Puppy Panics !


 

その六  青島君と子犬(1)

 

 

 感じていた酩酊感が消え、視界が晴れる。

 目の前に広がっていたのは、見た事もない景色。

 ここは何処だろう?豊洲埠頭の何処かだとは思うけど…。

 暗くて広くて、何かの倉庫みたいだな。

 室井さんは何処にいるんだろう?

「青島さん青島さん!こっちです」

 あ、死神の奴あんな所に。

 今自分がいる所より更に奥に入った所。梱包された荷物の上に死神が立っている。

「室井さんはここでーす!」

 お、おい!そんな所に立って大声上げたら、犯人にばれちゃうだろうが!

「あ、大丈夫です。私の姿も声も、普通の人には聞こえませんから」

 あ、そうなの?

「そうなんです。それよりもほら…」

 死神が指し示す方を見てみれば。 

 室井さんっ!

 太い縄で後ろ手に手首を縛られた室井さんが地面に転がされている。その横にはあの二人組が何かを

話していた。

「…とにかく、あの鍵さえ取り戻せば良いんだ」

「うん、早く取り返して、拳銃売って大金持ちになろうね」   

「…それは無理だな」

 室井さん!

 しっかりした声。縛られてはいるものの、怪我はないみたいだ。取り敢えず一安心。

「なんだと、それはどういう事だ!」

「お前達が探していた鍵は、昨夜のうちに警察の手に渡った。ロッカーの中の物と一緒に、今ごろ没収さ

れてる頃だ」

「え――っ!それホント?」

「ああ、捜査本部に直接持って行ったからな」

「猿兄ィ、どうしよう?せっかく苦労して手に入れて、重い目をしてフィリピンから持って帰ってきたのに…」

「残念だったな」

「ねぇ、半分だけでも何とかならない?猿兄なんて、英語出来ないと困るからって駅前留学までしたのに〜」

「そ、それは気の毒だったな」

「余計なこというんじゃない!」

「だって〜〜〜」

 …なんだか聞いているだけで、情けなくなってきたなぁ。

「くそう、こうなったらお前を人質にして、身代金をたっぷりとってやる!」

 身代金!?それはちょっと…。

「それは止めておいた方が良いな」

「なんだと!」

 俺もそう思う。大体、営利目的の誘拐って、一番罪が重いんだよ?悪い事は言わないから…。

「身代金を要求すると言っても、私は今一人暮しだ。一応家族もいる事はいるが、住んでいる所は秋田の

山奥でな。東京に出てくるのに最低二日は掛るんだ。それに…」

「それに、なんだ!」

「実家には電話がない」

 ……。

「……はぁ?」

「何せ、物凄い田舎でなぁ。村で電話があるのは公民館だけで、勿論携帯なんて使えない。唯一の連絡

手段は電報なんだが、これも、ふもとの郵便局から実家まで半日以上掛るんだ」

 室井さん、あんたの田舎って一体…。

「とにかく身代金を要求するのは効率が悪すぎる。止めておいた方がいいな」

 そういう問題ですかい。

「だ、だったら、お前の会社に電話して…」

「私は公務員で、一応警察官をやっているんだが」

「うそ…」

 ほんと。

 この人は、警視庁のキャリアさん。

 あ、力尽きたかな。がっくり地面に座りこんじゃった。

「…所詮、俺の人生なんてこんなもんなんだな」

「猿兄ぃ、しっかりしてよ〜」

「志を抱いて田舎から出てきたのに、就職した会社は三日で倒産。次の仕事を探そうにも、この不況で

ままならず。偶々入ったレストランでは財布を忘れて無銭飲食で捕まって…。その後、もうどうでも良いや

と、やけくそになって入った暴力団は、警察の摘発受けてあっさり解散。最後の大博打にと拳銃密輸に手

を出してみれば…この始末」

 …悲惨だ。

 な、なんだか本気で気の毒になってきた。

「ちくしょ――っ!この世には神様なんていないんだ―っ!」

 あ、キレた。

 う〜ん、暴れ出しちゃったよ。

「死神ならここにいるんですけどねぇ」

 うん。すっごく変な死神ならここにいる。

「あ!青島さんひどいっ!」

 猿渡の奴は、そこら中にある荷物を手当たり次第ぶん投げてる。あれって結構大きな荷物なんだけどねぇ。

「うわ――――ん!」

 あーあ、とうとう泣き出しちゃったよ。

「猿兄ぃ、しっかりしてよ〜〜〜」

 何はともあれ、今のうちに室井さんを助けなきゃ。

 足音をなるべくたてない様に、そっと後ろから近付く。

「くぅん」

 室井さん、室井さん。

「…!しゅんさく、如何してここに?」

 訳はあとで!

 とにかくこの縄を切るから、待っててください!

 猿渡が暴れている間に何とか縄を解こうとするが、丈夫なナイロン製の太い縄が、子犬の歯ごときで噛

みきれるはずもない。  

 …くっそー、なんでこんなに硬いんだよ!

 それでも何とか縄の四分の一を噛みきった時だった。

「……もう、おしまいだ」

 暴れ疲れたのか、その場に虚ろな顔で立ち尽くす猿渡。

 …嫌な予感がする。

「もうこんな人生沢山だ…」

 お、おいっ!何やってるんだ!

 何処に隠し持っていたのか、猿渡の右手に握られた、鈍い光を放つ黒い鉄の塊。猿渡はそれをゆっくり

とこめかみに当て、引き金をひく指に力をこめた。

 駄目だ!今ここで死んじゃったら、本当に何もかも終りになるんだぞ!

「やめてよっ!死んじゃ駄目だよ!」

 事態を察した猫山も猿渡を止めようと飛び掛る。

 えらいっ、猫山!そのまま押さえてろよ!

「……っ!」

 猿渡の自殺を止めようと飛び出した俺の耳に、何かが引き千切られる音が聞こえた。

 音源を探ると、室井さんが両腕を拘束していた縄を引き千切った音だった。

「止めろ!今ここで死んでどうするんだ!」

 室井さんが、縺れる二人の前に立ち塞がる。

「うるさいっ!俺はもう死ぬんだ!」

「死んじゃやだよ!」

「離せっ!」

「いやだっ!!」

「離せ――――――っ!!」

 

 猿渡が泣きながら何かを叫んでる。

 大きく叫んだ猿渡が、しがみ付いていた猫山を振り払う。

 猫山を振り払った猿渡りの手が、振り払った勢いのまま正面を向いた。

 

 向けられた銃口の先には…。

『運命は、変えられないんです…』

 死神の言葉が頭に響く。

 猿渡の指に、力が入る。

 

「室井さんっ!!」

つづく


準備は万端だけど、どっか抜けてて大失敗。

って、いう人いますよね〜。

各いう私もその一人(-_-;)

「石橋を叩き割って壊す」という人生を

ひたすら歩んでおります…。