交通事故だったんです。二人一度に。…轢逃げでした」

「轢逃げ?犯人は?」

 思わず聞き返してしまってから後悔する。今はそんな事を聞く時ではないだろうに。身体の芯まで

染み込んでしまった刑事としての性分に腹が立つ。

「犯人は…捕まりませんでした」

 夜半、それも人通りの少ない場所での事故だった為に、目撃者は無し。大きく蛇行したタイヤの

跡とはっきりと残ったブレーキの跡から、おそらく運転していた人物は相当の量の酒を飲んでいた

と推測されたという。

「今となっては、もうどうでも良いことなんですけどね」

 どうでも良い、と言いながらも寂しそうに笑う青島を見て、彼が何故あそこまで事件の被害者に

拘るのかその理由が初めて判ったような気がした。

 彼もまた、事件によって大きく傷つけられた被害者の一人だったのだ。

「嫌なこと思い出させてしまったな…」

「いえ!良いんです。もう昔の事っすから!」

 ことさら浮べた笑顔が、かえって室井の胸に大きく響く。

「とにかく急なことだったんで、俺もバンドを続ける余裕が無くなっちゃって…」

 働き盛りの両親を一度に無くし、経済面でもかなり追い詰められてしまったらしい。それでも大学

だけはすでに結婚していた、たった一人の姉とその夫の勧めと援助により、なんとか卒業させて

もらったのだと言う。

「それ以来姉ちゃんと義兄さんには頭が上がらないんですよね」

「そうか…」

 笑顔の下に隠されていた青島の過去。彼が被害者の救済にあれほど拘っていた訳。

 彼は今までどんな思いで、働いていたのだろうか?

 自分は一体彼の何を知っていたのだろうか。

 胸の奥に刺さった小さな棘。

 微細な棘が生む微かな痛みは、室井の心に説明のつかないもどかしさと苛立ちを募らせて

行った。

 

「まぁ、俺の昔話はこれくらいにして!…お前等今何やってんだ?」

 今までの暗い雰囲気を追い払う様に明るく時田と香山に問い掛ける青島。

「俺?俺は今も音楽活動続けてるよ。ライブ中心だけどさ、CDも何枚か出してんだぜ」

 もっともあまり売れてないけど…と笑う。

「へえ!凄いじゃないか。じゃあ今度のライブ見に行くよ!!仕事の関係で絶対にとは約束できない

けどな」

「…あ、…ああ、是非来てくれよな」

「…?」

 微かに動揺した時田に首を傾げつつも彼の隣に座る香山を見る。

「唯ちゃんもバンド続けてるの?」

「ううん、私は卒業と同時に辞めたから。今はただのOL」

「ただの…って事は無いだろ?こいつ凄いんだぜ!大手フードメーカー企画部のキャリアでさ、

この前も大きな仕事したって言ってたよな」

「そんな大した事じゃないわ。それに…今は…」

「唯ちゃん?」

 昔から物事をはっきりと言っていた香山らしくない、言いよどむ姿に先程と同様に首を傾げる。

 二人に感じる微かな違和感。

 これも十年という時の重みのせいなのだろうか?

「それよりも俊作君は今何しているの?前にいた会社は辞めちゃったんでしょ?」

「あれ?知ってたんだ」

「うん。三年ぐらい前だったかな?同窓会するのに一度連絡とろうとしたんだけど、会社は

辞めてるし引っ越ししてるしで連絡取れないことがあったの」

「そっかぁ…」

 

 三年前。

 丁度前いた会社を辞め、刑事への道を歩き始めた頃だった。

 人生の大きな転換期だった頃。あの時会社を辞めて刑事になっていなかったら、今頃自分は

何をしていたのだろうか?

