OPEN YOUR ・・・
第二章(2)
退屈なだけで何の実りも無い会議が終わり、自室までの長い廊下を一人歩く。
決まりきった型どおりの会議。
予め取り決められた事だけを報告し、上役連中の返事を聞くだけの無意味な会議だった。
僅かに歩く速度を弛め、肺の中の澱んだ空気を大きく吐き出す。取り立てて目新しい事など
無い会議は、ただ座っているだけだったにもかかわらず、室井を酷く疲れさせていた。
弛めた歩みを完全に止め、窓の外に目をやる。
ガラスの向こうに広がる青い空。
ふと、この空の下で、何事にも縛られず自由に現場を走りまわる青島の姿が目に浮かぶ。
今頃彼はなにをしているのだろうか?相変わらず命令を無視して走りまわっているのだろうか。
それとも湾岸署のデスクの上で文句を言いながら始末書でも書いているのだろうか。
彼の事を思うとき、口元に自然と浮ぶ微笑。そして同時に思う。
何時からなのだろう?こんなに青島の事を考える様になったのは。
気が付けば何時も青島の事を考えて。
青島のことを追い続けている。
最初からなどではなかった
むしろ出会いは、最悪だったのだ。
では…何時から…?
彼の無茶で無謀で無鉄砲だが、強い信念に基づいた行動は、彼に関わった人々に大きな影響を
与え続けている。
それは警察関係者だけではない。事件の被害者の中にも彼に大きな影響を与えられた者がいる。
彼女もそうだ。
今から二年前、父親を殺された事件の被害者・柏木雪乃。
彼女は今、湾岸署において常に第一線で活躍する刑事になっている。
思えばあれが青島と一緒に捜査をした一番初めの事件だった。
思わぬ犯人の出頭により事件そのものが片付いた後も、心を閉ざした雪乃の為に彼は骨身を
惜しまずに働いた。むろんそこに何の打算も無い。ただ純粋に彼女の傷を癒す為、ただそれだけ
の為に。
あの頃は何故あんなに被害者の為に尽くせるのか理解できなかった。
事件の解決、そして事件を未然に防ぐ事こそが警察官としての使命だと、それを完璧に行う事が
上に行く最善の道だと思っていた。その為には終ってしまった事件の被害者の事まで構っては
いられなかった。
だが青島は違った。
雪乃だけではない。その後、事件の大小に関わらず、彼は被害者の為に働き続けた。
――…轢逃げでした。
――犯人は…捕まりませんでした。
初めて知った彼の過去。
青島自身が事件の被害者としての辛い記憶を持っていた。
だからこそ、見過ごす事など出来なかったのだ。同じ記憶を持つものとして。
知らなかった過去。
知っていた者達。
「……っ!」
昨夜の記憶が蘇る。
昔の友人だと言っていた男と青島の姿。
仲の良い二人に、自分の知らない過去を語り合う二人に疎外感を感じて。
そんな二人を見ているのが辛くて逃げ出した自分。
呆れてしまう。まるで子供だ。
仲間に入れて貰えなくて拗ねている子供と同じだった。
拗ねて、いじけて…。
青島もそんな自分に、さぞ呆れた事だろうと自嘲する。
ふと、脳裏に浮んだもう一つの映像。
ふざけ合い、肩を抱き青島にキスをした男。
焼けるような痛みが蘇る。
拗ねていじけた子供。
本当にそれだけだったのだろうか?
