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  鮮明な画像だった。
  広大な金属箔に太陽放射を遮ら
れ表面の爆発的な熱分解をしばら
く前から妨げられている“それ”は、
今や遥かな天空を旅してきた長い
年月にそうであったような、 凍てつ
いた星屑にもどっていた。それでも
周囲の空間は今も莫大な塵芥に満
たされており、彼らの穏やかな反射
に照らされて “それ”の表面は柔か
く光っていた。
  だがこの静寂も、 局所的だが強
烈な物質放出で破られている。 そ
の光源も、 やはり金属箔の広大な
凹面鏡だった。 あるのか無いのか
の微弱な重力場を利用して見事な
軌道を描きながら、 箔は今、 直径
2 .7 Kmもの、 コルーダー彗星中
心核を両断しつつあった。
  発掘者(エクスカヴェイター)計画は順調

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に進んでいるのだ。

  エクスカヴェイターT(ワン)からの通信がモニターに映っているのを眺める時、 私はこの計
画が今や成功を目前にしている事を感じざるを得ない。  地球上空5000Km、 ここ、 ニュ
ー・バビロニアは5年程前から天体観測や惑星探査体の管制を行っているのだが、 このと
ころトラブル続きなのだ。本計画の目的は、長期間至近距離から彗星を観測し、同時にそ
の構成物質を採集して地球に送り届ける事であり、  特に後者は太陽系誕生のプロセスを
解明する為の重要な鍵になると予想されていたが、 エクスカヴェイターはその製作の段階
から遅れに後れる破目になった。
  また、他の計画のいくつかは中断された。原因は航空宇宙軍が大規模な軌道兵器配備
計画を開始した事であり、 今だに弱体な米宇宙工業界が航空宇宙軍の需要を満たすだ
けで手一杯になってしまった事だった。
  軍の計画の影響は、 このニュー・バビロニアにも及んだ。  現在、ニュー・バビロニアと同
一軌道上の、 それもわずか100Kmの距離に最外周軌道偵察中枢基地、通称エヴェレス
トなる代物が浮かんでいる。研究者達は強く反対したのだが、この高高度には他に有人施
設も無く、結局は物資補給の合理化という名目で、押し切られてしまったのだ。以来、エヴ
ェレストとの混信は、再三、私たちを悩ませている。 エクスカヴェイターTは、 そんな2038
年末の暗澹たる情勢の中で発進していったのだ。 そのエクスカヴェイターTが、 今、目的
を達成しようとしている……。

  モニターの中の動きで、私は回想から引き戻された。切断作業が完了したのだ。探査体
の画像分析プログラムに、  切断面で特に興味深い部分を選び優先分析ターゲットとして
の指定を送るべき時だった。
  ふいにモニターの画像が変化した。
  若い軍服。 彼はなんと指揮下の偵察衛星群との定時連絡に取り掛かった。管制室の皆
の顔が強張る。 この大事な時に混信が発生したのだ。
  エクスカヴェイター優先の手続きをとってあった筈なのに。
  この思いがけぬ打撃は私の心を再び、今の暗い世情に引き戻していく。 そう、軍の軌道
進出のあおりで立ち消えになった多くの宇宙計画のこと。小型の物は別だが、大規模な一
般施設―太陽発電実用化実験衛星など―はこの1〜2年まったく新設されていない。 旧
資源の枯渇が時間の問題である現在、 これらの研究は急務なのだが、 原子力以外のす
べての分野が研究中止に追い込まれつつあるのだ。核融合炉はと言えば今だに多くの欠
陥が問題視されている上、今や巨大産業に成長したエネルギー生産企業群=通称「エナ
ジーズ」は内部から腐敗しつつあった。

