こけちゃったBX
 1980年、急追する日本製リールに対してミッチェルが放った革新アウトスプールモデル4400。日本ではぜんぜん注目されなかったリールですが、よく見ると面白いのです。

ミッチェル4420
 戦後ずっと卵形インスプールの300シリーズを作ってきたミッチェルが、初めて放った専用設計のアウトスプールモデルが4400シリーズでした。300シリーズを流用したアウトスプールとしては900シリーズがありましたが、4400はデザインも構造も完全に新規でした。

 高級版が4400、普及版が3300で、下2桁がサイズを示します。4桁にしたのも新しい時代のモデルということでしょう。プジョー1007みたいなものか・・・。

 4420は、スプール径46mm、ギア比5.8:1、自重270gの、いまなら2500番サイズです。

 メイドインフランスです。

ワンタッチスプール
 変わらずミッチェルらしさを維持。プッシュボタン式のワンタッチスプールです。

 ただ、日本で売られたのはスプールのスカート部がのっぺらぼうでした。本当の製品はMITCHELLのロゴがプリントされます。写真のスプールはスカート部がシールを貼る形状になっています。

 つまり、シールを貼るつもりで開発を進めていて、プリントに変更されたため、このスプールは正規には使えなくなったのです。それで当時どうでもよかった日本市場に「捨てた」のでした。と、書いた後、ヤフオクでこのスプールにMITCHELLのロゴがプリントされているものが出ていました。じゃあなおさら、なんでのっぺらぼうを日本に流したんだ?(2007/8/22こっそり追記)

 日本に限らずかつての欧米メーカーにとってアジアは試作品のゴミ捨て場だった、なんて言う人もいます。同じような例としてアブのカーディナル50シリーズに、あるはずのないセルフセンタリングが付いたものが日本で売られたことがあります。日本のコレクターはこんなのを「レア物」とか言ってありがたがっちゃうんで世話ないのですが・・・。

 もっとも、私がいたころのS社だって、シリーズ名を変えたために米国市場に出せなくなったバスロッドを投げ売りみたいな値段で国内に流したことがありました。一昔前の国内ルアー市場はそんなものだったのですね。

 もうひとつ思い出したぞ。10年くらい前の某社のマシンカットフライリール。国内向けはガンメタだったのになぜか輸出用の金色が店頭に。買ってスプールを外したら、クリックの爪とバネが半分くらいしか当たってない。日本の小物釣りならいいと踏んだのかも(たしかに私の釣りには問題なかったけどね)。

ドラグ
 300シリーズからみるとずっと進化したテフロンマルチディスクドラグです。面白いのはウレタン樹脂を使ったスプリング(一番奥)。ただ、はっきり言って調整幅、すべりのコンスタントさともに、300シリーズのシンプルなものの方がずっとよかったのは実にトホホ。

ベール
 ベールは軽合金をワンピース成型。

 ラインローラーはセラミックですが、ブッシュを使わず軽合金の軸で直接支持。これはいただけません。この点に関しては、80年代半ば以降のインスプールに採用されたブッシュ入り金属ローラーのほうが100倍まじめです。

 ただ、新素材を積極的に使っていこうという姿勢は見えます。

 エポキシで肉盛りしていますが、すでに後の308Aなどと同じくローラーカラーに糸がかかる問題を持っています。もう「釣り人」が会社にいなかったのかもしれません。

ベールスプリング
 インスプールと同じねじりコイルスプリングです。当時のアウトスプールは特許の関係で(アメリカの会社がリールも作ってないくせに圧縮コイルスプリングの特許を持っていた)、耐久性のいいスプリングが使えず、それでインスプールと同じ構造をとったのです。

 たしかに、当時のアウトスプールのトーションスプリングに比べれば、寿命も操作感も上でした。ある意味老舗の見識と言えなくもないところ。ベール反転位置も前のページの通りの最適な設計。

 しかし、インスプールと同じということは、開いたベールを手で閉じることができないということでもあります。写真のように力を加えてもベールは閉じません。

 写真のリールは店頭でベールワイヤを見事に曲げられていました。

 ミッチェルとしては、このボタンを押すことでベールが閉じるようにしていたのですが、「熊の手釣り師」はそんなこと理解できません。相当数のリールが店頭で壊されたでしょう。

