Puppy Panics !


 

その五  再び死神と子犬(1)

 

 

 ほかほかと午後の陽射しが当るソファーの上で、大きな欠伸を一つ。う〜ん、気持ちいい。

 半分夢の中に意識を漂わせながら室内を見回すと、同じように大きな欠伸をしている者があちらこちら

に見えた。

 しょうがないなぁ。あらら、和久さんまで。

 でも、今日は事件の通報も一件も入って来ないし、事件の目撃者として本店に借り出されている真下

以外は、自分のデスクで、書類を書いたり新聞を読んだりしている。

「しゅんさく君も退屈そうね」

 あ〜すみれさん。もー退屈で退屈でしょうがないよ〜。

 あ、また欠伸が。

「でも、頭のいい子ですよね。大人しいし、躾もしっかりしてるし」

 そりゃね、雪乃さん。一応中身は人間ですから。

「同じ名前でも青島君とは大違いね」

 ほっといてよ。

「ただ今戻りました〜」

 あれ、真下?お前本店の手伝いに行ってたんじゃないの?

「おかえりー」

「ご苦労様です」

「なんだ?随分早ぇじゃないか」

「早いって、僕、昨日の夜からず―――っと、本店に詰めてたんですよ?そろそろお役御免にしてくんなきゃ、

体が持ちませんよ」

「軟だねぇ、坊ちゃんは」

 うんうん。和久さんの言うとおり。お前その程度の事でへたばってどーすんの。

「で、犯人の目星はついたのか?」

 あ、それ俺も聞きたい。捜査状況なんかも教えて欲しい。

「あー、それなんですけどね。どうやら犯人は、金目的のただの空巣じゃないみたいなんですよ。」

 うん、あいつ等の目的はあの鍵だ。それは知ってるよ。

「危険を冒してわざわざ警察庁の、しかもキャリアの官舎に侵入したって事で、上層部じゃ思想犯や一部

の過激派との繋がりも考えてるみたいですね」

 …はぁっ?

 あのマヌケな二人組が、思想犯?一体何処からそんな考えが出てくるんだ?

「一応、過去の警察に対するテロのデータから、犯人の割り出しをしてるみたいなんですけど」

 どーも、話がズレてんなぁ。

 何の変装もせず素顔のままで、しかも手袋も着けずに現場にベタベタ指紋残していくような奴らが、そん

な過激派やテロ組織の一員なわけないだろう。

 全く、現場を無視して机の上だけで理論捏ね回してるからこんな事になるんだよ。

 副総監誘拐事件の教訓が、全然生かされてないんだから。

「室井さんが言っていた『コインロッカーの鍵』のことは?」

 あいつ等が言っていた取引に必要な鍵。これは推測だけど、おそらく何処かの駅のロッカーに取引の

ブツその物を隠しておいて、実際の取引には大金と交換にその鍵を渡す。

 そうすれば、ブツを持ち運ぶというリスクも無く、万が一身体検査を去れても言い逃れはいくらでも出来る。

 まぁ、あの猫山って奴の場合は、ちょっと突つけば、ぽろぽろ白状しちゃいそうだったけど。

「その鍵についても捜査中みたいです。今何処の鍵か特定してんじゃないですか?」

「なーんか他人事みたいねぇ」

「そうですよ。真下さんだって一応目撃者なんでしょ?」

「そーなんですけどね」

 そーなんだけど、なに?

「実は俺、あの時の事あんまり良く覚えてないんですよねー」

 はいっっ?

「何よそれ」

「だって、何か大きな音がしたなーって室井さんの部屋を除いて見たら、知らない男二人がしゅんさく君を

追いかけてて…」

 逆だ、逆!俺のほうが追いかけてたのっ! 

「突然の事にボーっとしてたら、いきなり犯人が逃げ出しちゃって、もう何がなんやらさっぱり解からなくて、

気が付いたらしゅんさく君が蹴り飛ばされてたんです」

 はぁ――っ。役に立たない奴。

 皆も一斉に溜息付いてるよ。

「真下君、君、一体何やってたのよ〜」

「あー、そう言いますけどね、僕だって結構大変だったんですよ!」

 解かった解かった。

 それにしても、本部のほうでは足取りは全然掴めてないって事だよな。う〜ん。

 取引に必要な鍵も取り返せず、警察に追われて…って事になると、いくら呑気なあの二人でも、追い詰

められて何をするか解からないぞ。あ〜、俺が知ってる事を伝えられたら良いんだけど…。

「あ、皆揃ってるね!」

 あ、課長。どーしたっすかぁ?