  いつもの事だが、エヴェレストの通信士官は慇懃(いんぎん)無礼だ。 彼が私達の問い合わ
せに対し、  エクスカヴェイターTとの混信を避ける為の通信スケジュール変更に関し何の
命令も受けていない、との理由で通信の即時中断を認めなかったために、責任をなすりつ
け合う下の書類屋連中の尻(ケツ)を引っぱたき、 複雑怪奇、 としか言い様のないルートをた
どって、やっとの思いで通信優先権を認めさせた時は、虚しく2時間を失い向こうは悠々と
作業を終えていた。
  急いで探査体のフルチェックと、 そして目標の再確認を開始したところ、 奇妙な事実が
見出された。 ほぼ中央から両断された彗星核の、その一方がさらに質量の28%を失って
いたのである。
  即座に中断部分のモニター映像を再送信するよう、指令を送ったのだが、データはすで
に消去されていた。 エクスカヴェイターTは記憶装置に十二分な余裕を持ていたので、
不要データ消去のプログラムはこちらのデータ受領の返答を確認してから消去する方式
を取っているのに。
  しかも探査体のどこにも異常個所など発見されなかった。
  可能性として残されているのは人為的な妨害だけだった。  彗星の一部を何処かに持ち
去り、その間の記録データの全てを消去する。
  だが、誰が、何を目的として。
  疑問に苛まれつつも、 管制チームは探査体に作業スケジュールの修正指示を送り出し
ていった。すでに自分の担当作業に一区切り付け、彗星中心核の切断面をモニターに呼
び出して気の早い仮説を立てあったりしているスタッフもいる。
  むしゃくしゃした気分を紛らわせる為だろうか、 一人が小型の光学望遠鏡―旧式化して
いるためもう専門家がほとんど使ってない奴で、暗黙のうちに観測スケジュールから外され
ている時なら勝手に使って良い事になっていた―にアクセスし、 個人用モニターに星々を
映し出させていた。やがて、その画面を、今回のアクシデントの張本人である、軍事ステー
ション、エヴェレストが横切ってゆく。
  と、彼は意識下に何か気にかかる物を感じた。
  再度、横暴な軍用ステーションを映し出して、仔細に点検してみる。
  まもなく、 おかしいと感じた訳が判った。 エヴェレストの大通信パラボラアンテナが地上
ではなくあさっての方向に向けられていたのだ。
  らしくもなく、宇宙の深遠を睨んでいる。
  正に、エクスカヴェイターTの現在位置を狙うかの様に……。

  探査計画はその後、 大きなアクシデントの発生もなく進んでいった。 サンプルの採取を
終えた後で遮光板を回収したため、 コルーダー彗星は再び幻想的な光の帯となって、 そ
れも同じ軌道の上を寄りそって進む双子彗星として太陽から離れつつある。
  一連のサブ探査体をその追跡軌道に残し、貴重なサンプルを携えてエクスカヴェイター
本体も地球への帰途に就いた。作業が一段落した私たち、探査体管制チームは、観測デ
ータの分析や整理と平行して、今回の妨害行為の本格的究明を計画していた。
  やがて、心強い支援を受けることが出来た。
  われらがニュー・バビロニア国際軌道観測センター所長、M・グロブスタイン博士―私自
身も彼の影響を大きく受けている一人なのだが―、 彼は研究者の中では珍しく、政界との
コネクションを巧みに用いるセンスの持ち主であり、 そして現在の航空宇宙軍優先の宇宙
開発を面と向かって批判し続けてもいた。 長期的展望に基づいた人類全体のための宇宙
開発、特に資源開発にこそ重点を置くべきだと。