 それにしてもシマノの1.5mmへなへなワイヤでもあるまいに、このリールのベールワイヤは軽合金とはいえ2.4mmもあるんですよ。インスプールだってよくベール返しレバーが曲げられてるけど、曲げようと思ったって曲がるもんじゃありません。おつむまで熊並みとまでは言いたかないが、なんだかなあ。

ハンドル
 ハンドルノブは左右両用のためひねりは入っていませんが、平たくて指に吸い付くような感じ。つまんでもにぎってもOK.。ソフトコートも滑り止めのシボもついていませんが、国内某社の現行ノブよりずっといい。

 もうひとつ面白いのは、クランクが樹脂であること。樹脂材料といえば、上のローターも樹脂なのですね。ここにも新しい時代に向けて積極的に新素材を採用していこうという姿勢が見えます。しかも、ローターのベール支持部、クランクのノブ支持軸のネジ部とも、真鍮のメネジがインサートされています。

 なお、このハンドルは、折りたたみはワンタッチですが、取り付けはねじ込みになっています。

折りたたみシステム
 当時の大森あたりを意識したか、ベールもハンドルもたためます。特にハンドルが横折れなのに注目。

ストッパー
 ストッパーはピニオンの軸に掛けるタイプにして強化。ドライブギア軸にわずかなフリクションを持たせつつ爪を取り付けたサイレントストッパーです。

 サイドカバーの内側に見えるのは、レバーで切り替えできるストッパーの音出し機構。ダイワあたりの「音響分離機構」の影響でしょうか。

 この辺も樹脂を多用。

ギアシステム
 ギアは8枚ギアでもベベルでもなく、当時最新かつ今でも主流のハイポイドタイプのフェースギアです。ドライブギアはギア部が亜鉛ダイキャスト、軸部は鋼です。

ユニークなデザイン
 どこかクセのあるのがフレンチデザイン。このリールも卵ボディーを四角くしただけかと思ったら、ボディーが途中でぐぎっと折れ曲がって尻上がりになっています。

 シルバーとブラックのツートンカラーも、あまりないデザインでしょう。この銀色の部分、メタリックの粉が不足したようなヘンな色。そういえばSIMPLEX(フランスの自転車部品メーカー)の変速機にこんな色のがあったっけ。

 見ようによっては洒落てるというか、かわいいというか。でもやっぱりヘンか。

こけちゃいました
 80年代終わりに行ったシンガポールには4400の大きな写真をあしらったミッチェルの看板をかけた釣具店がありました。ミッチェルはこのシリーズに賭けていたのですね。

 でもこのリールが発売された翌年、ミッチェルは倒産します。

 売れなかったのでしょう。

 シトロエンは、70年代までGS、CX、SMなど、つるんと丸いデザインのクルマを出してきていました。そんななか82年に発表されたBXはそれまでのイメージを打ち破る直線的なデザインでした。発売時期といい4400に似ています。

 BXはボンネットなどに樹脂材料を使っていました。これも樹脂材料を多用した4400に通じます。

 シトロエンに似てるといえば、90年代のフラグシップXMのウェストラインが後半でぐぎっと曲がっているのと、4400のボディーデザインにも共通するものを感じます。

  でも、決定的な違いは、BXは売れたけれど4400はこけたこと。

 理由はいろいろ考えられます。手で閉じられないベールが障害になった、ドラグなど細部の完成度に問題があった、GSの面影を残したBXに対し4400は300らしさを完全に消していた、クセのあるフレンチデザインが一般に理解されなかった・・・なにより、アジア製品の低コストにはどうやったって勝てなかったのかもしれません(そらそうだわさ。いまだサービス残業という名の賃金不払い労働がまかり通り、異常な長時間労働でうつ病患者が増えようが年間3万人の自殺者が出ようが国は何もする気がない。それどころか、財界べったりの政府はもっと企業に有利な法改正をたくらんどる・・・こんな国にフランスもスウェーデンもかなうわけがないわいな)

 でも、それまでのものをすっぱりと変えて、新しいものに挑戦した姿勢は潔くて好きです。(2006/6/23)


ミッチェル3310Z
 上の4400の普及版3300シリーズの最小モデル。最後にZが付いているのは後期モデルです。たぶんいったん倒産したミッチェルがフィリップ・ブリム新社長で建て直しにかかったころのものです。

