Puppy Panics !


 

その三  猿と猫と子犬(3)

 

 

 延々と鬼ごっこを続けていた俺達の耳に、玄関チャイムの音が鳴り響いた。

「……!!」

 よしっ!

 誰か来たっ!

 予想通りっ!!

 あとは…。

「室井さーん、如何したんですか?何か凄い音がしたんですけど…あれ?鍵が開いてる?」

 こ、この声は…。

「すみませ〜ん。お邪魔しちゃいま〜す」

 緊迫感ゼロのこの声は…。

「あれ…?」

 突然乱入してきたあいつの為に、一同、硬直。

 その原因を作った男は、事態が解かってるのか解かっていないのか、呑気に挨拶なんかしたりして…。

「こんにちは。あ…どうもお邪魔しました〜〜」

 ま、真下ぁっ!?

 おい、こらっ!そのまま帰って如何すんだよ、お前はっ!

 あーっ!よりにもよって何で真下なんだろう。

 偶然とはいえ、あーあ、もう…!

 …なんてのんびり溜息吐いてる場合じゃなかった!

 犯人が逃げるっ!

 真下の登場に金縛りにあった俺達だったが、犯人のほうが一瞬だけ早く我に返った。

 そして、ボーっと突っ立ってる真下を突き飛ばし、その背後の開きっぱなしになっていたドアから慌

てて逃げ出そうとしていた。

 くそっ!逃がすか!

 短い足をフル回転させ、なんとか犯人達に追いつく。

 この!待てって言ってるだろうっ!

 二人がドアの外に出た瞬間。走ってきた勢いを殺さず、そのまま後ろを走っていた猫山に体当たり

する。

「わぁっ」

 そして奴がバランスを崩してよろめいたところを、すかさず尻に噛みついた。

「いって―――――っ!!」

「猫っ!?」

 振り向いた猿渡が見たものは、完全に倒れこんだ猫山と、その上に乗って尻に噛みついてる俺の姿。

 …う〜ん、他の場所にすれば良かった。

「お、お前等、住居不法侵入の現行犯で逮捕するっ!」

 ようやく事態を飲みこんだ真下も飛び出してきた。

 お前ねー、遅いよー。

 でもまぁこれで逮捕出来るんだから良しとしよう。

 と、考えたその瞬間だった。

 

 

「ぎゃんっ!!」

 突然、腹部を襲った強烈な痛み。続いて何かに叩き付けられたような強い衝撃。

 しまったっ!

 …油断、した。

「……っくぅぅぅぅ」

 猿渡に蹴られ、壁に叩き付けられた身体に鈍い痛みが走る。

 痛みに霞む視界の向こうに、二人が逃げて行く姿が見えた。

 …くっそー。待てって…この…。

 なんとか体を起そうとするが、痛む身体は全く言う事を聞いてくれず…。

「お、おいっ!大丈夫っ!?」

 真下の声を遠くに聞きながら、俺の意識はだんだんと…。

 

 遠のいて行った…。

 

 

 

「…大丈夫です。右前足を捻挫している以外は、他は全く異常ありません。身体をぶつけた痛みは

まだ残っているでしょうが、一日大人しくしていれば、直に良くなるでしょう」

「有難うございました…」

「いえいえ。湿布と一応、解熱剤を出しておきますので、鼻が乾いて体温が上昇してる様でしたら飲ま

せてやってください」

「はい」

 …なんだろう?

 聞きなれた声と、聞いた事がある声の会話。

 嗅ぎなれない消毒の匂いと色々な動物達の匂い。

 ゆっくりと目を開けてみれば。

「おや?起きたみたいだね」

「しゅんさく!」

 あ、この前の獣医さんと室井さん?

 ということは、ここは動物病院?でも、なんで?

 横になっていた体を起こそうとした時だった。

「きゃうん!」 

 …って―――。

 身体がバラバラになりそうなほどの痛みが全身を走る。

 そっか。俺、猿渡に蹴られて…。

「大丈夫か?」

「…くぅん」

 …なんとか。

 あー、でも身体中がギシギシ言ってるよ…。くそー、あの野郎思いっきり蹴りやがって!

 覚えてろーっ!ぜってー逮捕してやっかんなっ!!

