Puppy Panics !
その四 湾岸署と子犬(1)
翌日。
いつもなら室井さんが出掛けるのを見送ったあと、一人で部屋で過ごす。それがこの数日間の俺の
日課だった。
だが、今日はちょっと事情が違う。
朝食後、いつもの様に留守番をしようとしていた俺を、室井さんは用意していたバスケットの中に入
れて、いつもより早く出勤した。
何処に行くんだろう?
そういえば、昨夜あれから室井さんは何処かに電話していたみたいだったけど。
『今日は良い所に連れて行ってやる』
出掛ける直前にそう言っていた室井さん。
良い所って、何処?
移動する車内の中で、首から上をバスケットの外に出して様子を見る。
室井さんはいつも通りの、びしっとした三つ揃いのスーツ姿。
窓の外に流れる景色は…。
あれ?なんだか見覚えがあるような。
この先って、まさか…。
バスケットの中から身を乗り出して窓の外を良く見てみる。
間違いない。
これは、湾岸署に続く道だ!
でも、何で?
俺の困惑を他所に車は見慣れた建物へと近付いて行く。
あの事故から五日目。俺にとって久しぶりの湾岸署だ。
滑る様に湾岸署の駐車場に止まる自動車。
「着いたぞ」
ぼーっとして建物を見上げたままの俺を、バスケットごと外に連れ出す。
本日の立ち番・緒方と森下の二人が、現れた室井さんに敬礼しているが、その視線は俺のほうに向
いていて。
そりゃそうだよなぁ。あの室井さんが、突然こんな子犬を連れて現れれば、誰だってビックリするよ。
「ごくろうさま」
室井さんが労いの言葉をかけても、二人の金縛りは解けないまま。あ〜あ、すっかり固まっちゃてるよ。
二人とも、脅かしてごめんね。
朝まだ早い時間のせいか、人が少なく、意外なほど静かな湾岸署の中を進んで行く。
階段を上り、辿り着いたそこは。
刑事課だった。
「恩田刑事はいますか?」
「あ、室井さーん、ここ、ここ!」
朝から元気なすみれさんの声が響く。声のする方を見ると、彼女は取調室から出てくる所だった。
「取調べ中じゃなかったのか?」
「ううん、さっき終った所だったから。まぁ立ったまんまじゃなんだから座って」
そう言って、さっきまで犯人が座っていただろう席を室井さんに勧める。い、いいのか…な?
「朝から大変だな。窃盗か?」
「じゃなくて、痴漢!現行犯でしょっ引いて来たけど、今日は朝から気分最悪!」
そりゃ、気の毒だったねぇ。…犯人が。
逮捕の時、サファイアキックだけじゃ済まなかったんだろうなぁ。しっかし…。
「君に手を出すなんて、無謀な事をしたものだな…」
うんうん。
「なんですって?」
「あ、いや!何でもない!」
すみれさんに睨まれ、思わず一人と一匹揃って首を振る。
「ま、いいわ。それよりも昨日電話で言ってたのって、その子?」
昨日?じゃあ夜遅く電話かけてた相手ってすみれさん?
「ああ、そうだ」
「ね!見ても良い?」
と言いながら、室井さんの返事も待たずに俺をバスケットの中から引っ張り出す。
うわっ!すみれさん、もっとゆっくり!
「わーっ、可愛いじゃない!」
そ、そう?面と向って言われると照れちゃうね。
「突然無理を言ってすまないな。家に置いておいても良いんだが、昨日の今日で犯人もまだ捕まって
いないし、こいつの怪我も治っていなくて、一人部屋に残して置くのが心配なんだ」
「昨日、真下君に聞いた。…犯人に蹴られたんだって?」
「ああ。大した怪我じゃなくて良かったが…」
うん。あれだけ力いっぱい蹴られて、この程度の怪我で済んで良かった。ヘタすりゃ内臓破裂で
死んでたかもしれないもん。
「せっかく青島くんが助けた子犬だもんね。もしもの事があったら、青島くんに申し訳ないわよ」
「ああ、その通りだ」
昨夜の室井さんと同じ事を言うすみれさん。
二人とも、本当にごめんね…。
「それにしても犯人の奴、頭に来るわねっ!こーんな可愛い子蹴っ飛ばすなんて!」
まったくだよ!本気で痛かったんだから。
「で、何か手掛かり見つかったの?」
「手がかりといえるかどうか…。コインロッカーの鍵らしいものが見つかったのだが…」
「ふうん…。まぁ、指紋はベタベタ残ってたらしいし、真下君ていう目撃者もいるし。直に捕まるわよ」
「そうだな」
その目撃者が一番頼りないといえば頼りないんだけどね…。
「大体マヌケよねー。よりにもよって警察庁の官舎に侵入するなんてね。聞いたわよ?早速本部に
特捜立ったっていうじゃない」
と、何処か呆れたふうのすみれさん。
でも、彼女の気持ちも解からなくはない。
たかが空巣に警視庁捜査一課に特捜本部。
しかも、捜査員総動員の臨戦体勢。
冗談みたいな話だが、事実である。
前代未聞の警察庁官舎への不法侵入。この出来事に一番慌てたのは、部屋に入られた室井さん
でも居合わせた俺でもなくて、上層部のお偉方だった。
まぁ、そりゃそうだよねー。泥棒捕まえる側が泥棒に入られたなんて、警察の面目丸潰れだもんね。
という訳で、上層部の号令のもと、昨夜のうちに一課の捜査員を総動員しての大捜査網がひかれた
のだった。…やれやれ。
「それじゃ、申し訳ないがこいつのことを頼む。少し遅くなるかも知れないが、帰りにまた迎えに来るから」
「解かった。この子のことは任しといて。湾岸署員一同で責任持ってお預かりするわ」
「すまない」
御迷惑お掛けします。
「この件はそれで良いとして。ねぇ、まだ時間あるわよね」
「あ、ああ。まだ時間はあるが…」
質問というより確認…いや、否定を許さない強い口調のすみれさん。
なに?如何したの?
つづく
またしてもヘンな所で切ってしまいました。
読み難くてすみません;;
しかし、子犬入りのバスケットを持った室井さん…。
似合うのか似合わないのか、
なんだか、微妙〜〜〜〜(汗)