  探査チームから事の顛末を聞くと、 博士自身が他の部門からも有志を集め、 事件の分
析の陣頭指揮に立ってくれた。
  まず、探査体に与えられていた全プログラムが再検討を受けた。 喪われた2時間の間、
エクスカヴェイターTの全観測装置が停止させられていたことが明らかになり、そのための
ハッキングプログラムは私達が探査体を発進させた後、コルーダー彗星にランデヴーする
までの間に侵入したものと推定された。
  妨害者が、 私達同様、エクスカヴェイターTを自由自在にコントロール出来たのは確か
である。
  また、 私達は以前から一連の軍事衛星を監視、 分析してきたのだが、その中に大型の
惑星探査体としか解釈できない代物が一機含まれていたことも判明した。われらが彗星探
査機と同時期に打ち上げられ、軌道上で儀装を受けていたそれは、惑星探査体だとすれ
ば過去に例のない大型機であり、儀装作業時に、大規模な工事すら可能とする数台の多
目的型土木作業ロボット数台を含む、大量の機材が積み込まれていた。 特に注目すべき
は太陽近傍仕様の耐熱パラソルまで装備していた点だろう。そして、エクスカヴェイターT
の発進と相前後して姿を消している…。
  彗星捕獲の目的で準備された機体と判断して良いだろう。
  はじめ、 この機体は常にエヴェレストに管制されていると思っていたのだが、 意外にも、
現在はともかく、 例の妨害工作以前にはあの基地の通信システムは一度も“星泥棒”の方
向に向けられていなかった事が判明した。 どうやら、あの探査体は独自の活動を開始した
時点で初めて基地からの直接指令を受け始めたのであり、 ランデヴーまではこちらがエク
スカヴェイターTに送っていた軌道修正指示を盗み聞きして追尾していたと考えられる。あるいは、彗星探査機にハッキングプログラムを送りつけたのもこの機体だったのかもしれ
ない。
  どうやら、今回の事件の裏にはかなり大掛かりななんらかの謀略が隠されていそうだ。
  その正体を暴き出し、キャンペーンの材料として利用する。
  それによって多様なエネルギー資源開発の研究再開を狙うつもりだった。 結局のとこ
ろ、現在の情勢は巨大化しつつある「エナジーズ」が、 航空宇宙軍を利用し、将来競争相
手となる可能性をもった太陽光発電を、 そして幾多の可能性をも潰しにかかっている、 そ
れ以外の何物でもない。
  歯止めが必要だ。
  事実、 下では秘密にされているが、 こちらで観測し、分析したデータから見て、 軌道兵
器の装備の中には少なからぬ量の核弾頭が含まれている。
  必要以上に。
  一つ例を上げれば、小型の中性子爆弾らしきものまで配備されているのだが、これなど
本来局地戦兵器であり、 わざわざ衛星高度から投げ落とすなど非能率この上ない。
  そしてこの大輸送が、 わが国の軌道上への物資輸送能力の限界であり、 月でのウラン
鉱開発を例外として、 他のすべてのビッグプロジェクトが中断された原因の訳だ。
  ニュー・バビロニアに集う研究スタッフの大半が現状打開を望んでいた。
  また、 ここは地上の天文台では不可能な高解像度観測装置―中には現在人類の所有
する最大の物も含まれている―を備えており、 世界中から研究者が集まってくる。 彼らも
現在のわが国の過剰な軍事力誇示にいささかの危惧を抱いていた……。
  そう、 十分な材料さえあれば、 グロブスタイン博士と穏健派政治家達とのコネクションを
生かし、 それ相応の圧力を加えるのは決して困難ではない。
  そして今、 一つの新たな糸口を手に入れた……。