 

 

 打ち身であちこち痛む身体を、室井さんがそうっと包み込む様に抱いて連れて帰ってくれた。

 官舎に帰ると、犯人に散らかされた室内は殆どそのままで、足の踏み場も無いぐらいだった。

 仕方が無いので、唯一無事だった寝室に入る。

 小さなベッドに横たわった俺を室井さんの手が、気遣う様に撫でてくれる。

「全く。犯人に飛び掛るなんて、無茶をしやがって…」

「……くぅ」

 …すみません。

 でも、そうしなきゃ逃げられそうだったし…。

 …って、結局逃げられちゃいましたけど。

「聞き分けの良い大人しい奴だと思っていたが、とんだやんちゃ坊主だな、お前は。それとも名前が

悪かったかな?」

 はい?名前が何?

「なんてったって、あいつと同じ名前だからな。犯人見てじっとしてろって言うほうが無理か」

 あ!それ、どーいう意味だよ。

「でも、本当に大した事が無くて良かったな。お前にもしもの事があったら青島に申し訳がたたない

からな」

 …室井さん。

 俺にそんなに気を使わなくても良いのに。

「当分の大人しくしてるんだぞ。いいな?」

 優しい笑顔の室井さん。

 怪我をした体を、そっと撫でてくれる手も優しくて。

「うゎん」

 はーい。そうします。

 俺は素直に返事をした。

「そうだ。ずっと何も食べてなかったから腹が減っただろう。何か作ってやるからちょっと待ってろ」

 室井さんはそう言うと、立ち上がり、散らかったままのキッチンへと消えていった。

 …そういえば今何時だろう。夜遅い時間だっていうのはわかるけど。

 改めて時計に目をやれば。

 え?もう9時?何時もの夕食の時間なんてとっくに過ぎてる。    

 でも…食欲が全然湧かない。

 しばらくして、俺に食事を運んできてくれた室井さんに背を向けて、食べたく無いという意志表示をする。

「食欲無いのか?」

 …無いです。

「しょうがないな…。じゃあ今日はもう眠れ。ゆっくり休んで早く怪我を治そうな」

 はーい、そうします。

「さてと…。そろそろ部屋の片付けもしないとな。それじゃ俺はあっちの部屋にいるから。いいか?

暴れたりせず、ゆっくり休むんだぞ」

 了解しました〜。

 ぽんぽんと軽く俺の頭を叩いたあと、室井さんは散らかった部屋の後片付けに行った。

 ベットの中で丸くなり、昼間の惨状を思い出す。

 あれを片付けるのは一苦労だ。

 室井さん一人じゃ大変だろうな。

 俺が人間だったら手伝えるのになぁ。

 それにしても思いっきり散らかしてくれたよね。いくら探し物があったっていっても…。

 ……探し物? 

 ……。

 

 

 あ―――っ!忘れてた―――――――っ!!

 昼間のあいつ等の目的。あいつ等が探していた物。

 痛む体を無理矢理起して、ベッドから抜け出す。

 まだまだ痛いけど、今はそんなこといってる場合じゃ無い。

 右前足を怪我したせいで、上手く走れないけど、出来るだけ急いで例のソファーのところに行く。

 たしかここに…。

 間違いない!この下からあの男の甘ったるいコロンの匂いがする。

 もう、殆ど残り香程度しかないそれを、子犬の鼻はしっかり嗅ぎ取っていた。

「おい、こらそんな所でなにをしているんだ!」

 室井さん!!この下に…!

「大人しくしてろって言っただろう」

 室井さんが俺を捕まえようとする。

 でも、今は捕まるわけにはいかないんだ。

 室井さんの腕を擦り抜け、もう一度ソファーに近付く。

「わんわんわんわんっ!」

 室井さん、ここ!ここにあいつ等が探してた物があるんだ!

「……しゅんさく?如何した?」

 お願いっ!俺の言うこと解かってよっ!

「……」

 とても大事な事なんだっ!!

「…もしかして、この下に何かあるのか?」

 そう!その通りです!!

「…解かった。ちょっと待ってろ」

 そう言うなり、室井さんはソファーを軽々と持ち上げ床を見る。

「一体何があるって言うんだ?」

 何があるか解からないけど、何かある事は間違いないんです。

 室井さんが持ち上げたソファーの下を、必死で探る。

 あの甘い匂いが一番強く残っているもの。それがきっと、あいつ等の探し物だ。

「わんっ!!」

 あった!!これだ!

「……!」

 俺とほぼ同時に、室井さんの目もそれを捉える。

 持ち上げたソファーの下。

 少し埃の溜まったフローリングの床に転がっていた物は。

 

 ありふれたプラプレート付きの小さな鍵。

 見覚えのあるそれは、駅のコインロッカーの鍵だった。

つづく


ホントはコインロッカーに荷物を預けれる期限は3日間らしいですが

お話の関係上無視しました(汗)

一応つっこみ入る前の自己申告。

…わははははは(乾笑)