OPEN YOUR ・・・
第三章(2)
ニュースを聞くなり定時を待たずに署を飛び出し、そのまま事件の管轄である所轄署へ向う。
じっとなどしていられなかった。信号の待ち時間すらもどかしく、一気に駆け抜ける。
背中に抗議のクラクションを聞きながらも、青島の足は止まらない。
二日前。
偶然再会した二人。懐かしい思い出の仲間達。
久しぶりに共有した楽しい時間。二人の笑顔。
そして昨日。
思わず時間を忘れてしまうほど楽しい時間だった。時田と二人、飲んで騒いで別れてからまだ
一日も経っていない。
別れ際、一緒に飲めて良かったと綺麗に笑っていた時田の顔が浮ぶ。
何があった?
あのあと、二人に何があったというのか?
―― 唯に俺の今の気持ち伝えるよ。
―― 怒られるかもしれないけど、あいつならきっと…。
―― 解かってくれる…。
何があった!?
何故、時田が容疑者にならなければいけない?
何故、香山が殺されなきゃならない!?
如何してっ!!
最寄の駅からここまで、全力で走りつづけた体はもうとっくに限界を超えていた。それでも足は
止まらない。
いや、止まる事が出来なかった。
自分が勤める湾岸署の半分ほどの、そして比べ物にならないほど古びた所轄署。ここに連行
された時田がいる。
縺れる足で玄関の階段を駆け上がり中に飛び込む。
汗をかいた体に空調の冷たい風を感じたとたん、ここまで全力で走ってきた疲労が一気に
噴出してきた。
よろめいた体を手近な柱で支え、息を無理矢理整える。
不意の侵入者に戸惑う、立ち番警官の視線を感じながら奥に進む。薄暗い狭い廊下に並ぶ
いくつもの同じ扉。
幸いにもここは以前、捜査協力の為何度か訪れた事のある所轄署である。
朧げな記憶を頼りに刑事課まで行こうとした時だった。
「青島君?」
狭い廊下の向こうからかけられた声。
「あ…。安浦…さん?」
少し低いその声は、以前一緒に捜査をした事のある刑事のものだった。
「久しぶりだね。今日はどうした…」
「安浦さんっ!時田に…時田敦に会わせてもらえませんか!?」
挨拶なく、いきなり掴みかかる様に聞いてくる青島に戸惑いながらもなんとか答えるが。
「時田敦…って、今朝の事件の重用参考人のか?…おいおい、何を無茶な事を言ってるんだよ。
そんな事出来るわけが無いって事ぐらい君もよく知っているだろ?」
「そんな事解かってます!でも、一目でも良いんです。あいつに会わせてください!!」
任意同行とはいえ、取調べ中の参考人に突然面会をしたいといっても許されるわけが無い。
しかも、彼は管轄外の刑事だ。
青島の無茶な申し出に顔を顰めながらも、そのただならぬ姿に青島の抱える事情の深さを
察する。
「とにかく落ち着きなさい。良かったら話を聞かせてもらえないか?…面会は無理だが、何か他に
力になれることがあるかもしれないし…」
父親ほど歳の離れたベテラン刑事の落ち着いた声に諭され、取り乱していた青島も徐々に
落ち着いて行く。
「…学生時代の友人なんです。死んだ唯ちゃ…香山唯も。二日前偶然会って…昨夜だって、
ずっと一緒にいたのに…」
「昨夜?」
「…12時過ぎくらいまでだったけど、あいつのアパートの近くまで一緒に行って。それから俺、
次の日仕事があるからって部屋には上がらずにそのまま帰って…。」
「…じゃあ、彼女が死んだのは、その後って事になるかな?」
突然、二人の会話に割りこんできた声に驚いて見ると、今まで気がつかなかったが、比較的
背の高い安浦の影に、もう一人の人物が立っていた。
その顔を見た青島は更に驚き、声を失った。
「……むろいさんっ?!」
何故、この人が?如何して?
驚愕のまま、目の前に現れた人物に詰め寄ろうとした足が止まる。
違う。
確かによく似ているが、彼ではない。もう一度落ち着いて目の前の人物を観察する。
いつも張り詰めた糸のような室井とは正反対の穏やかな雰囲気。服装も髪型も彼よりもずっと
ラフで。
「青島君、如何した?」
「…あ、あの…。こちらは?」
「ああ、もしかして初めてだったかい?こちらは関東監察医務院の田所先生。今回の事件の
資料を届けてきてくださったんだ」
「どうも、田所です。よろしく」
室井と同じ顔で、室井と全く別の挨拶をする。
「あ、こちらこそ宜しくお願いします」
「それにしても済みませんでしたね。お忙しいのに、わざわざ持って来ていただいて」
「いえいえ。どうせ研修会に行くついででしたから」
「そう言って頂けると、助かります」
柔らかな笑顔。
ふと、あの人も笑ったらこんな穏やかな顔になるんだろうなと考え、慌てて打ち消す。今は
そんな事を考えている時ではないと言うのに。
「それよりも、さっきの話の続きだけど」
「あ!は、はいっ!」
急に話を振られ、思わず姿勢を正してしまう。べつに考えを読まれている訳はではないのだが、
今まで自分が考えていた事に対して顔が赤くなってくる。
「香山唯さんの死亡推定時刻は、午前2時から2時半。死因は頚部圧迫による窒息死だ」
「部屋には外から鍵が掛けられて、残された指紋も彼と彼女の二人分しか出なかったようですな」
「でも、あいつが…。あいつが唯ちゃんを殺すなんて…」
そんな事するはずがない。
二日前、再会した唯の顔が浮かんで消えていく。もう二度とあの顔を見ることは出来ない。