  9月初旬、 双子の彗星は太陽系外周部の冷え切った空間へと去り、エクスカヴェイター
T本体の回収も目前に迫っていた。 この頃になると、軍用ステーションの大パラボラアン
テナがこの両者のどちらでもない、 何か独自の目標を追尾しているのは明白だった。
  パラボラの動きから算出されたその軌道上、―われらが彗星探査機より数ヶ月ほど遅れ
るが、結局は地球とのランデヴーを果たすであろう何者か―の推定位置に対し、観測スケ
ジュールが空いている一群のレンズやアンテナが向けられた。

  初めに発見されたのはわずかばかりのガス―Hイオンが主成分の―からの電磁波だっ
た。  間欠的に発生してはすぐに拡散してしまうそれ、位置が推定されていたからこそ発見
出来たが、 そうでなかったら見過ごされていたであろう程度の微弱な電波源は、 しかし目
標の正確な位置を特定するためなら十分なデータであり、 また、何物かがそこで、軌道修
正を続けている証拠であった。
  一度正確な位置が判明すれば、他の観測装置も成果を上げ始める。
  まず、 エクスカヴェイターTが装備していたのと同種の、 しかしそれよりかなり強靭な遮
光板が見出された。 その影の内部は闇に閉ざされていて何も確認出来なかったが、間欠
的な発光現象とそれにともなうガス放出が起きており、分析の結果、成分は彗星の構成物
質と微量の短命なアイソトープよりなっていることが判明した。
  1980年代に、プランだけで消えたオリオン計画が思い出される。
  オリオン計画、 通称原爆パルスジェットという物騒な名前の推進機関の開発計画だっ
た。 この推進機関は、 小型の原子爆弾を連続爆発させ、その熱エネルギーでプラズマ化
した推進剤(この場合、 ただの水でも良い)が巻き起こす粒子衝撃の反動で高加速を得よ
うなどという、 いささか乱暴な推進方である。 さすがに国際的な批判の対象となり、 デスク
プランの段階で打ち切られた。
  どうやらそれと同種の核パルス噴射があのガスという事らしい。 今回の場合、 彗星それ
自体が推進剤として使えるので安上がりではある。
  さて、このガスの質量、運動エネルギー、そして軌道の変化から、不可視物体の質量が
推定できる。結果は、確かに彗星から盗み出されたそれと一致した。
  ただ、納得のいかない点もあった。
  爆発時の閃光に較べ、 ガスの発生エネルギーが少な過ぎた。 データを詳しく分析した
結果、中性子爆弾が使われていることが判明したが、それ自体が不合理なことである。 通
常型核兵器と比較した時、中性子爆弾は熱エネルギーよりも高速中性子の形でエネルギ
ーを放出する。だから建造物などにそれほど大きな被害を与えずに生物のみ殺し尽くすこ
とになるのだが、それだけに核パルスの熱源用とすれば馬鹿げた選択と言える。
  生命を持たぬ巨大な氷塊に高速中性子を照射してどんな意義があるというのか?
  また、1立方キロメートルもの泥氷を 、何の目的があってわざわざ地球へと運んでいるの
か、この点についても合理的な結論は出ていない。
  確かに、 あの質量の10%程度の物でも、 大気圏に突入すればかなりの破壊力が予想
される。 熱分解による衝撃波の発生は、 同規模の隕石が落下した場合より遥かに広い範
囲に打撃を与えることだろう。
  だが、 核兵器の発達した現在、 わざわざ苦労してこんな馬鹿でかい氷つぶてを手に入
れる必要などない筈だ。 核融合弾頭は実にコンパクトで扱いやすく、かつ恐るべき破壊力
を有している。
  あまりにも効率が悪いのである。
  だが、 この冷静に検討すれば不経済極まりない「彗星爆弾説」でも、下の人々を動揺さ
せるのには十分であろう。 かくて、グロブスタイン博士は軌道上の核武装衛星群の資料と
ともに、 今回の事件のそれも携え、政治家達や核圧力団体の有力者らとの密談の為、下
界へと降りていった。
  10月も半ばになっていた。

  また思いがけない事実が判明した。
  エクスカヴェイターTの帰還は9月下旬であり、 持ち帰ったサンプルはすでに世界各地
の科学者達へと配分されていたのだが、その一部を「エナジーズ」所有の研究所が確保し
ていたのである。 今回の“彗星盗難”は航空宇宙軍が計画したもので、企業側は単にビジ
ネスとして技術協力しているだけだと考えていたのだが、単純な「軍事馬鹿」の暴挙と決め
付けて良いものか、いささか疑問になってきた。

  下では、そろそろ混乱が始まっていた。
  原子力全廃論者たちは、 以前から根強い運動を続けて来たが、私たちと呼応した旧電
力会社の援助を受け、 普及型原子炉の欠陥や「エナジーズ」内部のスキャンダルの暴露
を行った。 正直に言って、これはセンセーション偏重の際どい代物だったが。
  世論が盛り上がっていく一方で、政治家達はいつものような虚々実々の駆け引きを続け
ている。
  とまれ、 多くの不利な証拠が流出し、 「エナジーズ」寄りの利権政治家達は次第に口を
閉ざしていった。 航空宇宙軍内部の派閥争いで、老将官の何人かが退役したのもこの頃
だが、あるいは衛星軌道への核配備に関する海外での暴露がありうる、という怪文書が流
れたのが引き金となって、責任を取らされたのだろうか。 「エナジーズ」自体も、企業イメー
ジを著しく損ない株価が下落した事で、ここ数年はおとなしくせざる得ないだろう。
  結局、 大きな破局も無く、 すべては政治的に決着が着けられるのであろう。
  すでに、 航空宇宙軍は衛星軌道に配備された核弾頭を、必要最小限の物以外は回収
し始めたようである。 エヴェレスト側から一本の通信文が、わが軌道観測ステーションに届
いたのは、そんな11月初旬のある日のことだ。
  会談の申し入れだった。

