Puppy Panics !
その一 死神と子犬(1)
自分がいつから室井さんの事を好きだったか。
そんな事、忘れた。
だって、仕方がないじゃないか。気がついた時にはもう好きだったんだから。
そりゃ自分だって不思議だった。あの人は男。俺も男。
男と男。
普通に考えたら、こんな感情持つほうがどうかしている。
俺だって前はそう思ってた。事実、今まで好きになったのは全部可愛い女のコばかりだった。
それが、なんでだろうね。
相手は自分と同じゴツイ体を持った男。女のコみたいに、ぷにぷに柔らかくもなければ、ふわふわ
軽いわけじゃない。
角張ってごつごつ。おまけに自分と同じモノまでついてるし。
加えて、あの人は頭の中まで頑固でがちがち。もう、どれを取っても俺が惚れる要素なんて無い筈
なのに。
それでも…。
惚れちゃったんだよね―。
寝ても覚めても気がついたら、あの人のことばかり考えて。
あの人の姿を見るだけで、幸せになれて。
ああ、これじゃまるで初恋真っ最中の女のコみたいだよ。
今までの人生の中で、付き合った女のコの数が両手両足を軽く越えるこの俺が、あの人の一挙一
動に惑わされてるなんてね。
でも、考えて見れば今までこんなに嵌った女のコはいなかった。いつも誰と付き合っていても、心の
何処かが冷たく覚めてて、その恋を割り切っている自分がいた。
だけど今度は違う。これ以上はないってほど嵌っちゃってる。
あの人の手に触れたくて。あの人の温もりが知りたくて。
あの人に抱かれたいとまで思ってる。
同じ男のあの人に。
もう重傷だね。頭の…髪の毛の先までずっぽり嵌って抜け出せなくなってる。
こんな想い、生まれて初めてだ。そういう意味から言えば、これは確かに初恋なのかもしれない…。
それにしても人間の心は、なんて不可解。
どんな難しい数学の公式だって、人の心に比べたら1+1より簡単だ。
だけど、どんなに難しい公式だって、いつかは答えを出さなきゃいけない。
俺のこの恋も。
このまま悶々とあの人を見つづけて生きていくか。それとも玉砕覚悟でこの想いを伝えるか。
二つに一つ。
俺は。
後者を選んだ。
理由は簡単!ただあの人を影から見続けるだけ、なんて俺のキャラクターじゃない!何もしないで、
ただ黙って生きるより当って砕けるほうがまだましだ。
俺はこの想いを室井さんに告げる事にした。
告げる事にして。…あれ?それから如何したんだっけ?
なんだか頭がぼーっとしてる。足元もゆらゆらしてて、頼りない。えーっと…。
ああ、そうだ。思い出した。
交通課の女のコ達とのコンペをエサに、真下に調べさせた室井さんのスケジュール。
何ヶ月も先までびっしり埋まったその中から、あの人が定時に帰れる日を見つけだし、適当な用事
をこじつけて本庁まで行って、そこで室井さんを待った。そして偶然の出会いを装い室井さんを誘って
一緒に飲みに行って…。
『俺、あなたが好きなんです!!』
『……』
一世一代の大告白。
帰ってきたのは。…沈黙だった。
二人で楽しいお酒を飲んだ帰り道。ほろ酔い気分の俺と室井さんの会話が弾んで。すごく良い雰囲
気だったんだ。
俺の方が圧倒的に喋る量は多かったけど、いつも無口な室井さんが、楽しそうに俺と会話している。
嬉しくて。楽しくて。
俺は有頂天になっていた。
だけど、告白したあの瞬間。
そんな楽しい雰囲気は完全に消え去った。
重苦しい沈黙。
いつもよりも、深く刻まれた眉間の皺。室井さんの顔にはっきりと浮んでいた。あれは、多分…不快感。
覚悟はしてたんだ。
当って砕けても良いって思ってたんだ。…ホントに。
だけど……。
『……今のは、一体どういう意味だ?』
『どういうって、そのままの意味です。俺は室井さんの事が好きなんです。俺はあなたを…』
『悪いが、私にそんな同性愛の趣味は無い』
『…え?』
『…君に、そんな趣味があるとは知らなかった』
『そんな趣味って…。違います!俺は室井さんだから…』
『君が私の何処をそんなに気に入ってくれたのか知らないが、私は…君とは…付き合いきれないな』
『付き合いきれない…?』
『…はっきり言って………迷惑だ』
『迷…惑…』
室井さんの冷たい声と、冷たい視線が突き刺さる。
そりゃ告白しても、簡単に受け入れてもらえるなんて思っていなかったさ。振られる事だって散々
考えたよ。
呆れられるかも。困らせるかも。逃げられたら如何しよう…。
本当にいろいろ考えた。
だけど現実はそれ以上。
答えは冷たい沈黙と拒絶。
玉砕覚悟の告白は、これ以上無いというほど木端微塵に粉砕された。
それから如何したんだっけ…。
たしか、それ以上室井さんの傍にいるのが辛くなって、逃げ出したんだ。
勿論室井さんは追ってきてくれなかった…。
当たり前…か。
何処をどう通ったかなんて覚えてない。ただふらふらと、夢遊病者みたいに歩いた。
なにも考えていなかった。考える事なんて出来なかったんだ。
なにも考えられなくて、涙さえ…でなかった。
夜だというのに、昼間以上に交通量の多い交差点に差しかかった時だった。
俺は一匹の薄汚れた子犬を見つけた。
生後三ヶ月になるかならないかぐらいの小さな子犬。
誰かに捨てられたのか、痩せた小さな体を震わせて、街路樹の下で震えていた。
『如何した?…お前も一人…か?』
話しかけた声が聞こえたのか、子犬は小さな尻尾を一生懸命振って俺に応えたんだ。
それで、何となく放っておけなくなって。
うん、そうだ。うちに連れて帰ることにしたんだっけ。
震える子犬をコートの中に入れてやって、一緒に帰ろうとした時だった。…後ろからよろよろ歩いて
きた酔っ払いに突き飛ばされたのは。
バランスを崩して、思わず前のめりになった俺の胸から、突然の出来事に驚いた子犬が飛び出して。
パニックのまま走り続ける子犬が、赤信号の横断歩道に飛び出して。…それから。
…それから。…俺は。
覚えてるのは。
目に付き刺さるトラックのヘッドライトと、けたたましいクラクションの音と、目を閉じる前に見た
…室井さんの、顔。
それだけだった…。
つづく
初っ端から室井さんに告白して
見事に玉砕しちゃった青島君。
おまけに事故っちゃってます。
…人間ついてないときは、とことんついてないもんですよねぇ。
え?違う?
さて!次回はオリキャラのふざけた「あいつ」が登場しま〜す♪