冷静に事態に対応しようとする心と、昂ぶった感情が思考を撹乱し、思った言葉が素直に出て
こない。言葉に詰った青島の肩を、安浦が優しく叩く。
「大体の事情は解かった。面会というのは無理だけど、捜査状況ぐらいは一課の連中に頼んで
教えてもらおう。何か判るかも…って、そうだ。忘れてた!」
「なんですか?」
「君は警視庁の室井警視正のことは、よーく知っているんだよね?」
よく知っているの部分に、やたら力が入っているような気がしたが、その通りなので黙って頷く。
「じゃあ彼に相談して見ると良い。室井警視正ならきっと君の力になってくれるだろう」
「でも…」
確かに室井なら、時田とは一度だけではあるが面識もある。力になってくれるのは間違いない
だろう。
だが今彼は警視庁にいるはずだ。それに昇進前の忙しい身の彼を頼って行くのは気が引ける。
「室井警視正、今ここに来てるんだよ」
「……え?!」
予想外の安浦の言葉に、よほど間の抜けた表情をしてしまったのだろう。面白そうな顔を
しながらも、室井が引継業務の事で捜査一課長を尋ねてきている事を教えてくれる。
「多分もうすぐ終るんじゃないかな?ここで待ってれば……おっと、噂をすれば…だね」
自分の肩越しに向けられる視線を追えば、その先にこちらに向って真っ直ぐに歩いてくる室井の
姿が。
「室井さん!!」
まさか青島がここに来ているとは思っていなかったのだろう。驚いた様にこちらを見たまま、
歩みを止めた室井に向って一気に駆け寄る。
「青島?!どうして君がここに…」
「俺、さっきTVのニュースで唯ちゃんが殺されて、しかもその容疑者に時田の名前が上がってた
のを聞いて…」
青島の口から時田の名前を聞いた室井の顔が一瞬、強張る。だが、今の青島にそれに気付く
余裕は無く。
「お願いです、室井さん!時田に会わせてもらえませんか?それが無理ならせめて捜査状況を
教えてください!あいつは絶対無実なんです。だから…」
「駄目だな」
即答だった。
「…え?」
あまりにもはっきりと、しかも即答された返事に戸惑う青島。だがそんな青島に構わず、室井は
更に言葉を続ける。
「君も警察官ならそんな事が無理だという事は、言われなくても解るだろう?」
「でも!あいつが唯ちゃんを殺した犯人だなんて」
「捜査状況は先程一課長から教えてもらった。…現段階で彼に容疑が向けられるのは仕方が
ないな」
「…!!」
硬質の声。冷たい瞳。その姿はあの秋の事件を思い起こさせて。
「…でも、室井さんも知ってるでしょう?そりゃ確かに時田が悩んでて、その事で唯ちゃんと
揉めてたのは事実っすよ。唯ちゃんも物事をはっきり言うほうだし、少々キツイ所だってあった
かもしれないけど、あの二人に限って!!」
「それは昔の事だろう?10年も経てば人は変わる。今の彼が君の知る時田だとは限らない」
「そりゃ、たしかにそうだけど…。でも!」
「……ずいぶんと時田の事を庇うんだな」
「当たり前でしょう!?あいつと俺は高校時代からずっと一緒にやってきた仲間なんっすよ!
俺にとっては大切な存在なんだっ!」
高校の頃から一緒にバンドを組んできた仲間。学業でも頼りになる先輩としてずっと慕ってきた。
それは大学に入ってからも変わらず、とくに両親を亡くしてからは、嫁いだ姉よりもずっと身近な、
兄のような存在だったのだ。
「大切な存在か…」
「……そうです」
無表情だった室井の顔が僅かに曇る。そこにいつもの室井の姿を見たような気がして、青島は
望みを懸けた。
だが返ってきた答えは、想像を超えたものだった。
「残念だが、私は君ほど彼の事を知っている訳ではない。いくら君が違うといっても、それを鵜呑み
にする事は出来ないな」
「な…っ!!」
思いもよらない室井の言葉。青島は体が凍りついていくのを感じていた。
「な…んで。なんでそんな風に言うんですか?」
「何故と言われても、その通りだとしか答え様が無い。それに捜査状況を知る限り、現段階で彼が
一番有力な容疑者である事は間違い無い事だ」
まるで取りつく島も無い室井の言葉と態度に、青島はますます混乱して行く。
「室井さんっ!なんでだよっ!!なんでそんな言い方するんだよ!!」
体が震える。目の前にいるのに、確かにここにいるのに室井の姿が、見えない。
「それから、この件は君にとって管轄外の事件だ。これ以上関わるのは止めておけ。私もこれ
以上この件に関わるつもりはない」
その瞬間、青島の心は完全に凍り付いてしまった。
あまりにも予想外の室井の言葉に対し、声を失い立ち尽くしてしまう。
「…そろそろ時間なので失礼する。君も早く帰りたまえ」
言い捨てる様に呟いて背を向けた室井に対し、なんと言っていいのか判らない。言いたい事は
沢山あるはずなのに言葉が見つからない。
無理を承知の願いだと言うのは、最初から判っていた。それでも室井なら…という気持ちが
心のどこかに在った。彼ならきっと力になってくれる。そう信じていたのに。
周りのものを全て拒否して歩き去る室井の背中。
「室井さん…如何して…」
呟いた声は彼に届く事は無く。
震える肩に置かれた安浦の手の温もりも、今の青島に感じる事は出来なかった。
続く
「きらきら〜」のメンバーに続いて、某刑事ドラマのあの方までご登場(大笑)!!
でんでんむしの趣味全開でございます!
そうです。私はオヤジが好きなのさっ♪
…あ、引いてる(笑)?