  いつもの軍服青年ではなかった。
  初対面のこの人物は軍人ですらなく、 明らかに私たちと同じ人種に属している。この初
老の男が、向うでの技術面の責任者らしかった。
  「はじめまして。
  グロブスタイン所長……、 とニュー・バビロニア常駐管制チームの皆さん、 ですね。
  私はハリス・エリソン。ダモクレス計画の技術主任……でした。」
  「今、  『 主任でした。 』  と言ったようだが、 するとダモクレス計画とやらは中止されたの
かね?
  君には悪いが、 その方が良いと思う。 あの氷の塊が、 どこかの国の頭上から降ってくる
という光景は、あまり心の休まる想像ではなかったな。
  君が会談を申し込んだのは、 愚劣極まりないプロジェクトに参加する時にどこかに置き
忘れた良心が、 今頃になって甦ったと言う事かの。」
  「厳しいですね。
  ダモクレス計画の実体を、 いささか誤解している様ですが、 まあこれは仕方ないでしょ
う。 軍人連中にしても、 計画の本質なぞ理解しちゃいないんですから。
  おっと、 この件は後に廻しましょう。
  まず先に、 我が社の事から話させて下さい。
  あなた方は核分裂炉というエネルギープラントに対して、かなりの反感をお持ちですが、
原子力すべてが悪という見方は偏見に過ぎるでしょう。
  第一に商業炉の欠陥や我が社幹部の腐敗を糾弾なさいましたね。 でも前者は、まだ私
たちの技術が未熟だ、という事であって、 原子炉は危険だと、性急に決め付けられても困
ります。
  後者は、 確かに私たち内部の人間が自ら解決せねばならない問題ですが、 なぜうち
だけが問題にされるんです?  組織上層部の高齢化や腐敗というのは、どんな集団でも
巨大化にともなって起きてきた事であり、むしろ人類社会そのものの欠陥的性質です。
その組織が行っている事業全体まで、 組織内部の腐敗ゆえに絶対悪と見なすのは誤り
ではないですか?
  確かに、 多少の問題は存在しています。
  でも、過去のどの時代にせよ、 エネルギー資源という奴は問題を持っていました。 木材
を燃料としていた時代には、 いくつもの古代文明が森林資源を食い尽したあげくに衰退
し、 滅び去っていますよね?  そして化石燃料の時代に入ると、石炭にせよ石油にせよ、
都市を大気汚染で包み込んでしまった。
  それと較べたら、 原子力発電は遥かにクリーンな存在の筈です。 現在の欠陥は、 時間
さえ与えてもらえれば解決して見せます。 私たちが。
  次に、ウラニウム資源の問題ですが、確かに地球のウラン鉱は先が見えている。しかし、
月に大規模なウラン鉱脈が見つかっています。その開発が現在進められている事、あなた
方もご存知でしょう。
  そして核融合炉という後継技術もある。 夢物語などという人もいますが、 私は遠からず
最初の実験炉が稼動すると信じていまして。」
  「だが、 なぜ他の可能性、 地熱や波力、 太陽光発電などの研究に圧力がかけられてい
るのかね。
  いずれもが、 原子力よりさらにクリーンと見込まれているのに、 君達はこれらを抹殺しよ
うとしている。 これが企業エゴでないと言えるのかな。」
  「圧力?、 馬鹿な。
  小細工にうつつを抜かしている暇なんか無いですよ。
  例えば、太陽光発電の現状ですが、あれはわが国の宇宙産業のキャパシティーが不足
しているというだけです。 ちょっと大量発注が入っただけでほかに手が廻らなくなるのだか
ら。 地熱その他にも、それ相応の事情があったと記憶してますが。
  それに今、 クリーンな、 とおっしゃいましたが問題のないエネルギー資源なんて可能な
んですかね。
  ほら、 21世紀初頭に、 内燃機関のベースが、 ガソリンエンジンからHベースエンジン
へと切り替えられた時、 大気汚染の泉源が一つ克服されたって言われましたよね。 でも、
実際はどうなりました?
  確かに、あのエンジンは燃焼後にただの水蒸気が排出されるだけの筈でした。 しかし、
現実にはその中に、潤滑油や触媒を起源とする有害廃棄物が潜んでたじゃないですか。
あなた方のいうクリーンエネルギーにしても、 商業化の過程でどんな爆弾が飛び出すか
分かりませんね!
  それに、エネルギー需要はこれからも爆発的に増大するでしょう。
  ちまちまとしたマイナーエネルギー資源じゃ、 カバーしきれないと思いますよ。」
  「あくまで自己弁護に徹する気の様だが、 そろそろダモクレス計画とやらに話を進めて