 

「…想像つかないよな」

「え?何?」

 ぽつりと無意識の内に呟いた声は他の者には届かなかったらしい。

「あ、なんでもない。それより俺、今何してるように見える?」

 と、悪戯を思いついた子供の顔の青島。  

「何って言われてもなぁ…」

 目の前で、子供のように笑っている男の顔を眺める。

 昔と同じ、まったく変わっていないこの笑顔。

 10年近くたっても変わらない笑顔に昔の青島を重ねつつ、改めて現在の青島を観察する。

 よれよれのダウンボタンのシャツ。デザインよりも機能性を重視したスーツ。

 どちらからといえば、くたびれたサラリーマン風と言ったところだが。

 更にその横に座る室井を見る。

 青島とは対照的な無口な人物。スリーピースにきっちりと締められたネクタイ。一部の隙もない

 身のこなし。

 青島は彼のことを上司だと紹介したが、その姿はどう見てもサラリーマンのそれではない。

 視線を感じたのか、顔を上げた室井と目が会う。

「……!」

 思わず怯んでしまうほどの鋭い眼光。

 漆黒の瞳が、真っ直ぐに自分を射ぬく。

「どうした?まだわかんない?」

「わかんない…っていわれても」

 目の前の無邪気な顔と室井とがどうにも結びつかない。

 悩んだ挙げ句、時田が出した結論は。

「……お前、まさかやばい世界に足突っ込んでるって事は無いよな…?」

「はぁっ?」

 なんだそれは?一体何処からそんな結論が出たのか青島には全く解からない。室井も同じ

だったらしく、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

「…だってよ、あの人…」

 ちらりと室井の方に視線をやると、青島の耳を引っ張り小声で話しかける。

「…どう見たってふつーの人には見えないぞ。もしかしてこっちの関係じゃ無いだろうな」

 と、器用に小指の第二関節だけを曲げた手を青島に見せる。  

 最初のうち、言っていることが何の事やら理解できなかった青島だが、先の無い小指を見て

時田の言いたいことを理解した。

「ち、ちょっと!!なんで室井さんがヤクザになるわけ?!」

 理解すると同時に、思わず大声で叫んでしまう青島。

 隣の室井も青島の大声と会話の内容とに完全に硬直している。

「違う…のか?」

「違うよ!!あーもう、なんで、よりにもよってヤクザなんかと間違えるのかなぁっ!この人は

警察官!それも本店のキャリアなの!そりゃ無口で愛想無くてちょっと目つきも悪いけど…」

「…おい。誰が目つきが悪いって?」

「…あれ?」

 ゆっくりと振り向けば、そこに目つきの悪い室井の顔が。

「ああああっ!嘘です嘘っ!!今のはじょーだん…ね?」

 三十過ぎた男が小首傾げて、ね?じゃ無いだろうと思うが、怒りを削がれた事は確かで。

「もういいって」

 溜息交じりに苦笑する。

「という事は…。何?お前、今警察官やってんのか!」

「そういう事。驚いたろ?」

「驚いた。だけど…」

 同時に納得もする。昔から子供みたいにまっすぐな正義感の持ち主だった青島。

 彼が警察官と言う仕事を選んだ事はむしろ当然だった事のように思う。

「夢見てた世界とは大分違うし、辛い事も多いけど、それでも頑張ってやってるよ」

 何の柵も悔いも無い鮮やかな笑顔。彼は自分の天職を見つけたのだと実感する。

「…お前が…羨ましいよ」

「なんで?」

「自分の好きな事に打ちこんでるんだもんな」

「それはお前もだろ?昔からずっと言ってたじゃないか。いつか絶対プロになるって。その夢が

かなったんじゃないのか?」

「あ、ああ…。そうだな」

 再び感じる違和感。

 昔自分に夢を語ってくれた姿はそこには無い。むしろ後悔している様にも見えて。

「時田?」

「それよりも!昔問題児だったお前が警察官とはなぁ。おにーさんは笑っちゃうよ?」

 これ以上その事に触れて欲しくないのかように、ことさら明るく振舞う。

「ち、ちょっと!誰が問題児だって?」 

「お前だ、お前。昔、居酒屋で絡まれてた女の子助けようとしたのはいいけれど、相手のグループと

大乱闘になって店一件潰したのは何処のどいつだったかなぁ?」

「あれは、向こうがしかけてきたから!それにあの時の事はお前も共犯だからな!」

「他にもあるぞー?お前の事ならネタは山ほどあるんだ」

「…ほお。そんなこと言ってもいいのかなー?俺のほうもおまえのネタは山ほどあるんだぜ?

