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第二章(3)

 

 昼間から酔って暴れていた男を留置場に放りこみ、真下に泣き付かれながら報告書を提出

した時、すでに時刻は6時を大きく回っていた。

 慌てて署を飛び出し、大急ぎで待ち合わせ場所へと向う。その時すみれに何か声を掛けられた

ような気がしたが、そのときの青島にそれを確かめる余裕は無かった。

 

「遅いぞー!」

「悪かったって。だけど急に通報が入っちゃってさ…」

 カウンターに一人座る時田を確認し、走って来た為乱れた息を整えながら隣へ座る。

「まぁいいさ。警察ってのも大変な仕事だもんな」

「ホント大変だよ。給料安いし休みは無いし。彼女作ってる暇も無し」 

「なんだ?お前彼女いないのか?」

 席に着くなり、ぶつぶつと洩らす青島をからうように話し掛ける。

「…ほっといてよ」

 予想通り子供のように頬を膨らませて不貞腐れるのを見て、笑いがこみ上げてくる。

 昔のまま。

 社会に揉まれ、世間を渡り歩いて来たはずなのに、まったく擦れたところが見えない。

「職場に気になるコとかいないのかよ」

「いないよ。女のコは結構いるんだけどね」

 すみれや雪乃に交通課の婦警達。いずれもなかなかの粒揃いではあるが、青島にとっては

気が置けない頼りになる仲間達という以上の感情は無い。恋愛対象として彼女達を見たことは

無かった。

「寂しいねぇ」

「悪かったね」

 からかうような時田に、更に不貞腐れて応える。

 カワイイ恋人。

 そりゃ自分だって出来れば作りたいのだ。だが、仕事優先の毎日。時間もなければ余裕もない。

「コイビトかぁ…」

 何となく寂しくてぽつりと呟いたあと、ふいに室井の気難しい顔が浮ぶ。

(…え?)

 またしても暴れ出す心臓。

(なんでここに室井さんが出て来るんだよ!)

 暴れる心臓を落ち着かせる為、グラスの水割りを一気に飲み干す。むろんそんな事で心臓が

落ち着いてくれるわけは無く、逆に気管に入りこんだ液体にひどく咽てしまった。

「何やってんだ、お前?」

「…ほっといてよ!」

 呆れたような声に青島の涙声が重なる。

「お前…やっぱり誰か好きな奴でもいるんじゃないか?」

「いないって!!」

「むきになるところが怪しいなぁ?」

「ああもう!そう言う自分はどうなんだよ!!唯ちゃんとはどうなってんだ?付合ってんだろ?」

 ニヤニヤと青島をからかっていた時田の顔が、青島の言葉に曇った。

「…どうしたんだよ。もしかして上手くいってないとか?」

「……唯の事をそんな風に見た事は無いよ」

「嘘だろ?だって…」

 昔からいつも一緒だった二人。傍が羨むほど仲が良くて。心の底から信じあっている恋人同士に

見えた。

 だから昨日二人で一緒にいることもちっとも不自然じゃなかった。むしろそれは当然のことのように

思っていたのだが。

 無言のまま、先程の青島の様に、グラスの水割りを一気に煽る時田。空になったグラスの中で、

氷が小さく鳴った。

「俺にとって唯は、ずっと同じ夢を追いかけて来た仲間で、一番近い仲間で…」

 …それだけだと、それ以上でもそれ以下でもないとも言う。

 だが、唯のほうは…。と青島は思う。

 昔から夢を語る時田を見る唯の目は。

 あの眼は単なる友人を見る眼ではなかった…。

 

 沈黙が流れる。

 何となく気まずくなって声をかける事を躊躇う青島に、時田が静かに語りかける。

「…俺さ、今の仕事辞めようかと思ってんだ」

「…え?なん…で?」

 突然の告白。

 今の時田の仕事…彼が学生時代から追い続けていた夢。

 それを辞めると言う時田。何故…?

「俺達さ、大学の頃からずっと一流のアーティストになるのが夢だったんだ。今は売れないけど

いつか一流になって、大きなホールでコンサートを開いてやるって」

「…ああ、いつもそう言ってたよな」

 昔、真っ直ぐに夢を追い続けていた彼の顔を思い出す。そしていつもその傍にいた…香山唯。

「それで頑張って。これでもインディーズの頃は結構有名だったんだぜ。…だけど」

「…?」

 収入こそ少なかったが、ライブ会場はいつも満員。自費出版のCDも結構売れていた。

 やれると思った。

 地盤を固めて更に大きな舞台に飛び出して行った。だがそこは彼等が夢見ていたよりも遥かに

厳しい現実が待っていた。

 大手レコード会社と契約し幾つか出したCDも売れず、更に音楽性の違いから会社との衝突も

絶えなかった。

 自分達が目指す音楽と、売れる音楽とのギャップ。

 数え切れない柵。

 描いた夢と、現実とのギャップ。

「自分が何をやりたかったのか判らなくなった」

「唯ちゃんは、何て…?」

「あいつにはまだ何も話してないよ。唯は俺がインディーズで売れない頃からずっと応援してきて

くれたからな」

「今更、辞めるなんて言えない…か」

「…ああ」

 共に夢を追い、いつも励まし続けてくれた彼女。

 彼女は時田が夢を諦める事を許してくれるだろうか?