くれないかね。
  君も、そのために私達に会談を申し入れたのだ、と思うが?」
  「そうですね。
  確かに、 軍の単細胞将官たちには博士が先ほどおっしゃったのと似たようなプランを
吹き込んであります。
  でも、 ダモクレス計画の本当の狙いは、 核融合燃料の将来を考えた上での、実験の一
つにありました。 核融合炉の燃料として、もっとも有利なものが重水素だというのはご存知
でしょう。
  確かに、 地球においてなら、重水素は海水の中から比較的容易に、かつ十分な量を採
取できます。 でも、 これは運良く地球の誕生とその後の歳月の中で、 重水素の濃縮が起
きてくれたからで、宇宙全体を見れば普通の水素原子に対する重水素原子の割合は恐ろ
しく乏しいって知ってますか?
  地球に残り、 この星の上で生活を続ける人々は当面燃料資源で悩まずに済むでしょう
が……でも地球から旅立ち、太陽系全域へと、 そしていずれはさらにその外側へと進出
していくであろう人々の場合は?  いつまでも地球や木星等からの補給に頼る訳にもいき
ませんよ。
  だから他のサイクルの開発や、 普通の水素から重水素への変換等を考える必要があり
ます。
  そう、水素原子核が中性子を吸収して、重水素に変換されるケースが知られている。 で
も、水素原子核と衝突する中性子は、その大部分が反射されてしまい、吸収される確率は
いささか低い。 水素に限らず、軽い原子にはこの傾向がある。
  現存する原子炉で、 軽水や重水が中性子の減速材として利用できるのはこの性質のた
めです。
  同温度においては、 軽い原子核ほど活発に運動しており、そのために中性子が反射さ
れる確率も高くなる訳です。
  では、運動エネルギーを奪ってしまえば、 例えば絶対零度の近くまで冷却してしまえば
どうでしょう。中性子の速度さえ的確なら、かなり重水素への変換の確率を上げられるので
はないか?
  でも地上実験は困難でした。
  ターゲットとして必要な水素塊の容積が大きすぎ、  目標温度まで冷却できそうになかっ
た。  そこで、冷却されたアイスロイドに注目しました。
  太古から太陽系の果てを漂っているそれは、 確率的に超低温原子核をかなり含んでい
る筈です。 これに多量の中性子を浴びせれば、 極低温領域での反応をモデル化するの
に必要なデータが得られるのではないか、そう考えたわけです。
  だから、 今回、 あの長周期彗星の彗星核中心部、太陽接近の影響をまださほど受けて
いないだろうそれを捕獲、熱遮蔽した上で、表面で中性子爆弾を連続爆発させました。 あ
なた方の採取してくれた未処理サンプルと比較しながら、 今の状態で月の孫衛星とし、分
析と追加実験を進めていくつもりだったんですが……。
  でも今回の騒ぎで実験は打ち切りとなりました。
  今新たに問題が起きれば、我が社にとり致命症となる、 そう判断した上層部は、分析に
必要なサンプルのみ残し、“あれ”の破壊を決定しました。 すでに爆破に必要な弾頭の設
置も終わり、作動指令を送るだけになっています。
  私個人としては送りたくもない指令ですが。
  今、 すべてをお話したのは、 私たちもそれなりに人類の将来を考えているのであり、
確かに現在、 わが上層部は不祥事続きではありますが、 私たち自身はあなた方が糾弾さ
れたような私利私欲のみを追及している集団ではないのだということ、それを伝えておきた
かったからです。
  私が責任を押し付けられ、 更迭されるその前に。
  そう、 今回の実験に込められていた私のチームの夢、 それを誰かに知っておいて欲し
かった。
  より豊な未来を切り開きたいという、 夢を。
  最後に、 これだけは繰り返し主張させてもらいますよ。
  人類の為の次なるエネルギー資源として、 特に、 いずれ地球から旅立ち異郷へ向かう
であろう、 勇気ある人々にとっての小太陽として、核融合という技術は必ず必要とされると
私は信じます。」

  スクリーンは暗くなっていた。
  例の物体の監視当直が、 一つの小天体の死を知らせてくれたのは、 その直後のこと
である。

  クリスマスイブの晩、 数世紀ぶりの大流星雨が出現した。 だが……。

  その母天体が何であったのかは、 謎として残されることになる。

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