「丁度よかったぁ。今ね、麻布署の方から応援要請がきてね。申し訳ないんだけど、誰か一人行ってくれな

いかなぁ」

「応援って、なんのですか?」

「実はあっちで追っていた拳銃密輸犯の二人が、うちの管内で目撃されたそうなんだよ。で、こっちの道に

詳しいうちの署から一人貸して欲しいって言ってきてね」

「拳銃密輸だったら刑事課じゃなくて、生活安全課でしょ?」

「あっちは、薬物と風俗摘発で大忙しなの!どうせ今日は暇なんだから、誰か一人お願いね!あ、これ捜

査資料だから!」

 と、資料とお願いの言葉を残して課長は行ってしまった。

「…如何します?」

「俺は腰が痛いんだよ」

「僕は今日、下の子の誕生日で…」

「えっ、僕はダメですよ!さっき本店から帰ったばかりなんですから!」

 ああ、いつもの事ながら、見難い押し付け合い…。

 そりゃ、気持ちは解かるけどねー。

「こうして話してたって、いつまでたっても決まらないから、いつものアレで決めましょうか」

「そうだね。それが一番いいよ」

 いつもの。…ああ、アレね。確かにアレが一番早いな。

「じゃあ、行きますよー」

 雪乃さんの掛け声で始まったいつものアレ。

「じゃんけんぽんっ!」

「…あれ?」

「お?」

「よしっ!」

「真下さんに決定っ!」

「そんな〜」

 相変わらずじゃんけん弱いね、真下君。 

 それにしても、うちで目撃された拳銃密輸犯ってどんな奴らだろう?資料読みたいけど、机の上じゃなぁ。

「ねぇ、この資料の二人組って、屋台でお酒飲んでる時に、その屋台の親父さんに拳銃密輸の事を自分

からばらして、取引の事も自慢そうに話した挙げ句、警察にマークされた大馬鹿者のことよね」

「あ、そうです!この前うちに来てた麻布署の人が笑いながら話してた二人です。確か…猫とか鼠とか言う

名前だった様な…」

 え、猫?どっかで聞いたような…。それにマヌケな二人組って言うのも…。

「鼠じゃなくて猿よ。猫山祐輔と猿渡利雄。前に一度無銭飲食で捕まってるわ」

 猫と、猿っ!

 間違いないあの二人組だ!それじゃあの時言っていた取引って拳銃だったのか。

 それにしても、いくら酔っていたからって、自分から赤の他人に密輸の事をばらすか?普通。

 よっぽど舞いあがってたんだろうなぁ。

 そう考えると、なんか可愛いかも…。

 なんて考えてる場合じゃないっ!何とかこのことを皆に伝えないと!

「わんっわんっわん!」

「どうしたの!?急に吠えたりして」

「わんっわんっわんっ!」

「如何したんでしょうか?あんなに良い子にしてたのに」

 いくら俺が大声上げたって、肝心な事は伝わらない。

 あーもう、如何したら…。

「もしかして、昨日の怪我が痛むのかも」

「え!もしそうなら大変じゃないっ!」

 真下の言葉にすみれさんが、慌てて俺の様子を見るため覗き込んでくる。手には例の資料を持ったままで。

 チャンスっ!

 俺は渾身の力をこめて、すみれさんの手から資料を奪い取る。

「あ、こらっ!」

「悪戯はダメよ」

 悪戯じゃない!この二人が昨日室井さんの家に潜りこんだ犯人なんだよ!

「う――っ!わんわんわん!」

「……ねぇ、すみれさん。何か様子が変じゃないですか?」

「そうねぇ…。ただの悪戯じゃないみたい」

 だからっ!こいつ等が犯人だって!

「もしかして…しゅんさく君、この二人のこと知ってるのかも」

「まっさかぁ」

「うー、わんっっ!!」

 知ってるも何も!昨日酷い目に合わされたんだって!

「……すみれさん」

「うん。…ねぇ、しゅんさく君。君はこの二人のこと知ってるの?」

「わんっ!!」

 知ってる!!

「うそ!、返事した!」

「はい、確かに返事しました!」

「…なぁ。まさか…とは思うけどな。確か昨日室井さんの家に入りこんだ空巣も二人組だったよな?」

 そう!その通りだよ、和久さん!!

「……」

「……」

「真下さんっ!確認っ!!」

「はいっ!」

 資料片手に、必死の顔の真下が昨夜の記憶を探る。

 頼むよー。係長!

「あ―――っ!そうです、この二人です!間違いありません!」

 よしっ!良くやった真下!

「真下さん!至急、指紋照合!!」

「は、はいっ!」

 椅子に右足、デスクに左手。最後に扉に顔面をぶつけながら、真下が飛び出して行く。

 …ふぅ。なんとか解かってもらえて良かった。

 あとはこの情報をもとに本店が動けば、二人の逮捕はあっという間だろう。

 それにしても真下の奴。雪乃さんの尻に完全に敷かれてるぞ。

 …やれやれ。

つづく


猿と猫のフルネーム。

実在のあるお二人の名前をもじって付けさせて頂きました。

さて誰でしょ〜〜〜?

…って、簡単ですよね(笑)