 スプール径42mm、ギア比5.6:1、実測自重229gです。

 メイドインフランス。

ちゃんとプリント
 なぜかのっぺらぼうだった私の4420に対し、ちゃんとMITCHELLのロゴがあります。なにやらネオンサインみたいです。

ベール
 Zが付いてからだと思いますが、ベールが後期300シリーズと同じステンレスのワンピースになりました。ラインローラーも樹脂ブッシュ入りになります。

 ベールアームが改良され、あのラインが掛かってしまうカラーが廃止されています。なぜこの改良を308にしなかったのでしょう。あっちのほうが長生きしたのに。

 ベールアームは重い亜鉛ダイキャスト。こここそ樹脂にするべきでは・・・。

サイドカバー
 びっくりしたなモー、のサイドカバーです。なんと樹脂製(上の4420はアルミ)。それも、ガラスやカーボンの入っていないプレーンです。軸受けのブッシュも一体のところを見ると、おそらくポリアセタール(欧州だからデルリンか)ではないかと思います。

 考えてみればアブ2500Cもクラッチのところのクワガタみたいな部品がこういう樹脂製です。このころの欧州メーカーは樹脂を積極的に使おうとしていたようです。軽くて錆びず、耐摩耗性がいい最新材料だったのでしょう。

 でも、これで巻き上げ強度がもつのかしらん・・・。サイドカバーのネジも、ほんのちょっと締めるだけにしないと、割れそうです。

 樹脂の種類は、ライターであぶって燃やして臭いをかいで判別できます。昔S社の上司がやっておりました。たしかポリアセタールはつんとした臭いがするんじゃなかったかしら。でもいまの私は化学物質過敏症気味なので怖くてできません(それ以前にリールが燃えてまうがや)。

 2012/05/14ネジの締め方について:サイドカバーのネジの締め込みは座が当たってから30度くらいで止めておくのが無難でしょう。アルミやFRPのリールと同じです。アルミやFRPのリールのネジを締め込んだときグッと食い込む感じがするのは、サイドカバーがわずかに圧縮されビスがわずかに伸びているからです。この弾性的な変形が緩み止めの効果を生んでいるはずです。であれば、同じ30度の締め込みならば同程度のたわみが生じているわけですから、緩みを押さえる効果は同じくらいあると考えられます。しかも、3310の場合、サイドカバーの樹脂と金属ビスの弾性率の差を考えれば、たわみの大半はサイドカバーの樹脂側のはずですから、これ以上の締め付けはより危険だと考えられます。実際、中古品を売っているショップの画像を見ると、ユーザー分解の形跡のある個体はほとんどサイドカバーに亀裂が走っています。持っている人はご注意(もう遅いか)。

内部機構
 ストッパーはドライブギアの軸にはまった樹脂部品で爪を上下するサイレントタイプ。松尾製ミッチェルやカーディナル、大森、80年代後半のダイワロングスプールが使っていたのと同じ方式。

 90度くらい遊びがありますが、かえってフェザリングのじゃまをしないからいいんじゃないかしらん。

 4400のクリック音のオンオフが切り替えできるタイプから、単なるサイレントになっていますが、こっちのほうがいいですよね。ハンドルも3300はZが付く前から300風の削りハンドルでした。ガタガタのワンタッチよりいいでしょう。やっぱミッチェルはベーシックモデルのほうがいいです。

 なお、なぜかZの付く前のマニュアルが付いていて、4410、3310はZが付く前ラチェット音が出るタイプだったみたいですが、Zが付いてサイレントになったようです。4420のZがどんな仕様だったかは不明。

デザイン
 なんたってこのリールの魅力はデザインでしょう。4400のツートンカラーより、ブラックボディーになった分、しゃれた感じ。ストーンと伸びた脚、きゅっと細くなった首、お尻の上がったボディー。ハンドルもこっちのほうがいいでしょう。

 フレンチデザインだと思って見てるからかもしれんけど・・・。

 こいつを、圧縮コイルのベールスプリングやガラス入り材料、S字カムなどでアップデート(といっても瞬間ストッパーやBB入りラインローラーなぞは付けん)したらいいのになあ・・・こんなことばっか言っとるな。(2008/9/4)

MITCHELL spinning reels