「正直、最近唯とは喧嘩ばかりしてるよ。あいつも会社でいろいろあるみたいでさ。いつもお互い

イライラしててさ。…俺達一体何やってんだろうな」

「……」

 疲れた横顔。 

 今青島の横に彼がよく知っていた、明るく頼りになる時田の姿は無かった。

「お前が羨ましいよ。自分の好きな事にめいいっぱい打ちこめるお前がな」

 そう寂しそうに笑って言う。

 昨日再会した時と同じ台詞だった。あの時は気付かなかった時田の心にあった悩み。

 でも。

「…俺だって、いい事ばかりあるわけじゃないよ」

「……?」

 会社勤めに嫌気が差して、夢を求めて飛び込んだ世界。だがそこで待っていたのは、前の世界と

変わらない、いや前の世界以上に厚い現実の壁だった。

 辛い事も沢山あった。

 刑事から交番勤務に戻された事だってあった。

 信じていた人からの裏切り。

 壊せない、壁。

 本当に何度挫けそうになったか。

「だけど、俺は一人じゃなかったから。同じ理想を持っている人が上にいてくれて頑張ってくれている

から…」

 二人で交わした『約束』があるから。だから自分も理想に向って行くことができた。

 そして、これからも。

「その人って、昨日一緒にいた室井って人か?」

「えっ!?」

「当りだな。…そっかそんな約束した奴がいるなら、彼女なんか作れないよなぁ」

「ちょ、ちょっと、それどういう意味だよ!」

「どういうって、別に変な意味じゃないぞ。理想に向って仕事に打ち込む男に付いてきてくれる女は、

そう簡単に見つからない…って、如何した?顔真っ赤だぞ?」 

 覗き込んでくる視線を避けようと、両手で頬を覆うが勿論そんなもので隠れるわけも無く。

「どうしたのかぁ?俊・作・くん?」

「う、うるさいよっ!」

 どうしたといわれても、どうしてこんなに顔が赤くなるのか、自分でもわからないのだ。

 解からなくてパニックになって更に訳が解からなくなって。

「お前、もしかして…?」

「もしかしてなんだよっ!」

「いや、別になんでも無いよ。……昔から人の事は敏いくせに自分の事は鈍いからなぁ」

「はぁ?」

 なんだそれは。

「こっちの事。それにしてもやっぱお前って、全然変わってないのな」

 そう言ってまるで小さな子供にする様に、頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。その姿は何処か嬉しそう

にも見えて。

「ちょっと、子供扱いするなって!」

「子供だろー?全然成長して無いだろうが。第一俺のほうが年上」

「だったらその子供相手に愚痴こぼしてたのは何処のどいつだよ!」

「オトナにはオトナの都合ってモンがあるんだよ」

「あ!きったねーっ!!」

 小さな店に、二人の笑い声が響く。

 

 明日、日常に戻ればいろいろな現実の柵が二人を待っている。だから、せめて今この一時だけは

全てを忘れて、昔のように…子供みたいにはしゃいでいたい。

 そう思う二人は、もしかすると悲しいほどオトナなのかもしれない。

 

 

 楽しい時間が過ぎて、ほろ酔い気分のまま外に出る。

「送って行かなくてもだいじょーぶかぁ?」

「あのなぁ、俺は子供じゃないって。それに俺はこれでも日夜市民の平和を護るお巡りさん!」

「なぁにが子供じゃないだ、十分子供のくせしてよ。どうせ仕事でも無茶ばっかりしてんだろ?

怪我ばっかりしてっと、おにーさんは泣いちゃうよ?」

「誰がおにーさんだ、誰が!…ああ、もう重いって!」

 自分より高い身長の時田が、覆い被さる様に抱き付いてくるのを剥がそうとするが、酔っ払いの

馬鹿力がそう簡単に離れるわけも無く。

「大体どっちが子供なんだよ!昔っから酔っ払うとすぐ抱きつく癖、全然治ってないじゃないか!」

「俊ちゃ〜〜ん、愛してるよ〜〜」

 そう言ってますます強く青島を抱きしめ、頬にキスをする。

「あ――っ、そうやってすぐ人にキスする癖も治ってないし!」

「いーじゃん。だって俊ちゃん、可愛いんだも―ん」

「ああこら、いい加減にしろよなーっ、この酔っ払い!強制わいせつ罪で逮捕するぞーっ!」

「おお!俊ちゃんが刑事みたいな事を言っている!」

「みたいじゃなくて俺はっ……あれ?」

 そのとき、覆い被さっている時田の肩越しに見慣れた影が動いたような気がした。

(今の…まさか?)

「ちょっとごめん!!」

 渾身の力をこめて、なんとかしがみつく時田を引き剥がし、建物の影に消えた影を追う。

 見慣れた影。見間違えるはずの無い影。一瞬だけ絡み合った視線。

 あれは、室井だった。 

「室井さんっ!!」

 煌びやかなネオンの下で叫ぶ青島の声は、夜に集う人の群れの中に姿を消した室井に

届いたのだろうか?

 言いようの無い不安に駆られ立ち尽くす青島を、ビルの壁に凭れた時田だけが見つめていた。

「……室井さん」

 

 そして、青島を見つめる時田を見るもう一つの視線。長い髪の女性の姿が、ゆっくりと闇に

溶けて消えて行った。

 誰に気付かれることも無く…。

 

 

 その翌日。

 今度こそ完全な二日酔いでへたばった青島のもとに、信じられないニュースが飛び込んできた。

 終業時間間近。忙しい日常の中のささやかなコーヒータイム。

 仲間達と見ていたTVのブラウン官の中で告げられた事件。

 今朝早く、あるアパートの中で発見された女性の変死体と、事件の重用参考人として上げられた

男。

 

 女性の名は香山唯。

 男性は時田敦。

 

 青島の手から毀れたコーヒーが、書きかけの書類の上に消えないシミを作っていった…。

続く


浮気現場を室井さんに見られちゃった青島君(違うって)。

縺れた二人の間はこれからどうなる?

事件も起こってさあ大変!

次回はあの方々も登場してもっと大変!!

…やれやれ。