なぁ、『泣き虫あっちゃん』?」

「その呼び方やめろって言ったろ!」

「わーっ!あっちゃんが苛めるっ!!」

 再びじゃれあう二人。

 仲の良い二人の姿を横目で見ながら、微笑ましいと同時に室井は心の奥から湧き上がってくる、

全く別の感情に戸惑っていた。

 

 先程も感じた微かな苛立ちと方向の定まらない微かな怒り。

 時田の手が青島に触れるたび、青島が時田に笑いかけるたび徐々に湧き上がってくる想い。

 持て余す理解不能な感情。

 自分の知らない青島を語る時田を見るのが嫌で、自分の知らない顔で時田に笑いかける青島を

見るのが辛くて。

 何故?如何して?

 これは。

 まるで…嫉妬だ。

 

 自分の中に湧き上がった感情に動揺する。

 そしてふと上げた視線の先に見たものが、室井の心を大きく揺さぶった。

 

 ふざけ合い、青島を抱きかかえる様にして頬にキスする時田の姿。

「……!!」

 ただのじゃれ合いなのだろう。酔った者同士の酒の席での冗談だと思う。

 だが、一度湧き上がった感情が室井を捕らえて離さない。

 どす黒い、細胞の一つ一つを焼くような制御不能の感情。

 戸惑いながら必死にこの感情を否定し、笑い合う二人から視線を外す。そして感じたもう一つの

視線。

「……!?」

 

 鏡だと思った。

 今の自分がどんな目で二人を見ているのか、それを映し出す鏡だと思った。

 同じ瞳で二人を見つめるもう一つの人物。

 香山唯。

 室井と一瞬絡んだ視線を外し、何事も無かったかのように微笑んでいる彼女。だが室井の中に

先程の彼女の姿が焼きついて消えない。

 同じ瞳。同じ思い。

 まるで隠し続けていた自分の心の闇を突き付けられたような気がした。

 

 

「……」

 無言のまま席を立つ。

「室井さん?」

 訝しんだ青島が声をかけるが、室井はそのまま帰り支度を始める。

「如何したんですか?もう帰っちゃうんですか?」

「…明日、朝早くから会議が入っているからな。今日はもう失礼する」

「え!?じゃあ俺送ります」

「いや、いい」

「でも!」

「久しぶりの友人なんだろ?私の事はいいから彼等とゆっくりしていくと良い」

 ますます強くなる感情を必死で押さえ、強張る笑顔を無理矢理浮かべながら言い、青島に背を

向けて歩き出す。

 背後に感じる青島の戸惑い。だが室井は振り向く事が出来なかった。今振り向けば何を言い

出すか自分でもわからなかったから。

「…室井さん」

 店を出るまで。そして店を出てからも室井が青島のほうを振り向く事は無かった。

 

 ネオンに照らし出された街から逃げ出す様に歩き続ける。

 ここから一刻も早く逃げ出したかった。

 青島の傍にいるのが恐かった。

 彼の存在が、恐かった。

 

 

 開けてはいけない扉の向こうに何かを感じる。 

 閉ざされた空間で、孤独に泣いている自分がいる。

 

 あの時から。

 決して開けてはいけない扉の前で。

 室井は一人、形の無い何かを呼びつづけている…。

続く


この話のオリキャラ二人。

特にイメージした人はいません(笑)

青島君より少し年上で、背の高いハンサムなお兄さん…って、

イメージに会う人って誰かいます??