いや…違う。
再び心の奥から沸きあがった感情に呆然とする。
あれは…。
あれは、まるで嫉妬…だった。
「……」
頭を軽く振り、湧き上がってくる感情をなんとか振り払う。
そんな事は無い。
そんなはずは無い。
ありえない。
自分があの男に嫉妬など…。
大きく深呼吸した後、気を取り直し再び歩き始めた時だった。
胸ポケットから鳴り響く携帯電話の呼び出し音。
「…私だ。…君か。如何した?」
数コールの後聞こえてきたのは、この半年聞きなれた若い男の声。電話は室井の部下からの
ものだった。
「そうか。その件については連絡を受けている。…ああ、そうだ。あとの事は指示どおりで…」
数度の簡単なやり取りの後切られる電話。
何も聞こえなくなった携帯を切りながら、小さく溜息をつく。
電話の内容は極々簡単な、わざわざ確認する必要も無いような連絡事項だった。
電話をかけて来た男も決して無能な訳ではない。だがキャリアゆえの慎重さか、何事もいちいち
室井に対して指示を仰いでくる。
マニュアル通りの行動。
既存の枠に填まった典型的な官僚候補達。
もっともそれは悪い事ではないのだろう。むしろ組織の一員としては正しい事なのかもしれない。
だが…。
そこまで考えて苦笑する。やはり自分は青島の考えに頭の先からつま先まで、すっかり染まって
しまったらしい。
何事にも縛られず、自分の信念を貫き通す青島。
自由に、柔軟な翼で大空を飛ぶ大きな鳥。
彼の目から見ればこの警視庁など、小さな箱庭に作られた、更にちっぽけな小箱にしかすぎない
のかもしれない。
そこに住む自分も…また。
携帯を片手に持ったまま、もう一度窓の外を見る。
先程と同じように広がる青い空。
携帯に目を戻し、彼のいる湾岸署のナンバーを検索する。
無性に青島の声が聞きたくなった。ちっぽけな箱の中にいる自分を笑って欲しかった。
もしかすると、昨夜のちっぽけな自分の事など笑い飛ばして欲しかったのかもしれない。
自分でも女々しいと思いつつもナンバーを押す指は止まらない。
ディスプレイに現れた電話番号。数秒後、聞こえてくる呼び出し音。
彼は、今なにをしているのだろうか。
特に大きな事件も起こらないまま、穏やかな時間が過ぎて行く刑事課内に、突然甲高い電話の
ベルが鳴り響く。
「はい、こちら湾岸署。…え?青島ですか?はい、少々お待ちくださーい」
昼食どころか外出禁止まで言い渡され、必死で苦手な書類と格闘する青島の耳に電話に
応対するすみれの声が聞こえてくる。
「…?」
彼女の口から出た自分の名前に顔を上げると、すみれが自分宛ての電話だと教えてくれた。
「お電話代わりました。青島で…え?」
一体誰からの電話かと、訝しむ青島の耳に飛び込んできたのは。
『もしもーし、俊作?俺、時田!』
受話器の向こうから聞こえる陽気な声は、昨夜久しぶりに再会した友人のものだった。
「何だよ、急に如何したんだ?」
『何って、俺はおまえが本当に真面目に警官やっているのかどうか、確認をだな…』
「…切るぞ」
『わああああ、冗談だって!冗談!!』
青島の言葉に、受話器の向こう側で焦る時田の姿が見えて笑いをこらえる。
「でも一体如何したんだよ。急に電話かけてきたりして」
『んー、…おまえ今日時間あいてるか?』
「俺?今の所は一応…」
時田に答ながら、かなり書き進んだ報告書と向い側に座る真下の顔を比べ見る。真下は半分
諦めたような顔で、溜息を吐いていた。
『じゃあさ、今日一緒に飲まないか?場所は…昨日俺達が最初に会った店で。…良いか?』
「うん、良いよ。でもホントいきなり如何したんだよ?」
『…別に。昨日あれからお前もすぐに帰っちゃって、あまり話が出来なかっただろ?せっかく
また会えたんだし…』
昨夜室井が帰った後、なんだか飲み続ける気になれなくて、結局自分も二人を置いて行く形で
帰ってしまったのだった。
「解かった。じゃあ6時にあの店で。良いか?」
『6時にな。待ってるよ!』
賑やかな声は掛かって来た時と同じく突然に去って行った。
「やれやれ…」
「今の誰?」
電話での会話に好奇心を擽られたのか、すみれが背後から大きな瞳を光らせて聞いてくる。
「今のって、時田のこと?学生の頃、いっしょにバンド組んでた仲間だよ。昨日偶然ばったり
会っちゃってさ」
「昨日?…もしかして、昨日その時田さんと一緒に飲んだの?」
「ああ、もう一人の奴と四人でね」
もう一人の人物である香山の名前も告げる。
「四人ってことは、室井さんも…?」
「勿論一緒だったよ。ただ…すぐに帰っちゃったけどね…」
「…ふーん」
何処と無く寂しそうな青島の笑顔。その様子から昨日のおおよその状況を推察する。
(なるほど…ね)
「如何したの?」
「べつに何でもないわよ。…ふ〜ん、昔の友達ねぇ」
一人何かを納得したようなすみれの顔を見て、なんとなく気になった青島が更に問い尋ねようと
した時だった。
突然スピーカーから鳴り響く事件の通報。
反射的に椅子を蹴飛ばしながら立上がった青島の視線と、心底情けなさそうな真下の視線が
絡み合い…。
「…帰ったら必ず提出してくださいね」
先に折れたのは、やはり真下のほうだった。
「サンキュー係長殿!すみれさんっ、続きはまた後で!!魚住さーん、行きますよー!!」
そう言いながら身を翻し駆け出して行く。
後に残されたのは、書きかけの報告書のみ。
そして。
「はい、湾岸署。…あ!」
再びかかって来た電話。
電話の主は。
「…え?室井、さん…?」
窓の外で、覆面車がサイレンを鳴らしながら走り抜けて行った。
続く
今度は悩める室井さんの巻(笑)
しかもすれ違ってばかりいるし。
室井さんって、運悪いよね―♪
…って、私のせいか(爆)